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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の勇者編

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第30話 届きすぎる剣

出発は、三日後の、朝だった。

クランハウスの前に、荷馬車と、選抜された面々が、集まっていた。

山岳の三人組。元漁師の付与品使い。そして──ニックと、フィオナ。


「留守は、任せてください」


セシリアが、微笑んで、見送りに、出ていた。

「回復役が、いないのは、不安ですが……ガルドさんと、クランハウスを、守っています」

「ああ。頼む」

俺は、頷いた。

セシリアと、ガルドは、残る。百人を超えたクランの、運営と、負傷者のケア。そして、監督下の、記録提出。──二人が抜けるわけには、いかない。

つまり、今回の森は、回復役なしだ。誰か一人でも、深手を負えば、それで、終わる。

そして、その傍らに。

「──行きますよ、レイジさん」

紺のローブが、立っていた。

フィオナ。

「あなた一人で、あの森へ、勇者様と。……前回のことを、忘れたんですか」

「忘れていません」

俺は、答えた。

「だから、あなたに、来てもらうんです」

フィオナの、頬が、わずかに、染まった。

「……戦力として、ですよね」

「もちろんです」

「……そうですよね」

彼女は、つんと、顎を上げて、荷馬車に、乗り込んだ。


そして、その中心に。

白銀の鎧が、立っていた。

「準備、できたぜ!」

ソラは、腰に、王家から与えられた長剣を、佩いて、笑っていた。

そして──荷馬車の、フィオナを、見つけて。

「あ」

彼の顔が、ぱっと、明るくなった。

「なあ、あんた! 魔法使い、だよな! すげえ、綺麗な、ローブ!」

フィオナは、ちらりと、ソラを、見た。

そして、無言で、視線を、逸らした。

「……え?」

ソラが、きょとんと、した。

「あれ? 聞こえてない? なあ──」

「聞こえています」

フィオナは、冷たく、答えた。

「フィオナです。──よろしく、ソラさん」

その「ソラさん」には、氷が、混じっていた。

「お、おう。フィオナ、か。よろしく!」

ソラは、その冷たさに、気づかないのか、屈託なく、笑った。

そして、俺は──その、やりとりを、見ながら。

ふと、思った。

フィオナは、なぜ、あんなに、冷たいのだろう。

初対面のはずだ。ソラは、悪気のない、ただの、明るい少年に、見えるが。

……まあ、いい。

盤面には、関係ない。


「おーい、ニック! だっけ? あんた、斥候なんだろ!」

ソラは、次に、ニックに、絡んだ。

「なあ、斥候って、何すんだ? 魔物、倒すのか?」

「倒さねえよ」

ニックが、笑った。

「俺は、見つけて、避けて、逃げるのが、仕事だ。倒すのは、最終手段」

「えー、つまんねえ! 見つけたら、倒せば、いいじゃん!」

「……あのなあ」

ニックが、呆れた顔で、俺を、見た。

「レイジ。この坊主、ほんとに、あの森、連れてって、大丈夫か?」

「坊主じゃねえ! 勇者だ!」

「はいはい、勇者様な」

ニックは、ひらひらと、手を振った。

そのやりとりに、荷馬車が、笑いに、包まれた。

ソラも、つられて、笑った。

──フィオナだけが、魔導書に、目を落として、笑わなかった。


森までの、道中。

ソラは、やたらと、フィオナに、話しかけた。

「なあ、フィオナ! 氷の魔法、使えるんだよな! どんくらい、強いんだ?」

「……普通です」

「嘘だろ! ぜってー、すげえって! 今度、見せてくれよ!」

「……」

フィオナは、答えなかった。

荷馬車の、反対側の縁で、魔導書を、開いて、ソラに、背を向けていた。

「なあ、フィオナってさ、いくつ? 俺、十七なんだけど!」

「……」

「なあってば! 無視すんなよ!」

「──うるさいです」

フィオナが、初めて、はっきりと、言った。

「私は、レイジさんの、補佐で、来ています。あなたの、話し相手では、ありません」

ソラが、しゅん、と、した。

「……レイジの、補佐?」

「そうです」

フィオナは、ちらりと、俺を、見た。

その目が、一瞬、柔らかくなって──そして、ソラに、戻ると、また、冷たくなった。

「あなたと違って、私は、レイジさんの、価値を、分かっていますから」


「……ん?」

ソラが、首を、傾げた。

「俺と、違って?」

「忘れたんですか」

フィオナの声が、低くなった。

「クランハウスで。あなた、レイジさんに、言いましたよね。『弱そうだけど、大丈夫か』『下がってろ』と」

「あ……」

ソラの、顔が、こわばった。

「レイジさんは、この街で、一番、弱いです。総合、九十七。それは、事実です」

「……」

「ですが、その人が、支部長を、失脚させて、伯爵家の依頼を、達成して、百人のクランを、作りました。あの森を、たった一人で、攻略しました。──あなたに、それが、できますか」

ソラは、答えられなかった。

「あなたは、レイジさんを、『弱そう』と、見下した。──ひと目、見ただけで。数字だけ、見て」

フィオナの、紫の目が、冷たく、光った。

「私は、そういう人が、嫌いです」

そして、彼女は、また、ソラに、背を向けた。

隣で、ニックが、俺の脇腹を、肘で、つついた。

「……おい、レイジ」

「なんだ」

「あの勇者様、フィオナさんに、惚れてんぞ」

「……そうか?」

「そうかって、お前」

ニックが、呆れた顔をした。

「あんだけ、ぐいぐい行って、塩対応、食らって。──気づけよ」

「盤面には、関係ない」

「はいはい」

ニックが、にやにや、した。

「関係、あると思うけどなあ」


その夜。

野営の、焚き火の、傍らで。

ソラは、珍しく、しゅんと、していた。

「……なあ、レイジ」

「はい」

「フィオナ、俺のこと、嫌いなのか?」

「……さあ」

「俺、なんか、悪いこと、したか?」

「……したんじゃないですか。俺を、弱そうと、言ったことでは?」

「あ……」

ソラは、頭を、抱えた。

「……そうか。俺、あんたのこと、馬鹿にしたんだ。フィオナ、それで、怒ってんのか」

彼は、しばらく、黙って、それから、俺を、見た。

「なあ、レイジ。……ごめん」

「え?」

「あの時、あんたのこと、弱そうって、下がってろって、言って。……悪かった」

俺は、少し、驚いた。

三年間、「勇者様」と持ち上げられてきた少年の、口から出た、素直な、謝罪。

「……気にしてません」

「気にしろよ!」

ソラは、叫んだ。

「俺、あんたのこと、何も、知らないで、馬鹿にした。──でも、あんた、すげえ人だった。フィオナの言う通りだ」

彼は、俯いた。

「……フィオナ、俺のこと、見直してくれるかな」


俺は、その横顔を、見て。

ようやく、気づいた。

──ああ。

こいつ、フィオナのことが、気になっているのか。

十七歳の、少年。異界で、初めて会った、綺麗で、強い、女の子。──惚れて、当然だ。

ニックの、言う通りだった。

だが──それは、俺が、口を出すことでは、ない。

「……ソラ」

「ん?」

「フィオナさんに、認められたいなら、一つ、方法が、あります」

「ほんとか!? 何だ!」

「俺の言うことを、聞くことです」

「……は?」

「明日、あなたに、頼みたいことが、あります。──それを、ちゃんと、やってください」

俺は、焚き火を、見つめた。

「フィオナさんは、俺の盤面を、見ています。──あなたが、その盤面の、一部になれば、認めて、くれるかもしれません」

ソラは、しばらく、俺を、見ていた。

そして。

「……分かった。頼む」

彼は、拳を、握った。

「俺、ちゃんと、やる。あんたの、言う通りに」


翌朝。

俺たちは、霧の壁の、前に、着いた。

垂直に、立ち上がる、白い霧。

ソラは、それを、見上げて、息を、呑んだ。

「……なんだ、これ」

「精霊の地です」

俺は、全員に、感覚強化の付与品を、配り始めた。

「梟の腕輪。狼のミサンガ。──魔力を、通して、発動させてください」

そして、フィオナには。

「あなたは、俺の、横に」

「……はい」

フィオナが、俺の、隣に、来た。

「前回と、同じです。あなたの魔力は、この森で、最も、強く光る。だから、簡単には、撃てない。──ですが、いざという時は、あなたの氷が、切り札になる」

「私を、囮に、使いますか」

「使いません」

俺は、即答した。

「あなたは、俺の、横にいてください。──俺が、守ります」

フィオナの、頬が、染まった。

「……戦術的な、判断ですよね」

「もちろんです」

「……そうですよね」

その、やりとりを。

ソラが、少し、離れたところから、見ていた。

その顔が、なぜか、複雑そうだった。


そして──ソラには、狼のミサンガだけを、渡した。

「あなたは、魔力が、多すぎる。付与品を、複数、発動させれば、それだけで、光ります。──聴覚だけ、強化してください。視界は、俺が、あなたの、目になります」

「あんたが? 俺の、目に?」

「ええ」

「……弱いのに?」

「弱いから、です」

俺は、腕輪に、魔力を通しながら、答えた。

「俺は、光らない。だから、見えます」

そして、霧に、入った。

音が、消えた。

「……うわ」

ソラが、掠れた声を、上げた。

「なんも、聞こえねえ……気持ち悪い」

「慣れてください」

俺は、隊列の、中央に、彼を置いた。

「あなたは、真ん中を、歩く。前も、後ろも、俺たちが、囲みます。──何も、しなくていい」

「何も、しなくていい……」

ソラは、その言葉を、噛みしめるように、繰り返した。

三年間、「魔王を倒せ」と言われ続けた少年にとって。

「何もしなくていい」は──たぶん、初めて、聞く言葉だった。


半日、歩いた。

俺は、常に、腕輪の視界で、三十歩先を、読み続けた。ミサンガで、周囲の気配を、拾い続けた。護符と、耳飾りを、必要に応じて、差し込みながら。

ニックが、前方を、フィオナが、俺の横を、ソラが、中央を。隊列は、静かに、進んでいた。

そして──気配を、拾った。

「……止まって」

俺は、手を、挙げた。

「北北東。六十歩。大型が、一体」

あの、魔力に反応する、四足の魔物だ。

「迂回します。ニック、南に、逃げ道を──」

「──どこだ?」

ソラの声が、した。

彼は、剣の柄に、手をかけて、北北東を、睨んでいた。

「一体だろ? 倒せば、済む──」

「駄目です!」

俺は、叫んだ。

だが──遅かった。

ソラが、剣を、抜いた。

その、瞬間。

霧の中に、青白い、光の筋が、走った。

そして──森中の、気配が、一斉に、こちらを、向いた。

「──っ!」

ミサンガが、悲鳴のように、音を、拾った。

七体。

四方から、一斉に、動き出した。


「馬鹿……!」

俺は、腕輪の視界を、フル回転させた。

「全員、俺の後ろへ! ソラ、剣をしまえ!!」

「な、なんで──」

「しまえ!!」

ソラが、びくりと、剣を、鞘に、戻した。

だが、遅い。魔物は、もう、彼の魔力の残滓を、追ってきている。

俺は、猛烈な速度で、盤面を、組んだ。

七体。四方向。緩い下り斜面。左手に岩壁。右手に倒木。退路は南南西、一本。

「フィオナ」

「はい」

「あなたの魔力を、使う。──今だけ。南から来る二体、あそこの隘路を、氷で塞げ。通れなくすればいい。最小限の魔力で」

「分かりました」

フィオナが、杖を、掲げた。

「『氷結の壁』!」

南の隘路に、氷の壁が、せり上がった。二体の魔物が、阻まれる。

「ニック!」

「おうよ!」

「南南西の退路、罠を張れ! それと、東の三体の足回りに、撒けるだけ撒け!」

「任せろ!」

ニックが、韋駄天の脚で、斜面を、駆けた。撒き菱、鳴子、括り罠。──目にも留まらぬ速さで、退路と、東側に、罠を、敷いていく。敏捷五十四の、面目躍如だった。

「山岳班、岩場を背に、壁を作れ! 東の三体を、受けろ! ニックの罠に、追い込め!」

「付与品を、二つ、あそこへ投げろ! 発動させたまま! 囮だ!」

腕輪と、護符が、放物線を描いて、飛んだ。西の二体が、そちらへ、誘導される。


「ソラ!」

俺は、彼の腕を、掴んだ。

「あなたは、動くな。俺の、真横に、立て」

「で、でも、俺が、戦えば──」

「あなたが、戦えば」

俺は、彼の目を、見た。

「その一撃で、フィオナさんが、死ぬ」

ソラの、顔が、蒼白に、なった。

彼は、フィオナを、見た。

俺の、横で、氷の壁を、維持しながら、荒い息を、ついている、フィオナを。

「……っ」

ソラは、剣から、手を、離した。

そして、動かなくなった。

俺の、真横で。拳を、握りしめて。

戦闘は、熾烈だった。

だが──盤面は、崩れなかった。

「山岳班、右にずれろ! 二体目が回り込む!」

「フィオナ、氷を、あと四半刻、保たせろ!」

「ニック、東の一体、罠に、追い込め!」

「はいよ!」

ニックが、囮に、なって、一体を、括り罠へ、誘い込んだ。がくん、と、魔物の足が、跳ね上がる。

「今だ! 山岳班!」

山岳班の、大槌が、振り下ろされた。


四半刻後。

東の三体は、討ち取られた。南の二体は、氷に阻まれたまま、退いた。西の二体は、囮に誘導されたまま、遠ざかった。

誰も、死ななかった。

誰も、深手を、負わなかった。

回復役が、いないのに。

戦闘が、終わって。

ソラは、その場に、立ち尽くしていた。

一歩も、動かずに。剣も、抜かずに。

「……なんだよ、これ」

彼は、掠れた声で、呟いた。

「俺、何も、してねえ。──なのに、全員、生きてる」

彼は、フィオナを、見た。

氷の壁を、解いて、その場に、膝をつき、荒い息をついている、フィオナを。

「フィオナ……大丈夫か?」

ソラが、駆け寄ろうとした。

だが──フィオナは、ソラを、見ずに。

「……レイジさん」

俺の方へ、手を、伸ばした。

「魔力を、使いすぎました。……少し、肩を」

「ああ」

俺は、彼女の、肩を、支えた。

フィオナが、俺に、体重を、預けた。

そして──ソラは、その光景を、見て。

伸ばしかけた手を、そっと、下ろした。

その横で、ニックが、小さく、口笛を、吹いた。


その、夜。

ソラは、焚き火から、少し、離れた場所で、膝を、抱えていた。

「……レイジ」

彼が、ぽつりと、言った。

「今日、俺、剣を、抜いちまった」

「ええ」

「そんで、フィオナが……俺のせいで、危なく、なった」

彼の声が、震えていた。

「俺の、強さが……フィオナを、殺しかけたのか」

俺は、答えなかった。

代わりに、静かに、言った。

「あなたは、強い。ですが、その強さは、大きすぎる。──あなたが、剣を振れば、味方も、巻き込む」

「……」

「あなたは、三年間、一人で、戦ってきたんでしょう。だから、気づかなかった。──自分の強さが、隣にいる人間を、殺しかけることに」

ソラは、俯いた。

そして、掠れた声で、言った。

「……俺、フィオナに、嫌われて、当然だな」

「……」

「馬鹿にした上に、危険に、晒して。──最低だ、俺」


俺は、その、しょげた横顔を、見て。

少し、考えた。

こいつは、悪い奴では、ない。

ただ、強すぎて、誰も、隣に立てなかった。そして、その強さの、使い方を、誰も、教えなかった。

「……ソラ」

「ん?」

「明日、あなたに、頼みたいことが、あります。あなたの、強さを、使います。──ただし、俺の、盤面の中で」

俺は、焚き火を、見つめた。

「あなたの強さは、一人で使えば、暴力です。誰も、隣に立てない。──ですが、盤面に、置けば、フィオナさんを、守ることも、できる」

ソラの、顔が、上がった。

「……フィオナを、守れるのか? 俺の、力で?」

「置き方、次第です」

俺は、頷いた。

「明日、教えます」

ソラは、しばらく、俺を、見ていた。

そして。

「……頼む」

彼は、掠れた声で、言った。

「教えてくれ。──俺の力で、みんなを、守る、方法を」


その夜。

俺が、見張りに、立っていると。

フィオナが、起きてきた。

「……眠れませんか」

「魔力の、使いすぎです。少し、火に、当たろうかと」

彼女は、俺の、隣に、座った。

しばらく、二人で、焚き火を、見ていた。

そして、フィオナが、ぽつりと、言った。

「……あの人、少し、変わりましたね」

「ソラさんですか」

「ええ」

彼女は、焚き火の、向こうで、丸くなって、眠る、ソラを、見た。

「昨日までは、ただの、傲慢な、子供だと、思っていました。レイジさんを、見下した、嫌な、勇者様だと」

「……」

「でも、今日。自分の力が、私を、危険に晒したと知って──あんなに、しょげて」

フィオナは、少し、笑った。

「……悪い人では、ないのかも、しれませんね」

俺は、その言葉を、聞いて。

少し、意外に、思った。

「見直したんですか」

「まさか」

フィオナは、即座に、否定した。

「まだ、少しだけ、です。──レイジさんを、馬鹿にしたことは、許していません」

彼女は、つんと、顎を、上げた。

「ただ……レイジさんの言うことを、素直に、聞くように、なったのは。──少しだけ、見どころが、あるかな、と」

そして、彼女は、俺を、見た。

「あなたの、価値が、分かる人は。──嫌いじゃ、ないです」

その言葉に、なぜか。

俺の、心拍が、少し、乱れた。

「……そうですか」

「ええ」

フィオナは、焚き火に、手を、かざした。

そして、小さく、呟いた。

「……あなたの価値を、分かる人が、増えるのは。──嬉しいような、寂しいような」

「え?」

「なんでも、ありません」

彼女は、立ち上がった。


「おやすみなさい、レイジさん」


紺のローブが、闇に、消えた。

その、寂しいような、という言葉の意味を。

俺は、また、読み解くのを、やめた。


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