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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の灯火編

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第25話 指せない一手

その夜、俺は、眠れなかった。

執務室の机に、記録を広げて、盤面を、何度も、組み直した。

十一人の編成。囮の配置。誘導経路。採掘の手順。退路。

──全部、完璧だ。

一つを除いて。

「囮が、動かない」

俺は、記録の一点を、指で押さえた。

二十三点のガラクタ。一箇所に集めて、時間差で一斉発動させる。この森で、最も明るく光る、魔力の塊になる。

魔物は、確実に、そこへ向かう。

だが──そこに、何もないと分かれば。

戻ってくる。

「二刻」

俺は、呟いた。

それが、限界だ。魔物が「そこには何もいない」と気づくまでの、猶予。

そして、採掘に必要な時間は、半日。

「……足りない」

三度目の計算だった。

三度とも、同じ答えが出た。

足りない。


必要なのは、動く囮だ。

光り続け、走り回り、魔物を引きつけ、注意を逸らし続ける、生きた囮。

条件は、三つ。

一つ、大量の魔力を持っていること。ガラクタ二十三点より、明るく光れること。

二つ、追われても逃げ切れること。足止めの手段を持ち、川まで走り抜けられること。

三つ、単独で、判断できること。俺の指示が届かない場所で、状況を読んで、自分で動けること。

「……一人しか、いない」

俺は、ペンを、置いた。

八十人の名簿。その全部が、頭に入っている。

魔力量。走力。判断力。度胸。

その三つを、同時に満たす人間は。

「フィオナさん、しか」

俺は、その名前を、口に出して。

そして、ペンを、握り直した。

「──他の手を、探す」


四度目の計算を、始めた。

囮を、二箇所に分ける。片方が破られても、もう片方が引きつける。

──駄目だ。ガラクタは二十三点しかない。二箇所に分ければ、光が弱くなる。魔力の総量が足りない。

囮に、動く仕掛けを作る。荷車に載せて、坂を転がす。

──駄目だ。あの森は、倒木と斜面だらけだ。荷車は、十歩も転がらない。

採掘の時間を、短縮する。人数を増やして、一気に掘る。

──駄目だ。足場が狭い。五人以上は、立てない。

魔物を、倒す。

──駄目だ。四足、体重は俺の五倍以上、三体。あの森で、正面から戦って勝てる編成を組めば、その全員が、明るく光る。

「……くそ」

俺は、記録を、睨んだ。

五度目。六度目。七度目。

そのたびに、盤面が、同じ答えを、返してくる。

フィオナを、囮にしろ。

それが、最善手だ。

彼女なら、光る。彼女なら、逃げ切れる。彼女なら、判断できる。

成功率は、跳ね上がる。採掘の時間が、確保できる。十一人が、全員、生きて帰れる。

そして、彼女自身も。


「……逃げ切れる」


俺は、計算した。

追われた場合の、逃走経路。氷で足止めをしながら、川まで、およそ六百歩。彼女の脚力と、詠唱速度と、魔力量を、全部、頭に入れて、計算する。

生存率。

「……九割」

俺は、その数字を、見つめた。

九割。

八十人の駒を、俺は、平然と並べ替えてきた。この依頼は、この編成なら死なない。この地形なら、この人選が最適だ。そう判断して、彼らを、送り出してきた。

生存率、九割。

──それは、俺が「安全」と判断する、水準だ。

なのに。


「…………」


俺の手は、動かなかった。

『囮役:フィオナ』

たった、その一行が。

書けなかった。


──なぜだ。

俺は、自分に、問うた。

計算は、合っている。生存率九割は、この森の依頼としては、破格に高い。俺自身が単独で入った時の生存率は、たぶん、五割もなかった。

彼女の方が、遥かに、安全だ。

なのに、なぜ。


「……感情が、混じっている」


俺は、静かに、その事実を、認めた。

盤面の計算に、感情が、混じっている。

だから、指せない。


「──なら、排除しろ」


俺は、自分に、言い聞かせた。

前世で、何百回も、やってきたことだ。

盤上に、感情は要らない。駒に、思い入れは、要らない。この駒が好きだから残す、この駒が嫌いだから捨てる。──そんな指し方をする奴は、必ず、負ける。

俺は、それを、知っている。

だから、排除しろ。

彼女を、駒として、見ろ。

魔力量、九十。総合、百九十二。走力、平均以上。判断力、極めて高い。生存率、九割。

──駒だ。

ただの、優秀な、駒だ。

俺は、ペンを、握った。

そして。

『囮役:フィオ…』

そこで、手が、止まった。


──三日前。


『私は、迎えに行く準備を、していました』


俯いた、彼女の顔が、浮かんだ。


『十四日の期限まで、まだ四日ありましたが。……準備だけは、していました。荷物も、まとめて』

『馬鹿みたいでしょう。まだ、期限も来ていないのに』


俺は、ペンを、置いた。

「……関係ない」

そう、呟いた。

関係ないはずだ。彼女が何をしていようが、盤面の計算には、影響しない。

それは、数字じゃない。

数字じゃないものは、盤面に、乗らない。

──なのに。

俺の頭の中で、それは、確かに、盤面の上に、乗っていた。

重石のように。


「……盤面を、組み直す」

俺は、新しい紙を、取り出した。

八度目。

前提を、変える。

「フィオナさんを使わずに、採掘の時間を確保する方法」

そう、書いた。

そして、その瞬間に、気づいた。

──これは、計算じゃない。

俺は、今、答えありきで、盤面を組もうとしている。

「フィオナを使わない」を、前提に。

それは、盤面を組むことじゃない。

盤面を、歪めることだ。

「…………」

俺は、その紙を、見つめた。

前世で、俺が、最も軽蔑していた指し方だった。

結論が先にあって、そこへ辿り着くために、理屈を、後から捏ねる。負ける奴が、必ずやることだ。

そして今、俺は、それを、やっている。

「……くそ」

俺は、紙を、握りつぶした。


窓の外が、白み始めていた。

一晩、かかった。

結局、答えは、出なかった。

いや──答えは、出ている。

最初から、出ていた。帰り道の、三日間で。

俺は、それを、指せずにいるだけだ。

「……なぜだ」

俺は、机に、突っ伏した。

そして、その姿勢のまま、頭の中で、もう一度、問うた。

なぜ、指せない。

なぜ、彼女だけ。

八十人の駒を、平然と、並べ替えてきた。あの三人組を、山岳の依頼に送った。元漁師の斥候を、川沿いに配置した。誰も、死ななかった。俺の計算が、正しかったからだ。

彼らのことも、俺は、大事だと思っている。死なせたくない。そう、思っている。

なのに。

彼らは、指せる。

彼女だけが、指せない。

「……何が、違う」

俺は、目を閉じた。

そして、思い出した。

坑道の広間。詠唱の最終節を紡ぐ、紺のローブ。

俺は、その脇を、走り抜けた。振り返りもせずに。


『十五』


『ちょうど、十五でした』


『……計算、通りです』


『ええ。ええ、そうですね。計算通りでした』


あの時の、上ずった声。

窪地の、初めての出会い。三秒を差し出した俺を、値踏みするように見た、紫の目。

ワイバーンの戦場。

『策は、あるんでしょうね』

と、確認するように、問うた声。

湿地の帰り道。

『あなたの隠し事が、私の魔法の当たり方を変えるのなら。それは、私の領分です』


夕暮れの、ギルドの前。

『あなたのことを、もっと知りたいと思っています。……これは、戦術的な興味です』


つんと顎を上げて、頬を染めて、去っていった背中。

そして。


『今度は──私が、あなたの盤面の、駒になりたい』

『使ってください。私を』


まっすぐに、俺を見ていた、紫の目。


俺は、机に突っ伏したまま、動けなかった。

心拍が、速い。

祝福も、付与品も、切っている。俺の身体は、素の、九十三だ。

なのに、なぜ。

「……この乱れは」

俺は、呟いた。

「何の、数字だ」

──夕暮れの、あの日と、同じ問いだった。

あの時、俺は、それを読み解くのを、やめた。

なぜか、それだけは、読み解いてしまうのが、惜しい気がしたからだ。

だが、今は。

読み解かなければ、盤面が、組めない。

「……分かって、いる」

俺は、静かに、言った。

分かっているのだ。

本当は。

最初から。

俺は、彼女を──

「…………」

俺は、そこで、思考を、止めた。

止めて、しまった。


「──レイジさん」

扉が、開いた。

顔を上げると、セシリアが、立っていた。

朝日が、彼女の背後から、差し込んでいる。

「……セシリアさん」

「一晩中、灯りが点いていましたよ」

彼女は、微笑んで、部屋に入ってきた。

そして、机の上の、握りつぶされた紙の山を、見た。

「……盤面が、組めないのですね」

「……ええ」

俺は、正直に、答えた。

隠す気力が、なかった。

「答えは、出ています。最初から。──ですが、指せない」

「フィオナさんのことですね」

俺は、答えなかった。

セシリアは、静かに、俺の向かいに、腰を下ろした。

「レイジさん。一つ、伺ってもよろしいですか」

「はい」

「あなたは、なぜ、指せないのだと、思っていますか」

俺は、少し、考えた。

そして、答えた。

「……感情が、混じっているからです」

「なるほど」

「盤面に、感情は、要らない。駒に、思い入れは、要らない。──そんな指し方をする奴は、必ず、負ける。俺は、それを、知っています」

「ええ」

「だから、排除しようとしました。──できませんでした」

俺は、握りつぶした紙を、見た。

「それどころか。俺は、『彼女を使わない』を前提に、盤面を組もうとしていた。……最悪です。結論が先にあって、理屈を後から捏ねる。俺が、最も軽蔑してきた指し方だ」


セシリアは、しばらく、黙っていた。

そして。

「……ふふ」

彼女は、小さく、笑った。

「何が、可笑しいんですか」

「いえ」

彼女は、首を振った。

「あなたは、本当に、賢い方ですね」

「……皮肉ですか」

「いいえ。褒めています」

セシリアは、微笑んだ。

「賢い方は、答えの出ない問いに、答えを出そうとします。……でもね、レイジさん」

彼女の声は、柔らかかった。

「その問いは、盤面の問いでは、ありません」

俺は、顔を上げた。

「……え?」

「あなたは、『なぜ指せないのか』を、盤面の言葉で、解こうとしています。感情が混じっている。だから排除しよう。排除できない。だから、自分は間違っている。──そうやって」

セシリアは、俺の目を、見た。

「でも、それは、盤面の問いでは、ないんです」

「……」

「あなたが、答えられないのは、あなたが間違っているからでは、ありません」

彼女は、静かに、言った。

「──答えを、知っているからです」


俺は、動けなかった。

セシリアは、それ以上、何も言わなかった。

ただ、立ち上がって、扉の方へ、歩いた。

そして、振り返らずに、こう言った。

「レイジさん。……私、六年間、ガルドさんを、見てきました」

「……」

「あの人は、答えを知っていました。自分のやり方が、間違っていることを。──でも、認めたら、送金が途絶える。だから、認めなかった」

彼女の声が、掠れた。

「認めないために、理屈を捏ねて、盤面を歪めて、六年、間違え続けました」

セシリアは、扉に、手をかけた。

「あなたは、あの人とは、違います」

「……」

「あなたは、盤面を歪めた自分に、気づいて、その紙を、握りつぶした。──気づける人は、間違え続けません」

彼女は、扉を、開けた。

「答えを、認めてください。……それだけで、盤面は、組めるようになります」

一人になった執務室で。

俺は、長い間、動けなかった。

そして、ゆっくりと、新しい紙を、取り出した。

ペンを、握る。

『囮役:フィオナ』

書いた。

たった、六文字。

書いた瞬間に、胸の奥が、締め付けられた。

心拍が、跳ねた。


「……ああ」


俺は、その紙を、見下ろした。

そして、ようやく。

認めた。

「──俺は、こいつを」

その先を、俺は、口に出さなかった。

だが、頭の中では、はっきりと、言葉になっていた。

盤面に、感情は、要らない。

そんなことは、知っている。

だが。

──俺の盤面には、もう、それが、乗っている。

乗ってしまっている。

とっくの昔から。

俺は、紙を、机に置いた。

そして、その下に、こう書き足した。


『生存率、九割』

『──残り一割を、俺が、埋める』



朝。

俺は、広間に、降りた。

十一人が、既に、集まっていた。

そして、その中に、紺のローブが、立っていた。

「──フィオナさん」

俺は、彼女の前に、立った。

紫の目が、まっすぐに、俺を見返していた。

その目には、既に、答えが、書いてあった。彼女は、俺が、何を言うか、分かっている。分かった上で、待っている。


「……囮役を、お願いします」


俺は、言った。

「あなたの魔力で、魔物を引きつけ、走りながら、注意を逸らし続けてほしい。──採掘の、半日の間」

フィオナは、静かに、頷いた。

「はい」

「条件が、三つあります」

俺は、続けた。

「一つ。俺が、あなたと、一緒に走ります」

広間が、ざわめいた。

「……レイジさん?」

「二つ。逃走経路は、俺が決めます。あなたは、走りながら、俺の指示を聞いてください」

「三つ」

俺は、彼女の目を、見た。

「危ないと判断したら、俺の判断で、囮を、中断します。──採掘が終わっていなくても、です」

フィオナの、目が、見開かれた。

「それは……依頼が、失敗します」

「ええ」

「期限が、あります。二度目は、ありません」

「知っています」

「なぜ、そんな」

「あなたが、死ぬからです」

広間が、静まり返った。

俺は、言った。

自分でも、驚くほど、静かな声で。


「──それだけは、盤面に、乗せられない」


フィオナは、しばらく、俺を、見ていた。

その頬が、ゆっくりと、染まっていくのを。

俺は、見てしまった。


「……戦術的な、判断ですか?」


彼女は、掠れた声で、そう聞いた。

俺は、答えられなかった。

答えられずに、ただ。


「……分かりません」


そう、言った。

フィオナは、俯いた。

そして、小さく、本当に小さく、笑った。


「……そうですか」


彼女は、顔を上げた。


「なら、それで、結構です」


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