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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の勇者編

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第29話 勇者、来たる

その男が来たのは、支部長が去って、二十日後の朝だった。

クランハウスの、扉が、乱暴に、開いた。


「──ここが、盤上の灯か!」


広間にいた冒険者たちが、一斉に、振り返った。

戸口に立っていたのは、少年だった。

年の頃は、十六か、十七。短く刈った黒髪。日に焼けた肌。そして、真っ直ぐな、大きな目。

だが、その身なりは、少年のものではなかった。

白銀の鎧。王家の紋章が刻まれた、真紅のマント。腰には、装飾の施された長剣。

──そして。

「……!」

広間の空気が、変わった。

冒険者たちが、息を呑む。何人かが、無意識に、後ずさった。

圧が、違う。

そこに立っているだけで、部屋の空気が、重い。まるで、大きな獣が、一頭、部屋に入ってきたように。


「代表は、どこだ! ガルドってやつ!」


少年は、屈託なく、そう叫んだ。

その、圧倒的な圧を、まったく自覚していない顔で。


「──俺だ」

ガルドが、二階から、降りてきた。

そして、その少年を見た瞬間、この男の顔から、血の気が、引いた。

王家の紋章。真紅のマント。──それだけなら、ただの、身分の高い若造だ。

だが、ガルドは、元B級だ。格を見る目は、ある。

そして、その目が、告げていた。この少年の、身にまとう質量は、人のものではない、と。

「……嘘だろ」

彼は、掠れた声で、呟いた。

「勇者、か」

「おう、あんたか! 話が早い!」

少年は、大股で、歩み寄ってきた。

「俺は、ソラ。勇者のソラだ! 王命で来た!」

──広間が、凍りついた。

勇者。

三年前、王国が召喚した、異界からの少年。才能値、測定不能。この国の、最強にして、最後の切り札。

魔王を、討つために、呼ばれた者。


「ゆ、勇者……!?」

「本物か!?」


冒険者たちが、ざわめいた。

そして、ソラは、その反応に、慣れているのか。

にっと、白い歯を見せて、笑った。


「おう! 本物だぜ!」


──屈託が、なかった。

驕りも、傲慢も、そこにはない。

ただ、真っ直ぐな、少年の笑顔だった。

俺は、その笑顔を、広間の隅から、見ていた。

そして、思った。

──三年、か。

三年前。十四で、この世界に、呼ばれた。異界から、いきなり。

そして、「お前は勇者だ」「魔王を倒せ」と、言われた。

疑うことも、許されずに。


「……で、勇者様が、うちに、何の用で」

ガルドが、慎重に、聞いた。

「聖剣だ!」

ソラは、即答した。

「精霊の地に、聖剣があるらしい。俺が、取ってくる。──場所を教えろ!」

広間が、静まり返った。

「……精霊の地」

「そうだ! あんたら、あそこで、精霊銀を掘ったんだろ? 王様が言ってた! 『あのクランが、道を知っている』って!」

ソラは、身を乗り出した。

「案内してくれ! いや、案内はいらねえか。場所さえ分かれば、俺が、一人で行く!」

「……」

「魔物がいるんだろ? 大丈夫だ、任せろ! 俺、強いから!」

彼は、腰の剣を、叩いた。

「三年、修行した。今の俺なら、何が出ても、負けねえ!」

──そして。

その言葉に、一つの、確信があった。

嘘でも、虚勢でもない。事実だと、彼は、心の底から、信じていた。

そして、たぶん、それは、事実だった。


俺は、その少年を、観察していた。

立ち姿。重心の置き方。呼吸。無意識の、筋肉の張り。

そして、そこにいるだけで、空気を圧する、その質量。

「……四百」

俺は、小さく、呟いた。

素の総合、およそ四百。

この街の頂点、S級の基準が、二百五十から三百。

その、遥か、上。

次元が、違う。

俺の、九十七。フィオナの、二百十二。ガルドの、百七十一。

──一対一で、あの少年に勝てる者は、この街に、一人もいない。

いや……そもそも、これは、盤面に、乗せられる駒ではない。

ワイバーンなら、嵌められた。地形を使い、退路を塞ぎ、時間を稼いで、確率を、積み上げれば。

だが、これは、違う。

この質量は、俺の、どんな盤面も、力ずくで、ひっくり返せる。地形も、時間も、確率も、関係ない。あるのは、ただ、圧倒的な、暴力だけだ。

──盤面の、外にいる。

俺は、静かに、その事実を、認めた。

俺には、この少年を、倒す手が、ない。

嵌める手も、ない。


「……なるほど」


これが、神様が言っていた、少年か。


『下の国が、勝手に、一人、呼びよってな』

『餞別に、才能を、詰めるだけ、詰めたんじゃ』

『あの子が、あんまり、真っ直ぐな目ぇを、しとったもんじゃからな』


俺は、二年間、盤面の外に置いていた、あの言葉を、思い出していた。

俺と同じ、神様の、手違いから、こぼれた存在。

──ただし、俺とは、逆の。

俺は、予定外の転生で、端数の力しか、もらえなかった。

この少年は、王国に、勝手に呼ばれて、餞別に、すべてを、詰め込まれた。

同じ、はみ出し者。

なのに、これほど──────違う。


「なあ、頼むよ!」

ソラが、ガルドに、詰め寄っていた。

「場所を教えてくれるだけでいいんだ! 危ないことは、させねえ! 俺が、一人で行くから!」

「……勇者様」

ガルドは、慎重に、言葉を選んでいた。

「あの森は、危険です。魔物が、強いんじゃない。──帰ってこられない」

「大丈夫だって!」

ソラは、笑った。

「俺、死なねえもん」

──広間が、しんとした。

その言葉に、悪気は、なかった。自慢でも、驕りでもない。

彼は、本当に、そう思っている。三年間、負けたことがないから。何が出ても、勝ってきたから。だから、死なない。そう、信じている。

「……ソラ、様」

セシリアが、静かに、口を開いた。

「あの森で、これまで、何組の冒険者が、消えたか、ご存知ですか」

「知らねえ」

「四組です。そのうち一組は、報告書すら、残っていません」

「じゃあ、そいつら、弱かったんだろ?」

──悪気なく、そう言った。

セシリアの、微笑みが、消えた。


「──無理です」

俺は、そう言った。

広間の、全員が、こちらを、見た。

そして、ソラが。

初めて、俺の存在に、気づいた顔をした。

「……あ?」

彼の目が、俺を、捉える。

上から、下まで。

そして。

「……誰だ、お前」

彼は、首を、傾げた。

「弱そうだけど、大丈夫か?」

──広間の空気が、凍った。

「危ないから、下がってろよ。今、大事な話してるから」

善意だった。

一片の、悪意もなかった。

彼は、本当に、心配していた。細い体の、弱そうな男が、勇者の前に出てきて、危ないと。

「ソラ様」

セシリアの声が、氷点下だった。

「その方は──」

「セシリアさん」

俺は、それを、遮った。

そして、ソラの前に、歩み出た。

「レイジと言います。ここの、所属です」

「ふーん」

ソラは、俺を、見た。

その目に、興味は、なかった。彼の目に、俺は、映っていない。九十七の男など、彼の世界では、風景と同じだ。


「で、なんで無理なんだ?」


「あなたが、行けば」


俺は、静かに、答えた。


「聖剣は、手に入りません」



「はぁ?」



ソラの、眉が、跳ね上がった。

「なんで! 俺、強いんだぞ!」

「知っています」

「魔物なら、何体でも、倒せる!」

「知っています」

「じゃあ、行けるだろ!」

「──では、聞きます」

俺は、彼の目を、見た。

「聖剣は、あの森の、どこにありますか」

ソラの、動きが、止まった。

「……え?」

「場所です。あなたは、それを、知っていますか」

「……いや、だから、あんたらが、知ってんだろ?」

「知りません」

俺は、即答した。

「俺たちが行ったのは、精霊銀の鉱脈です。聖剣の場所は、誰も、知りません」

広間が、静まり返った。

「──王国も、知りません」

俺は、続けた。

「知っていれば、三年前、あなたを召喚した直後に、取りに行かせているはずです。──なぜ、行かせなかったと思いますか」

「…………」

「誰も、帰ってこなかったからです」

俺は、静かに、言った。

「王国は、何度も、送っています。十七年前にも、たぶん、それ以前にも。──全部、消えました。だから、諦めた。あなたを召喚した後も、送れなかった。あなたを失うリスクを、冒せなかったからです」

ソラの、顔から、笑みが、消えた。

「……嘘だ」

「事実です」

「だって、王様は、そんなこと──」

「言うわけがないでしょう」

俺は、答えた。

「『お前を送ると死ぬかもしれないから、今まで諦めていた』などと。──言うと思いますか」


ソラは、しばらく、黙っていた。

そして、掠れた声で、言った。

「……じゃあ、なんで、今なんだ」

「あなたたちが、あの森を、攻略したからです」

俺は、答えた。

「伯爵家が、精霊銀を、王国に献上した。──それを見て、王国は、気づいた。『あの森を攻略した奴らがいる』と」

俺は、続けた。

「だから、あなたを送った。俺たちに、道案内をさせるために」

「……」

「あなた一人では、行けません。あなたが、どれだけ強くても」

俺は、静かに、言った。

「──霧は、斬れません」

「霧?」

「あの森は、霧に、覆われています」

俺は、説明した。

「音が、消えます。視界は、十歩。地形も読めない。退路も分からない。──どこに何があるか、まったく、分からなくなる」

「……そんなの、慣れれば」

「慣れる前に、迷います」

俺は、断言した。

「そして、迷ったまま、彷徨い続ける。魔物を、何体倒しても、聖剣には、辿り着かない。──あなたの剣は、目的地までは、届かない」

ソラは、黙っていた。

その顔に、初めて、困惑が、浮かんでいた。

「……じゃあ、あんたらは、どうやって」

「記録です」

俺は、答えた。

「五十年ぶんの記録を、読みました。そして、四日かけて、森の骨格を、掴みました。地形、傾斜、水の流れ、魔物の巡回」

「……それだけ?」

「それだけです」

ソラは、俺を、見た。

その目に、初めて、何かが、宿った。

理解ではない。──混乱だった。

「……あんた、強いのか?」

「弱いです」

俺は、即答した。

「この街で、一番弱い」

「……はぁ?」

「総合戦闘力、九十七。ランク、F。──一般人以下です」

広間が、静まり返った。

ソラは、しばらく、俺を、見ていた。

そして。

「──意味が、分からねえ」

彼は、そう言った。

心の底から、そう思っている顔で。

「なあ」

ソラが、頭を、掻いた。

「あんた、弱いんだろ? なんで、そんな危ないとこに、行けるんだよ」

「弱いから、です」

「……は?」

「強い人間は、戦います」

俺は、静かに、答えた。

「『これなら勝てる』と判断して、踏み込む。そして、帰ってこない。──あの森で死んだのは、そういう人たちです」

「……」

「俺は、戦えない。だから、逃げることに、専念できる」

俺は、続けた。

「見て、記録して、帰ってくる。それだけです。──それが、あの森の、唯一の攻略法です」

ソラは、答えられなかった。

彼の頭の中には、たぶん、そういう概念が、ない。

三年間、彼は、全部、力で解決してきた。魔物が出れば、斬った。壁があれば、壊した。それで、うまくいった。ずっと。

だから、分からない。

「逃げることが、正解」という盤面が。

「弱いことが、有利」という状況が。

──この世界の、外側にある考え方が。

「……分かったよ」

ソラは、ようやく、そう言った。

「じゃあ、案内してくれ。あんたが」

「条件があります」

「条件?」

「三つ」

俺は、指を、折った。

「一つ。森の中では、俺の指示に、従ってください。一つの例外もなく」

「はぁ!? なんで俺が、あんたの──」

「二つ」

俺は、遮った。

「魔力を、使わないでください。あの森の魔物は、魔力に反応します。そして、あなたは──」

俺は、彼を、見た。

「この世界で、最も、明るく光る」

ソラの、動きが、止まった。

「三つ」

俺は、最後の指を、折った。

「危ないと判断したら、俺の判断で、撤退します。聖剣が、手に入らなくても」

「──ふざけんな!!」

ソラが、叫んだ。

初めて、その顔に、怒りが、浮かんだ。

「なんで、あんたの言うことを、聞かなきゃならねえんだよ! 俺は、勇者だぞ! 王様に、命じられて来てんだ!」

「では、一人で行ってください」

俺は、静かに、答えた。

「……っ」

「あなたなら、魔物は倒せます。──ですが、聖剣には、辿り着けない。そして、たぶん、出てこられない」

俺は、続けた。

「あなたが、あの森で、迷って、彷徨って、聖剣も取れずに、死んでいく。──それを、見殺しにするのは、寝覚めが悪い」

ソラの、動きが、止まった。

「だから、条件を、飲んでください」

俺は、静かに、言った。

「あなたを、生きて、帰すために」


ソラは、長い間、俺を、睨んでいた。

その顔が、赤くなっていた。

怒りだ。当然だ。三年間、誰にも、こんな口を利かれたことは、なかっただろう。「すごい」「さすが」「勇者様」。それしか、聞いてこなかった少年が、初めて、格下のはずの男に、「見殺しにするのは寝覚めが悪い」と、言われた。

だが。

「……くそ」

彼は、拳を、握りしめた。

そして、絞り出すように、言った。

「……分かった」

「聞こえません」

「分かったって言ってんだろ!!」

彼は、叫んだ。

「聞くよ! あんたの言うこと、聞く! ──だから、案内してくれ!」

俺は、頷いた。

「では、三日後に、出発します。準備をしてください」

「三日!? なんでそんなに──」

「装備を、揃えます」

俺は、答えた。

「感覚強化の付与品を、あなたたちの分も。──あの森では、それしか、使えません」


ソラが、宿へ引き上げた後。

広間には、重い、沈黙が、落ちていた。

「……レイジ」

ガルドが、掠れた声で、言った。

「お前、あれ、分かってて、やったよな」

「何がです」

「わざと、突き放した」

俺は、答えなかった。


「あいつ、三年間、誰にも、逆らわれたことがねえんだ。──『すごい』『さすが』『勇者様』。それしか、聞いてこなかった」


ガルドは、続けた。

「そこに、お前が、いきなり『見殺しにするのは寝覚めが悪い』だ。あいつからすりゃ、格下に、情けをかけられたんだぞ。……なあ、レイジ。何を、狙ってる」

俺は、しばらく、黙っていた。

そして、静かに、言った。

「──王国の、狙いを、確認したかったんです」

「あ?」

「なぜ、王国は、勇者を、送ってきたと思いますか」

俺は、全員を、見渡した。

「聖剣の回収。それは、表向きの理由です。──ですが、それだけなら、監査官でも、使者でも、いい。『あのクランに、案内させろ』と、命令書を送れば済む」

俺は、続けた。

「なぜ、勇者本人を、送ってきたのか」

広間が、静まり返った。

「……あ」

ニックが、口を、開いた。

「まさか」

「ええ」

俺は、頷いた。

「俺たちを、見に来たんです」

「盤上の灯は、目立ちすぎました」

俺は、静かに、言った。

「半年で、支部長を一人、失脚させた。伯爵家の依頼を、奪った。百人の冒険者を、支部の外に、束ねた」

「……」

「そして、俺たちの理念は──『才能で、人を測らない』」

俺は、続けた。

「ランク制度は、王国が、冒険者を管理するための、装置です。才能値で選別し、格付けし、動員する。──俺たちは、その根っこを、否定した。しかも、成功してしまった」

俺は、窓の外を、見た。

「王国から見れば、俺たちは、危険な組織です。──潰したい。ですが、正面から潰す口実が、ない。俺たちは、何一つ、規則を破っていない」

俺は、静かに、言った。

「だから、勇者を、送った」

「……なんで」

「一つ。俺たちが、どれだけ危険な組織か、内側から、見るため」

俺は、指を、折った。

「二つ。聖剣を、回収させるため」

そして、三本目を、折った。

「三つ。──用が済んだら、潰すため」


広間が、凍りついた。

「お、おい、待て」

ニックが、掠れた声で言った。

「それ、あの勇者が、俺たちを、潰しに来るってことか!?」

「いえ」

俺は、首を振った。

「あの少年は、何も、知りません」

俺は、扉の方を、見た。

「彼は、『聖剣を取ってこい』としか、言われていない。──それだけです」

「……」

「彼は、王国の、駒です。しかも、自分が駒だと、気づいていない」

俺は、静かに、言った。

「三年前、十四で、召喚された。異界から、いきなり。そして、『お前は勇者だ』『魔族は敵だ』『王国は正しい』──そう教えられて、そのまま、育った」

俺は、目を、細めた。

「戦う理由を、一度も、自分で選んだことがない」

セシリアが、口元を、押さえた。

「……まだ、子供では、ありませんか」

「ええ」

俺は、頷いた。

「十四で連れてこられて、十七の、今まで。──疑うことを、教わらなかった。それだけです」

「……なら、どうする」

ガルドが、掠れた声で、聞いた。

「王国の狙いが、そうなら。聖剣を取らせて、用が済んだら、潰される。──断るのか?」

「断れません」

俺は、答えた。

「勇者本人が、来ている。王命です。断れば、それこそ、潰す口実になる」

「じゃあ、どうすんだよ!」ニックが、叫んだ。

俺は、しばらく、黙っていた。

そして、静かに、言った。

「あの少年自身は、まだ、どの盤面にも、乗っていません」

「……あ?」

「王国に、飼われているだけです。自分で、戦う場所を、選んだことがない。──なら、まだ、間に合う」

「間に合うって、何が」

「あの少年を、取り戻すことが、です」

広間が、静まり返った。

俺は、窓の外を、見た。


北西の方角。

霧に沈んだ、誰も帰らない、精霊の地。


「言ったはずです。俺には、あの少年を、倒す手がない。嵌める手も、ない。あれは、盤面の、外の力だ」

俺は、続けた。


「ですが、あの森でなら──あの少年の強さは、通用しません。才能も、意味をなさない。魔物を、何体倒しても、霧は晴れない。剣を、どれだけ振るっても、聖剣には、辿り着けない」

俺は、目を、細めた。

「あそこで、あの少年は、生まれて初めて、思い知ります。──強いだけでは、どうにもならない、ということを」

「……」

「その時、あいつは、初めて、自分の頭で、考えるはずです。『なぜ、この一番弱い男に、できて、俺に、できないのか』と」

俺は、静かに、言った。

「──そこから、始めます」


「王国は、あの少年を、俺たちを潰す駒として、送ってきた」

俺は、続けた。

「なら、俺は、その駒に、教えます。──自分が、駒だということを」

俺は、目を、閉じた。

「そして、駒じゃなく、自分で、盤面を選べるのだと。──それを、あの森で、覚えさせます」

広間が、静まり返っていた。

やがて、ガルドが、深く、息を吐いた。

「……お前は、本当に」

彼は、額を、押さえた。

「王国が、最強の駒を、俺たちを潰すために送ってきた。──それを、お前は、逆に、こっちの盤面に、引き込もうとしてる」

「引き込む、のではありません」

俺は、答えた。

「あの少年が、自分で、選ぶんです。──俺は、選べる場所を、見せるだけだ」


その夜。

俺は、執務室で、一人、記録を、眺めていた。

『ソラ 推定総合:四〇〇』

四百。

──次元が、違う。俺の、九十七では、指一本、触れられない。

倒す手も、嵌める手も、ない。

だが。

「……神様」

俺は、呟いた。


『下の国が、勝手に、一人、呼びよってな』

『餞別に、才能を、詰めるだけ、詰めたんじゃ』

『もし、どこかで、会うたら。──仲良う、してやってくれ』


俺と、あの少年は、似ている。

どちらも、神様の、手違いから、こぼれた。この世界に、予定なく、放り込まれた。

──ただ、片方は、何もかもを、持たされ。もう片方は、端数しか、渡されなかった。


「……皮肉なもんですね」


俺は、乾いた笑いを、漏らした。

「持てる者が、駒にされて。持たざる者が、それを、取り戻そうとしている」

俺は、窓の外を、見た。

ハルベルの街。無数の、灯り。

北西の空の、低いところに、あの日と同じ、見慣れない光が、瞬いていた。精霊の地の、方角だ。


「……やってみますよ、神様」


俺は、記録を、閉じた。


「俺には、あいつを、倒せない。だが──盤面の、外の力を、盤面の、内側に、迎えることは。……できるかもしれない」


窓の外で。

光が、静かに、瞬いていた。

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