第39話鎖を引きちぎる
十日後。
俺たちは、再び、魔族領へ、向かっていた。
前回と、違うのは──五十人の、王国騎士団が、同行していることだった。
銀の鎧が、隊列を、成して、山道を、進む。その中央に、ソラがいた。
「……兄貴」
ソラが、俺の、隣に、並んだ。
その顔は、まだ、青白かった。
三日前、支配を、振り切ってから。彼は、ずっと、うなされていた。眠るたびに、悪夢を、見ているらしい。
「大丈夫か」
「……なんとか」
彼は、掠れた声で、笑った。
「たまに、頭の中で、声が、するんだ。『こっちに来い』って。──魔王の、声だと思う」
「……」
「でも、負けねえよ」
彼は、拳を、握った。
「俺、まだ、選んでねえから。──選ぶまでは、誰にも、決めさせねえ」
俺は、その、横顔を、見た。
三日前より、ずっと、しっかりした、目をしていた。
◇
だが、その一方で。
俺の頭の中では、盤面が、最悪の形で、動いていた。
騎士団、五十人。
前回は、五人だった。それが、十倍になった。
「魔王討伐のため」という、名目。──だが、本当に、それだけか。
「レイジさん」
隣で、フィオナが、囁いた。
「騎士たち、こちらを、見ています。──ずっと」
「ああ」
俺も、気づいていた。
腕輪の視界と、ミサンガの、聴覚。五つの、付与品が、周囲の、すべてを、拾っている。
騎士たちの、視線。囁き。足の、運び。
──魔王ではなく、俺たちを、警戒している。
「……妙だな」
俺は、呟いた。
「何がですか」
「あいつら、隊列の、組み方が、おかしい」
俺は、静かに、言った。
「魔族領へ、進軍するなら、前方を、厚くする。だが、あいつらは──俺たちを、囲むように、展開している」
フィオナの、顔が、こわばった。
◇
「……罠、ですか」
「まだ、分からない」
俺は、答えた。
「だが、備えておく」
俺は、隊列を、見渡した。
盤上の灯からは、俺、フィオナ、ニック、そして選抜の、十人。
ガルドと、セシリアは、いない。
二人は、バッセさんと共に、王都に、行っている。──ガルドの、記録提出。そして、バッセさんの、「調べもの」
「……ニック」
俺は、斥候を、呼んだ。
「なんだ」
「いつでも、逃げられるように、退路を、確認しておけ。──騎士団に、気づかれないように」
ニックの、顔が、引き締まった。
「……そんなに、ヤバいのか」
「保険だ」
俺は、答えた。
「使わずに、済めば、それでいい」
◇
魔族領に、着いたのは、五日目の、夕方だった。
谷が、見下ろせる、稜線。
そこで、騎士団の、隊長が、宣言した。
「本日は、ここで、野営とする! 明朝、進軍を、開始する!」
騎士たちが、天幕を、張り始めた。
だが──その、配置が。
「……レイジ」
ニックが、青ざめた顔で、寄ってきた。
「あいつら、俺たちの天幕を、囲むように、張ってる。──退路、全部、塞がれてる」
「……そうか」
俺は、静かに、頷いた。
「レイジ、これ──」
「動くな」
俺は、遮った。
「今、動けば、向こうに、口実を、与える。──『逃亡を、企てた』と」
俺は、天幕の、方を、見た。
「……向こうから、来るはずだ。じきに」
◇
そして、その夜。
騎士団の、隊長が、俺たちの、天幕に、来た。
十人の、騎士を、連れて。
「盤上の灯、代表代理」
隊長が、俺を、見下ろした。
「王都本部より、通達が、届いた」
「……何でしょう」
「貴クランに、重大な、嫌疑が、かかっている」
隊長は、書状を、掲げた。
「先の、魔族領侵攻において。──貴殿は、魔王と、密談を、行った」
俺は、答えなかった。
「随行の騎士より、報告があった。『魔王と、記録の、やり取りを、約束した』と。──これは、明白な、内通である」
隊長の、目が、鋭くなった。
「よって、王命により。──盤上の灯、全員を、拘束する」
「……拘束、ですか」
俺は、静かに、聞いた。
「そうだ。抵抗すれば、その場で、討ち取る」
「一つ、確認を」
俺は、続けた。
「その通達には、『拘束後、王都で、審理を行う』と、書いてありますか」
隊長の、動きが、止まった。
「……なに?」
「内通の、嫌疑なら、審理が、要る。証拠を、調べ、弁明を、聞き、判断を、下す。──それが、王国の、法です」
俺は、彼を、見た。
「その手順が、書かれているか、聞いています」
隊長は、答えなかった。
代わりに、書状を、畳んだ。
「……賢しいな、貴様」
「答えは、『いいえ』ですね」
俺は、静かに、言った。
「つまり、審理は、ない。──最初から、俺たちを、殺すつもりだ」
◇
「──ソラ様!」
その時、天幕の、外から、ソラの声が、した。
「なんだよ、これ! なんで、兄貴たちが、拘束されるんだ!」
「勇者様は、お下がりください」
騎士が、彼を、止めていた。
「これは、王命です」
「王命!? 兄貴たちは、何もしてねえだろ!」
「魔王と、内通しました」
「してねえよ! あれは、記録の話で──」
「勇者様」
隊長が、天幕から、出た。
そして、冷たく、言い放った。
「あなたも、その場に、いましたね」
ソラの、動きが、止まった。
「……え?」
「あなたも、魔王と、言葉を、交わした。──あなたも、内通の、嫌疑が、かかっています」
隊長は、剣の柄に、手を、かけた。
「勇者様。──あなたが、王国に、忠誠を、示すには、一つの、方法しか、ありません」
彼は、俺を、指した。
「その男を、討ってください」
◇
天幕の、周囲が、静まり返った。
ソラは、動かなかった。
その、顔が、蒼白だった。
「……何、言ってんだ」
「勇者様」
「兄貴を、討て、だって?」
「そうです」
隊長は、頷いた。
「それで、あなたの、嫌疑は、晴れます。──簡単なことです」
ソラの、身体が、震えた。
そして──彼は、笑った。
乾いた、笑いだった。
「……ああ、そうか」
彼は、掠れた声で、言った。
「そういうことか。──最初から、そのつもりだったんだな」
「勇者様?」
「俺に、兄貴を、殺させる」
ソラは、隊長を、睨んだ。
「そんで、俺は、また、王国の、犬に、戻る。──そういう、筋書きか」
隊長の、表情が、変わった。
「……口が、過ぎますな」
「うるせえ」
ソラは、聖剣に──いや。
その腰に、聖剣は、なかった。ハルベルに、置いてきたままだ。
彼は、代わりに、拳を、握った。
「俺は、討たねえ」
「勇者様」
「兄貴は、俺に、初めて、『考えろ』って、言ってくれた人だ」
彼の、声が、震えていた。
「王様も、先生も、みんな、『考えるな』って、言った。『命令に、従え』って。──でも、兄貴だけは、違った」
彼は、俺を、見た。
「『自分で、選べ』って、言ってくれた」
そして、隊長に、向き直った。
「だから、俺は、討たねえ。──これが、俺の、選択だ」
隊長は、しばらく、黙っていた。
そして、静かに、剣を、抜いた。
「……残念です、勇者様」
その、瞬間。
騎士団の、五十人が、一斉に、剣を、抜いた。
「王国への、反逆と、みなす」
隊長が、告げた。
「盤上の灯、および、勇者ソラ。──全員、討ち取れ」
「──っ!」
俺は、叫んだ。
「散開!! 稜線の、東へ!」
盤上の灯の、面々が、動いた。
だが──遅い。
騎士団は、既に、囲みを、完成させていた。
五十人。対して、こちらは、十三人。
◇
「フィオナ!」
「はい!」
「東の、斜面! 氷で、道を、作れ! 全員、そこから、下る!」
「分かりました!」
フィオナが、杖を、掲げた。
「『氷結の道』!」
斜面に、氷の、滑り道が、伸びた。
「選抜組、下れ! ニック、誘導!」
「おうよ!」
十人が、氷の道を、滑り降りていく。
ニックが、殿を、務めた。
「レイジ! お前も!」
「後だ!」
俺は、叫んだ。
「ソラを、連れて行け! こいつが、一番、狙われる!」
「兄貴!?」
ソラが、俺を、見た。
「行け!」
俺は、彼の、背を、押した。
「お前が、生きてれば、まだ、盤面は、続く! ──お前が、死んだら、終わりだ!」
だが…
その、判断は。
半分、間違っていた。
「──逃がすな!」
隊長の、声が、飛んだ。
「勇者は、生かせ! 他は、全員、殺せ!」
騎士たちが、殺到した。
俺と、フィオナに。
「……っ!」
俺は、短剣を、抜いた。
剣霊の、加護。腕力、三十六。敏捷、四十四。
そして──
「【自己強化】」
身体の、芯に、熱が、灯った。
十パーセントの、底上げ。剣霊の、加護の、上に。打ち消し合わずに、重なる。
そして、五つの、付与品も、乗ったまま。
腕輪の視界。ミサンガの聴覚。護符の遠見。耳飾りの、気配遮断。軍鼓の、短剣。
全部、生きている。
「──来い」
俺は、構えた。
◇
騎士が、斬りかかってきた。
俺は、その、軌道を、読んだ。
腕輪の、視界。──剣先が、どこを、通るか、見える。
軍鼓の、短剣で、受け流す。
「なっ!?」
騎士が、体勢を、崩した。
その、隙に、俺は、横へ、跳んだ。
「フィオナ! 下がれ!」
「はい!」
「三人、右から回り込んでる! 氷で、足元を!」
「『氷結の地』!」
地面が、凍った。
三人の、騎士が、滑って、転んだ。
俺は、盤面を、読み続けた。
五十人。だが、山道だ。全員が、一度に、かかってこられない。──通れるのは、一度に、三人か、四人。
「フィオナ、隘路に、下がれ! そこなら、二人ずつしか、来られない!」
「分かりました!」
俺たちは、後退した。
岩壁を、背にして。
──だが。
それは、時間稼ぎでしか、なかった。
◇
四半刻。
俺たちは、耐えていた。
だが、限界が、近い。
フィオナの、魔力が、尽きかけている。俺の、身体も、限界だ。
剣霊の、加護で、強くなった。だが──戦闘力、二百十七。それでも、騎士一人ひとりが、百五十から、百八十。
一対一なら、勝てる。だが、五十人だ。
「……レイジさん」
フィオナが、荒い息で、言った。
「もう、私、魔力が」
「分かってる」
俺は、答えた。
「隙を、見て、逃げる。──俺が、囮になる」
「駄目です!」
「聞け」
俺は、彼女を、見た。
「お前は、生きろ。──記録が、ある。バッセさんが、王都から、持ち帰る。それを、世に、出せるのは、お前たちだ」
「そんな──!」
「フィオナ」
俺は、静かに、言った。
「頼む」
彼女の、目に、涙が、浮かんだ。
「……嫌です」
「フィオナ──」
「嫌です!!」
彼女は、叫んだ。
「あなたが、いなくなったら、私は──!」
◇
その、瞬間。
「──うおおおおおおお!!」
咆哮が、響いた。
稜線の、上から。
騎士たちが、一斉に、振り返った。
そして、そこに。
大盾を、構えた、男が、立っていた。
「……ガルド、さん」
俺は、呆然と、呟いた。
その、隣に。
杖を、握りしめた、セシリアが。
そして──背に、一本の、剣を、背負って。
聖剣を。
◇
「──レイジィィィィ!!」
ガルドが、叫んだ。
「無事か!!」
「なぜ、ここに!」
「王都から、戻ったら、お前らが、いねえ!」
彼は、斜面を、駆け下りてきた。
「バッセの、爺さんが、言ったんだ! 『嫌な、予感がする』って! だから、走ってきた!」
「監督下は、どうした!」
「知るか!!」
ガルドが、吠えた。
「三年の、監督下だ! 動けば、王命違反だ! ──だから、なんだ!」
彼は、大盾を、構えた。
「仲間が、殺されようとしてる時に。──俺は、鎖に、繋がれて、待ってろってのか!」
彼の、目が、燃えていた。
「そんな、鎖なら──引きちぎる!!」
◇
ガルドが、突っ込んだ。
大盾で、騎士を、三人、まとめて、吹き飛ばした。
「ぐわっ!?」
「セシリア! 祝福を!」
「はい!」
セシリアが、杖を、掲げた。
「──『聖光の祝福』!」
温かい、光が、俺たちを、包んだ。
身体が、軽くなる。
「……ありがたい」
俺は、呟いた。
「レイジさん! ご無事で!」
「ええ。──なぜ、来たんですか」
「私が、来ないと、思いましたか?」
セシリアは、微笑んだ。
だが、その目には、涙が、光っていた。
「私は、六年間。──守れなかったんです。仲間を」
彼女は、杖を、握りしめた。
「もう、二度と。──遅れたくは、ありません」
◇
戦況が、変わった。
ガルドの、大盾が、前線を、押し返す。セシリアの、祝福が、俺たちを、支える。
だが──それでも、五十人だ。
「くそっ、多すぎる!」
ガルドが、呻いた。
「レイジ! どうする!」
「東へ、退く!」
俺は、叫んだ。
「ニックたちが、下で、待ってる! 全員、氷の道を──」
その、瞬間。
腕輪の、視界が、それを、捉えた。
隊長。
彼が、隊列の、後方から、駆けてくる。
俺を、狙って。
その、剣が。
俺の、死角から。
◇
「──っ!」
俺は、避けようとした。
だが、遅い。
軍鼓の、短剣を、構えたが──受けきれない。隊長の、膂力は、他の騎士とは、違う。
当たる。
そう、思った、瞬間。
「──レイジぃぃぃ!!」
巨大な、影が、割り込んだ。
がぁん、と。
金属が、砕ける音。
ガルドの、大盾が。
隊長の、剣を。
受け止めていた。
◇
「ガルド!!」
「……無事か、レイジ」
ガルドが、掠れた声で、言った。
だが──その、大盾が。
割れていた。
そして、その、割れ目から、突き抜けた、剣先が。
ガルドの、腹に。
深く、刺さっていた。
「……が、っ」
血が、口から、溢れた。
「ガルドさん!!」
「レイジ、さん!」
セシリアが、絶叫した。
「ガルドさん!!」
隊長が、剣を、引き抜いた。
ガルドの、身体が、傾いた。
だが──倒れなかった。
◇
「……まだ、だ」
彼は、大盾を、地面に、突き立てた。
そして、それに、寄りかかるように。
立ち続けた。
「ガルドさん、下がって!」
「駄目だ」
彼は、荒い息で、言った。
「俺が、下がったら。──お前らが、死ぬ」
「でも、その傷は──!」
「レイジ」
ガルドが、俺を、見た。
その顔は、蒼白だった。だが、目だけが、燃えていた。
「俺は、六年、間違えた」
「……」
「臨時を、使い潰した。お前を、囮にした。──全部、俺が、やった」
彼は、血を、吐きながら、笑った。
「だから、決めたんだ。あの日、お前が、俺を、潰さなかった、あの日に」
彼は、大盾を、握りしめた。
「──今度は、俺が、盾になる、って」
◇
その、瞬間。
地面が、震えた。
「……!?」
騎士たちが、体勢を、崩した。
そして──ガルドの、足元から。
淡い、褐色の光が。
立ち昇った。
「な、なんだ!?」
「地が……光ってる!」
俺は、その光を、見て、思い出した。
剣霊の、言葉を。
『地の、精霊が、興味を、持った者が、いる。──"不動"の、器を、持つ、男だ』
『いずれ、その男にも、力を、貸すことが、あるだろう。──地は、動かぬ者を、好む』
「……地の……精霊」
俺は、呟いた。
褐色の光が。
ガルドの身体を、包んだ。
そして──割れていた、大盾が。
地面から、盛り上がった、岩に、覆われて。
再生した。
「……なんだ、これ」
ガルドが、呆然と、呟いた。
だが、その、身体は。
明らかに、変わっていた。
血は止まっていない。
傷も塞がっていない。
だが──動きが、止まらない。
「……力が、湧いてくる」
彼は、大盾を、構え直した。
「地面から。──足の裏から」
そして彼は吠えた。
「──まだ、立てる!!」
◇
ガルドが、突っ込んだ。
岩の大盾で。
騎士たちを、まとめて、吹き飛ばした。
五人。
十人。
「な、なんだ、あの男は!」
「化け物か!?」
騎士たちが、動揺した。
「レイジ!!」
ガルドが、叫んだ。
「今のうちに、退け! 東へ!」
「ガルドさん!」
「行け!!」
彼は、振り返らずに、叫んだ。
「──代表命令だ!!」
◇
だが。
その、力は。
長くは、続かなかった。
「……ぐ、っ」
ガルドの、動きが、鈍った。
血が、足元に、溜まっている。
「ガルドさん!!」
「……はは」
彼は、笑った。
「駄目だな。──腹が、痛え」
そして。
膝から、崩れ落ちた。
「ガルド!!」
俺は駆け寄った。
彼の、身体を、支えた。
「……レイジ」
「喋るな! セシリアさん!」
「……いいんだ」
ガルドは、俺の腕を、掴んだ。
「これで、いい。──俺は、六年分の、借りを、返した」
「馬鹿なことを──!」
「レイジ」
彼は、微笑んだ。
血に、まみれた顔で。
「盤上の灯を、頼む。──あの百人を、正しく、測ってやってくれ」
そして。
その手が。
だらりと、落ちた。
◇
「──ガルド!!」
俺は、叫んだ。
「セシリアさん! 早く!」
だが。
セシリアは。
動かなかった。
ガルドの、傍らに、膝をついて。
震える手で、彼の、顔に、触れて。
そして──
「…………ぁ」
小さな、声が、漏れた。
「……ぁ、あ」
「セシリアさん?」
「……いや」
彼女の、声が、震えた。
「いや……いやです……」
彼女は、ガルドの、身体を、抱きしめた。
「六年、待ったんです」
その声が、掠れた。
「六年、あなたが、戻ってくるのを、待ったんです。……やっと、戻ってきたのに」
彼女の、目から、涙が、溢れた。
「やっと、笑うように、なったのに……!」
◇
そして。
彼女は、顔を、上げた。
その目に。
光が、宿っていた。
「……もう」
彼女の、声が、変わった。
静かで。
そして──強かった。
「──もう、誰も、死なせない」
その、瞬間。
白い、光が、爆ぜた。
◇
戦場が、光に、包まれた。
温かく。
まばゆく。
そして──すべてを、包み込むように。
「な、なんだ!?」
「目が……!」
騎士たちが、腕で、顔を、覆った。
俺は、その、光の、中心を、見た。
セシリアが、立っていた。
その、身体から。
純白の、光が、立ち昇っている。
そして、その、背後に。
巨大な、光の、翼のようなものが。
浮かんでいた。
「……セシリアさん」
俺は、呟いた。
彼女の、水晶の、記録が。
頭の中で、蘇った。
『ギフト:【聖光の加護】』
『 ※本来の位階は、まだ眠っている』
「──目覚めた、のか」
◇
そして。
セシリアの身体を、包む白い光の中から。
もう一つの、光が、現れた。
七色の、聖剣の、光と。
同じ、質の光。
聖の精霊。
「……ああ」
俺は、悟った。
剣霊は、地の精霊のことは、教えてくれた。「不動の器を持つ男に、興味を持った」と。
だが──聖の精霊のことは、何も、言わなかった。
なぜなら。
あの窪地に、セシリアは、いなかったからだ。
精霊たちは、彼女を、見ていなかった。
だが、今。
その光が。
彼女を、見つけた。
◇
「──『聖光の、大祝福』」
セシリアの、声が、響いた。
静かに。だが、戦場の、隅々まで。
そして。
白い光が。
俺たち全員を、包んだ。
身体の、奥から。
力が、湧き上がる。
「……なんだ、これ」
俺は、自分の、身体を、見た。
祝福。──だが、以前とは、桁が、違う。
三割。
祝福による、上昇率が。
三十パーセント。
俺の、二百十七が。
二百八十を、超えた。
「フィオナ、身体は!」
「……信じられません」
彼女が、呆然と、呟いた。
「魔力が……戻っています。それに、身体も、軽い」
彼女の、二百二十が。
二百八十六に。
そして。
セシリアが、ガルドの、傷に、手を、当てた。
白い、光が、注がれる。
「……止まって、ください」
彼女が、囁いた。
「まだ、逝かせません。──私が、許しません」
血が。
止まった。
ガルドの、呼吸が。
かすかに、戻った。
「……セシ、リア」
「喋らないで」
彼女は、涙を、流しながら、微笑んだ。
「六年、待ちました。──もう、少しくらい、待たせても、いいでしょう?」
◇
そして、彼女は、立ち上がった。
白い光を、纏って。
騎士たちを、見据えて。
「──これ以上、誰も、傷つけさせません」
その、声に。
騎士たちが、後ずさった。
「な、なんだ、あの女……!」
「聖女か……!?」
俺は、その、背中を、見ていた。
六年間、罪悪感に、縛られていた女が。
今、初めて。
自分の力を、解き放っていた。




