↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の勇者編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/77

第41話 帳簿は嘘をつかない

ハルベルに戻ったのは、四日後の夜だった。

クランハウスの灯りが見えたとき、俺たちはほとんど無言だった。

ガルドは担架に乗せられていた。セシリアの光で傷は塞がっている。だが腹の奥は、まだ治っていない。フィオナの肩も同じだ。選抜組も、全員どこかを負傷していた。

死者はいない。

だがそれは、偶然に近かった。

「……戻ったぞ」

俺は扉を開けた。

そして。

広間の中央に、書類の山があった。


「おお。帰ったか」

バッセさんが、その山の向こうから顔を上げた。丸眼鏡がずり落ちている。目の下に、深い隈があった。

「四日、寝ておらんでな。──おお、ガルド。生きとるか」

「……なんとかな」

担架の上でガルドが答えた。

「爺さん。あんたの勘は正しかった」

「そうか」

バッセさんは静かに頷いた。

「間に合ったなら、それでええ」

そして俺を見た。その目が、四十年分の何かを抱えていた。

「レイジ。見つけたぞ」

彼は書類の山を指した。

「王都本部の記録庫。いちばん奥の、埃をかぶった棚にな。四十五年分、全部あった」


俺はその山に歩み寄った。

古い羊皮紙。虫食いの綴じ紐。何十年も誰にも開かれなかった記録。

「討伐依頼の原本じゃ」

バッセさんが言った。

「日付。場所。依頼主。受注したパーティー。報酬。──そして」

彼の指が震えた。

「回収品目録じゃ」

俺は一冊を手に取った。そして開いた。

【依頼番号 四七二一】

【種別:魔物討伐】

【場所:北西辺境 第三地区】

【受注:パーティー「銀翼」四名】

【報酬:金貨十八枚】

【成果:魔物二十七体 討伐】

その下に。

【回収品:鍬四本/鎌二本/鍋三個/織布十二反/銀の指輪一個】


俺はその一行を、長いあいだ見つめていた。

「……鍬。鎌。鍋。織布。指輪」

「そうじゃ」

バッセさんの声が掠れていた。

「魔物が鍬を持つか?」

「持たない」

「鍋で煮炊きをするか?」

「しない」

「指輪をはめるか?」

「……しない」

俺はその書類を握りしめた。

「これは村じゃ」

バッセさんが答えた。

「魔物討伐と書かれた、村の記録じゃ」

広間が静まり返った。

俺は次の一冊を開いた。同じだった。

【回収品:農具一式/木桶/子供用の短靴 一足】

次も。

【回収品:塩壺/麻紐/櫛二本】

次も。

【回収品:銅貨二百三十枚/小刀/木彫りの人形】

「……木彫りの人形」

ニックが掠れた声で呟いた。

「魔物が人形なんか持ってるわけ、ねえだろ」

「そうじゃ」

バッセさんは静かに言った。

「そしてこれが四十五年分。七百件を超える」

俺は書類を机に置いた。そして深く息を吐いた。

「バッセさん。あなたは、これを──」

俺は彼を見た。

「知っていたんですね」

バッセさんの動きが止まった。

長い沈黙があった。

そして彼は、ゆっくりと丸眼鏡を外した。

「……ああ」

その声は、四十年分の重さを抱えていた。

「知っとった」

「わしはな。二十三の時、斥候としてパーティーに入っとった」

彼は天井を見上げた。

「B級のそこそこの腕でな。あちこちに貸し出されて、渡り歩いとった。その頃に来たんじゃ。あの依頼が」

「魔物討伐、ですか」

「そうじゃ」

彼は頷いた。

「『北西辺境、魔物の巣を討伐せよ』。報酬が破格でな。しかも条件があった。『王国の方針に疑問を持たぬ者に限る』」

バッセさんは乾いた笑いを漏らした。

「妙な条件じゃと思った。じゃがリーダーが言うたんじゃ。『金がいい。行こう』と。わしもそれに乗った」

彼は目を閉じた。

「霧の森の東を迂回して五日。着いた先にあったのは」

その声が震えた。

「村じゃった」

広間が静まり返った。

「畑があった。水路があった。家が四十ばかり。煙が上がっとった。朝餉の支度じゃ」

彼の拳が震えた。

「わしは斥候じゃ。先に偵察に出た。そして見た。角の生えた人間が、畑を耕しとった。子供が水を汲んどった。婆さんが日向で繕い物をしとった」

彼は俺を見た。その目が赤かった。

「わしは戻ってリーダーに言うた。『あれは魔物じゃない。人じゃ』と」

「リーダーは、なんと?」

俺は聞いた。

「『角が生えとるだろう』と」

バッセさんの声が掠れた。

「『角が生えとる者は魔族じゃ。魔族は魔物と同じじゃ。依頼書にそう書いてある』とな」

彼は頭を振った。

「わしは食い下がった。『武器も持っとらん』『子供もおる』と。じゃが、四人のうち三人がリーダーに賛成した。『依頼だ』『金が要る』『魔族なんだから、いいだろう』と」

彼の声が、いっそう掠れた。

「わしは斥候じゃ。前衛じゃない。剣も大して使えん。三人を力ずくで止めることは、できんかった」


彼は両手で顔を覆った。

「わしは見とった」

その声が震えた。

「畑にいた男が斬られるのを。逃げようとした女が背中から刺されるのを。婆さんが繕い物を握ったまま倒れるのを」

「……」

「子供が」

彼の肩が震えた。

「子供が、母親の後ろに隠れて泣いとるのを」

誰も何も言えなかった。

「三十七人、殺した」

バッセさんは掠れた声で言った。

「わしらは一人も死ななんだ。当たり前じゃ。相手は農具しか持っとらん」

彼は顔を上げた。その目から涙が流れていた。

「帰り道、リーダーが言うた。『回収品を持って帰るぞ』と」

「……」

「鍬。鎌。鍋。織物。暮らしの道具じゃ」

彼は書類の山を指した。

「それをギルドに提出した。『魔物討伐、成功。回収品、これこれ』と。そして報酬を受け取った」

彼の手が震えた。

「金貨二十二枚。わしの取り分は、五枚じゃった」

「その金は」

俺は聞いた。

「使えんかった」

バッセさんは即答した。

「一枚も。ずっと持っとる。四十五年」

彼は懐から、小さな革袋を出した。そして机に置いた。

じゃらり、と音がした。

「これじゃ」

「……」

「三十七人の命の値段じゃ」

彼はその革袋を見つめた。

「金貨五枚。一人あたり、銀貨二枚にも満たん」


俺はその革袋を見た。そして静かに聞いた。

「なぜ、告発しなかったんですか」

「した」

バッセさんは答えた。

「……え?」

「したんじゃ。ハルベル支部に戻ってすぐ。『あれは村じゃった』『魔物ではなかった』と」

彼は乾いた笑いを漏らした。

「そしたらな。当時の支部長が、こう言うた」

彼はその言葉を繰り返した。四十五年前の言葉を。

「『依頼書には魔物討伐と書いてある。ならば、それは魔物討伐だ』」

「……なんだ、それ」

ニックが呻いた。

「そういうことじゃ」

バッセさんは頷いた。

「記録がすべてじゃ。記録に『魔物』と書いてあれば、それは魔物なんじゃ。実際に何がいたかは、関係ない」

彼は書類の山を見た。

「わしはその日から分かってしもうた。この仕組みは、記録で動いとる、と」

彼は静かに言った。

「じゃから、わしは記録係になった」

「……え?」

俺は顔を上げた。

「斥候を辞めてな。ハルベル支部の資料室に入った」

バッセさんは答えた。

「四十年。ずっと記録をつけ続けた」

「なぜ」

「いつか誰かが、この記録を掘り返す日が来ると思ったからじゃ」

その目に、四十年分の光があった。

「わしには告発する力はなかった。じゃが、記録を残すことはできた」

彼は書類を撫でた。

「難度偽装も、中抜きも、上納も。全部、写しを取った。誰にも言わずに。四十年」

彼の声が震えた。

「そして、お前さんが来た」


「レイジや。わしはな、お前さんがあの綴りを持って資料室に来た日、思うたんじゃ」

「何をです」

「『来たか』と」

彼は少し笑った。

「記録を武器にする男が、ついに来たか、と」

彼は書類の山を指した。

「じゃが、わしはこの件だけは言えんかった」

「なぜ」

「事が大きすぎる」

バッセさんは静かに言った。

「支部長を倒すのとはわけが違う。これは国じゃ」

彼は俺を見た。

「お前さんはまだ十九じゃ。ハルベルの膿を出すだけでも命懸けじゃった。それにこれ以上背負わせるのは、忍びなかった」


俺はその言葉を聞いて、しばらく答えられなかった。

そして静かに言った。

「バッセさん。それは、あなたの優しさですね」

「……」

「ですが、もう遅い」

バッセさんの目が見開かれた。

「俺はもう巻き込まれてる。魔王に会った。魔族の村を見た。騎士団に殺されかけた。背負う背負わないの段階は、とっくに過ぎてます」

俺は彼を見た。

「だから隠さないでください。全部、出してください」

バッセさんはしばらく俺を見ていた。

そして深く頭を下げた。

「……すまん」

その白髪頭が震えていた。

「四十五年、抱えとった。重かった」

「頭を上げてください」

俺は言った。

「あなたは四十五年、記録を守った。それが今、武器になる」

俺は書類の山を見た。七百件を超える討伐依頼。四十五年分の嘘。

「これで半分だ」

「半分?」

「もう半分が要る」

俺は答えた。

「これは王国側の記録です。『いつ、どこに、討伐依頼が出されたか』。これだけではまだ弱い。『魔物討伐』と書かれた紙が七百枚あるだけだ。回収品がおかしいとは言えても」

俺は彼を見た。

「それが村だったという証明には、ならない」

「ほう」

バッセさんの目が細くなった。

「では、どうする」

「もう半分は、魔王が持ってる」

俺は答えた。

「魔族側の記録。『いつ、どの村が襲われ、何人が死んだか』」

俺は書類を指した。

「この二つを突き合わせる。日付が一致する。場所が一致する。死者の数と討伐数が一致する」

俺は静かに言った。

「そのとき初めて、『魔物討伐』は『村の虐殺』だったと証明される」


バッセさんが椅子から立ち上がった。震えながら。

「お前さん、それをやるつもりか」

「やります」

俺は即答した。

「魔王に会いに行く。記録を突き合わせる。そして答えを出す」

俺は書類を持ち上げた。

「四十五年、誰も証明できなかったことを」

バッセさんの目から涙がこぼれた。

「……そうか」

彼は掠れた声で言った。

「そうか。やっと、か」

「バッセさん。一緒に来てください」

「わしが?」

「あなたは生き証人だ」

俺は静かに言った。

「記録は紙です。だがあなたは、あの村を見た人間だ。四十五年前、何があったのか。それを証言できるのは、あなただけです」

バッセさんはしばらく黙っていた。

そして頷いた。

「行こう」

だが、と彼は続けた。

「一つ聞いてくれ。わしは魔王の前に立つ。そして言う。『わしがあんたの民を殺した』と」

彼の声が震えた。その目が覚悟に満ちていた。

「殺されても、文句は言えん」


俺はその言葉に何も言えなかった。

そのとき。

「レイジさん」

背後からフィオナの声がした。

「一つ、いいですか」

「なんだ」

「記録の突き合わせ。それだけで足りますか?」

彼女は書類の山を見た。

「日付と場所が一致した。それは確かに証拠です。でも王国はこう言うでしょう。『魔族側の記録が捏造だ』と」

「……ああ」

俺は頷いた。

「そこは、俺も考えてた」

俺は書類をめくった。

「だから、第三の記録が要る」

「第三の?」

「受注したパーティーの報告書だ」

俺は答えた。

「依頼書には『魔物討伐』と書いてある。回収品目録には農具が並んでる。だがその間に、もう一つ記録がある」

俺は一冊を開いた。

「冒険者自身が書いた、報告書だ」

そこには、こうあった。

【討伐報告:魔物二十七体】

【内訳:成体十九/幼体八】

「……幼体」

ニックが掠れた声で言った。

「それって」

「子供だ」

俺は答えた。

「魔物なら、『幼体』なんて書き方はしない。『小型』とか『未成熟個体』とか、そう書く。だがこの報告書には『幼体』とある」

俺はその一行を指した。

「書いた冒険者は分かってたんだ。それが子供だと」


広間が静まり返った。

「……ひでえ」

ニックが呻いた。

「分かってて書いたのか。『幼体、八』って」

「そうだ」

俺は頷いた。

「そしてこの書き方が、四十五年分、七百件続いてる」

俺は書類の山を見た。

「成体と幼体を分けて数えてる。これは魔物の報告書じゃない」

俺は静かに言った。

「村の名簿だ」

その夜。俺は執務室で盤面を組んでいた。

三つの記録。

一つ、王国の依頼書。

二つ、冒険者の報告書。

三つ、魔族側の記録。

この三つが揃ったとき、四十五年の嘘が崩れる。

「レイジさん」

フィオナが入ってきた。肩に包帯を巻いている。

「まだ起きていたんですか。傷に障ります。あなたも無傷では、ないんですよ」

「分かってる」

俺はペンを置いた。そして彼女を見た。

「フィオナ。一つ、聞いていいか」

「なんでしょう」

俺は少し迷った。そして聞いた。

「怖くないか」

フィオナは少し驚いた顔をした。

「怖い、とは」

「これから、俺たちがやることだ」

俺は書類の山を見た。

「王国の四十五年分の嘘を暴く。一国を敵に回す。もう後戻りはできない。騎士団が王都に帰った。『勇者と盤上の灯が魔族側についた』と報告される」

俺は静かに言った。

「俺たちは反逆者だ。そしてこの先、たぶん、もっと大勢が傷つく」

俺は彼女の肩を見た。包帯の巻かれた、その肩を。

「今日みたいに」


フィオナはしばらく黙っていた。

そして静かに言った。

「……怖いです」

「……」

「当たり前じゃないですか」

彼女は少し笑った。

「私、まだ十七ですよ。国と戦うなんて。怖いに決まっています」

「なら」

「でも」

彼女は俺の前に来た。そして机に手をついて、俺を覗き込んだ。

「あなたはどうなんですか。怖くないんですか」

彼女の紫の目が俺を射抜いた。

「あなただって、まだ十九でしょう」

俺は答えられなかった。

そして素直に言った。

「……怖い」

「でしょう」

フィオナは頷いた。

「では、一緒ですね。二人とも怖い。なら、二人でいればいい」

そして彼女は、俺の机の書類を一つ手に取った。

「これ、整理しましょうか。日付順に並べれば、突き合わせが楽になります」

「フィオナ」

「なんですか」

「肩が痛むだろう」

「痛みます」

彼女は即答した。

「でも、あなたが一人で徹夜するのを見ている方が、痛いです」


俺はその言葉に、しばらく答えられなかった。

「……ありがとう」

「どういたしまして」

フィオナは俺の向かいに座った。そして書類を並べ始めた。

その横顔を、俺は見ていた。包帯の巻かれた肩。まだ青白い顔。それでも真剣に書類をめくる、その姿を。

「レイジさん」

「なんだ」

「見すぎです」

「……すまん」

「いえ」

彼女は書類から目を上げずに言った。その耳が、少し赤かった。

「別に、嫌ではありません」


夜が更けていく。

書類の山が、少しずつ整理されていく。四十五年分の嘘が、日付順に、場所順に、並べられていく。

そしてその隣で、一人の少女が、痛む肩を押さえながら、黙々と紙をめくり続けていた。

「フィオナ」

「はい」

「終わったら、この記録を持って魔族領へ行く」

「はい」

「そして答えを出す」

俺は窓の外を見た。

北西の方角。

霧の森の向こうを。


「四十五年分の答えを」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。