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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の勇者編

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第31話 岩を砕け

四日目の、朝だった。

霧の森の、奥へ。俺たちは、進んでいた。

昨日の一件から、ソラは、静かだった。

隊列の中央で、剣に、手をかけることもなく、ただ、俺の指示に、従って、歩いていた。

そして、時折──俺の、横を歩く、フィオナを、ちらちらと、見ていた。

フィオナは、気づいていないのか、気づかないふりをしているのか。前だけを、見て、歩いていた。

「……レイジ」

ソラが、小声で、俺に、囁いた。

「昨日の、あれ。俺が、剣を、抜かなきゃ……七体、来なかったんだよな」

「ええ」

「……悪かった。フィオナも、危険に、晒しちまった」

「気にしなくて、いいです」

俺は、答えた。

「誰も、死ななかった。──それで、十分です」

「でも」

ソラは、俯いた。

「今日は……ちゃんと、やる。あんたの、言う通りに。──フィオナを、守れるように」

その声には、昨日までの、驕りは、なかった。


昼過ぎ。

俺たちは、渓谷の、縁に、出た。

深い、切れ込み。底には、川が、流れている。ミサンガが、その水音を、拾っていた。

そして──向こう岸に、進むべき道が、続いていた。

「……渡れねえな」

ニックが、渓谷を、覗き込んだ。

「橋も、ねえ。降りて、川を、渡るか?」

「駄目だ」

俺は、腕輪の視界で、底を、読んだ。

「川が、速すぎる。それに──底に、いる。魔物だ。水中に、潜んでる。魔力を、使えば、一発で、食いつかれる」

俺は、渓谷の、縁を、歩いた。

地形を、読む。岩の、配置。傾斜。崩れやすい、場所。

そして──向こう岸との、間に、突き出した、巨大な岩を、見つけた。

渓谷の、中ほど。両岸から、せり出した岩が、あと少しで、届きそうな距離で、向き合っていた。

「……あれか」

俺は、呟いた。


「フィオナ」

「はい」

「あの、向こう岸の、突き出した岩を、氷で、砕けるか」

フィオナは、その岩を、見て、少し、考えた。

「……無理です」

彼女は、首を、振った。

「あの大きさを、根元から、砕くには、私の魔力では、足りません。それに──ここで、大きな魔力を、使えば、川底の、魔物が、来ます」

「だと、思った」

俺は、頷いた。

「では、どうするんですか。あの岩を、落として、橋にしたいんですよね。──でも、私の氷では、砕けない。川を、渡る、別の道も、ない」

「一人、います」

俺は、答えた。

そして、ゆっくりと、振り返った。

隊列の、中央を、見た。

ソラを。

「……ソラ」

「え?」

彼は、きょとんと、俺を、見返した。

「一つ、頼みたいことが、あります」


俺は、渓谷の、こちら側の、岩を、指した。

向こう岸の、突き出した岩と、向き合う、位置。

「ここに、立ってください。そして、向こう岸の、あの岩を──剣で、砕いてください」

ソラの、目が、丸くなった。

「……は? 剣を、抜いていいのか?」

「今は、いいです」

俺は、頷いた。

「ここは、渓谷です。魔物は、川の底にいる。あなたが、対岸の岩を、砕いても──川を、挟んでいるから、すぐには、来られない」

「え、いや、でも」

ソラは、困惑していた。

「なんで、岩を、砕くんだ? 意味、あるのか?」

「あります。ですが、今は、説明しません。──ただ、砕いてください。あの岩の、根元を」

「根元?」

「ええ。てっぺんじゃない。──向こう岸に、生えている、その、付け根を」

ソラは、しばらく、俺を、見ていた。

そして、ちらりと、フィオナを、見た。

フィオナは、腕を組んで、成り行きを、見ている。

ソラは、ごくり、と、唾を、飲んだ。

「……よく、分かんねえけど」

彼は、剣を、抜いた。

「あんたの言うこと、聞くって、約束したしな!」


ソラが、渓谷の縁の岩に、立って、剣を、構えた。

その瞬間、彼の魔力が、青白く、迸った。

──ミサンガが、川底の、気配を、拾った。魔物が、ざわめく。だが、川の、向こう側。すぐには、来られない。

「──せぇい!!」

ソラが、剣を、振り下ろした。

対岸の、突き出した岩の、根元に。

轟音。

岩が、砕けた。付け根から。まるで、豆腐のように。

そして──

巨大な岩塊が、渓谷に、崩れ落ちた。

だが、真下には、落ちなかった。

砕けた根元の、角度。ソラが、砕いた、その一点。──岩は、こちら側へ、傾いて、倒れた。

ゆっくりと。

両岸の、間に。

橋のように。


どぉん、と。


岩塊が、両岸に、渡った。

完璧な、角度で。こちら側の岩と、向こう岸に、跨がるように。

渓谷を、渡る、一本の、石の橋が──できていた。

「……は?」

ソラが、剣を、握ったまま、呆然と、それを、見た。

「え……橋?」

隊列が、ざわめいた。

「……嘘だろ」ニックが、目を、丸くした。「岩が、橋に、なった」

そして、フィオナが。

腕組みを、解いて、その石橋を、じっと、見ていた。

「渡れます」

俺は、静かに、言った。

「全員、続いてください。急ぎます。──川底の魔物が、動く前に」

十人が、一斉に、その石橋を、駆け渡った。フィオナも、ニックも。

そして、最後に、ソラが──剣を、握ったまま、呆然と、立ち尽くしていた。

「ソラ! 渡れ!」

俺の声で、彼は、我に返り、慌てて、橋を、渡った。


対岸に、着いて。

ソラは、渡ってきた、石橋を、振り返って、見ていた。

さっきまで、対岸に、突き出していた岩。それが、今、渓谷を、渡る、橋になっている。

自分が、砕いた、岩が。

「……なあ、レイジ」

彼は、掠れた声で、言った。

「今の、何だ? 俺、ただ、岩を、砕いただけだぞ。言われた、通りに。──なのに、なんで、橋に、なったんだ?」

俺は、足を、止めて、振り返った。

「あなたが、砕いた、根元の角度です」

「……角度?」

「岩は、重心と、砕けた面の、角度で、倒れる方向が、決まります。──俺は、あの岩を、こちら側へ、倒したかった。だから、あなたに、根元を、砕かせた。てっぺんを砕けば、崩れて、落ちるだけです。ですが、根元の、あの一点を砕けば──岩は、支えを失って、重心の方向へ、傾いて、倒れる」

俺は、石橋を、指した。

「その重心は、こちら側に、向いていた。──だから、橋に、なった」


ソラは、その説明を、聞いて、しばらく、黙っていた。

そして。

「……計算してた、のか」

「ええ」

「岩が、どっちに、倒れるか。俺が、どこを、砕けば、いいか。──全部?」

「全部です」

俺は、頷いた。

「あなたの、一撃の、威力。岩の、大きさ。重心。砕ける、角度。倒れる、方向。──全部、計算した上で、『根元を砕け』と、言いました」

ソラは、自分の、剣を、見た。

そして、俺を、見た。

「……あんた、俺の、力を──使ったのか」

「はい」

俺は、答えた。

「俺には、あの岩は、砕けません。総合、九十七です。かすり傷一つ、つけられない。──ですが、あなたなら、砕ける。だから、あなたに、砕かせた。俺が、どこを、どう砕けばいいかを、決めて」

「……」

「あなたの、力と。俺の、盤面。──二つが、揃って、橋が、できた」

ソラは、呆然と、俺を、見ていた。

そして、掠れた声で、言った。

「……そんなこと、考えたこと、なかった」

彼は、剣を、握りしめた。

「俺、いつも、一人で、戦ってた。強いから、一人で、全部、やれると、思ってた。──でも、あんたと、組んだら……岩が、橋に、なるのか」

「なあ、レイジ!」

ソラが、俺の、前に、来た。

その目が、きらきらと、輝いていた。

昨日までの、しょげた目とは、違う。

「もっと、教えてくれよ! 盤面ってやつ! 俺の力を、どう使えば、こういう、すげえこと、できるのか!」

彼は、身を、乗り出した。

「俺、ずっと、思ってたんだ。強いだけじゃ、駄目なんじゃないかって。でも、他に、何をすればいいか、分かんなかった。──でも、あんたと組めば、俺の力、もっと、面白いことに、使えるんだろ?」

彼は、笑った。心の底から、楽しそうに。

その、はしゃぎっぷりに。

ニックが、噴き出した。

「はは、なんだよ、勇者様。すっかり、レイジに、懐いて。──なんか、弟みたいだな」

その言葉に。

ソラの、動きが、止まった。


「……弟?」


「おう。ちょろちょろ、後ろ、ついて回って。『レイジ、レイジ』ってな」

ニックが、からかうように、笑った。

だが──ソラは、からかわれたことを、怒らなかった。

それどころか。

「……弟、か」

彼は、その言葉を、噛みしめるように、繰り返した。

そして、じわじわと、顔を、赤くして。

「……へへ」

嬉しそうに、笑った。

「俺、弟か。……いいな、それ」

「え、そこ、喜ぶとこ?」ニックが、面食らった。

「だって、俺」

ソラは、頭を、掻いた。

「兄弟とか、いなかったからさ。……こっちの世界に、来てから、ずっと、一人だったし」

その言葉に、隊列が、少し、静かになった。

十四で、異界に、放り込まれて。「勇者」と、持ち上げられて。その実、ずっと、一人だった、少年。

「……なあ、レイジ」

ソラが、俺を、見た。少し、照れくさそうに。

「俺、あんたのこと……兄貴って、呼んでいいか?」


俺は、その問いに。

すぐには、答えられなかった。

兄貴。──重い、言葉だった。

こいつは、王国の、駒だ。聖剣を取らせて、俺たちを潰させて、用が済んだら、使い捨てられる。そういう、盤面の上に、いる。そして、俺は、その盤面を、ひっくり返そうとしている。こいつを、取り戻すために。

そんな相手に、「兄貴」と、呼ばれて。いいのか。

──いや。

俺は、思い直した。

こいつは、まだ、どの盤面にも、乗っていない。王国の駒でも、俺たちの仲間でも、ない。ただ、強すぎて、一人だった、少年だ。

その少年が、初めて、「兄弟」を、欲しがっている。

なら。


「……好きにしろ」


俺は、答えた。

「兄貴でも、レイジでも。──呼びたいように、呼べ」

ソラの、顔が、ぱっと、輝いた。

「ほんとか!? じゃあ、兄貴な! 兄貴!」

「……ああ」

「兄貴! なあ、兄貴!」

「……うるさい。一回で、いい」

「へへっ」

ソラは、心底、嬉しそうに、笑った。


そして、その時。

「……ふうん」

静かな、声が、した。

フィオナだった。

彼女は、石橋を、見て、それから、ソラを、見ていた。

「あなた、意外と……分かる人だったんですね」

ソラの、動きが、止まった。

「え?」

「レイジさんの、盤面の、価値」

フィオナは、腕を、組んだ。

「昨日まで、あなたは、自分の強さしか、見ていなかった。──でも、今日、自分の力が、レイジさんの盤面の、駒になって、橋を作った。……それを、『すげえ』と、思えた」

彼女は、少しだけ、目を、細めた。

「レイジさんの、価値を、分からない人は、嫌いです。──でも、あなたは、分かったみたいですね」

「フィ、フィオナ……!」

ソラの、顔が、ぱっと、明るくなった。

「じゃあ、俺のこと──」

「勘違いしないでください」

フィオナは、ぴしゃりと、言った。

「まだ、少しだけ、です。……本当に、少しだけ」

そして、つん、と、顎を、上げて、先へ、歩いていった。

だが──その、去り際。

彼女の、口元が、ほんの少し、緩んでいたのを。俺は、見た。


ソラは、その後ろ姿を、見て。

ぼうっと、していた。

「……フィオナが、俺のこと、少し、認めてくれた……!」

彼は、拳を、握って、飛び跳ねた。

だが、すぐに、しゅんと、なった。

「……でも、『兄貴』は、俺だけど。フィオナは、まだ、レイジのこと、『さん』付けなんだよな」

「……は?」

ニックが、聞き返した。

「いや、なんでもねえ!」

ソラは、慌てて、首を、振った。

そして、俺は──その、やりとりを、聞きながら。

なんとも、言えない、気持ちに、なった。

──こいつ、本気で、フィオナのことが、好きなんだな。

そして、フィオナが、ソラを、認めた理由は。「レイジの価値を、分かったから」だ。

「……いや」

俺は、その思考を、止めた。

なぜ、俺が、そんなことを、考える。盤面には、関係ない。

「……関係ない」

俺は、小さく、呟いて、頭を、振った。


その夜。

野営の、焚き火の、傍らで。

ソラが、俺の、隣に、座ってきた。

「なあ、兄貴」

「ん?」

「あんた、なんで、そんなに、いろいろ、見えるんだ? 岩が、どっちに倒れるとか。魔物が、どこから来るとか。誰が、どこに立てば、いいとか。──全部」

「観察と、計算だ」

俺は、答えた。

「特別な、力じゃない。ただ、見て、考えてるだけだ」

「俺にも、できるかな」

「できる」

俺は、即答した。

「昨日、あなたは、俺の隣で、盤面を、見てた。今日、あなたは、岩を、砕いた。──少しずつ、見えるようになる」

ソラは、嬉しそうに、笑った。

そして、ふと、真顔に、なった。

「……なあ、兄貴。あんた、なんで、俺に、こんなに、良くしてくれるんだ?」

俺の、手が、止まった。

「王国の、奴らは、みんな、俺を、『勇者様』って、持ち上げるけど……本当は、俺のこと、道具だと、思ってる。俺、知ってるんだ」

ソラは、膝を、抱えた。

「でも、あんたは、違う。俺のこと、道具じゃなくて……なんか、ちゃんと、人として、見てくれてる、気がする。──なんで?」


俺は、その問いに、少し、考えた。

そして、答えた。

「──似てるからだ」

「似てる? 俺と、あんたが?」

「ああ」

俺は、火を、見つめた。

「俺は、弱すぎて、一人だった。あなたは、強すぎて、一人だった。──行き着く先は、同じだ」

「……」

「誰も、俺の力を、正しく使ってくれなかった。誰も、あなたの力を、正しく使ってくれなかった。──だから、俺は、自分で、盤面を、作った」

俺は、ソラを、見た。

「あなたにも、居場所が、いる。あなたの力を、正しく、置いてくれる、盤面が」

ソラは、しばらく、俺を、見ていた。

その目が、潤んでいた。

そして。

「……あんた、何なんだよ」

その言葉に、初対面の時の、棘は、なかった。

代わりに──憧れが、あった。

「弱いのに。俺より、ずっと、弱いのに。……なんで、あんたと、いると、こんなに、安心するんだ」

俺は、答えなかった。

代わりに、焚き火に、枝を、くべた。

火が、静かに、爆ぜた。

そして、俺は、心の中で、呟いた。

──神様。

あんたの頼み、思ったより、簡単かもしれません。

このバカ、案外、可愛いところが、あります。


焚き火の、向こう。

フィオナが、毛布に、くるまって、こちらを、見ていた。

ソラと、俺が、並んで、話しているのを。

「……ずるいです」

彼女が、ぽつりと、呟いた。

「え?」

隣の、ニックが、聞き返した。

「なんでも、ありません」

フィオナは、つん、と、顔を、背けた。

だが、その頬が、少し、膨らんでいた。

「……あの人は、もう『兄貴』なのに。私は、まだ、『フィオナさん』」

「え? 何?」

「なんでも、ないと、言いました!」

「こわっ」

ニックが、首を、すくめた。

その、やりとりには、気づかず。

俺は、焚き火の、炎を、ただ、見つめていた。

──兄貴、か。

柄でもない。だが、悪い、気は、しなかった。

そして、その時。

霧の、奥から。

かすかに、何かが、聞こえたような、気が、した。

呼んでいる。──誰かを。

「……フィオナ」

「はい?」

「明日、聞きたいことが、ある」

「何、ですか」

「……いや。明日で、いい」

その、かすかな、呼び声の、正体を。

俺は、まだ、知らなかった。

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