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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の勇者編

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第37話 誰の子だ?

翌朝。

俺たちは、村を、迂回して、進んだ。

騎士たちは、不服そうだったが、何も、言わなかった。──昨日の、取引がある。「魔王の妨害で、制圧できなかった」という、筋書き。それを、崩せば、彼らの、経歴に、傷がつく。

ソラは、無言だった。

聖剣を、佩いて。前だけを、見て。

だが、その足取りは、重かった。

「……なあ、兄貴」

昼過ぎ、彼が、ぽつりと、言った。

「俺、これから、どうすればいいんだ」

「どういう意味だ」

「王命は、『魔王を、討て』だ。──でも、俺、もう」

彼は、俯いた。

「あの村を、見ちまった。あの子を、抱いちまった。……もう、前みたいには、思えねえよ」

俺は、答えなかった。

代わりに、静かに、言った。

「なら、自分で、確かめろ」

「え?」

「魔王に、会って、聞け。──『なぜ、俺たちは、敵なんだ』と」

ソラの、目が、見開かれた。

「あいつは、前に、お前に、そう聞いた。──今度は、お前が、聞く番だ」


魔王城が、見えたのは、その日の、夕方だった。

だが──それは、俺の、想像とは、違っていた。

「……城?」

ニックが、掠れた声で、呟いた。

「あれが?」

谷の、奥。切り立った、崖の下に。

石造りの、建物が、あった。

大きい。だが──城では、なかった。

塔もない。城壁もない。堀もない。跳ね橋も、物見櫓も、ない。

ただ、大きな、石造りの、屋敷。そして、その周りに、無数の、小さな家。

「……あれは」

俺は、腕輪の視界で、読んだ。

「城じゃない。──街だ」

家々の、間に、道が、通っている。井戸がある。市場らしき、広場がある。子供が、走り回っている。

「魔王城」と、王国が、呼んでいたものは。

ただの、街の、中心にある、大きな屋敷だった。


「……なんで」

ソラが、呟いた。

「なんで、城じゃないんだ。魔王って、恐ろしい、城に、住んでるって──」

「守る必要が、ないからだ」

俺は、答えた。

「え?」

「城壁は、攻められる前提で、造る。だが、あの街には、城壁がない。──つまり」

俺は、静かに、言った。

「あそこは、戦うための、場所じゃない。暮らすための、場所だ」

ソラは、その言葉に、答えられなかった。


俺たちが、街に、近づくと。

一人の、男が、待っていた。

街道の、真ん中に。ただ、一人で。

黒い、外套。二本の、角。

「……魔王」

ソラが、掠れた声で、言った。

魔王は、静かに、こちらを、見ていた。

そして、口を、開いた。

「……来たか」

その声には、驚きも、怒りも、なかった。

ただ、諦めのような、疲れが、あった。

「四十五年。──毎年のように、お前たちは、来る。今年も、来た。それだけだ」

彼は、俺を、見た。

「そして、また、お前か。──早かったな」

「王命だ」

俺は、答えた。

「断れば、反逆者になる」

「そうか」

魔王は、頷いた。

「……人族の、王とは、そういうものだな」


「魔王!」

ソラが、前に、出た。

聖剣に、手を、かけて。

だが──抜かなかった。

「聞きたいことが、ある」

「言え」

「──あんた、なんで、俺たちと、戦ってるんだ」

魔王の、動きが、止まった。

「……なに?」

「答えてくれ」

ソラの、声が、震えていた。

「俺、三年間、『魔族は、人族の敵だ』って、教わった。だから、あんたを、倒しに来た。──でも」

彼は、拳を、握った。

「昨日、村を、見た。畑があって。水路があって。子供が、遊んでて」

「……」

「誰も、武器を、持ってなかった。誰も、俺たちに、襲いかかってこなかった。──ただ、逃げてた」

彼は、顔を、上げた。

「あれが、人族の、敵か? あれが、悪なのか?」


魔王は、しばらく、答えなかった。

そして、静かに、聞いた。

「……その村を、どうした」

「え?」

「制圧、しなかったのか」

「……しなかった」

ソラは、俯いた。

「できなかった」

魔王の、眉が、動いた。

「なぜだ」

「……子供が、いた」

ソラの、声が、掠れた。

「三つか、四つの。逃げようとして、転んで、泣いてた。──俺、剣を、振り上げた」

「……」

「でも、振り下ろせなかった。……その子、俺の鎧に、しがみついてきて」

彼は、両手で、顔を、覆った。

「俺、何を、してたんだろうって……」


魔王は、その、言葉を、聞いて。

しばらく、動かなかった。

そして、静かに、聞いた。

「──お前が、殺そうとしたのは。誰の、子だ」

ソラの、身体が、震えた。

「……え?」

「聞いている」

魔王の、声が、低くなった。

「あの村の、子だ。名は、アルという。母親は、ミラ。父親は、五年前に、死んだ」

「……」

「なぜ、死んだと、思う」

ソラは、答えられなかった。

「人族の、討伐隊に、殺された」

魔王は、静かに、言った。

「畑にいた。武器も、持たずに。──『魔物討伐』の、依頼を、受けた、冒険者に、斬られた」

ソラの、顔から、血の気が、引いた。


「アルは、父を、知らない」

魔王は、続けた。

「生まれた時には、もう、いなかったからな。──母が、一人で、育てた」

彼は、街の方を、見た。

「そして、今年。お前が、来た。──その子の、頭の上に、剣を、振り上げた」

魔王の、目が、ソラを、射抜いた。

「勇者よ。もう一度、聞く」

「……」

「お前が、殺そうとしたのは、誰の、子だ」

ソラは、答えられなかった。

その、震える唇が、何かを、言おうとして。

言葉に、ならなかった。

そして──魔王は、静かに、告げた。

「──俺の、民の、子だ」


その言葉に。

ソラが、崩れ落ちた。

膝から。地面に。

「……ぅ、あ」

嗚咽が、漏れた。

「ごめん……ごめん、なさい……」

「謝罪は、いらん」

魔王は、静かに、言った。

「お前が、謝るべきは、俺ではない。──あの子と、その母だ」

「……」

「そして、五年前に、死んだ、その父にもだ。だが、それは、もう、できん」

魔王の、声が、震えた。

初めて、感情が、露わになった。

「四十五年だ。──俺は、四十五年、これを、見てきた」

彼は、拳を、握った。

「畑にいた者が、斬られた。水を汲んでいた者が、斬られた。子を、抱いていた母が、斬られた。──『魔物討伐』の、名の下に」

彼は、俺たちを、見渡した。

「そして、その、たびに。人族は、こう言った。『魔族は、悪だから』と」


「……嘘だ」

騎士の、一人が、叫んだ。

「魔族の、戯言だ! 惑わされるな、勇者様!」

「戯言、か」

魔王が、その騎士を、見た。

「なら、聞こう。──お前たちは、なぜ、俺たちを、討つ」

「決まっている! 魔族は、人族の、敵だからだ!」

「なぜ、敵だ」

「そ、それは……昔から、そうだからだ!」

「昔とは、いつだ」

魔王の、問いに、騎士は、答えられなかった。

「四十五年前か? それとも、百年前か? ──言ってみろ」

「……」

「答えられまい」

魔王は、静かに、言った。

「誰も、知らないからだ。──『魔族は敵だ』と、教えられただけで。その理由を、知っている者は、一人も、いない」

彼は、ソラを、見た。

「そうだろう。勇者よ」

ソラは、地面に、膝をついたまま。

顔を、上げた。

その目が、真っ赤だった。

「……あんたは」

彼は、掠れた声で、聞いた。

「あんたは、知ってるのか? なんで、こんなことに、なったのか」

「知っている」

魔王は、即答した。

「教えてくれ」

「……なぜ、俺に、聞く」

「他に、聞ける人が、いないからだ」

ソラは、そう言った。

「王様は、教えてくれなかった。騎士団も。先生も。──みんな、『魔族は悪だ』としか、言わなかった」

彼は、拳を、握った。

「頼む。──俺に、教えてくれ」


魔王は、しばらく、ソラを、見ていた。

そして、静かに、言った。

「……四十五年前」

「うん」

「お前たちの、王が。──この地に、兵を、送ってきた」

魔王は、語り始めた。

「最初は、少人数だった。冒険者と、名乗る者たちが、来て、俺たちの、村を、襲った。『魔物討伐』の、依頼だと、言って」

「……」

「俺たちは、抵抗した。だが──こちらには、軍がない。あるのは、畑と、家と、家族だけだ」

彼は、街を、見た。

「王が、欲しかったのは、この土地だ。この谷は、肥沃でな。それに、山には、鉱脈もある。──だが、精霊の地が、邪魔で、大軍は、送れなかった」

「……だから」

俺は、口を、開いた。

「ギルドの、依頼という形で。少人数を、送り込んだ」

魔王が、俺を、見た。

「そうだ。──よく、分かったな」

「勅命書の、書き方から、推測した」

俺は、答えた。

「王国は、『軍』を、動かしていない。ずっと、『冒険者』を、使っている。──なぜか、と、考えれば」

「地形だ」

魔王が、頷いた。

「霧の森は、誰も、通れない。両サイドの、山道は、険しすぎて、大軍が、通れない。──だから、王は、少人数の、冒険者を、送り続けた」

彼は、静かに、言った。

「そして、それを、"戦争"とは、呼ばなかった。──"討伐"と、呼んだ」


ソラの、目が、見開かれた。

「討伐……」

「そうだ」

魔王は、頷いた。

「戦争なら、記録に、残る。宣戦布告が、要る。理由が、要る。──だが、"魔物討伐"なら」

彼は、哀しそうに、笑った。

「ただの、依頼だ。何の、記録にも、残らない。誰も、疑問に、思わない」

俺は、その言葉に。

背筋が、冷たくなるのを、感じた。

──なるほど。

四十五年。王国は、"戦争"を、していたのではない。

"依頼"を、出し続けていた。

そして、冒険者たちは、それを、疑わずに、受けた。「魔物討伐」だと、信じて。

「……ギルドの、記録には」

俺は、呟いた。

「残っている、はずだ」

魔王が、俺を、見た。

「なに?」

「依頼の、記録は、必ず、残る」

俺は、続けた。

「ギルドは、すべての依頼を、記録する。日付。場所。報酬。──そして、回収品も」

俺の、頭の中で。

盤面が、動き始めた。

「……回収品」

俺は、呟いた。

「魔物討伐なら、回収品は、魔石や、素材だ。牙、皮、爪。──だが」

俺は、顔を、上げた。

「村を、襲ったなら」

「……何が、残る」

ニックが、聞いた。

「暮らしの品だ」

俺は、答えた。

「農具。鍋。織物。銀の指輪。──人が、暮らしていた、証が」

広場が、静まり返った。

「もし、四十五年分の、依頼記録に。『魔物討伐』と書かれた依頼の、回収品目録に。──農具や、指輪が、並んでいたら」

俺は、静かに、言った。

「それは、嘘の、証拠になる」


魔王が、俺を、見つめていた。

その目に、初めて、驚きが、浮かんでいた。

「……お前」

「なんだ」

「本当に、剣を、握らないのだな」

彼は、少し、笑った。

「四十五年、誰も、そこに、辿り着かなかった。俺も、含めてな。──俺たちは、ただ、殺されるだけだった。誰も、"証拠"など、考えなかった」

彼は、街の方を、見た。

「俺たちの、側にも、記録は、ある。いつ、どこを、奪われたか。──だが、それは、俺たちの言い分でしかない。人族は、信じまい」

「二つ、揃えば、違う」

俺は、答えた。

「あんたの側の、記録。──『いつ、どの村が、襲われたか』」

「……」

「そして、ギルドの、記録。──『いつ、どこに、討伐依頼が、出されたか』」

俺は、静かに、言った。

「二つが、一致すれば。──それは、もう、言い分じゃない。事実だ」


魔王は、しばらく、黙っていた。

そして、深く、息を、吐いた。

「……なるほど」

彼は、俺を、見た。

「前に、言ったな。『お前は、いつか、剣ではなく、答えを持って、俺の前に立つ』と」

「ああ」

「思ったより、早かった」

彼は、少し、笑った。

そして、真顔に、戻った。

「だが、まだ、答えでは、ない。──記録は、揃っていないのだろう」

「揃えるつもりだ」

俺は、答えた。

「ギルド本部の、記録庫に、原本があるはずだ。──四十五年分の」

「取れるのか」

「取る」

俺は、即答した。

魔王は、しばらく、俺を、見ていた。

そして、静かに、言った。

「……俺の側の記録は、渡そう」

「いいのか」

「構わん」

彼は、頷いた。

「四十五年、俺は、何もできなかった。ただ、民が、殺されるのを、見ていただけだ。──もし、お前が、それを、変えられるなら」

彼の、声が、掠れた。

「使え。──全部」


その時。

「──貴様ら!」

騎士が、剣を、抜いた。

「王国への、反逆か!」

「反逆?」

俺は、振り返った。

「俺は、記録の話を、しているだけです」

「魔族と、取引をしただろう!」

「取引?」

俺は、首を、傾げた。

「俺は、『記録を、見せてもらう』と、言っただけです。──それの、どこが、反逆ですか」

「ふざけるな!」

騎士が、俺に、剣を、向けた。

その、瞬間。

ぱきん、と。

騎士の、足元が、凍りついた。

「……なっ!?」

氷が、彼の、脚を、絡め取っていた。

フィオナが、杖を、向けていた。

その、指先に、霜が、舞っている。

「──動かないでください」

彼女の、声は、氷点下だった。

「私、今、とても、機嫌が、悪いんです」


騎士たちが、動きを、止めた。

そして、ソラが。

ゆっくりと、立ち上がった。

「……やめろ」

彼は、騎士に、言った。

「勇者様!?」

「兄貴は、何も、間違ってない」

ソラは、聖剣を、握りしめた。

「間違ってるのは──」

彼は、そこで、言葉を、止めた。

そして、俯いた。

「……いや。まだ、分かんねえ」

彼は、掠れた声で、言った。

「でも、俺は、確かめる。──自分の目で。自分の頭で」

彼は、魔王を、見た。

「あんたの言うことが、本当かどうか。王様の言うことが、本当かどうか。──俺が、確かめる」

魔王は、その言葉に。

初めて、静かに、微笑んだ。

「……そうか」

彼は、頷いた。

「それが、答えだ、勇者よ」


「今日は、退け」

魔王が、言った。

「今日も、俺は、お前たちを、殺さない。──だが、次は、分からん」

彼は、俺を、見た。

「王が、また、お前たちを、送ってくるなら。その時は、戦うことに、なるかもしれん」

「……ああ」

「だが」

魔王の、声が、少し、和らいだ。

「もし、お前が、記録を、揃えて。──答えを、持って、来るなら」

彼は、街の方へ、歩き出した。

そして、振り返らずに、言った。

「その時は、話を、しよう。──人と、人として」

俺たちは、退いた。

魔王は、追ってこなかった。

騎士たちは、憤懣やる方ない様子だったが、何も、できなかった。

そして、山道を、登りながら。

ソラが、ぽつりと、言った。

「……兄貴」

「ん?」

「俺、王都に、帰ったら。──王様に、聞いてみる」

俺の、足が、止まった。

「『なんで、魔族と、戦うんですか』って。『あの村の人たちが、何をしたんですか』って」

ソラは、前を、見ていた。

「それで、王様が、ちゃんと、答えてくれたら。──俺は、王様を、信じる」

彼は、拳を、握った。

「でも、もし。答えられなかったら」

その声が、震えた。


「……その時は、俺、自分で、決める」


俺は、その、背中を、見た。

十七歳の、少年の、背中を。

三年間、疑うことを、教わらなかった少年が。

今、初めて、自分の頭で、考えている。

「……ソラ」

「ん?」

「一つ、忠告だ」

俺は、静かに、言った。

「王に、聞くのは、いい。──だが、答えを、鵜呑みにするな」

「え?」

「王が、何と、答えても。──必ず、自分で、確かめろ」

俺は、続けた。

「王の言葉も。魔王の言葉も。──そして、俺の言葉も」

ソラは、振り返った。

「……兄貴の、言葉も?」

「ああ」

俺は、頷いた。

「俺だって、間違えることは、ある。──だから、鵜呑みにするな。自分で、確かめろ」

ソラは、しばらく、俺を、見ていた。

そして、少し、笑った。

「……兄貴、やっぱ、変わってるな」

「そうか?」

「うん。──普通、『俺を信じろ』って、言うだろ」

彼は、前を、向いた。

「でも、あんたは、『疑え』って、言う」

その声には。

初めて、迷いのない、響きが、あった。

「……だから、俺、あんたのこと、信じられるんだと、思う」


その夜。

野営の、焚き火の、傍らで。

バッセさんが、俺の、隣に、座った。

「……レイジや」

「はい」

「今日、聞いたことじゃがな」

老斥候の、声は、掠れていた。

「回収品の、目録。──あれを、調べる、と、言うたな」

「ええ」

「……そうか」

彼は、深く、息を、吐いた。

そして、火を、見つめた。

「わしはな。──四十年、記録を、つけてきた」

「はい」

「その中に。──ずっと、気になっとった、ものが、ある」

俺は、彼を、見た。

「……何ですか」

バッセさんは、答えなかった。

代わりに、震える手で、火に、枝を、くべた。

「まだ、言えん」

彼は、掠れた声で、言った。

「だが──もし、お前さんが、本気で、あの記録を、掘るなら」

彼は、俺を、見た。

その目が、四十年分の、何かを、抱えていた。

「わしも、行く。──王都へ」

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