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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の勇者編

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第33話 霧晴れる

聖剣を、得て。

俺たちは、帰路を、急いでいた。

霧の森を、抜ければ、あとは、街道だ。二日で、ハルベルに、戻れる。

だが──俺の頭は、まだ、盤面の、先を、読んでいた。

聖剣が、揃った。王国の、切り札が、完成した。──次に、王国が、打つ手は、魔王討伐。そして、その先に、待つのは。

「……レイジさん」

隣を、歩く、フィオナが、ふと、足を、止めた。

「どうした」

「……霧が」

彼女が、前方を、見た。

「晴れて、いきます」


霧が、晴れていく。

だが──それは、俺たちが、森を、抜けたからでは、なかった。

風も、ないのに。霧が、まるで、意志を持つように。左右に、割れていく。

道を、開けるように。

いや──違う。

何かを、迎えるように。

「……総員、止まれ」

俺は、手を、挙げた。

腕輪の視界を、フル回転させる。ミサンガで、気配を、探る。

そして──捉えた。

前方。晴れていく霧の、向こう。

一つの、影が、立っていた。


それは、男だった。

背は、高い。黒い、外套を、纏っている。年の頃は──二十代の、後半か。

だが、その頭に。

二本の、角が、生えていた。

「……魔族」

ニックが、掠れた声で、呟いた。

「魔族が、なんで、こんなところに──」

「下がれ」

俺は、静かに、言った。

「全員、俺の、後ろへ。ゆっくりだ」

その男の、質量を、俺は、読んでいた。

ソラ、四百。聖剣込みで、五百。この街の、S級が、二百五十から、三百。

そして──目の前の、男。

「……ソラより、上か」

俺は、呟いた。

正確な数字は、読めない。だが、分かる。──ソラの、五百を、明らかに、超えている。まともに、やり合えば、勝ち目は、ない。

男が、こちらを、見た。

静かな、目だった。

怒りも、殺気も、ない。ただ、疲れた、目。──長く、重いものを、背負ってきた者の、目だった。


「……人族か」


男が、口を、開いた。

低く、落ち着いた、声。

「この森に、人が、来るのは、久しぶりだ。──いつも、そうだ。お前たちは、ここを、越えて、来る」

彼は、俺たちを、見渡した。

そして、ソラの、腰の、聖剣で、目を、止めた。

「……聖剣を、抜いたのか」

その声に、初めて、感情が、混じった。

哀しみのような、諦めのような。

「そうか。──ついに、抜かれたか。長い、間、誰にも、抜けなかった、あれが」

「あんた──」

ソラが、前に、出ようとした。

「魔王、か?」

男の、眉が、わずかに、動いた。

「……魔王」

彼は、静かに、繰り返した。

「そう、呼ばれているな。お前たちには」

「やっぱり!」

ソラが、聖剣を、抜いた。

五色の光が、刀身に、走る。

「魔王! お前を、倒すために、俺は──」

「ソラ、待て!」

俺は、叫んだ。

だが、ソラは、止まらなかった。

「俺は、勇者だ! 魔王を、倒すために、召喚された! ──これが、俺の、役目だ!」

彼は、聖剣を、構えて、踏み込んだ。

五百の、膂力で。

魔王は、動かなかった。

ソラが、聖剣を、振り下ろす。

その、一撃を──魔王は、片手で、受け止めた。

素手で。

「……っ!?」

ソラの、顔が、こわばった。

聖剣の、刃が。魔王の、手のひらで、止まっていた。血の、一滴も、流れずに。

「……軽いな」

魔王が、呟いた。

「剣は、重い。だが、お前の、覚悟が、軽い。──なぜ、俺を、斬る? 答えられるか」

「そ、それは──魔王、だからだ! 魔族は、人族の、敵で──」

「なぜ、敵だ」

魔王の、声が、静かに、響いた。

「答えろ。──なぜ、俺たちは、お前たちの、敵なんだ」

ソラは、答えられなかった。

「……っ、そんなの、王様が──」

「王が、言ったから、か」

魔王は、聖剣を、握ったまま。

哀しそうに、笑った。

「やはり、そうか。──お前たちは、いつも、そうだ」

その、瞬間。

魔王が、聖剣を、押し返した。

軽く。ただ、手を、払っただけで。

ソラの、身体が、後ろへ、吹き飛んだ。

「うわっ!?」

「ソラ!」

俺は、腕輪の視界で、彼の、軌道を、読んだ。

「ニック! 受けろ! 右斜め後方!」

ニックが、韋駄天で、回り込み、ソラの、背を、支えた。二人が、もつれて、地面を、転がる。

「て、てめえ……!」

ソラが、立ち上がった。

「今の、なんだよ! 俺の、聖剣を──」

「ソラ。もう、いい」

俺は、彼の、前に、出た。

「え?」

「勝てない。──今のお前じゃ」

魔王が、俺を、見た。

そして──その、目が、細くなった。

「……お前」

彼は、俺を、見つめた。

「妙だな。力は、ある。──だが、戦う者の、気配がない。剣を、握る者の、殺気も。魔を、操る者の、流れも。何も、感じない」

彼の、目が、探るように、俺を、なぞった。

「力だけが、ある。なのに、戦士では、ない。──なのに、なぜ、お前が、この者たちの、前に、立つ」

俺は、答えなかった。

代わりに、魔王の、質量を、読み続けた。

ソラの、五百を、超える力。しかも──今の、動き。ソラの一撃を、片手で受けて、片手で返した。膂力だけじゃない。技も、ある。

勝てない。

まともに、やり合えば。ここにいる、全員が、死ぬ。

「……一つ、聞いていいか」

俺は、口を、開いた。

「なぜ、俺たちを、まだ、殺さない」

魔王の、動きが、止まった。

「お前は、強い」

俺は、続けた。

「その気に、なれば、今すぐ、俺たちを、皆殺しに、できる。──なのに、しない。なぜだ」

魔王は、しばらく、俺を、見ていた。

そして、静かに、言った。

「……殺して、何になる」

「え?」

「お前たちを、殺せば、また、次が、来る。王国は、いくらでも、人を、送ってくる。──殺しても、殺しても、終わらない」

彼の、声には、深い、疲れが、あった。

「四十五年、そうだった。──お前たちは、来る。俺たちの、土地に。そして、俺たちを、"魔物"と、呼んで、殺していく」

「……四十五年」

「お前たちの、王が、始めたことだ。──だが、お前たちは、知らないのだろう。何も」

魔王は、ソラを、見た。

「その、少年のように。──『魔族は、敵だ』と、教えられて。理由も、知らずに、剣を、振るう」

ソラが、その言葉に、たじろいだ。

「な、なんだよ、それ……俺たちが、悪いみたいに──」

「悪い、とは、言っていない」

魔王は、首を、振った。

「お前たちも、被害者だ。──知らされずに、駒に、されている。それだけは、分かる」

彼は、俺を、見た。

「そこの、戦士でない男。お前は、気づいているのだろう。──この戦の、本当の姿に」

俺は、答えなかった。

だが、魔王は、俺の、沈黙を、読んだように、頷いた。


「……やはり、な」


そして、彼は、ソラの、聖剣を、指した。

「その剣。──五色に、なっているな」

ソラが、はっと、聖剣を、見た。

「本来、あの剣は、七色に、輝く。だが、今は、五色。──二柱の、精霊が、抜けている」

魔王の、目が、俺と、フィオナを、順に、見た。

「一柱は、そこの、娘に。氷の、気配がする。──もう一柱は」

彼の、目が、俺で、止まった。

「お前か。──剣霊の、気配。まとめ役が、お前を、選んだのか」


「……なるほど」

魔王は、深く、頷いた。

「戦士でないのに、剣霊に、選ばれた。──妙なわけだ」

そして、ソラを、見て、哀しそうに、笑った。

「勇者よ。──その剣は、お前を、選んでいない」

ソラの、顔が、こわばった。

「な……」

「剣霊は、そこの、男を、選んだ。氷は、あの娘を、選んだ。──だが、お前を、選んだ精霊は、一柱も、いない」

「う、嘘だ!」

ソラが、叫んだ。

「俺は、勇者だ! 聖剣を、抜いた! だから──」

「抜いた、だけだ」

魔王は、静かに、言った。

「剣霊が、抜けて、ただの、剣に、なったから、抜けた。──選ばれた、わけではない」

その言葉は。

俺が、窪地で、ソラに、言ったことと、同じだった。

ソラの、顔から、血の気が、引いていった。

「……なんで」

彼は、掠れた声で、呟いた。

「なんで、あんたに、そんなことが、分かるんだよ……!」

「俺も、かつて、聖剣に、触れたからだ」

魔王が、言った。

窪地の、静寂のような、声で。

「若い頃。──この、魔族領を、守るために、俺は、あの剣を、求めた。精霊の、力があれば、王国を、退けられると、思った」

彼は、自分の、手を、見た。

「だが──剣は、俺も、選ばなかった。『お前は、守るために、剣を、求めている。だが、その剣は、奪うためのものではない』と」

魔王は、哀しそうに、笑った。

「精霊は、正しく、使う者しか、選ばない。力で、ねじ伏せようとする者を、拒む。──俺も、お前も、同じだ、勇者よ」

ソラは、聖剣を、握りしめたまま。

立ち尽くしていた。

「俺は……」

その声が、震えていた。

「俺は、何のために……」


俺は、その光景を、見ながら。

猛烈な速度で、盤面を、組んでいた。

まともに、戦えば、勝てない。

だが──この魔王は、殺す気がない。「殺しても終わらない」と、疲れている。今なら、戦わずに、退ける。

「魔王」

俺は、口を、開いた。

「俺たちは、あんたと、戦いに、来たわけじゃない。聖剣を、取りに、来ただけだ。──もう、用は、済んだ。退かせて、もらう」

魔王の、目が、俺を、見た。

「……逃げるのか」

「ああ」

俺は、即答した。

「勝てない相手と、戦うほど、無謀じゃない。──あんたには、まだ、遠く及ばない」

魔王が、少し、驚いた顔を、した。

そして──小さく、笑った。

「……面白い、男だ。強さを、誇らず、力の差を、認める。──お前のような、人族は、初めて見た」

彼は、道を、譲るように、一歩、下がった。

「行け。──今日は、見逃す」

「……いいのか?」

俺は、聞いた。

「聖剣を、持って、帰るぞ。あんたを、討つための、道具を」

「構わん」

魔王は、静かに、言った。

「その剣は、真の力を、出さない。剣霊が、抜けている。──ただの、よく斬れる剣だ。それで、俺を、討てると、思うなら、やってみるがいい」

彼は、俺を、見た。

「それに──お前は、気づいている。この戦の、本当の姿に。ならば、いつか」

魔王の、声が、低くなった。

「お前は、俺の、前に、また、立つ。──剣を、持ってではなく。答えを、持って」

その言葉に。

俺は、応えなかった。

だが──魔王の、言う通りだった。


俺たちは、退いた。

魔王は、動かなかった。ただ、静かに、俺たちが、去るのを、見送っていた。

霧の森を、抜けるまで。

ソラは、一言も、喋らなかった。

聖剣を、握りしめて。俯いて。ただ、歩いていた。

そして、森を、抜けて。街道に、出たところで。

ソラが、ぽつりと、言った。

「……兄貴」

「ん?」

「あいつ……魔王。──悪い奴、なのか?」

俺は、答えなかった。

「俺、あいつを、倒すために、召喚された。魔族は、敵だって、教わった。──でも、あいつ」

ソラの、声が、震えていた。

「疲れてた。すげえ、疲れてた。……悪い奴の、目じゃ、なかった」

「……」

「なあ、兄貴。俺、何と、戦ってるんだ?」

俺は、その問いに。

すぐには、答えなかった。

──まだ、早い。

ソラは、今、揺れている。「魔族は敵」という、王国の教えが、初めて、ぐらついている。だが、まだ、答えを、渡す時では、ない。

答えは、ソラが、自分で、辿り着かなければ、意味がない。

俺が、教えれば、それは、王国が、「魔族は敵だ」と、教えたのと、同じことだ。また、誰かの、言葉で、ソラの、盤面が、決まってしまう。

そうじゃない。

ソラは、自分で、選ばなければ、ならない。

「……ソラ」

俺は、静かに、言った。

「その問いは、大事だ。──だが、答えは、俺が、渡すものじゃない。お前が、自分で、見て、考えて、辿り着け。──何と、戦っているのか。誰が、敵なのか。それを、自分の目で、確かめろ」

ソラは、しばらく、俺を、見ていた。

そして、聖剣を、握りしめて、頷いた。

「……分かった」

その声には。

初めて、自分の、意志が、宿っていた。


その夜。

野営の、焚き火の、傍らで。

フィオナが、俺の、隣に、座った。

「……レイジさん。魔王、逃がして、よかったんですか」

「ああ」

「あの人、ソラさんの、聖剣込み五百でも、勝てない相手でしたよね。──あなたの、盤面でも、無理だった、と」

「今のソラじゃ無理だ」

俺は、即答した。

「戦闘力だけで言えば戦える。しかし覚悟の差が違いすぎる。盤面に、乗せられる相手じゃない。─盤面の、外にいる」

フィオナは、少し、考えた。

「では……もし、魔王が、本気で、私たちを、殺そうとしていたら」

「全滅、だった」

俺は、静かに、答えた。

「あいつが、殺す気が、なかったから、退けた。それだけだ。──運が、よかった」

フィオナが、身を、震わせた。

「……怖い、ですね」

「ああ」

「でも」

彼女は、焚き火を、見つめた。

「あの魔王……悪い人には、見えませんでした。疲れた、目をして。──『殺しても終わらない』って」

「……そうだな」

俺は、火を、見つめた。

民を、守るために、四十五年、戦い続けてきた、為政者。

「あいつは──今の俺と、同じ、目をしてた」

「え?」

「少ない、手札で。守るべきものを、守ろうと、必死な、目だ」


そして、俺は、焚き火に、枝を、くべながら。

盤面を、最悪の形で、組み直した。

魔王。ソラ。──盤面の、外にいる、二つの、力。どちらも、俺には、倒せない。嵌められない。動かせない。

そして、その二つが、もし。

俺たちに、牙を、剥いたら。

「……最悪だな」

俺は、呟いた。

「え?」

フィオナが、俺を、見た。

俺は、答えずに、盤面を、進めた。

王国は、いずれ、盤上の灯を、潰しに来る。

用済みに、なれば。

──その時、ソラは、どうなる。

今は、懐いている。だが、あいつは、王国の、駒だ。王が『あのクランを、討て』と、命じれば。

あの、五百の膂力が、こちらに、向く。

そして、魔王。あいつから、見れば、俺たちも、"攻めてくる人族"だ。いつ、敵に、回っても、おかしくない。


──三方向。


王国。ソラ。魔王。

そのすべてが、敵に、なりうる位置に。盤上の灯は、いる。しかも、この中で、一番、弱い。


「……守れるか。これを」


俺は、焚き火を、見つめた。

まともに、考えれば、詰みだ。三つの、規格外に、挟まれて、潰される。

だが──詰みの盤面ほど、俺の、領分だ。


どこかに、活路が、ある。

三つの力の、どれか一つでも、敵から、外せれば。二つでも、外せれば。──盤上の灯は、生き残れる。

王国は、動かせない。──構造そのものが、敵だ。腐った根から、生えている。

なら。

俺の、目が、焚き火の、向こうで、眠る、ソラを、捉えた。

聖剣を、抱いて。「何と、戦ってるんだ」と、問い始めた、少年を。

そして──魔王の、去り際の、言葉が、蘇った。

『お前は、俺の、前に、また、立つ。──剣を、持ってではなく。答えを、持って』

「……答えを、持って、か」

その言葉の、意味を。

俺は、まだ、掴めずにいた。

だが──その言葉は、なぜか、頭の隅に、残って、消えなかった。

まるで、詰みの盤面に、差し込まれた、一筋の、活路のように。

「レイジさん?」

フィオナが、俺の、顔を、覗き込んだ。

「……なんでも、ない」

俺は、答えた。

「ただ──少し、厄介な、盤面に、なった。それだけだ」

だが、その、厄介な盤面の、隅に。

小さな、光が、灯り始めているのを。

俺は、まだ、認めたくは、なかった。

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