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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
端数の亡霊編

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第4話 見えている奴

その日の依頼は、南西の森の薬草採取だった。


難度F、報酬は雀の涙。

ただし俺にとっては悪くない仕事だ。目当ての薬草(月白草)の自生地は資料で頭に入っているし、森の浅層は魔物も弱い。採取のついでに、例の検証ノートの続き──重ねがけ状態での樹上移動の練度上げ──もこなせる。

計画では、そのはずだった。


「──おい、聞こえるか!? 誰か!! 誰かいないか!!」


森の奥から響いた怒鳴り声に、俺は薬草を摘む手を止めた。

声の方向、距離はおよそ二百歩。続けて、金属音。剣戟だ。それも複数。

行くべきか、一瞬だけ迷った。俺は弱い。誰かを助けられるような性能はしていない。──だが、声の聞こえる範囲で人が死ぬのを、摘みかけの薬草と天秤にかけられるほど、割り切れた人間でもなかった。

俺は薬草籠を茂みに隠し、声のする方へ走った。ただし、まっすぐには向かわない。風下から、高低差を取って、まず状況が見える位置へ。

崖下の窪地で、四人パーティーが押されていた。

相手はフォレストウルフの群れ。数は……七。

いや、茂みに二、合計九。狼型の魔物としては下位だが、群れの連携は侮れない。そして四人の陣形は、既に崩壊しかけていた。

前衛の大剣使いが群れの正面を止めているが、左右から回り込む個体を追いきれていない。後衛の弓使いは至近距離に潜り込まれて弓を捨て、ナイフで応戦中。

回復役らしき神官は完全に足が止まってる。

そして、もう一人。

紺のローブの魔法使いが、詠唱を三度、中断させられていた。

銀に近い、青みがかった長い髪。距離があっても分かる、あれは相当な使い手だ。詠唱の速度も、魔力の練りも、この街の水準を明らかに超えてる。だが──撃たせてもらえていない。狼どもは明確に、彼女を最優先で妨害している。賢い群れだ。一番の脅威が誰か、本能で分かってる。

つまりこの盤面、詰みかけているが、詰んではいない。

あの魔法使いに、三秒あれば。

俺は崖の上から、窪地全体を見下ろす。地形、九匹の配置、四人の位置、風向き。頭の中で盤面が組み上がっていく。……ああ、これは久しぶりの感覚だ。前世、対戦リプレイを俯瞰視点で見ていた時の。当事者には見えない詰み筋が、上からだと一本道に見える、あの感覚。

「──【自己強化(小)】」

俺は矢筒から三本抜いて、まず一本目を放った。

狙ったのは狼じゃない。窪地の縁、枯れかけた立木の、ひび割れた枝の付け根だ。

矢が刺さった衝撃で、枝が派手な音を立てて折れ落ちる。茂みに伏せていた二匹が、音に反応して飛び出した。──よし、これで伏兵は盤面に出た。九匹、全部見えた。

二本目。今度は群れの左翼、回り込みかけていた一匹の眼前の地面へ。狼は矢を攻撃と認識して跳び退き、回り込みの軌道が乱れる。三本目、同じく右翼へ。

攻撃としては一匹も倒していない。だが、この三本で群れの包囲のリズムが半拍崩れた。

そして半拍あれば、届く声がある。

「魔法使いの人!! 詠唱!! 妨害は今から三秒止める!!」

窪地中に響くよう、腹の底から怒鳴った。崖上からの声に、全員が一瞬こちらを見上げる。

狼どもすら、新手の出現に頭を巡らせる、その注意の分散こそが、俺の作った「三秒」だ。

魔法使いは、賢かった。

誰何もせず、疑いもせず、その三秒で詠唱を完成させた。

「『氷嵐(アイスストーム)』!!」

窪地の中央で氷の嵐が吹き荒れ、群れの中核にいた四匹が凍りついて転がる。残った五匹の統制が、目に見えて崩れた。群れの魔物は中核を失うと途端に脆い。

「前衛の人、正面の一番デカいのがボスだ!! そいつだけ殺れば残りは逃げる!!」

大剣使いが吼えて応え、ボス格に斬りかかる。弓使いが弓を拾い直す。神官の回復が前衛に飛ぶ。

──三分後、ボスを失った狼たちは、尾を巻いて森の奥へ消えた。

「で。あんた、何者だ?」

戦闘後、窪地に降りた俺を、四人が取り囲んだ。敵意じゃない、純粋な当惑の顔で。大剣使いが続ける。

「いや、助かった。助かったが……最初の矢、ありゃ何だ? 狼を一匹も狙わずに、群れが崩れた。あんなの見たことねえ」

「たまたまですよ。音で驚かせただけです」

「たまたまで、伏兵の位置まで割れるかよ」

答えに窮していると、横から声が割り込んだ。

「……三本目の矢」


紺ローブの魔法使いだった。

近くで見ると、思ったより若い。癖のない銀髪、紫の切れ長の目が、値踏みするようにまっすぐ俺を見ている。


「一本目で伏兵を出し、二本目と三本目で包囲の左右を止めましたよね。そして妨害が私に集中していたことを崖の上から見抜いて、注意が逸れる一瞬を『三秒』と言い切って寄越した。──たまたまで、あそこまで正確な三秒が作れるものですか?」


口調は丁寧なのに、視線だけが刃物みたいだった。観察する側だったはずの俺が、生まれて初めて、観察されている。

「……買いかぶりです。俺はFランクなので」

「ランクのことは聞いていません。私が聞いているのは──」


「フィオナさんよ、よせよせ。恩人を尋問すんな」


大剣使いが苦笑して割って入り、彼女は不服そうに口を閉じた。大剣使いは俺に向き直って、頭を掻いた。

「悪いな、兄ちゃん。この嬢ちゃん、うちの所属じゃねえんだ。本所属は別のパーティーで、今日は魔法使いの穴埋めに一日借りてる臨時でな。だってのに、借り物の助っ人が一番働いてやがるから、俺らの立つ瀬がねえよ」

「事実を言ったまでです。あなた方の陣形は、二匹目が回り込んだ時点で崩れていました」

「なあ兄ちゃん、この嬢ちゃんずっとこの調子なんだ。今日一日で胃が痛えのなんの」

「……失礼しました。ですが、名前くらいは伺っても?」

「……レイジです」

「レイジさん。覚えておきます」

礼でも社交辞令でもなく、本当にただ「記録した」という言い方だった。

礼を言う三人に適当な会釈を返して、俺は薬草籠を回収しに戻った。立ち去り際、背中に視線を感じ続けていたのは、気のせいじゃないと思う。


フィオナ…

名前だけ、頭の隅に刻んだ。……本所属は、どこのパーティーなんだろうな。あれほどの使い手を抱えて、なお臨時に貸し出す余裕のある所帯となると、この街では限られるが…



「──というわけでさ、酒でも一杯どう? 亡霊さん」

数日後の夕方。ギルドの酒場で、ついに、オレンジ髪が俺の正面の席に滑り込んできた。

ニックと名乗ったその男は、噂通りの軽薄な笑顔で、しかし丁寧に酒を二杯注文した。曰く、Bランクパーティー「紅の盾」の斥候。曰く、最近噂の「資料室の亡霊」に前から興味があった。曰く、他意はない、ただの雑談だ──

他意しかない雑談が、そこから半刻続いた。

「いやさ、ソロでDランク討伐って普通じゃないっしょ。何かコツあんの?」「装備どこで揃えてる? 金回りは?」「パーティー組まないのは主義? それとも組めない事情?」「身寄りとかってこの街に?」

……面接だ。それも、かなり設計された。

雑談の皮を被ってるが、質問の並びに明確な意図がある。戦力の査定、資金状況、対人関係、そして身寄りの確認。最後のやつが特に雄弁だった。消えても騒ぐ人間がいるかどうかを、こいつは確認している。

バッセ爺さんの警告が、頭の中で再生される。──そういう力にいちばん先に気づくのは、たいてい、ろくでもない連中じゃ。

なるほど、爺さん。予言的中だ。

「──で、どうよ。うち、今ちょうど臨時メンバー探しててさ」

来た。

「Bランクの実戦、勉強になるよ? 報酬は歩合だけど、実力あれば正式加入もある。リーダーもあんたに会いたがっててさ」

ニックは人好きのする笑顔のまま、契約書の写しをテーブルに置いた。ギルド標準のパーティー臨時契約。報酬の項、見慣れた一文

「報酬は貢献と役割に応じて配分する」


資料室で何十枚も読んだ、あの文言が、初めて牙を剥いて俺の前にあった。


「……少し、考えさせてください」

「もっちろん! いい返事待ってるよ、亡霊さん」


ニックが去った酒場で、俺は一人、冷めた酒を見つめる。

罠だ。十中八九。あの質問の設計、この契約の文言、そして「紅の盾」という名前──資料室の記録の中で、臨時メンバーの名が数ヶ月ごとに入れ替わっていた、あのパーティー。

罠だと、分かっている。


「……さて」


分かった上で、どう指すかだ。盤面は、ここからが本番だった。


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