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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の勇者編

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第40話 力を貸せ

「ガルドを、運ぶ!」

「いやもう大丈夫だ…戦える」

ガルドが静かに言った。

「無理はしない。」

「わかった…頼む」

セシリアの、覚醒。祝福、三十パーセント。──俺は、二百八十を、超えている。フィオナも、同じだ。

だが。

「──レイジ!!」

斜面の、下から。

ニックの、声が、飛んできた。

俺は、腕輪の視界を、そちらに、向けた。

そして、舌打ちした。

「……塞がれてるか」

ニックが、斜面を、駆け上がってきた。

その、後ろに、選抜組の、十人。

そして──ソラ。

「駄目だ、レイジ!」

ニックが、叫んだ。

「下も、囲まれてる! 斜面の、下に、十五人! 待ち構えてやがった!」

「……最初から、そのつもりか」

俺は、呻いた。

騎士団、五十人。上に、三十五。下に、十五。──完全な、包囲。

「くそっ、逃げ道が、ねえ!」

「それに、こいつが」

ニックが、ソラを、指した。

「戻るって、聞かねえんだよ!」

「戻るに、決まってんだろ!」

ソラが、叫んだ。

「兄貴たちを、置いて、逃げられるかよ!」

「……ソラ」

俺は、彼を、見た。

「お前は、逃げろと、言ったはずだ」

「嫌だ」

「お前が、生きてれば、盤面は、続く」

「兄貴が、死んだら、意味ねえだろ!」

ソラは、拳を、握った。

「俺、さっき、選んだんだ。『兄貴を、討たない』って。──なら、守るのも、俺の、選択だ」

俺は、その言葉に。

何も、言えなかった。

そして、腕輪の視界で、盤面を、組み直した。

上に、三十五。下に、十五。こちらは、十六人。うち、セシリアは、覚醒したが魔力の消耗が激しい。

「……分かった」

俺は、頷いた。

「なら、全員で、生き残る」


「ニック! 選抜組を、まとめて、俺の、後ろに!」

「おうよ!」

「フィオナは、俺の、隣! セシリアさんは、ガルドと、中央!」

「はい!」

「ソラは──」

俺は、彼を、見た。

「動くな」

「え?」

「お前は、素手だ。四百の膂力でも、素手で、五十人は、無理だ」

俺は、続けた。

「それに、お前が、暴れれば、味方が、巻き込まれる。──あの日と、同じだ」

ソラの、顔が、こわばった。

そして、頷いた。

「……分かった」

彼は、拳を、下ろした。

「じゃあ、俺は、何を、すればいい」

「怪我人を、守れ」

俺は、答えた。

「ガルドと、セシリアさんの、傍にいろ。──誰かが、近づいたら、投げ飛ばせ」

「投げる?」

「殺すな。──人族の騎士だ」

ソラの、目が、見開かれた。

そして、少し、笑った。

「……兄貴、そういうとこだよな」


そして、戦闘が、始まった。

俺は、短剣を、構えた。

腕輪の視界。ミサンガの、聴覚。護符の、遠見。耳飾りの、気配遮断。軍鼓の、短剣。

五つの、付与品が、全部、生きている。

そして──

「【自己強化】」

身体の、芯に、熱が、灯った。

十パーセントの、底上げ。剣霊の、加護の、上に。打ち消し合わずに、重なる。

さらに、セシリアの、祝福が、三十パーセント。

全部、乗る。

「……行くぞ」

騎士たちが、殺到した。

俺は、その、軌道を、読んだ。

三人。左から二人、右から一人。──左の一人が、半歩、遅れている。

「フィオナ! 左、二人!」

「『氷結の壁』!」

氷の壁が、せり上がった。

俺は、右の一人を、軍鼓の短剣で、受け流し──そのまま、投げた。

「ぐわっ!?」

騎士が、斜面を、転がっていく。

「ニック! 右翼、崩れる! 三人、回り込ませろ!」

「任せろ!」

選抜組が、動いた。

戦況は、拮抗していた。

だが──持ちこたえているだけだった。

四半刻。

俺たちは、耐え続けた。

だが、限界が、近づいていた。

「レイジ! 選抜組が、もたねえ!」

ニックが、叫んだ。

「二人、腕を、やられた! 三人目も、危ねえ!」

「セシリアさん! 回復を!」

「……無理です!」

セシリアが、荒い息で、答えた。

「魔力が、もう…限界です」

「くそっ」

俺は、歯を、食いしばった。

盤面は、読めている。誰が、どこにいて、次に、どう動くか。

だが。

手が、足りない。

その、時。

「──レイジ! 後ろだ!!」

ガルドの、声が、飛んだ。

俺は、振り返った。

隊長が、迫っていた。

そして、その、剣が。

俺の、死角から。

「……っ!」

間に合わない。

そう、思った、瞬間。

巨大な、影が、割り込んだ。

がぁん、と。

金属が、砕ける音。

ガルドの、大盾が。

隊長の、剣を。

受け止めていた。

「ガルド!!」

「……無事か、レイジ」

彼は、荒い息で、言った。

腹の、傷が、開いている。血が、溢れている。

「無理はするなって言っただろう!」

「うるせえ」

彼は、笑った。

「盾ってのは、こういう時に、使うもんだ」

そして──その、衝撃で。

背負っていた、聖剣が、外れた。

からん、と、音を立てて。

地面に、落ちて。

混戦の、足元を。

転がっていった。

「……あ」

ガルドが、それを、見た。

「くそっ、ソラに、返すつもりで、持ってきたのに──」

「今は、いい!」

俺は、彼を、支えた。

「下がれ! セシリアさん!」

「はい!」

だが。

戦況は、悪化していた。

「レイジさん!」

フィオナが、叫んだ。

「左翼が、崩されます!」

「くそっ」

俺は、腕輪の視界で、盤面を、読んだ。

選抜組が、三人、倒れている。ニックが、必死で、支えている。ソラが、怪我人を、守っている。

そして、俺と、フィオナが、右翼。

保たない。

「フィオナ、下がれ! 俺が、殿を──」

「嫌です」

「聞け!」

「嫌です!」

彼女は、杖を、握りしめた。

「私は、あなたの、隣に、立つと、決めました」


その、時。

隊長が、再び、動いた。

今度は、フィオナを、狙って。

「──っ!」

俺は、駆け出した。

だが、遠い。

「フィオナ!!」

彼女が、振り返った。

そして、杖を、掲げて──

「『氷結の、盾』!!」

氷の、盾が、生まれた。

だが、薄い。魔力が、尽きかけている。

隊長の、剣が。

その、氷の盾を、砕いて。

フィオナの、肩を、斬った。

「──っ!」

彼女の、身体が、跳ねた。

血が、飛んだ。

「フィオナ!!」

俺は、駆け寄った。

彼女が、倒れる。俺は、その、身体を、支えた。

「傷は!」

「……肩、だけ、です」

彼女が、掠れた声で、言った。

「浅い、です。……大丈夫」

だが、血が、止まらない。

紺の、ローブが。

赤く、染まっていく。

「……なんで」

俺は、呻いた。

「なんで、避けなかった!」

「避けたら」

彼女は、荒い息で、答えた。

「後ろに、選抜組の、方が、いました」

「……っ」

「大丈夫です、レイジさん」

彼女は、微笑んだ。

痛みに、震えながら。

それでも、まっすぐに。


「──私は、あなたを、一人にしません」


その、言葉に。

俺の、中で。

何かが、割れた。

「……ふざけるな」

俺は、呟いた。

「レイジ、さん?」

「ふざけるな!!」

俺は、叫んだ。

自分でも、驚くほどの、声で。

「なんで、お前が傷つく! なんで、ガルドが、腹を、貫かれる! なんで──」

俺は、周りを、見た。

倒れた、ガルドを。

血を、流す、フィオナを。

魔力を、使い果たして、それでも、光を、放ち続ける、セシリアを。

必死で、選抜組を守る、ニックを。

怪我人の、前に、立ち塞がる、ソラを。


「なんで、みんなが、傷つくんだ!」


俺は、拳を、握った。

「俺が、盤面を、組んだ! 俺が、指示を、出した! ──なのに、なんで、俺だけが、無事なんだ!」

俺は、自分の、手を、見た。

短剣を、握る、手を。

二百八十。剣霊の、加護。セシリアの、祝福。

強くなった。以前とは、比べ物にならない。

それでも、届かない。

守れない。

目の前で、仲間が、倒れていくのを。

俺は、ただ、見ていることしか。

「……なんで」

俺は、呻いた。

「なんで、俺には、守る力が、ないんだ!!」

その、時。

視界の、隅に。

光が、映った。


俺は、そちらを、見た。

足元。

血と、土に、まみれて。

聖剣が、転がっていた。

ガルドが、落とした、あの剣が。

混戦の中を、転がって。

俺の、すぐ、傍に。

五色の、光を、放って。

「……」

俺は、それに、手を、伸ばした。

柄に、触れる。

冷たい。

だが、その、奥から。

かすかな、鼓動のようなものが、伝わってきた。

「……剣霊」

俺は、呼んだ。

心の中で。

「聞こえるか」

『……聞こえている』

いつもの、静かな、声が、答えた。


「頼みがある」

俺は、言った。

『……なんだ』

「力を、貸してくれ」

俺は、聖剣を、握りしめた。

『お前は、剣を、振るえない。──何度も、言った』

「知ってる」

『お前の、価値は、力ではない』

「知ってる!」

俺は、叫んだ。

「でも、今は、それじゃ、足りないんだ!」

俺は、フィオナを、見た。

肩から、血を、流して。それでも、俺を、心配そうに、見ている、彼女を。

「頭は、使った。最善を、尽くした。──それでも、こいつは、傷ついた」

俺の、声が、震えた。

「ガルドは、腹を、貫かれた。セシリアさんは、魔力を、使い果たしてる。選抜組も、限界だ」

俺は、聖剣を、握りしめた。


「読めても、届かないんだ。──今は、力が、要る」


『……お前は』

剣霊の、声が、揺れた。

『力を、求めるのか。あれほど、力を、否定してきた、お前が』

「否定してない」

俺は、答えた。

「力が、正しく、使われないことを、否定してきただけだ」

俺は、顔を、上げた。

「今、俺が、力を、求める理由は、一つだけだ」

そして。

俺は、叫んだ。

天に、向かって。


「──力を、貸せぇぇぇぇ!!」


その、叫びが。

戦場に、響いた。


「みんなを! ──フィオナを、守る力を!!」


その、瞬間。

聖剣が。

光った。

五色の、光が、爆ぜた。

「な、なんだ!?」

騎士たちが、後ずさった。

そして。

俺の、中で。

剣霊が、答えた。

『……ああ』

その声に、初めて。

歓喜が、混じっていた。

『それだ』

「え?」

『われらが、待っていたのは。──それだ』

剣霊の、声が、響いた。

『力を、求める者は、いた。幾人も。だが、みな、"勝つため"に、求めた。"奪うため"に、求めた』

『お前は、違う』

その声が、笑った。

『守るために、求めた。──初めてだ』

そして。

俺の、周りに。

光が、集まり始めた。

青白い光──剣霊。

水色の光──氷。フィオナの、身体から。

褐色の光──地。ガルドの、身体から。

純白の光──聖。セシリアの、身体から。

「な……」

フィオナが、呆然と、呟いた。

「私の、氷が……レイジさんの、方へ」

四つの、光が。

俺の、握る、聖剣に、集まっていく。

そして──聖剣の、中から。

残る、三つの光も、応えた。

蒼──水。

翠──風。

紅──火。

七色。

『七柱、すべてが、認めた』

剣霊の、声が、告げた。

『盤面士よ。──お前は、剣を、振るえない。それは、変わらん』

「なら──」

『だが、剣は、お前を、選んだ』

その、瞬間。

聖剣が。

完全に、開放された。

七色の、光が、刀身を、駆け抜ける。

そして──俺の、身体に、力が、流れ込んできた。

腕に。足に。全身に。

「……!」

俺は、自分の、手を、見た。

震えていない。

さっきまで、限界だった身体が。

満ちている。

『物理補正、百。──お前の、二百八十に、乗る』

剣霊が、告げた。

『三百八十を、超えた』


俺は、聖剣を、構えた。

初めて、握る、長剣。

重い。だが──振れる。

「……レイジさん?」

フィオナが、俺を、見上げた。

「そこで、待ってろ」

俺は、静かに、言った。

そして。

その、名を、呼んだ。

「──フィオナ」

彼女の、目が、見開かれた。

「もう、傷つけさせない」

そして。

俺は、踏み込んだ。

騎士が、斬りかかってきた。

俺は、それを──

峰で、打った。

騎士の、身体が、宙を、舞った。

「な……!?」

「あの、Fランクが!?」

腕輪の、視界。ミサンガの、聴覚。──すべての、動きが、見える。

そして、今は。

それに、応えるだけの、力がある。

「三人、左!」

俺は、身体を、翻した。

聖剣が、光の、軌跡を、描いた。

三人が、まとめて、吹き飛んだ。

──誰も、斬っていない。

全部、峰打ち。

「……人族の、騎士だ」

俺は、呟いた。

「殺す気は、ない」


戦況が、覆った。

三百八十。

騎士一人ひとりが、百五十から、百八十。隊長でも、二百程度。

格が、違う。

「くそっ、なんなんだ、あの男は!」

「話が、違う! Fランクの、弱兵だと──!」

隊長が、後退した。

「……ありえん」

彼は、掠れた声で、呟いた。

「聖剣が、あの男を、選んだ、だと?」

だが。

その、隊長の、目が。

ふと、細くなった。

そして、彼は、懐から、何かを、取り出した。

小さな、水晶。

「……仕方が、ない」

彼は、それを、握りしめた。

「使いたくは、なかったが」

俺は、その、動きを、腕輪の視界で、捉えた。

「……何を、してる」

「勇者様!」

隊長が、叫んだ。

怪我人を、守っていた、ソラが、振り返った。

「あ?」

「──あなたの…装備を…思い出しなさい」


ソラの、動きが、止まった。

「装備?」

「三年前。王より、賜った、あの、額飾りです」

隊長は、水晶を、掲げた。

「『瀕死の際、一度だけ、身を守る』──そう、説明された、あれです」

ソラが、自分の、額に、触れた。

そこに。

銀の、細い、額飾りが。

三年間、ずっと、身につけていた、それが。

「……これが、どうした」

「鑑定では、そう出ます」

隊長は、笑った。

「ですが、あれは──支配の冠です」


時が、止まった。

「……なに?」

ソラの、声が、掠れた。

「王国は、勇者を、召喚するにあたり。万一に、備えました」

隊長は、淡々と、言った。

「異界の者が、王国に、牙を、剥く可能性。──それを、封じるために」

彼は、水晶を、掲げた。

「その、冠を、あなたに、被せた。『守りの加護』と、偽って」

ソラの、手が、震えた。

額飾りに、触れたまま。

「……嘘だ」

「本当です」

「嘘だ!!」

ソラが、叫んだ。

「先生が! 先生が、俺に、くれたんだぞ! 『これで、お前を、守れる』って!」

「総騎士長は、ご存知ありません」

隊長は、首を、振った。

「あの方は、ただ、王から、渡されたものを、あなたに、届けただけです。──あの方も、騙されていた」


「──ソラ! 外せ!!」

俺は、叫んだ。

だが。

遅かった。

隊長が、水晶を、握り潰した。

そして。

「──起動」

その、瞬間。

ソラの、額飾りが。

黒く、光った。

「──っ、ぁ」

ソラの、身体が、跳ねた。

「あ、あ……ぁぁぁ!」

彼は、頭を抱えて蹲った。

「ソラ!!」

俺は、駆け寄ろうとした。

だが──

「レイジ、危ない!」

ニックの叫びが飛んだ。

そして。

ソラが、顔を上げた。


その目に。

光が、なかった。

「……に、いき」

彼の口が動いた。

だが、その声は。

死んでいた。

「ソラ!」

「……お前の、せいだ」

ソラが、立ち上がった。

「え?」

「お前が、『選べ』って、言ったから」

彼の、足が一歩前に出た。

「俺、選んだ。──『討たない』って。『兄貴を、討たない』って」

その、拳が、握られた。

「そしたら、みんな傷ついた」

彼の、声が、震えた。

「ガルドさんも。フィオナも。──俺が、選んだから」

「ソラ、それは──」

「選んだのに!!」

彼が、叫んだ。

「選んだのに、何も…守れなかった!! 何も!得られなかった!!」

その目から。

涙が、こぼれた。

支配されているのに。

泣いていた。

「聖剣も! 俺じゃなく、兄貴を選んだ!」

彼は、俺を睨んだ。

「俺、三年、頑張ったのに! 誰よりも、強くなったのに! ──なんで、俺には、何も、残らないんだよ!!」

そして、彼は。

踏み込んだ。

勇者の…膂力で…


「──っ!」

俺は、聖剣で受けた。

衝撃。

押し込まれる。

「ぐ……っ!」

「お前のせいだ!!」

ソラが、叫んだ。

「お前が、俺に、考えろって、言ったから! 俺、迷って、苦しくなった!」

拳が、振るわれる。

俺は、それを、いなした。

「昔は、良かったんだ! 言われた通りに、剣を、振るえば、よかった! 『すごい』って、言われた!」

彼の、声が、裂けた。

「──なんで、俺に、余計なことを、教えたんだよ!!」


俺は、その、言葉を、聞いて。

歯を、食いしばった。

これは、支配の、言葉じゃない。

支配は、心の、隙に、入り込む。だから、支配された者が、口にするのは──本人の、本音だ。

つまり。

こいつは、本当に、そう、思っている。

心の、どこかで。

「……ああ」

俺は、聖剣を、握りしめた。

「そうだな」

「え?」

「お前を、苦しめたのは、俺だ」

俺は、認めた。

「知らなければ、楽だった。疑わなければ、悩まなかった。──俺が、お前に、それを、教えた」

俺は、彼の、拳を、受け流した。

「──だが、後悔はしてない」


「なんでだよ!!」

ソラが、叫んだ。

「なんで、後悔しないんだよ! 俺、こんなに、苦しいのに!」

「苦しいのは」

俺は、答えた。

「お前が、生きてるからだ」

ソラの、動きが、止まった。

「駒は、苦しまない。命令に、従うだけだ。──迷わない。悩まない。楽だ」

俺は、彼を、見た。

「だが、それは、生きてるとは、言わない」

「……っ」

「お前は、今、苦しい。迷ってる。後悔してる。──それは、お前が、自分の意志で、生きてる証拠だ」

その時。

「──ぬるいわ!」

隊長の、声が飛んだ。

「勇者様! そんな男の、言葉に、惑わされるな!」

彼は、部下に、命じた。

「その間に──怪我人から、狙え!」

「なっ!?」

俺は、振り返った。

騎士たちが、動いていた。

倒れた、ガルドへ。

魔力の尽きた、セシリアへ。

血を流す、フィオナへ。

「──させるか!!」

ニックが、飛び込んだ。

選抜組も、続いた。

だが。

数が、足りない。

「ぐあっ!」

選抜組の、一人が、斬られた。

「くそっ、多すぎる!」

ニックが、呻いた。


「レイジさん!」

フィオナが、杖を、掲げた。

傷ついた、肩で。

「『氷結の──』」

だが、その、詠唱が。

途中で、崩れた。

「……っ、あ」

魔力が、尽きている。

「フィオナ!」

「大丈夫、です……まだ、やれます……」

彼女は、よろめきながら、立った。

そして──騎士が、彼女に、迫った。

「フィオナ!!」

俺は、叫んだ。

だが、俺は、ソラに、押さえられている。動けない。

「ちっ!」

俺は、聖剣を、振るった。

ソラを、押し返して。

だが──間に合わない。


「はっはっは!」

隊長が、笑った。

「見ろ、貴様のようなFランク風情が守ろうとした者たちが、死んでいくぞ!」

彼は、フィオナに剣を向けた。

「お前の、選択の結果だ!!」

その、剣が。

振りかぶられた。

フィオナの、頭上に。

「──フィオナ!!」

俺は、絶叫した。

その、瞬間。


黒い、影が、飛んだ。

そして。

隊長の、身体が。

吹き飛んだ。

「──ぐぼぁっ!?」

十歩以上、宙を、舞って。

岩に、叩きつけられた。

「……なっ」

騎士たちが、動きを、止めた。

そして、フィオナの、前に。

一人の、男が、立っていた。

黒い、外套。

二本の、角。

「──そこまでだ」

魔王が、言った。


「ま、魔王……!」

騎士たちが、後ずさった。

「なぜ、ここに!?」

「ずっと、見ていた」

魔王は、静かに、答えた。

「稜線の、上から。──お前たちが、来た時から」

彼は、俺を、見た。

「そして、待っていた。──この、少年が、自分で、選ぶのを」

彼の、目が、ソラを、捉えた。

「だが、お前たちが、それを、また、奪った」

魔王の、声が、低くなった。

「──二度も、同じことを、するな」


「魔王……」

俺は、呟いた。

「なぜ、助けた」

「借りが、あるからな」

魔王は、答えた。

「俺は、一度、この少年の、心を、奪おうとした。──そして、お前が、それを、止めた」

彼は、少し、笑った。

「あの時。俺は、正直、安堵した」

「……安堵?」

「ああ」

魔王は、静かに、言った。

「俺は、間違っていた。それを、認めたくなかった。──だが、お前が、あの少年を、取り戻した時。俺は、思ったんだ」

彼は、目を、閉じた。

「『よかった』と」


そして、魔王は。

セシリアの、方へ、歩いた。

「──っ、来ないで、ください!」

セシリアが、身構えた。

魔力は、尽きている。だが、それでも、ガルドを、庇って。

「安心しろ」

魔王は、手を、差し出した。

「魔力を、渡す」

「え……?」

「お前の、光は必要だ。──倒れた者を、起こすために」

彼の、手から。

黒い、しかし温かい、光が流れた。

セシリアの、身体に。

「……あ」

彼女の、目が、見開かれた。

「魔力が……戻って…いく」

「なぜ」

セシリアが、掠れた声で、聞いた。

「なぜ、あなたが、私を、助けるのですか」

「なぜ、助けてはいけない」

魔王が、逆に、問い返した。

「あなたは……魔族、なのに」

その言葉を、口にして。

セシリアは、はっと、口を、押さえた。

「……ああ」

魔王は、静かに、笑った。

「そう、教えられてきたのだろう。『魔族は、悪だ』と」

「……」

「俺は、悪かもしれん。四十五年、憎み続けた。この少年の、心を、奪おうともした。──だが」

彼は、セシリアを、見た。

「倒れている者を、助けない理由には、ならん」

セシリアの、目から。

涙が、こぼれた。


「……私」


彼女は、震える声で、言った。

「私、ずっと、教わってきました。魔族は、恐ろしいものだと。話が、通じないものだと」

彼女は、頭を、下げた。

「……ごめんなさい。──そして、ありがとう、ございます」


セシリアが、光を、放った。

戻った、魔力で。

倒れた、選抜組に。ニックに。フィオナに。

「──『聖光の、大祝福』!」

白い光が、戦場を、包んだ。

傷が、塞がる。血が、止まる。

「……おお」

「動ける!」

倒れていた、選抜組が、起き上がった。

だが──

「無理は、しないでください」

セシリアが、言った。

「傷は、塞ぎましたが、体力までは、戻せません。──戦えるほどでは、ありません」

「十分だ」

俺は、答えた。

「死んでいないなら、それで、十分だ」


「──さて」

魔王が、騎士たちの、方を、向いた。

「五十人か。──多いな」

そして、彼は、歩き出した。

「な、なんだ、来るぞ!」

「魔王だ! 逃げろ!」

「逃がすと、思うか」

魔王の、身体から。

圧が、放たれた。

騎士たちが、膝を、つく。

「ぐ、っ……!」

「立てない……!」

魔王は、俺を振り返った。

「ここは、俺が、引き受ける」

「……いいのか」

「いいも、悪いも、ない」

彼は、静かに、言った。

そして、ソラを、指した。

「──さっさと、その、未熟者を、どうにかしろ」


「……ああ」

俺は、聖剣を握り直した。

そして、ソラに、向き直った。

彼は、まだ、支配の中にいる。

目に、光が、ない。だが──涙は、流れ続けている。

「ソラ」

俺は、呼んだ。

「……うるさい」

「聞け」

「うるさい!!」

彼が、突進してきた。

俺は、聖剣で、受けた。

衝撃。

三百八十対、四百。押される。

だが──盤面は、俺の…領分だ。

俺は、彼の、体重移動を、読んだ。腕輪の視界で、筋肉の、張りを、見た。

そして、力の、向きを、逸らした。

ソラの、身体が、泳いだ。

「……っ!」


「ソラ」

俺は、言った。

「お前は、さっき、言ったな。『選んだのに、何も、得られなかった』と」

「……!」

「違う」

俺は、静かに、言った。

「お前は、得た」

「うるさい!」

「聞け!」

俺は、叫んだ。

「お前が、『討たない』と、選んだ時。──俺は、生きてる」

ソラの、動きが、止まった。

「お前が、あの村で、剣を、止めた時。──あの子は、生きてる」

「……」

「お前が、選ばなければ。俺も、あの子も、死んでいた」

俺は、彼を、見た。

「お前は、何も、守れなかったんじゃない。──守ったんだ」


ソラの、身体が、震えた。

「……ぅ」

「ソラさん!」

フィオナが、叫んだ。

肩から、血を、流したまま。

「あなたは、私に、聞きましたね。『あんた、なんで、俺に、こんな話、してくれるんだ』と」

彼女は、一歩、前に、出た。

「答えます。──あなたが、変われる人だと、思ったからです」

「……フィ、オナ」

「そして、あなたは、変わった」

彼女の、声が、震えた。

「三年間、疑わなかったあなたが。自分の頭で、考えて、迷って、選んだ」

彼女は、まっすぐに、彼を、見た。

「──それを、誰にも、奪わせないでください」


ソラの、目から。

涙が、溢れた。

「……でも」

彼の、声が、掠れた。

「でも、俺、苦しいんだよ……!」

「知っています」

フィオナが、答えた。

「私も、苦しかったです。自分で、考えるように、なってから。──ずっと」

彼女は、少し、笑った。

「でも、それでも」

彼女の、目が、俺を、見た。

一瞬だけ。

そして、また、ソラに、戻った。

「私は、この方に、出会えて、よかったと、思っています」


その、瞬間。

ソラの、額飾りが。

軋んだ。

「……ぁ」

彼の、手が、震えながら、額に、伸びた。

「俺は……」

彼の、指が、額飾りに、触れる。

「俺は……!」

黒い光が、抵抗する。

彼の、身体が、震える。

「──俺が、選ぶんだ!!」

そして。

額飾りが、砕けた。


黒い光が、霧散した。

ソラが、その場に、崩れ落ちた。

「ソラ!」

俺は、駆け寄った。

「……に、いき」

彼が、顔を、上げた。

その目に。

光が、戻っていた。

「……ごめん」

彼は、掠れた声で、言った。

「俺、また……」

「いい」

俺は、首を、振った。

「振り切ったなら、それで、いい」

ソラは、震える手で、砕けた額飾りの、破片を、拾った。

そして、握りしめた。

「……三年間」

彼は、呟いた。

「これ、ずっと、つけてた。『お前を、守るものだ』って、言われて」

彼の、肩が、震えた。

「先生、知らなかったって、あいつ、言ったよな」

「ああ」

「……信じたい」

ソラは、掠れた声で、言った。

「信じたいけど。──でも、もう、分かんねえ」


「──撤退だ!!」

その時、隊長の、声が、響いた。

岩に、叩きつけられた男が、部下に、支えられて、立っていた。

「魔王が、いる! 勇者も、支配を、振り切った! ──これ以上は、無理だ!」

騎士たちが、後退を、始めた。

「待て!」

ニックが、追おうとした。

「いい」

俺は、止めた。

「なんでだよ! あいつら、俺たちを──」

「追えば、俺たちの、消耗が、増える」

俺は、静かに、答えた。

「それに──」

俺は、退いていく、騎士たちを、見た。

「あいつらは、王都に、帰る。そして、報告する。──『勇者と、盤上の灯が、魔族側に、ついた』と」

「……!」

「もう、後戻りは、できない」

俺は、聖剣を、地面に、突き立てた。

「──だが、それでいい」

騎士団が、去って。

戦場に、静寂が、戻った。

俺たちは、その場に、座り込んだ。

全員が、限界だった。

俺も、地面に腰を下ろした。

聖剣を、傍らに、置いて。膝を、立てて。

そして、深く息を吐いた。

「……終わった、のか」

ニックが、掠れた声で、言った。

「終わってない」

俺は、答えた。

「これから、始まる」

そして、俺は。

聖剣を、手に、取った。

七色の、光を、放つ、その剣を。

そして──ソラを、見た。

「ソラ」

「……ん?」

「これ、お前のだ」

俺は、聖剣を、差し出した。

「返す」

ソラは、その聖剣を見た。

そして。

首を振った。

「……いらねえ」

「え?」

「それ、俺のじゃねえよ」

彼は、少し、笑った。

「兄貴を、選んだんだろ、そいつ。──七色に、なってるじゃん」

「だが」

「いいんだよ」

ソラは、首を、振った。

「俺、認められなかったから。──それが、答えだ」

彼は、自分の拳を見た。

「俺は、俺の力でやる。──剣は、またその辺で拾えばいい」

そして、彼は、俺を、見た。

「兄貴が、持っててくれ。──兄貴なら、正しく使うだろ?」

俺は、その、聖剣を、握り直した。

七色の光が、静かに、揺れている。

「……分かった」

俺は、頷いた。

「持つ」

その時。

「──レイジさん」

フィオナが、俺の前に来た。

そして、しゃがみ込んだ。

「なんだ」

「失礼します」

彼女は、そう言って。

俺の、両膝に手をかけた。

そして。


ぐい、と。


押し広げた。


「──は?」

俺は、固まった。

「あの……フィオナさん?」

「はい」

「何を、されて……?」

「準備です」

彼女は、平然と、答えた。

そして、俺の、脚の、間に。

くるりと、背を、向けて。

すとん、と、腰を、下ろした。

背中を、俺の、胸に、預けて。


「……ふう」


満足そうな、息が、漏れた。

俺は、動けなかった。

「あの」

「はい」

「これは」

「戦術的な、判断です」

フィオナは、言い切った。

「怪我をしているので、体温の確保が必要です。それに、私が、動けないとあなたの、頭に支障が──」

「……はい」

俺は、答えた。

顔が、熱い。

たぶん、真っ赤に、なっている。


「あと」

フィオナが、付け足した。

「あなた、私の、大事なものを、取りましたよね」

「……え?」

「氷の、精霊です」

彼女は、自分の、指先を、見た。

さっきまで、そこにあった、霜が。

今は、消えている。──聖剣に、移ったから。

「私の、初めての、友達だったんですよ。あの子」

「……すまん」

「謝らなくて、いいです」

彼女は、俺に、背を預けたまま、言った。

「あなたが、必要としたなら、それでいいです。──でも」

その、耳が。

真っ赤に、なっていた。

「──私の、大事なものを、取ったんですから。これくらいの、権利は、あります」


「──ぶはっ!!」

背後で、爆笑が、響いた。

ガルドだった。

腹を、押さえて。傷が痛むのも、構わずに。

「がはは! いてえ! ──いてえけど、笑いが、止まらねえ!」

「ガルドさん、傷が!」

セシリアが、慌てて、押さえた。

だが、彼女も。

口元を、押さえて、微笑んでいた。

「フィオナさん、大胆になりましたね」

「……戦術的な、判断です」

「はい、はい」

セシリアは、優しく、頷いた。

「レイジさんは、どうですか?」

「……」

俺は、答えられなかった。

「顔、真っ赤ですよ」

「……はい」


そして。

フィオナが、ゆっくりと、顔を、上げた。

そして、ガルドを、見た。

「──ところで、ガルドさん」

「あ?」

「笑ってる場合ではありません。言うことがありますよね?」

ガルドの、笑いが。

止まった。

「……え?」

「六年、待たせた人が、いますよね」

フィオナは、静かに、言った。

「その方、さっき、あなたのために六年分の涙を流していましたけど」

ガルドの、額に。

冷や汗が、浮かんだ。


「い、いや……その」


彼は、目を、泳がせた。

「な? セシリア」

セシリアは、答えなかった。

ただ、静かに、微笑んで。

彼を、見つめていた。

「……」

「……」

長い、沈黙。

そして、ガルドが。

観念したように、腕を、伸ばした。

セシリアの、肩を、抱き寄せて。

「……一緒に、なるか」

セシリアの、目が、見開かれた。

そして。

「──はい」

彼女は、頷いた。

涙を、流しながら。

「はい。──六年、待ちました」


「──ぬおおおおお!!」

ニックが、頭を、抱えた。

「なんだよ、これ! なんで、こんな血みどろの戦場で、二組も!」

「二組?」

俺は、聞き返した。

「二組だよ!!」

ニックが、叫んだ。

「お前と、フィオナ! ガルドの旦那と、セシリアさん! ──俺だけ、独り身じゃねえか!!」

「……あー」

その、隣で。

ソラが、地面に、大の字に、寝転がった。

そして、空を、見上げた。

膝の上に、フィオナを、乗せた、俺を、見て。

それを、当たり前のように、受け入れている、俺を、見て。

「……あー」

彼は、天を、仰いだ。

「……そういう、ことか」


「何がですか?」

フィオナが、目を、開けた。

「いや」

ソラは、頭を、掻いた。

「……なんでもねえ」

「そうですか」

フィオナは、また、目を、閉じた。

そして、ぽつりと、言った。

「──しょうもない、勇者ですね」

「うるせえ!!」

ソラが、叫んだ。

「なんだよ、それ! ひでえな!」

「事実です」

「フィオナ、お前なあ……!」

そして、彼は。

がっくりと、肩を、落とした。

「……はぁ」

深い、深い、溜め息を、ついた。


「……なあ、ニック」

「おう」

「俺、失恋した」

「知ってる」

ニックが、彼の、隣に、寝転がった。

「最初から、脈なかったぞ」

「言うなよ!」

「いや、俺、言ったよな? 『あれは、脈ない』って」

「うるせえ!!」

二人は、しばらく、空を、見上げていた。

そして、ニックが、ぽつりと、言った。

「……なあ、勇者様」

「ソラでいい」

「じゃあ、ソラ。──今度、飯でも、行くか」

「……おう」

ソラは、笑った。

「……くそ」

彼は、呟いた。

だが──その顔は。

なぜか、少し、すっきりしていた。

「……ま、いっか」

彼は、天を、見上げた。


「兄貴なら、しょうがねえよな」

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