第34話 慰め
ハルベルに、戻ったのは、翌々日の、夕方だった。
クランハウスに、着くと、セシリアと、ガルドが、出迎えた。
「──おかえりなさい!」
セシリアが、駆け寄ってきて──そして、足を、止めた。
「……レイジ、さん?」
彼女の、目が、見開かれた。
「どうした」
「あなた……何か」
セシリアは、俺を、じっと、見た。
そして、掠れた声で、言った。
「──力が、増えて、います」
その言葉に、ガルドが、はっと、俺を、見た。
そして、この男の、動きが、止まった。
「……おい」
ガルドが、俺の、前に、立った。
上から、下まで。じっくりと、見る。
元B級。格を、見抜く目を、持つ男。
「……レイジ」
「ああ」
「お前、何が、あった」
俺は、正直に、答えた。
「精霊に、加護を、もらった」
「加護?」
「聖剣に、籠っていた、剣霊だ。──俺を、選んだらしい」
ガルドは、しばらく、口を、開けたまま、固まっていた。
そして。
「……はっ」
短く、息を、吐いた。
「……はは」
肩が、揺れ始めた。
「はははっ! ──おい、聞いたか、セシリア!」
彼は、いきなり、大声で、笑い出した。
「レイジが! この、Fランクが! 精霊に、選ばれたとさ!」
「ガルドさん、声が」
「うるせえ! 笑うだろ、これは!」
彼は、俺の、肩を、思い切り、叩いた。
痛い。
「半年だ。半年、俺は、お前を、見てきた」
ガルドの、声が、震えていた。
笑いながら。目が、赤かった。
「俺が、お前を、囮に、使って。支部が、Fランクだからって、鼻で笑って。──それでも、お前は、盤面を、組み続けた。『弱くても、勝てる』って、証明し続けた」
彼は、俺の、肩を、掴んだ。
「そのお前が、今度は、精霊に、選ばれた、だと?」
「……俺が、望んだわけじゃない」
「知ってる!」
ガルドは、叫んだ。
「知ってるさ! お前は、いつも、そうだ! 望んでねえのに、勝手にまわりが、お前の方に、傾いていく!」
◇
彼は、目を、拭った。
そして、少し、声を、落とした。
「……ざまあみろ、だ」
「え?」
「いや」
ガルドは、言いかけて、口を、噤んだ。
そして、俺から、目を、逸らした。
「……すまん。今のは、無しだ」
「なんだ」
「俺には、言う資格が、ねえ」
彼は、掠れた声で、言った。
「支部の連中が、お前を、値踏みした、なんて。──一番最初に、それを、やったのは、俺だ」
広間が、静かになった。
「初めて、お前が、うちに、来た日」
ガルドは、続けた。
「俺は、お前の、ランクを、見た。F。それだけ見て、決めた。──『こいつは、囮に、使える』と」
彼は、拳を、握った。
「お前が、何を、考えてるか。何が、できるか。──一度も、見ようとしなかった。ランクだけ、見て、値札を、貼った」
彼は、顔を、上げた。
その目が、赤かった。
「だから、俺が、言えるのは、こっちだけだ」
そして、ガルドは、深く、頭を、下げた。
「──測り方を、間違えて、悪かった」
俺は、しばらく、答えられなかった。
「……もう、済んだ話です」
「済んでねえよ」
ガルドは、頭を、下げたまま、言った。
「お前が、どんだけ、正しく、測られなかったか。──俺が、一番、知ってる。俺が、その、間違えた側だからだ」
彼は、ゆっくりと、顔を、上げた。
「だから、嬉しいんだよ」
その顔は、くしゃくしゃに、なっていた。
「精霊が、お前を、選んだ。──あいつらは、間違えなかった。数字じゃなく、お前を、ちゃんと、見た」
彼は、笑った。泣きながら。
「俺が、半年前に、できなかったことを。──やりやがった」
「……ガルドさん」
俺は、少し、考えて、言った。
「一つ、訂正が、あります」
「あ?」
「あなたは、確かに、最初、俺を、ランクで、測った。──ですが」
俺は、彼を、見た。
「一番早く、測り方を、変えたのも、あなただ」
ガルドの、動きが、止まった。
「ワイバーンの、時。あなたは、俺の、指示に、乗った。Fランクの、臨時の言うことに。──支部の誰も、そんなことは、しなかった」
「……あれは」
「あなたが、最初に、測り方を、変えたから。今の、盤上の灯が、ある」
俺は、静かに、言った。
「だから、謝罪は、受け取りません。──代わりに、これから先も、正しく、測ってください。俺じゃなく、うちの、百人を」
ガルドは、しばらく、俺を、見ていた。
そして、乱暴に、目を、拭った。
「……お前、そういうとこだぞ」
「どこです」
「うるせえ」
彼は、鼻を、鳴らした。
「──任せろ。それが、代表の、仕事だ」
「……で、剣は、振れるようになったのか?」
ガルドが、聞いた。
「いや」
俺は、首を、振った。
「剣霊が、はっきり、言った。『お前を、剣士にしたのではない』と。──この力は、盤面を、支えるためのものだ」
「……ははっ」
ガルドが、また、噴き出した。
「精霊まで、お前のことを、分かってやがる」
「そうらしい」
「いいじゃねえか。──お前が、剣を振り回し始めたら、それこそ、この世の終わりだ」
彼は、俺の、背中を、叩いた。
「そのままでいろよ。──それが、お前だ」
そして、ふと、思い出したように、言った。
「あー、そういや、聞き忘れてた。──どんくらい、上がったんだ?」
「……九十七から」
俺は、答えた。
「およそ、百九十七」
ガルドの、動きが、止まった。
「…………は?」
「全部の項目に、二十ずつ。──総合で、百くらい、上がった」
「百!?」
彼は、目を、剥いた。
「お、おい、それ、フィオナと、同じくらいじゃねえか! Aランク相当だぞ!」
「そうなるな」
「……いや、待て。待て待て待て」
ガルドは、頭を、抱えた。
「お前、Fランクの、登録だよな」
「ああ」
「支部の測定、また、受けるのか?」
「受けない」
俺は、即答した。
「え?」
「知られない方が、いい」
俺は、静かに、言った。
「王国は、俺たちを、警戒している。──『盤上の灯に、Aランク相当の男が、増えた』と知れば、警戒は、さらに、強くなる」
俺は、続けた。
「俺は、Fランクのままで、いい。──弱いと、思われている方が、盤面は、組みやすい」
ガルドは、しばらく、俺を、見て。
そして、深く、息を、吐いた。
「……お前、本当に、変わらねえな」
「そうか?」
「強くなっても、隠す気か。──普通、逆だぞ」
◇
「あの……」
セシリアが、遠慮がちに、口を、開いた。
「フィオナさんも、何か、変わっていませんか? さっきから、指先に、白いものが……」
「氷の、精霊です」
フィオナが、嬉しそうに、指先を、見せた。
霜が、きらきらと、舞った。
「私にも、宿ってくれました」
「まあ……!」
セシリアが、目を、輝かせた。
「素敵。──それに、あなた、少し、雰囲気が、柔らかくなりましたね」
「そ、そうですか?」
「ええ。──何か、いいことが、あったみたい」
フィオナの、頬が、染まった。
そして、ちらりと、俺を、見て、慌てて、目を、逸らした。
その様子を、セシリアが、微笑ましそうに、見ていた。
◇
そして、ガルドが、ソラの、腰に、目を、止めた。
「……その剣が、聖剣か」
「そうだ」
ソラが、答えた。
だが、その声には、覇気が、なかった。
「……取ってきた。抜けた。──けど」
彼は、それ以上、言わずに、俯いた。
そして、そのまま、二階の、客間へ、上がっていった。
「……なんだ、あれ」
ガルドが、眉を、ひそめた。
「聖剣を、取ったんだろ? もっと、喜ぶかと、思ったが」
「……いろいろ、あった」
俺は、そう答えるに、留めた。
◇
その夜。
俺は、執務室で、記録を、整理していた。
九日間の、森の記録。魔物の分布。霧の性質。窪地の、位置。──そして、あの、遭遇。
すべてを、書き留めていく。いつか、必要になる。
「レイジ」
ガルドが、扉から、顔を、出した。
「ちょっと、いいか。──話が、ある」
「ああ」
彼は、部屋に、入ってきて、椅子に、腰を、下ろした。
そして、しばらく、言葉を、選んでいた。
「……あの、勇者。どうなってる」
「揺れてる」
俺は、答えた。
「聖剣に、拒まれた。──『お前は、まだ何も選んでいない』と」
「……そうか」
「それと、もう一つ」
俺は、ペンを、置いた。
「報告が、遅れました。──帰りに、魔王に、会った」
ガルドの、動きが、止まった。
「…………は?」
「霧の森の、帰り道だ。霧が、晴れて、その向こうに、立っていた。角の、生えた、男が」
「ま、待て」
ガルドが、椅子から、立ち上がった。
「魔王って……あの、魔王か? 勇者が、討ちに行くって、王国が、言ってる」
「そう呼ばれていると、本人が、言った」
「……いや、おかしいだろ」
ガルドは、頭を、振った。
「あれは、王都の、お偉いさんが、言ってるだけの話だろ。俺は、二十年、冒険者を、やってるが。──魔王に、会った奴なんて、聞いたことが、ねえ。本当に、いるのかどうかも」
「いた」
俺は、静かに、答えた。
「そして、俺たちは、生きて、帰ってきた。──あいつが、殺さなかったからだ」
ガルドは、へなへなと、椅子に、座り込んだ。
「……冗談だろ」
「冗談で、こんな報告は、しない」
「どんくらい、強かった」
「ソラより、上だ」
ガルドの、顔から、血の気が、引いた。
「……あの、勇者より?」
「ああ。聖剣込みの、五百を、明らかに、超えてた。──ソラの一撃を、素手で、受け止めた」
「…………」
ガルドは、額を、押さえて、しばらく、動かなかった。
そして、掠れた声で、言った。
「……お前ら、何しに、行ったんだ。聖剣、取りに行っただけ、だよな?」
「そのはずだった」
「……で、そいつは」
ガルドが、絞り出すように、聞いた。
「なんで、お前らを、殺さなかったんだ」
「『殺しても、終わらない』と、言った」
俺は、答えた。
「『お前たちを殺せば、また次が来る。王国は、いくらでも人を送ってくる』と。──疲れきった、目をしていた」
「疲れた……目?」
「四十五年、俺たちが、来続けたそうだ」
俺は、静かに、続けた。
「あいつの、土地に。あいつの、村に。──そして、あいつらを、"魔物"と、呼んで、殺していった、と」
ガルドの、顔が、こわばった。
「……なんだ、それ」
「知らないのか、と、聞かれた。──『お前たちは、何も知らないのだろう』と」
俺は、記録を、指した。
「ガルドさん。俺の知る限り、王国は、こう言ってる。『魔族は、人族を滅ぼそうとする、悪だ』と。──だが、あいつの言い分は、逆だった」
「……逆」
「『攻めてきているのは、お前たちの方だ』と」
広間が、静まり返った。
ガルドは、しばらく、答えられずにいた。
そして、掠れた声で、言った。
「……どっちが、本当なんだ」
「分からない」
俺は、正直に、答えた。
「だが──あの男は、嘘を、ついている顔じゃ、なかった」
「……お前は、どう思う」
ガルドが、聞いた。
「まだ、判断しない」
俺は、答えた。
「片方の言い分だけで、盤面は、組めない。──記録が、要る」
「記録?」
「王国側の記録と、魔族側の記録。──両方を、突き合わせれば、どちらが、嘘を、ついているか、分かる」
俺は、ペンを、置いた。
「今は、まだ、材料が、足りない。──だが、いずれ、確かめる」
ガルドは、深く、息を、吐いた。
「……お前、魔王の言い分を、疑ってねえな」
「疑ってる」
俺は、即答した。
「同時に、王国の言い分も、疑ってる。──それだけだ」
◇
しばらく、沈黙が、あった。
そして、ガルドが、聞いた。
「……で、あの勇者は。どうなってる」
「揺れてる、と、言った」
俺は、答えた。
「聖剣に、拒まれて。魔王に、『なぜ俺たちは敵なんだ』と、問われて。──答えられなかった」
「……」
「三年間、疑わずに、信じてきたものが。初めて、ぐらついた」
ガルドは、額を、押さえた。
「……可哀想な、坊主だな」
「そうだな」
「で、お前は。──あの坊主を、どうする気だ」
俺は、答えなかった。
代わりに、ガルドを、見た。
「ガルドさん。もし、王国が、『盤上の灯を、討て』と、あいつに、命じたら。──あいつは、どうすると、思う」
ガルドの、顔が、こわばった。
「……そりゃ」
「命令に、従う。今は、まだ」
俺は、静かに、言った。
「あいつは、王国の、駒だ。命じられれば、こっちに、剣を、向ける。──五百の、膂力で」
「……そうなったら」
「全滅だ」
俺は、即答した。
「盤面も、何も、ない。──あいつには、俺の盤面は、通用しない。盤面の、外にいるからだ」
◇
ガルドは、しばらく、黙っていた。
そして、掠れた声で、聞いた。
「……なら、どうする」
「あいつが、命令に、逆らえるように、する」
俺は、答えた。
「……できるのか、そんなこと」
「分からない」
俺は、正直に、答えた。
「だが、やるしかない。──あいつを、王国の駒から、外す。それが、盤上の灯が、生き残る、道の、一つだ」
「一つ?」
「もう、一つ、ある」
俺は、窓の外を、見た。
北西。霧の森の、方角。
「魔王だ」
ガルドの、顔から、血の気が、引いた。
「お前……まさか」
「まだ、何も、決めてない」
俺は、遮った。
「ただ、盤面を、見ているだけだ。──王国。ソラ。魔王。三つとも、敵に、回れば、俺たちは、詰む。なら、どれか一つでも、敵から、外すしかない」
「……」
「王国は、動かせない。あそこは、根っこから、腐ってる。──残るは、二つだ」
ガルドは、額を、押さえた。
「お前は、本当に……とんでもないことを、考える」
「生き残るためだ」
俺は、答えた。
「他に、道が、あるなら、聞きたい」
ガルドは、答えられなかった。
◇
同じ頃。
二階の、客間の、前で。
フィオナは、扉を、見つめて、立っていた。
中から、物音は、しない。
夕食にも、降りてこなかった。
「……ソラさん」
彼女は、扉を、叩いた。
返事は、ない。
「……開けますよ」
彼女は、そっと、扉を、開けた。
ソラは、窓辺に、座って、外を、見ていた。
膝の上に、聖剣を、抱えて。
「……なんだよ」
彼は、振り返らずに、言った。
「一人にしてくれよ」
「嫌です」
フィオナは、部屋に、入った。
「え?」
「私、あなたに、言いたいことが、あります」
◇
ソラが、ようやく、振り返った。
その目が、赤かった。
「……なんだよ。俺のこと、笑いに来たのか」
「笑いません」
「じゃあ、なんで」
「あなた、勘違いを、していますから」
フィオナは、彼の、向かいに、腰を、下ろした。
「勘違い?」
「聖剣に、拒まれたこと。魔王に、『選ばれていない』と、言われたこと。──それを、あなたは、『自分に、価値がない』と、受け取っている」
ソラの、肩が、揺れた。
「……だって、そうだろ」
彼は、聖剣を、握りしめた。
「俺、三年、頑張った。誰よりも、強くなった。──なのに、精霊は、俺を、選ばなかった。兄貴と、あんたを、選んだ」
彼の、声が、震えた。
「俺、なんのために、強くなったんだよ。強くなれば、認められると、思ってた。──でも、一番、大事なところで、選ばれなかった」
◇
フィオナは、しばらく、黙っていた。
そして、静かに、言った。
「……私も、同じでした」
ソラが、顔を、上げた。
「え?」
「私、この街の、歴代最高の、魔力の器を、持っています」
フィオナは、自分の、手を、見た。
「魔術学院でも、ずっと、首席でした。誰よりも、大きな魔法を、撃てた。誰よりも、強かった」
「……すげえじゃん」
「ええ。すごい、と、言われました。ずっと」
彼女の、声が、少し、翳った。
「でも──私、ずっと、使われる側でした」
「使われる、側?」
「紅の盾という、パーティーに、いました」
フィオナは、静かに、語った。
「そこで、私は、『大きな魔法を撃つ、駒』でした。指示されて、撃つ。それだけ。──いつ、どこに、何を撃つか。全部、他人が、決めていました」
「……」
「そして、私は、それを、疑問にも、思わなかった。だって、私は、強かったから。強ければ、それでいい、と、思っていた」
彼女は、俯いた。
「ある日、気づいたんです。──私の力は、大きいだけで。私自身は、何も、考えていなかった」
ソラの、目が、見開かれた。
「器が、大きいだけ。──私は、それだけの、人間でした」
「……そんなこと」
ソラが、掠れた声で、言った。
「あんた、すげえ、強いじゃん。魔王の前でも、逃げなかったし」
「今は、そうです」
フィオナは、顔を、上げた。
「でも、変わったのは、力じゃ、ありません」
「え?」
「レイジさんに、会って。──私は、初めて、自分の頭で、考えるように、なりました」
彼女の、紫の目が、静かに、光った。
「あの人は、私に、『撃て』と、言うだけじゃ、ありませんでした。『なぜ、ここで、撃つのか』を、教えてくれた。『お前の魔法は、こう使えば、盤面を、変えられる』と」
「……」
「私の力は、変わっていません。ずっと、同じ、器です。──でも、使い方が、変わった。そして、それだけで、私は、別人に、なりました」
フィオナは、ソラを、見た。
「ソラさん。あなたも、同じです」
ソラは、答えられなかった。
「あなたの力は、大きい。誰よりも。──でも、あなたは、その使い方を、教わらなかった」
フィオナは、続けた。
「王国は、あなたに、『倒せ』としか、言わなかった。だから、あなたは、倒すことしか、知らなかった。──それは、あなたのせいじゃ、ありません」
「……」
「精霊が、あなたを、選ばなかったのは。あなたに、価値がないからじゃ、ありません」
彼女は、静かに、言った。
「まだ、あなたが、自分で、選んでいないから、です」
ソラの、目から。
涙が、一筋、こぼれた。
「……俺」
彼は、掠れた声で、言った。
「俺、ずっと、怖かった」
「怖い?」
「うん」
彼は、聖剣を、抱きしめた。
「もし、俺が、強くなくなったら。誰も、俺のこと、見てくれなくなる。──だから、強くなきゃ、って。ずっと、思ってた」
彼の、肩が、震えていた。
「十四で、こっちに、来て。何も、分かんなくて。誰も、知らなくて。──でも、『お前は、勇者だ』『お前は、強い』って、言われて」
「……」
「それだけが、俺の、居場所だった。強いこと。それだけが」
彼は、俯いた。
「だから、聖剣に、拒まれて。俺……居場所が、なくなった、気がして」
◇
フィオナは、その言葉を、聞いて。
しばらく、黙っていた。
そして、静かに、言った。
「……ソラさん。あなた、今日、レイジさんに、聞いていましたよね。『俺、何と、戦ってるんだ』って」
「え?」
「私、後ろで、聞いていました」
彼女は、少し、微笑んだ。
「それが、答えです」
「……答え?」
「あなたは、問い始めた。『何と、戦っているのか』と。──三年間、一度も、疑わなかったあなたが」
フィオナの、声が、優しくなった。
「それは、あなたが、自分の頭で、考え始めた、ということです。──強いだけの、駒じゃ、なくなった」
ソラの、目が、見開かれた。
「精霊は、力を、見ません。──自分で、選ぶ者を、見ます。だから」
彼女は、まっすぐに、彼を、見た。
「あなたが、自分で、答えを、見つけた時。──剣は、あなたを、認めます」
◇
ソラは、しばらく、彼女を、見ていた。
その目が、潤んでいた。
そして。
「……フィオナ」
「はい」
「あんた、なんで、俺に、こんな話、してくれるんだ?」
彼は、掠れた声で、言った。
「俺、あんたのこと、怒らせたし。兄貴のこと、馬鹿にしたし。──嫌われてる、はずだろ」
フィオナは、少し、考えた。
そして、答えた。
「……嫌いでは、ありません」
「え?」
「最初は、嫌いでした。レイジさんを、見下したから」
彼女は、正直に、言った。
「でも、あなたは、素直に、謝った。自分の力が、人を、危険に晒したと、知って、しょげた。レイジさんの言うことを、聞いて、岩を、砕いた。──そういう人を、私は、嫌いに、なれません」
彼女は、少し、笑った。
「それに──私も、昔は、あなたと、同じでしたから」
その言葉に。
ソラの、顔が、じわじわと、赤くなった。
「……そ、そうか」
「はい」
「あんた、いい奴だな」
「……はい?」
「いや、その」
ソラは、慌てて、目を、逸らした。
「なんつーか。……ありがとな」
フィオナは、その、慌てぶりに、少し、首を、傾げた。
「どういたしまして」
そして、立ち上がった。
「では、私は、これで。──ちゃんと、夕食は、食べてくださいね。セシリアさんが、残してくれています」
「お、おう」
彼女が、扉に、手を、かけたところで。
「なあ、フィオナ!」
ソラが、呼び止めた。
「はい?」
「あの、さ」
彼は、頭を、掻いた。
「また……話、してくれるか?」
フィオナは、少し、驚いた顔を、して。
そして、頷いた。
「ええ。──いつでも」
扉が、閉まった。
◇
一人になった、部屋で。
ソラは、しばらく、扉を、見つめていた。
そして、聖剣を、膝に、置いて。
その、五色の光を、見つめた。
「……自分で、選ぶ、か」
彼は、呟いた。
「俺が、選ぶ。──俺の、意志で」
そして、彼の、頭に、浮かんだのは。
魔王の、疲れた目。
「なぜ、俺たちは、敵なんだ」と、問うた、あの、声。
「……分かんねえよ、まだ」
ソラは、聖剣を、握りしめた。
「でも──自分で、確かめる。兄貴が、言ってた通りに」
そして、彼は、ふと、笑った。
「……フィオナも、言ってたしな」
その顔が、また、少し、赤くなったことに。
彼は、たぶん、気づいていなかった。
◇
翌朝。
朝食の、席で。
ソラは、いつもの、調子を、取り戻していた。
「兄貴! おはよう! 今日、何すんだ?」
「王都へ、報告に、行くんだろう」
「あー、そうだった。……行きたくねえなあ」
彼は、パンを、頬張りながら、ぼやいた。
そして、テーブルの、向かい側に、フィオナが、座ると。
「あ、フィオナ! おはよう!」
その声が、少し、上ずった。
「……おはようございます」
フィオナは、普通に、挨拶を、返した。
「昨日は、その……ありがとな!」
「いえ」
「あの、さ。今日、時間、あるか? もうちょっと、話とか──」
「レイジさん」
フィオナは、ソラを、素通りして、俺に、話しかけた。
「昨日、記録を、整理していましたよね。手伝いましょうか。私、あの森の、精霊の気配について、書き足したいことが」
「ああ、頼む」
「はい」
──ソラが、置いていかれた。
「……あれ?」
彼は、パンを、持ったまま、固まった。
そして、その様子を。
ニックが、にやにやしながら、見ていた。
「……勇者様。あれは、脈ないぞ」
「う、うるせえ! 何のことだよ!」
「はいはい」
ニックは、肩を、すくめた。
そして、小声で、呟いた。
「……ま、あの二人には、誰も、勝てねえよ」
その呟きは、誰にも、聞こえなかった。




