↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の灯火編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/77

第23話 今頃、気づいたのか?

十日目の夕方。

俺は、ハルベルの東門を、くぐった。

十四日の約束が、十日で済んだ。四日、早い。


「……早く帰りすぎたか」


いや、そんなことはない。期限は迫っている。一日でも早い方がいい。

俺は、荷馬を引いて、東地区の外れへ、歩いた。

クランハウスの窓に、灯りが点っている。夕暮れの中、その光が、やけに、暖かく見えた。

──なぜだろう。

十日、たった十日、離れていただけだ。それも、依頼のためだ。

なのに。

「……ただいま、か」

俺は、その言葉を、口の中で転がして、少しだけ、可笑しくなった。

前世でも、この世界でも。

俺には、そんな言葉を言う相手が、いなかったはずなのに。


扉を開けた瞬間。

広間の空気が、止まった。

十数人の冒険者が、一斉に、こちらを見る。受付の職員が、書類を落とした。

そして。

「──レイジ!!」

一番奥のテーブルから、椅子が倒れる音。

ニックが、飛び上がった。

「お前、生きて──いや、早くねえか!? 十四日って言っただろ!」

「早く終わったので」

「終わったって、お前……」

ニックが、駆け寄ってきて、俺の全身を、上から下まで、無遠慮に眺め回した。

「怪我は? 五体満足か? どっか噛まれたりしてねえか?」

「してません」

「本当か? 見せてみろ」

「してませんって」

そのやりとりの背後で。

「レイジさん!」

セシリアが、両手で口を覆って、立ち上がっていた。

その目が、みるみる、潤んでいく。

「……よかった。本当に、よかった」

「ただいま戻りました。……大袈裟ですよ、セシリアさん。十日です」

「大袈裟ではありません」

彼女は、俺の前に来ると、両手で、俺の手を包んだ。

そして、そのまま、回復魔法を流し込んできた。

「あの、セシリアさん。怪我はしていません」

「疲労が、酷いです」

彼女は、微笑んだまま、静かに言った。

「──あなた、この十日、まともに寝ていませんね」

……相変わらず、この人には、敵わない。


そして。

広間の隅に、紺のローブが、立っていた。

フィオナ。

彼女は、こちらへ、駆け寄ってこなかった。ただ、そこに立って、俺を、じっと見ていた。

紫の目が、いつもより、少しだけ、赤い気がした。

「……ただいま戻りました」

俺は、そちらへ、歩み寄った。

「四日、早く戻りました。約束通りです」

「…………」

フィオナは、答えなかった。

しばらく、俺の顔を、見ていた。

そして。

「──三日前」

彼女は、静かに言った。

「私は、迎えに行く準備を、していました」

「え?」

「十四日の期限まで、まだ四日ありましたが。……準備だけは、していました。荷物も、まとめて」

彼女は、俯いた。


「馬鹿みたいでしょう。まだ、期限も来ていないのに」

「……フィオナさん」

「勘違いしないでください」


彼女は、顔を上げて、いつもの、つんとした顔をした。

「あなたが死ねば、クランが困ります。これは、戦力の管理の話です」

「……はい」

「本当に、それだけです」

「はい」

「……なぜ、笑っているんですか」

「笑っていません」

「笑っています」

俺は、口元を押さえた。

──おかしいな。

自分では、いつも通りの顔をしているつもりだった。


「──で。何があった」

ニックが、テーブルに、俺を座らせた。

セシリアが茶を淹れ、フィオナが向かいに座り、そして、バッセさんが資料を抱えて降りてきた。

奥の執務室から、ガルドも顔を出した。

「精霊の地。──どうだった」

俺は、鞄から、記録を取り出した。

十日ぶんの、全部。

「攻略法は、あります」

俺は、記録を、テーブルに広げた。

「霧は、音を食い、視界を奪う。だから誰も、盤面が見えない。──それが、あの森が『帰還者なし』の理由です」

「盤面が、見えない?」

「ええ。魔物が強いわけじゃない。むしろ、強い者ほど、死ぬ」

俺は、続けた。

「あそこの魔物は、魔力に反応します。だから、魔法使いを連れているパーティーほど、狙われる。──十七年前に消息を絶った『灰銀の翼』も、たぶん、そうです。あの編成には、魔法使いがいた」

広間が、静まり返った。

「なら、どうやって……」

俺の説明を聞いていた冒険者の一人が、呟いた。

「俺の付与品なら、魔力の消費が、極小です」

俺は、腕輪を見せた。

「暗視、聴覚、遠見、気配遮断。感覚強化の付与品は、ステータスが上がらない。だから誰も使わない。──でも、その代わり、消費が、ほとんどない」

「……」

「それに、俺の魔力は、この街で最低値だ。──あの森で、最も、暗い」

一瞬の沈黙。

そして。

「……はは」

ニックが、乾いた声で、笑い出した。

「そうか。──弱いから、生きて帰れたのか」

「……そうなりますね」

俺は、頷いた。

自分でも、少し、可笑しかった。

「行く前は、そこまで読んでいませんでした。俺が一人で行くと決めたのは、単に、戦えないからです。強い人間が行けば、戦ってしまう。俺なら、逃げることに専念できる。──それだけの理屈でした」

俺は、腕輪を、指で撫でた。

「ですが、結果として。あの森では、それが、唯一の正解だった」

「……」

「魔力が低いから、追われにくい。感覚強化の付与品しか持っていないから、消費が極小で済む。戦えないから、真っ先に逃げる。──俺の弱さが、全部、あの森の攻略条件と、噛み合っていた」

俺は、少しだけ、笑った。

「偶然です。読み切っていたわけじゃない」

「……いや」

ニックが、掠れた声で言った。

「偶然じゃねえだろ、それ」

「え?」

「お前、二年間、ずっとそうやって生きてきたんだろ」

彼は、俺を、見た。

「弱いから、逃げる前提で動く。弱いから、誰も欲しがらねえガラクタを拾う。弱いから、盤面を作る。──それが、たまたま、あの森で正解だった、なんて話じゃねえよ」

ニックは、乾いた笑いを、漏らした。

「お前が、二年かけて積み上げてきたもんが、全部、あそこで噛み合ったんだ」


「──で、採掘は」

ガルドが、記録を覗き込んだ。

「鉱脈は、見つけました。位置も、周辺の地形も、退路も、全部、頭に入っています」

俺は、記録の頁を、めくった。

「問題は、採掘に、魔力の道具が要ることです。使えば、光る。魔物が来る」

「じゃあ、詰みじゃねえか」

「囮を、置きます」

俺は、答えた。

「ガルドさんから譲り受けた、二十三点のガラクタ。──あれを、全部、一箇所に集めて、一斉に発動させる」

ガルドの、動きが、止まった。

「あの、ガラクタを?」

「ええ。あの森で、最も明るく光る、魔力の塊になります。魔物は、必ず、そっちへ行く。──その間に、採掘班が、掘る」

俺は、記録に、指を置いた。

「囮の設置場所は、鉱脈から、南へ四百歩。魔物の巣とは、逆方向です。誘導経路も、計算済みです」

ガルドは、しばらく、その記録を、見下ろしていた。

そして。

「……レイジ」

「はい」

「あのガラクタはな」

彼の声が、掠れていた。

「俺が、お前から報酬を、値切るために押し付けた、ゴミだ。銅貨数十枚の価値もねえ」

「知ってます」

「それが──伯爵家の依頼を、達成する鍵に、なるってのか」

「なります」

俺は、静かに、答えた。

「誰も欲しがらないものほど、安く買える。──そう言ったでしょう」

ガルドは、両手で、顔を覆った。

そして、その手の下から、掠れた笑い声が、漏れた。

「……くそ。本当に、お前は」


その夜。

依頼の割り振りが終わり、冒険者たちが引き上げた後。

広間には、五人が、残っていた。

ガルド、セシリア、ニック、フィオナ、そして、俺。

「──なあ、レイジ」

ニックが、切り出した。

妙に、改まった顔で。

「あー、その、なんだ。……聞きたいことが、あるんだけどよ」

「はい」

「……いや、聞きたいっつーか、確認、っつーか」

ニックは、頭を掻いて、それから、意を決したように、言った。

「お前がいねえ間、俺、よそのパーティーに入ってたじゃん」

「ええ」

「……やりにくかった」

彼は、テーブルに、突っ伏した。

「めちゃくちゃ、やりにくかった!! 俺が『敵は三体だ』つっても、誰も、それを使わねえんだよ! 情報を渡しても、そのまま突っ込んでいくんだ!」

「……」

「なあレイジ。俺、思ったんだけどよ」

ニックは、顔を上げた。

その目が、少しだけ、赤かった。

「お前、俺の報告に──意味を、持たせてくれてたんだな」

俺は、答えなかった。

というより、何を言われているのか、少し、分からなかった。

「俺、ずっと言ってただろ。『お前の指示、後から考えると全部意味あるんだよな』って。……違ったわ。俺の報告に、お前が、意味を持たせてたんだよ」

「……そんな大袈裟な話では」

「大袈裟じゃねえ!」


ニックが、テーブルを叩いた。

「俺は、四年、斥候をやってきた。報告なんて、当たり前にやってた。当たり前に、返ってくると思ってた。──違うんだよ、レイジ。あれは、当たり前じゃなかった」

「……」

「お前だけだ。俺の『三体だ』って一言を、勝ち筋に、変えられるのは」


「──あら」

その隣で、セシリアが、静かに笑った。

「ニックさんも、そうでしたか」

ニックが、顔を上げる。

「……セシリアさんも?」

「ええ」

彼女は、微笑んだ。

いつもの、柔らかい笑み。だが、その目は、少しだけ、潤んでいた。

「私、この十日、走り回っていました」

「走り回る?」

「前衛の方が、私から離れすぎるんです。回復が、届かない。追いかけると、今度は私が、魔物の間合いに入ってしまう」

彼女は、俺を見た。

「祝福を使うタイミングも、誰も分かってくださらない。朝、出発前に使ってしまって、戦闘の頃には、とっくに切れている。──そして、それを誰も、気にしていないんです」

「……」

「私、毎日、魔力が空になりました。回復に、全部持っていかれて」

セシリアは、そこで、言葉を切った。

そして、静かに、続けた。

「──紅の盾では、そんなこと、一度もありませんでした」

広間が、静まり返った。

「私は、いつも、動きやすい場所にいました。前衛は、私の回復が届く距離を、決して離れなかった。祝福を使うタイミングは、いつも、誰かが教えてくれた」

彼女は、俺を、まっすぐに見た。

「『セシリアさん、あと四半刻で切れます』」

「『今、使ってください』」

「『その位置なら、全員に届きます』」

セシリアの声が、震えた。

「……あなたでしたね。全部」

「…………」

「私、ずっと、自分が優秀な僧侶なのだと、思っていました」

彼女は、目元を拭った。

「六年、一度も、魔力を切らしたことがなかったから。回復が届かなかったことも、なかったから。──私は、そういう僧侶なのだと、思っていました」

「セシリアさん」

「違ったんですね」

彼女は、微笑んだ。

「あなたが、私が動きやすい場所を──ずっと、作ってくださっていた」


そして。

「──私も、です」

フィオナが、静かに、口を開いた。

いつもの、淡々とした声で。

だが、その手は、テーブルの上で、きつく握られていた。

「私は、この十日で、詠唱を、二十七回、潰されました」

「二十七回」

「数えていました」

彼女は、俯いた。

「私の魔法は、何も、変わっていません。射程も、威力も、詠唱速度も。──なのに、毎回、魔力が空になる。撃てるはずの一撃が、撃てない。狙えるはずの場所に、届かない」

彼女の声が、掠れた。

「なぜ、こんなに疲れるのだろう、と。……ずっと、考えていました」

彼女は、顔を上げた。

紫の目が、まっすぐに、俺を見ていた。

「答えは、簡単でした」

「……」

「あなたが、いなかったからです」

広間の空気が、止まった。

「紅の盾で、私は、一度も、詠唱を潰されたことがありませんでした。射線は、いつも、通っていました。魔物は、いつも、私が狙いやすい場所に、並んでいた」

彼女は、続けた。

「私は、それを──自分の腕だと、思っていました」

その声が、震えていた。

「歴代最高値の魔力。学院を首席で出た才能。私は、優秀な魔法使いなのだと。だから、こんなに、うまくいくのだと」

フィオナは、俯いた。

「……違いました」

「フィオナさん」

「あなたが、私に、撃たせてくれていた」

彼女は、握った拳を、見つめた。

「あなたが、射線を作って、魔物を並べて、詠唱の時間を稼いで。──私は、ただ、撃っていただけでした」

沈黙が、落ちた。

俺は、どう答えていいか、分からなかった。

三人の言うことは、事実だ。

俺は確かに、ニックの報告を盤面に組み込んだ。セシリアの動線を作った。フィオナの射線を通した。

だが、それは。


「……それが、俺の仕事です」


俺は、そう答えた。

「俺は、戦えません。素の総合が、九十三だ。あなたたちが戦えるように、盤面を組む。──それしか、できることがない」

「それしか、って」

ニックが、掠れた声で言った。

「お前、それ、本気で言ってんのか」

「本気ですが」

「……あー、くそ」

ニックは、頭を抱えた。


「そうだよな。お前、そういう奴だよな。──分かってねえんだ、自分の異常さが」

「異常?」

「異常だよ!!」


その時。

「──お前ら」

奥から、声がした。

ガルドだった。

彼は、腕を組んで、壁にもたれて、こちらを見ていた。

その顔に、なぜか、呆れたような笑みが、浮かんでいた。


「今頃、気づいたのか?」


三人が、一斉に、振り返った。

「……ガルド?」

「え、旦那、なんだよそれ」

「今頃、って」

ガルドは、テーブルの方へ、歩いてきた。

そして、椅子を引いて、腰を下ろした。


「俺はな」


彼は、静かに、言った。

「──とっくに、気づいてた」


「……いつから」

セシリアが、掠れた声で、問うた。

「坑道だ」

ガルドは、即答した。

「グラウンドワームの、あの依頼。こいつが、フィオナに『十五を数えろ』って言った、あの日だ」

彼は、俺を見た。

「あの時な。俺は、思ったんだ。──こいつの見てる盤面は、俺の指揮とは、まるで別物だ、って」

「……」

「俺は、六年、パーティーの頭をやってきた。だから、分かっちまったんだよ」

ガルドは、乾いた声で、笑った。

「指揮ってのはな、普通、こうだ。『前衛は前、後衛は後ろ。魔物が来たら受け止めて、隙を見て魔法を撃て』。──それが、当たり前の指揮だ。誰でもやってる」

「……」

「だが、こいつは、違う」

彼は、俺を、指した。

「こいつは、戦う前に、勝ち筋を決めてる。地形、風向き、魔物の癖、味方の足の速さ、詠唱の秒数、祝福の残り時間。──全部を、頭ん中に並べて、その上で、『こう動けば勝てる』って盤面を、先に作っちまう」

ガルドの声が、低くなった。

「そんで、その盤面通りに、俺たちは、動く。動かされてることにも、気づかずにな」

三人が、絶句していた。

「フィオナ。お前が『詠唱を潰されたことがない』のはな。こいつが、お前の詠唱の秒数を、全部、頭に入れてるからだ。魔物がどこから来るか、何秒で届くか、それを計算した上で、お前を置く場所を、決めてる」

「……」

「セシリア。お前が『いつも動きやすい場所にいた』のもな。こいつが、お前の回復の射程と、前衛の突出する癖を、全部、計算に入れてるからだ。前衛が突っ込みすぎそうになったら、こいつが先回りして、そこに立つ。お前は気づかんかっただろうが、こいつは、お前と俺の間に、いつも、いた」

セシリアの目が、大きく、見開かれた。

「ニック。お前の報告が『盤面になった』ってのはな。こいつが、お前の言葉から、お前が言ってないことまで、読み取ってるからだ。『三体』って聞いた瞬間に、こいつの頭ん中じゃ、三体がどこに立ってて、どう動いて、どこで挟めるかまで、絵になってる」

ガルドは、椅子の背もたれに、身体を預けた。

「──それが、当たり前だと思ってたか?」

三人が、答えられずにいた。


「当たり前じゃねえよ」


ガルドは、静かに、言った。

「よそのパーティーが、下手なんじゃねえ。──あれが、普通なんだ」

彼は、俺を、見た。

「こいつが、異常なんだよ」


広間が、静まり返っていた。

「……なあ、旦那」

ニックが、掠れた声で、聞いた。

「気づいてたなら、なんで、言わなかったんだよ」

「言って、どうする」

ガルドは、鼻を鳴らした。

「『お前らはレイジに動かされてる』って、俺が言ってやればよかったか? そんなもん、言われて分かるか」

「……」

「こういうのはな、失って初めて分かるんだよ」

彼は、目を細めた。

「俺だって、そうだった。──ワイバーンの時に、俺は、こいつを捨てようとした。『囮になれ』ってな。そんで、こいつは、五人全員を、生きて帰した」

ガルドの声が、掠れた。

「あの日、俺は、指揮官として、完敗したんだ」

彼は、両手を、組んだ。

「怖かったぜ。俺が『捨てろ』つった駒が、全員を救う一手だった。──俺の見てた盤面が、いかに、狭かったか。それを、思い知った」

「……ガルド」

「だから、看板を引き受けたんだよ」

ガルドは、俺を見て、少しだけ、笑った。

「こいつが『代表になってくれ』つった時、俺は、即答した。──とっくに、頭が誰かなんて、分かってたからだ」


俺は、その話を、黙って、聞いていた。

そして、ようやく、口を開いた。

「……ガルドさん」

「なんだ」

「知っていたなら、なぜ、俺に言わなかったんですか」

「あ?」

「俺が、その──異常だと。あなたが気づいていたなら、俺に、そう言えばよかった」

ガルドが、目を丸くした。

そして。

「──はっはっは!!」

彼は、腹を抱えて、笑い出した。


「聞いたか、お前ら! こいつ、まだ分かってねえぞ!」

「な、なんですか」

「レイジ。お前な」


ガルドは、目尻を拭って、言った。

「俺が『お前は異常だ』って言ったらな。お前、なんて答えた?」

「……『そうですか』と」

「だろ?」

彼は、テーブルを、叩いた。

「お前は、自分の異常さを、異常だと思ってねえんだよ。当たり前だと思ってる。『盤面を組むのは、俺の仕事です』ってな。──だから、言っても、無駄なんだ」

「……」

「お前に、それを教えられるのは、俺じゃねえ」

ガルドは、三人を、指した。

「こいつらだ。お前がいない場所を経験して、初めて、分かる。──それを、お前は、狙ってたんだろ?」

俺は、答えなかった。

答えられなかった。

──あの三人に、気づいてほしいんです。

出立の朝、俺は、確かに、そう言った。

そして、この男は。

あの時、既に、全部、分かった上で。

含みのある顔で、笑っていたのだ。

「……敵いませんね」

俺は、そう呟いた。

「六年、頭をやってきた男を、舐めるなよ」

ガルドは、にやりと笑った。


そして、その時。


「──毎度」


広間の扉が、開いた。

全員が、振り返る。

戸口に立っていたのは、痩せた、二十代後半の男だった。

仕立てはいいが、派手さのない服。手には、擦り切れた帳面。

そして──狐みたいに細い目が、薄く、笑っていた。

「おっ。えらい、ええ空気ですやん」

男は、ひょいと、頭を下げた。

「お邪魔でしたか?」

「……ケイル」

ガルドが、額を押さえた。

「お前、なんで毎日来るんだ」

「そら、待ってるからですわ」

男は、あっさりと言った。

そして、その狐目が、ゆっくりと、俺の方へ、動いた。

「──あんたが、レイジはん、ですな」

広間が、静まり返った。

俺は、この男を、初めて見た。

なのに。

この男は、俺の顔を見た瞬間、確信を持って、そう言った。

「……なぜ、俺だと」

「そら、分かりますわ」

ケイルは、狐目を、細めた。

「みんなが、あんたの方、向いてますもん」

彼は、広間を、指した。

冒険者はもう帰っている。残っているのは、五人だけ。

だが──ガルドも、セシリアも、ニックも、フィオナも。

全員が、俺の方を、向いていた。

「代表は、ガルドはん。せやけど、この部屋の中心は、あんたや」

ケイルは、帳面を、抱え直した。

「銭の流れが、そう言うてました。そんで、今、人の流れも、そう言うてます」

彼は、にっと、笑った。

「ケイル言います。しがない、商人ですわ」

そして。


「──あんたと、商売がしたい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。