第40話 力を貸せ
「ガルドを、運ぶ!」
「いやもう大丈夫だ…戦える」
ガルドが静かに言った。
「無理はしない。」
「わかった…頼む」
セシリアの、覚醒。祝福、三十パーセント。──俺は、二百八十を、超えている。フィオナも、同じだ。
だが。
「──レイジ!!」
斜面の、下から。
ニックの、声が、飛んできた。
俺は、腕輪の視界を、そちらに、向けた。
そして、舌打ちした。
「……塞がれてるか」
◇
ニックが、斜面を、駆け上がってきた。
その、後ろに、選抜組の、十人。
そして──ソラ。
「駄目だ、レイジ!」
ニックが、叫んだ。
「下も、囲まれてる! 斜面の、下に、十五人! 待ち構えてやがった!」
「……最初から、そのつもりか」
俺は、呻いた。
騎士団、五十人。上に、三十五。下に、十五。──完全な、包囲。
「くそっ、逃げ道が、ねえ!」
「それに、こいつが」
ニックが、ソラを、指した。
「戻るって、聞かねえんだよ!」
「戻るに、決まってんだろ!」
ソラが、叫んだ。
「兄貴たちを、置いて、逃げられるかよ!」
◇
「……ソラ」
俺は、彼を、見た。
「お前は、逃げろと、言ったはずだ」
「嫌だ」
「お前が、生きてれば、盤面は、続く」
「兄貴が、死んだら、意味ねえだろ!」
ソラは、拳を、握った。
「俺、さっき、選んだんだ。『兄貴を、討たない』って。──なら、守るのも、俺の、選択だ」
俺は、その言葉に。
何も、言えなかった。
そして、腕輪の視界で、盤面を、組み直した。
上に、三十五。下に、十五。こちらは、十六人。うち、セシリアは、覚醒したが魔力の消耗が激しい。
「……分かった」
俺は、頷いた。
「なら、全員で、生き残る」
◇
「ニック! 選抜組を、まとめて、俺の、後ろに!」
「おうよ!」
「フィオナは、俺の、隣! セシリアさんは、ガルドと、中央!」
「はい!」
「ソラは──」
俺は、彼を、見た。
「動くな」
「え?」
「お前は、素手だ。四百の膂力でも、素手で、五十人は、無理だ」
俺は、続けた。
「それに、お前が、暴れれば、味方が、巻き込まれる。──あの日と、同じだ」
ソラの、顔が、こわばった。
そして、頷いた。
「……分かった」
彼は、拳を、下ろした。
「じゃあ、俺は、何を、すればいい」
「怪我人を、守れ」
俺は、答えた。
「ガルドと、セシリアさんの、傍にいろ。──誰かが、近づいたら、投げ飛ばせ」
「投げる?」
「殺すな。──人族の騎士だ」
ソラの、目が、見開かれた。
そして、少し、笑った。
「……兄貴、そういうとこだよな」
◇
そして、戦闘が、始まった。
俺は、短剣を、構えた。
腕輪の視界。ミサンガの、聴覚。護符の、遠見。耳飾りの、気配遮断。軍鼓の、短剣。
五つの、付与品が、全部、生きている。
そして──
「【自己強化】」
身体の、芯に、熱が、灯った。
十パーセントの、底上げ。剣霊の、加護の、上に。打ち消し合わずに、重なる。
さらに、セシリアの、祝福が、三十パーセント。
全部、乗る。
「……行くぞ」
◇
騎士たちが、殺到した。
俺は、その、軌道を、読んだ。
三人。左から二人、右から一人。──左の一人が、半歩、遅れている。
「フィオナ! 左、二人!」
「『氷結の壁』!」
氷の壁が、せり上がった。
俺は、右の一人を、軍鼓の短剣で、受け流し──そのまま、投げた。
「ぐわっ!?」
騎士が、斜面を、転がっていく。
「ニック! 右翼、崩れる! 三人、回り込ませろ!」
「任せろ!」
選抜組が、動いた。
戦況は、拮抗していた。
だが──持ちこたえているだけだった。
◇
四半刻。
俺たちは、耐え続けた。
だが、限界が、近づいていた。
「レイジ! 選抜組が、もたねえ!」
ニックが、叫んだ。
「二人、腕を、やられた! 三人目も、危ねえ!」
「セシリアさん! 回復を!」
「……無理です!」
セシリアが、荒い息で、答えた。
「魔力が、もう…限界です」
「くそっ」
俺は、歯を、食いしばった。
盤面は、読めている。誰が、どこにいて、次に、どう動くか。
だが。
手が、足りない。
◇
その、時。
「──レイジ! 後ろだ!!」
ガルドの、声が、飛んだ。
俺は、振り返った。
隊長が、迫っていた。
そして、その、剣が。
俺の、死角から。
「……っ!」
間に合わない。
そう、思った、瞬間。
巨大な、影が、割り込んだ。
がぁん、と。
金属が、砕ける音。
ガルドの、大盾が。
隊長の、剣を。
受け止めていた。
◇
「ガルド!!」
「……無事か、レイジ」
彼は、荒い息で、言った。
腹の、傷が、開いている。血が、溢れている。
「無理はするなって言っただろう!」
「うるせえ」
彼は、笑った。
「盾ってのは、こういう時に、使うもんだ」
そして──その、衝撃で。
背負っていた、聖剣が、外れた。
からん、と、音を立てて。
地面に、落ちて。
混戦の、足元を。
転がっていった。
「……あ」
ガルドが、それを、見た。
「くそっ、ソラに、返すつもりで、持ってきたのに──」
「今は、いい!」
俺は、彼を、支えた。
「下がれ! セシリアさん!」
「はい!」
◇
だが。
戦況は、悪化していた。
「レイジさん!」
フィオナが、叫んだ。
「左翼が、崩されます!」
「くそっ」
俺は、腕輪の視界で、盤面を、読んだ。
選抜組が、三人、倒れている。ニックが、必死で、支えている。ソラが、怪我人を、守っている。
そして、俺と、フィオナが、右翼。
保たない。
「フィオナ、下がれ! 俺が、殿を──」
「嫌です」
「聞け!」
「嫌です!」
彼女は、杖を、握りしめた。
「私は、あなたの、隣に、立つと、決めました」
◇
その、時。
隊長が、再び、動いた。
今度は、フィオナを、狙って。
「──っ!」
俺は、駆け出した。
だが、遠い。
「フィオナ!!」
彼女が、振り返った。
そして、杖を、掲げて──
「『氷結の、盾』!!」
氷の、盾が、生まれた。
だが、薄い。魔力が、尽きかけている。
隊長の、剣が。
その、氷の盾を、砕いて。
フィオナの、肩を、斬った。
◇
「──っ!」
彼女の、身体が、跳ねた。
血が、飛んだ。
「フィオナ!!」
俺は、駆け寄った。
彼女が、倒れる。俺は、その、身体を、支えた。
「傷は!」
「……肩、だけ、です」
彼女が、掠れた声で、言った。
「浅い、です。……大丈夫」
だが、血が、止まらない。
紺の、ローブが。
赤く、染まっていく。
「……なんで」
俺は、呻いた。
「なんで、避けなかった!」
「避けたら」
彼女は、荒い息で、答えた。
「後ろに、選抜組の、方が、いました」
「……っ」
「大丈夫です、レイジさん」
彼女は、微笑んだ。
痛みに、震えながら。
それでも、まっすぐに。
「──私は、あなたを、一人にしません」
◇
その、言葉に。
俺の、中で。
何かが、割れた。
「……ふざけるな」
俺は、呟いた。
「レイジ、さん?」
「ふざけるな!!」
俺は、叫んだ。
自分でも、驚くほどの、声で。
「なんで、お前が傷つく! なんで、ガルドが、腹を、貫かれる! なんで──」
俺は、周りを、見た。
倒れた、ガルドを。
血を、流す、フィオナを。
魔力を、使い果たして、それでも、光を、放ち続ける、セシリアを。
必死で、選抜組を守る、ニックを。
怪我人の、前に、立ち塞がる、ソラを。
「なんで、みんなが、傷つくんだ!」
俺は、拳を、握った。
「俺が、盤面を、組んだ! 俺が、指示を、出した! ──なのに、なんで、俺だけが、無事なんだ!」
俺は、自分の、手を、見た。
短剣を、握る、手を。
二百八十。剣霊の、加護。セシリアの、祝福。
強くなった。以前とは、比べ物にならない。
それでも、届かない。
守れない。
目の前で、仲間が、倒れていくのを。
俺は、ただ、見ていることしか。
「……なんで」
俺は、呻いた。
「なんで、俺には、守る力が、ないんだ!!」
その、時。
視界の、隅に。
光が、映った。
◇
俺は、そちらを、見た。
足元。
血と、土に、まみれて。
聖剣が、転がっていた。
ガルドが、落とした、あの剣が。
混戦の中を、転がって。
俺の、すぐ、傍に。
五色の、光を、放って。
「……」
俺は、それに、手を、伸ばした。
柄に、触れる。
冷たい。
だが、その、奥から。
かすかな、鼓動のようなものが、伝わってきた。
「……剣霊」
俺は、呼んだ。
心の中で。
「聞こえるか」
『……聞こえている』
いつもの、静かな、声が、答えた。
◇
「頼みがある」
俺は、言った。
『……なんだ』
「力を、貸してくれ」
俺は、聖剣を、握りしめた。
『お前は、剣を、振るえない。──何度も、言った』
「知ってる」
『お前の、価値は、力ではない』
「知ってる!」
俺は、叫んだ。
「でも、今は、それじゃ、足りないんだ!」
俺は、フィオナを、見た。
肩から、血を、流して。それでも、俺を、心配そうに、見ている、彼女を。
「頭は、使った。最善を、尽くした。──それでも、こいつは、傷ついた」
俺の、声が、震えた。
「ガルドは、腹を、貫かれた。セシリアさんは、魔力を、使い果たしてる。選抜組も、限界だ」
俺は、聖剣を、握りしめた。
「読めても、届かないんだ。──今は、力が、要る」
◇
『……お前は』
剣霊の、声が、揺れた。
『力を、求めるのか。あれほど、力を、否定してきた、お前が』
「否定してない」
俺は、答えた。
「力が、正しく、使われないことを、否定してきただけだ」
俺は、顔を、上げた。
「今、俺が、力を、求める理由は、一つだけだ」
そして。
俺は、叫んだ。
天に、向かって。
「──力を、貸せぇぇぇぇ!!」
その、叫びが。
戦場に、響いた。
「みんなを! ──フィオナを、守る力を!!」
◇
その、瞬間。
聖剣が。
光った。
五色の、光が、爆ぜた。
「な、なんだ!?」
騎士たちが、後ずさった。
そして。
俺の、中で。
剣霊が、答えた。
『……ああ』
その声に、初めて。
歓喜が、混じっていた。
『それだ』
「え?」
『われらが、待っていたのは。──それだ』
剣霊の、声が、響いた。
『力を、求める者は、いた。幾人も。だが、みな、"勝つため"に、求めた。"奪うため"に、求めた』
『お前は、違う』
その声が、笑った。
『守るために、求めた。──初めてだ』
そして。
俺の、周りに。
光が、集まり始めた。
青白い光──剣霊。
水色の光──氷。フィオナの、身体から。
褐色の光──地。ガルドの、身体から。
純白の光──聖。セシリアの、身体から。
「な……」
フィオナが、呆然と、呟いた。
「私の、氷が……レイジさんの、方へ」
四つの、光が。
俺の、握る、聖剣に、集まっていく。
そして──聖剣の、中から。
残る、三つの光も、応えた。
蒼──水。
翠──風。
紅──火。
七色。
◇
『七柱、すべてが、認めた』
剣霊の、声が、告げた。
『盤面士よ。──お前は、剣を、振るえない。それは、変わらん』
「なら──」
『だが、剣は、お前を、選んだ』
その、瞬間。
聖剣が。
完全に、開放された。
七色の、光が、刀身を、駆け抜ける。
そして──俺の、身体に、力が、流れ込んできた。
腕に。足に。全身に。
「……!」
俺は、自分の、手を、見た。
震えていない。
さっきまで、限界だった身体が。
満ちている。
『物理補正、百。──お前の、二百八十に、乗る』
剣霊が、告げた。
『三百八十を、超えた』
◇
俺は、聖剣を、構えた。
初めて、握る、長剣。
重い。だが──振れる。
「……レイジさん?」
フィオナが、俺を、見上げた。
「そこで、待ってろ」
俺は、静かに、言った。
そして。
その、名を、呼んだ。
「──フィオナ」
彼女の、目が、見開かれた。
「もう、傷つけさせない」
そして。
俺は、踏み込んだ。
騎士が、斬りかかってきた。
俺は、それを──
峰で、打った。
騎士の、身体が、宙を、舞った。
「な……!?」
「あの、Fランクが!?」
腕輪の、視界。ミサンガの、聴覚。──すべての、動きが、見える。
そして、今は。
それに、応えるだけの、力がある。
「三人、左!」
俺は、身体を、翻した。
聖剣が、光の、軌跡を、描いた。
三人が、まとめて、吹き飛んだ。
──誰も、斬っていない。
全部、峰打ち。
「……人族の、騎士だ」
俺は、呟いた。
「殺す気は、ない」
◇
戦況が、覆った。
三百八十。
騎士一人ひとりが、百五十から、百八十。隊長でも、二百程度。
格が、違う。
「くそっ、なんなんだ、あの男は!」
「話が、違う! Fランクの、弱兵だと──!」
隊長が、後退した。
「……ありえん」
彼は、掠れた声で、呟いた。
「聖剣が、あの男を、選んだ、だと?」
だが。
その、隊長の、目が。
ふと、細くなった。
そして、彼は、懐から、何かを、取り出した。
小さな、水晶。
「……仕方が、ない」
彼は、それを、握りしめた。
「使いたくは、なかったが」
俺は、その、動きを、腕輪の視界で、捉えた。
「……何を、してる」
「勇者様!」
隊長が、叫んだ。
怪我人を、守っていた、ソラが、振り返った。
「あ?」
「──あなたの…装備を…思い出しなさい」
◇
ソラの、動きが、止まった。
「装備?」
「三年前。王より、賜った、あの、額飾りです」
隊長は、水晶を、掲げた。
「『瀕死の際、一度だけ、身を守る』──そう、説明された、あれです」
ソラが、自分の、額に、触れた。
そこに。
銀の、細い、額飾りが。
三年間、ずっと、身につけていた、それが。
「……これが、どうした」
「鑑定では、そう出ます」
隊長は、笑った。
「ですが、あれは──支配の冠です」
◇
時が、止まった。
「……なに?」
ソラの、声が、掠れた。
「王国は、勇者を、召喚するにあたり。万一に、備えました」
隊長は、淡々と、言った。
「異界の者が、王国に、牙を、剥く可能性。──それを、封じるために」
彼は、水晶を、掲げた。
「その、冠を、あなたに、被せた。『守りの加護』と、偽って」
ソラの、手が、震えた。
額飾りに、触れたまま。
「……嘘だ」
「本当です」
「嘘だ!!」
ソラが、叫んだ。
「先生が! 先生が、俺に、くれたんだぞ! 『これで、お前を、守れる』って!」
「総騎士長は、ご存知ありません」
隊長は、首を、振った。
「あの方は、ただ、王から、渡されたものを、あなたに、届けただけです。──あの方も、騙されていた」
◇
「──ソラ! 外せ!!」
俺は、叫んだ。
だが。
遅かった。
隊長が、水晶を、握り潰した。
そして。
「──起動」
その、瞬間。
ソラの、額飾りが。
黒く、光った。
「──っ、ぁ」
ソラの、身体が、跳ねた。
「あ、あ……ぁぁぁ!」
彼は、頭を抱えて蹲った。
「ソラ!!」
俺は、駆け寄ろうとした。
だが──
「レイジ、危ない!」
ニックの叫びが飛んだ。
そして。
ソラが、顔を上げた。
◇
その目に。
光が、なかった。
「……に、いき」
彼の口が動いた。
だが、その声は。
死んでいた。
「ソラ!」
「……お前の、せいだ」
ソラが、立ち上がった。
「え?」
「お前が、『選べ』って、言ったから」
彼の、足が一歩前に出た。
「俺、選んだ。──『討たない』って。『兄貴を、討たない』って」
その、拳が、握られた。
「そしたら、みんな傷ついた」
彼の、声が、震えた。
「ガルドさんも。フィオナも。──俺が、選んだから」
「ソラ、それは──」
「選んだのに!!」
彼が、叫んだ。
「選んだのに、何も…守れなかった!! 何も!得られなかった!!」
その目から。
涙が、こぼれた。
支配されているのに。
泣いていた。
「聖剣も! 俺じゃなく、兄貴を選んだ!」
彼は、俺を睨んだ。
「俺、三年、頑張ったのに! 誰よりも、強くなったのに! ──なんで、俺には、何も、残らないんだよ!!」
そして、彼は。
踏み込んだ。
勇者の…膂力で…
◇
「──っ!」
俺は、聖剣で受けた。
衝撃。
押し込まれる。
「ぐ……っ!」
「お前のせいだ!!」
ソラが、叫んだ。
「お前が、俺に、考えろって、言ったから! 俺、迷って、苦しくなった!」
拳が、振るわれる。
俺は、それを、いなした。
「昔は、良かったんだ! 言われた通りに、剣を、振るえば、よかった! 『すごい』って、言われた!」
彼の、声が、裂けた。
「──なんで、俺に、余計なことを、教えたんだよ!!」
◇
俺は、その、言葉を、聞いて。
歯を、食いしばった。
これは、支配の、言葉じゃない。
支配は、心の、隙に、入り込む。だから、支配された者が、口にするのは──本人の、本音だ。
つまり。
こいつは、本当に、そう、思っている。
心の、どこかで。
「……ああ」
俺は、聖剣を、握りしめた。
「そうだな」
「え?」
「お前を、苦しめたのは、俺だ」
俺は、認めた。
「知らなければ、楽だった。疑わなければ、悩まなかった。──俺が、お前に、それを、教えた」
俺は、彼の、拳を、受け流した。
「──だが、後悔はしてない」
◇
「なんでだよ!!」
ソラが、叫んだ。
「なんで、後悔しないんだよ! 俺、こんなに、苦しいのに!」
「苦しいのは」
俺は、答えた。
「お前が、生きてるからだ」
ソラの、動きが、止まった。
「駒は、苦しまない。命令に、従うだけだ。──迷わない。悩まない。楽だ」
俺は、彼を、見た。
「だが、それは、生きてるとは、言わない」
「……っ」
「お前は、今、苦しい。迷ってる。後悔してる。──それは、お前が、自分の意志で、生きてる証拠だ」
◇
その時。
「──ぬるいわ!」
隊長の、声が飛んだ。
「勇者様! そんな男の、言葉に、惑わされるな!」
彼は、部下に、命じた。
「その間に──怪我人から、狙え!」
「なっ!?」
俺は、振り返った。
騎士たちが、動いていた。
倒れた、ガルドへ。
魔力の尽きた、セシリアへ。
血を流す、フィオナへ。
「──させるか!!」
ニックが、飛び込んだ。
選抜組も、続いた。
だが。
数が、足りない。
「ぐあっ!」
選抜組の、一人が、斬られた。
「くそっ、多すぎる!」
ニックが、呻いた。
◇
「レイジさん!」
フィオナが、杖を、掲げた。
傷ついた、肩で。
「『氷結の──』」
だが、その、詠唱が。
途中で、崩れた。
「……っ、あ」
魔力が、尽きている。
「フィオナ!」
「大丈夫、です……まだ、やれます……」
彼女は、よろめきながら、立った。
そして──騎士が、彼女に、迫った。
「フィオナ!!」
俺は、叫んだ。
だが、俺は、ソラに、押さえられている。動けない。
「ちっ!」
俺は、聖剣を、振るった。
ソラを、押し返して。
だが──間に合わない。
◇
「はっはっは!」
隊長が、笑った。
「見ろ、貴様のようなFランク風情が守ろうとした者たちが、死んでいくぞ!」
彼は、フィオナに剣を向けた。
「お前の、選択の結果だ!!」
その、剣が。
振りかぶられた。
フィオナの、頭上に。
「──フィオナ!!」
俺は、絶叫した。
その、瞬間。
◇
黒い、影が、飛んだ。
そして。
隊長の、身体が。
吹き飛んだ。
「──ぐぼぁっ!?」
十歩以上、宙を、舞って。
岩に、叩きつけられた。
「……なっ」
騎士たちが、動きを、止めた。
そして、フィオナの、前に。
一人の、男が、立っていた。
黒い、外套。
二本の、角。
「──そこまでだ」
魔王が、言った。
◇
「ま、魔王……!」
騎士たちが、後ずさった。
「なぜ、ここに!?」
「ずっと、見ていた」
魔王は、静かに、答えた。
「稜線の、上から。──お前たちが、来た時から」
彼は、俺を、見た。
「そして、待っていた。──この、少年が、自分で、選ぶのを」
彼の、目が、ソラを、捉えた。
「だが、お前たちが、それを、また、奪った」
魔王の、声が、低くなった。
「──二度も、同じことを、するな」
◇
「魔王……」
俺は、呟いた。
「なぜ、助けた」
「借りが、あるからな」
魔王は、答えた。
「俺は、一度、この少年の、心を、奪おうとした。──そして、お前が、それを、止めた」
彼は、少し、笑った。
「あの時。俺は、正直、安堵した」
「……安堵?」
「ああ」
魔王は、静かに、言った。
「俺は、間違っていた。それを、認めたくなかった。──だが、お前が、あの少年を、取り戻した時。俺は、思ったんだ」
彼は、目を、閉じた。
「『よかった』と」
◇
そして、魔王は。
セシリアの、方へ、歩いた。
「──っ、来ないで、ください!」
セシリアが、身構えた。
魔力は、尽きている。だが、それでも、ガルドを、庇って。
「安心しろ」
魔王は、手を、差し出した。
「魔力を、渡す」
「え……?」
「お前の、光は必要だ。──倒れた者を、起こすために」
彼の、手から。
黒い、しかし温かい、光が流れた。
セシリアの、身体に。
「……あ」
彼女の、目が、見開かれた。
「魔力が……戻って…いく」
「なぜ」
セシリアが、掠れた声で、聞いた。
「なぜ、あなたが、私を、助けるのですか」
「なぜ、助けてはいけない」
魔王が、逆に、問い返した。
「あなたは……魔族、なのに」
その言葉を、口にして。
セシリアは、はっと、口を、押さえた。
「……ああ」
魔王は、静かに、笑った。
「そう、教えられてきたのだろう。『魔族は、悪だ』と」
「……」
「俺は、悪かもしれん。四十五年、憎み続けた。この少年の、心を、奪おうともした。──だが」
彼は、セシリアを、見た。
「倒れている者を、助けない理由には、ならん」
セシリアの、目から。
涙が、こぼれた。
「……私」
彼女は、震える声で、言った。
「私、ずっと、教わってきました。魔族は、恐ろしいものだと。話が、通じないものだと」
彼女は、頭を、下げた。
「……ごめんなさい。──そして、ありがとう、ございます」
◇
セシリアが、光を、放った。
戻った、魔力で。
倒れた、選抜組に。ニックに。フィオナに。
「──『聖光の、大祝福』!」
白い光が、戦場を、包んだ。
傷が、塞がる。血が、止まる。
「……おお」
「動ける!」
倒れていた、選抜組が、起き上がった。
だが──
「無理は、しないでください」
セシリアが、言った。
「傷は、塞ぎましたが、体力までは、戻せません。──戦えるほどでは、ありません」
「十分だ」
俺は、答えた。
「死んでいないなら、それで、十分だ」
◇
「──さて」
魔王が、騎士たちの、方を、向いた。
「五十人か。──多いな」
そして、彼は、歩き出した。
「な、なんだ、来るぞ!」
「魔王だ! 逃げろ!」
「逃がすと、思うか」
魔王の、身体から。
圧が、放たれた。
騎士たちが、膝を、つく。
「ぐ、っ……!」
「立てない……!」
魔王は、俺を振り返った。
「ここは、俺が、引き受ける」
「……いいのか」
「いいも、悪いも、ない」
彼は、静かに、言った。
そして、ソラを、指した。
「──さっさと、その、未熟者を、どうにかしろ」
◇
「……ああ」
俺は、聖剣を握り直した。
そして、ソラに、向き直った。
彼は、まだ、支配の中にいる。
目に、光が、ない。だが──涙は、流れ続けている。
「ソラ」
俺は、呼んだ。
「……うるさい」
「聞け」
「うるさい!!」
彼が、突進してきた。
俺は、聖剣で、受けた。
衝撃。
三百八十対、四百。押される。
だが──盤面は、俺の…領分だ。
俺は、彼の、体重移動を、読んだ。腕輪の視界で、筋肉の、張りを、見た。
そして、力の、向きを、逸らした。
ソラの、身体が、泳いだ。
「……っ!」
◇
「ソラ」
俺は、言った。
「お前は、さっき、言ったな。『選んだのに、何も、得られなかった』と」
「……!」
「違う」
俺は、静かに、言った。
「お前は、得た」
「うるさい!」
「聞け!」
俺は、叫んだ。
「お前が、『討たない』と、選んだ時。──俺は、生きてる」
ソラの、動きが、止まった。
「お前が、あの村で、剣を、止めた時。──あの子は、生きてる」
「……」
「お前が、選ばなければ。俺も、あの子も、死んでいた」
俺は、彼を、見た。
「お前は、何も、守れなかったんじゃない。──守ったんだ」
◇
ソラの、身体が、震えた。
「……ぅ」
「ソラさん!」
フィオナが、叫んだ。
肩から、血を、流したまま。
「あなたは、私に、聞きましたね。『あんた、なんで、俺に、こんな話、してくれるんだ』と」
彼女は、一歩、前に、出た。
「答えます。──あなたが、変われる人だと、思ったからです」
「……フィ、オナ」
「そして、あなたは、変わった」
彼女の、声が、震えた。
「三年間、疑わなかったあなたが。自分の頭で、考えて、迷って、選んだ」
彼女は、まっすぐに、彼を、見た。
「──それを、誰にも、奪わせないでください」
◇
ソラの、目から。
涙が、溢れた。
「……でも」
彼の、声が、掠れた。
「でも、俺、苦しいんだよ……!」
「知っています」
フィオナが、答えた。
「私も、苦しかったです。自分で、考えるように、なってから。──ずっと」
彼女は、少し、笑った。
「でも、それでも」
彼女の、目が、俺を、見た。
一瞬だけ。
そして、また、ソラに、戻った。
「私は、この方に、出会えて、よかったと、思っています」
◇
その、瞬間。
ソラの、額飾りが。
軋んだ。
「……ぁ」
彼の、手が、震えながら、額に、伸びた。
「俺は……」
彼の、指が、額飾りに、触れる。
「俺は……!」
黒い光が、抵抗する。
彼の、身体が、震える。
「──俺が、選ぶんだ!!」
そして。
額飾りが、砕けた。
◇
黒い光が、霧散した。
ソラが、その場に、崩れ落ちた。
「ソラ!」
俺は、駆け寄った。
「……に、いき」
彼が、顔を、上げた。
その目に。
光が、戻っていた。
「……ごめん」
彼は、掠れた声で、言った。
「俺、また……」
「いい」
俺は、首を、振った。
「振り切ったなら、それで、いい」
ソラは、震える手で、砕けた額飾りの、破片を、拾った。
そして、握りしめた。
「……三年間」
彼は、呟いた。
「これ、ずっと、つけてた。『お前を、守るものだ』って、言われて」
彼の、肩が、震えた。
「先生、知らなかったって、あいつ、言ったよな」
「ああ」
「……信じたい」
ソラは、掠れた声で、言った。
「信じたいけど。──でも、もう、分かんねえ」
◇
「──撤退だ!!」
その時、隊長の、声が、響いた。
岩に、叩きつけられた男が、部下に、支えられて、立っていた。
「魔王が、いる! 勇者も、支配を、振り切った! ──これ以上は、無理だ!」
騎士たちが、後退を、始めた。
「待て!」
ニックが、追おうとした。
「いい」
俺は、止めた。
「なんでだよ! あいつら、俺たちを──」
「追えば、俺たちの、消耗が、増える」
俺は、静かに、答えた。
「それに──」
俺は、退いていく、騎士たちを、見た。
「あいつらは、王都に、帰る。そして、報告する。──『勇者と、盤上の灯が、魔族側に、ついた』と」
「……!」
「もう、後戻りは、できない」
俺は、聖剣を、地面に、突き立てた。
「──だが、それでいい」
◇
騎士団が、去って。
戦場に、静寂が、戻った。
俺たちは、その場に、座り込んだ。
全員が、限界だった。
俺も、地面に腰を下ろした。
聖剣を、傍らに、置いて。膝を、立てて。
そして、深く息を吐いた。
「……終わった、のか」
ニックが、掠れた声で、言った。
「終わってない」
俺は、答えた。
「これから、始まる」
◇
そして、俺は。
聖剣を、手に、取った。
七色の、光を、放つ、その剣を。
そして──ソラを、見た。
「ソラ」
「……ん?」
「これ、お前のだ」
俺は、聖剣を、差し出した。
「返す」
ソラは、その聖剣を見た。
そして。
首を振った。
「……いらねえ」
「え?」
「それ、俺のじゃねえよ」
彼は、少し、笑った。
「兄貴を、選んだんだろ、そいつ。──七色に、なってるじゃん」
「だが」
「いいんだよ」
ソラは、首を、振った。
「俺、認められなかったから。──それが、答えだ」
彼は、自分の拳を見た。
「俺は、俺の力でやる。──剣は、またその辺で拾えばいい」
そして、彼は、俺を、見た。
「兄貴が、持っててくれ。──兄貴なら、正しく使うだろ?」
◇
俺は、その、聖剣を、握り直した。
七色の光が、静かに、揺れている。
「……分かった」
俺は、頷いた。
「持つ」
その時。
「──レイジさん」
フィオナが、俺の前に来た。
そして、しゃがみ込んだ。
「なんだ」
「失礼します」
彼女は、そう言って。
俺の、両膝に手をかけた。
そして。
ぐい、と。
押し広げた。
◇
「──は?」
俺は、固まった。
「あの……フィオナさん?」
「はい」
「何を、されて……?」
「準備です」
彼女は、平然と、答えた。
そして、俺の、脚の、間に。
くるりと、背を、向けて。
すとん、と、腰を、下ろした。
背中を、俺の、胸に、預けて。
「……ふう」
満足そうな、息が、漏れた。
俺は、動けなかった。
「あの」
「はい」
「これは」
「戦術的な、判断です」
フィオナは、言い切った。
「怪我をしているので、体温の確保が必要です。それに、私が、動けないとあなたの、頭に支障が──」
「……はい」
俺は、答えた。
顔が、熱い。
たぶん、真っ赤に、なっている。
◇
「あと」
フィオナが、付け足した。
「あなた、私の、大事なものを、取りましたよね」
「……え?」
「氷の、精霊です」
彼女は、自分の、指先を、見た。
さっきまで、そこにあった、霜が。
今は、消えている。──聖剣に、移ったから。
「私の、初めての、友達だったんですよ。あの子」
「……すまん」
「謝らなくて、いいです」
彼女は、俺に、背を預けたまま、言った。
「あなたが、必要としたなら、それでいいです。──でも」
その、耳が。
真っ赤に、なっていた。
「──私の、大事なものを、取ったんですから。これくらいの、権利は、あります」
◇
「──ぶはっ!!」
背後で、爆笑が、響いた。
ガルドだった。
腹を、押さえて。傷が痛むのも、構わずに。
「がはは! いてえ! ──いてえけど、笑いが、止まらねえ!」
「ガルドさん、傷が!」
セシリアが、慌てて、押さえた。
だが、彼女も。
口元を、押さえて、微笑んでいた。
「フィオナさん、大胆になりましたね」
「……戦術的な、判断です」
「はい、はい」
セシリアは、優しく、頷いた。
「レイジさんは、どうですか?」
「……」
俺は、答えられなかった。
「顔、真っ赤ですよ」
「……はい」
◇
そして。
フィオナが、ゆっくりと、顔を、上げた。
そして、ガルドを、見た。
「──ところで、ガルドさん」
「あ?」
「笑ってる場合ではありません。言うことがありますよね?」
ガルドの、笑いが。
止まった。
「……え?」
「六年、待たせた人が、いますよね」
フィオナは、静かに、言った。
「その方、さっき、あなたのために六年分の涙を流していましたけど」
ガルドの、額に。
冷や汗が、浮かんだ。
「い、いや……その」
彼は、目を、泳がせた。
「な? セシリア」
セシリアは、答えなかった。
ただ、静かに、微笑んで。
彼を、見つめていた。
「……」
「……」
長い、沈黙。
そして、ガルドが。
観念したように、腕を、伸ばした。
セシリアの、肩を、抱き寄せて。
「……一緒に、なるか」
セシリアの、目が、見開かれた。
そして。
「──はい」
彼女は、頷いた。
涙を、流しながら。
「はい。──六年、待ちました」
◇
「──ぬおおおおお!!」
ニックが、頭を、抱えた。
「なんだよ、これ! なんで、こんな血みどろの戦場で、二組も!」
「二組?」
俺は、聞き返した。
「二組だよ!!」
ニックが、叫んだ。
「お前と、フィオナ! ガルドの旦那と、セシリアさん! ──俺だけ、独り身じゃねえか!!」
「……あー」
その、隣で。
ソラが、地面に、大の字に、寝転がった。
そして、空を、見上げた。
膝の上に、フィオナを、乗せた、俺を、見て。
それを、当たり前のように、受け入れている、俺を、見て。
「……あー」
彼は、天を、仰いだ。
「……そういう、ことか」
◇
「何がですか?」
フィオナが、目を、開けた。
「いや」
ソラは、頭を、掻いた。
「……なんでもねえ」
「そうですか」
フィオナは、また、目を、閉じた。
そして、ぽつりと、言った。
「──しょうもない、勇者ですね」
「うるせえ!!」
ソラが、叫んだ。
「なんだよ、それ! ひでえな!」
「事実です」
「フィオナ、お前なあ……!」
そして、彼は。
がっくりと、肩を、落とした。
「……はぁ」
深い、深い、溜め息を、ついた。
◇
「……なあ、ニック」
「おう」
「俺、失恋した」
「知ってる」
ニックが、彼の、隣に、寝転がった。
「最初から、脈なかったぞ」
「言うなよ!」
「いや、俺、言ったよな? 『あれは、脈ない』って」
「うるせえ!!」
二人は、しばらく、空を、見上げていた。
そして、ニックが、ぽつりと、言った。
「……なあ、勇者様」
「ソラでいい」
「じゃあ、ソラ。──今度、飯でも、行くか」
「……おう」
ソラは、笑った。
「……くそ」
彼は、呟いた。
だが──その顔は。
なぜか、少し、すっきりしていた。
「……ま、いっか」
彼は、天を、見上げた。
「兄貴なら、しょうがねえよな」




