第15話 最弱はざまぁをしない
ワイバーン二体の討伐報酬、金貨八十枚。
その精算は、討伐から三日後に行われた。ニックの火傷が癒え、フィオナの魔力が回復し、ガルドが新しい盾を手配するのに、それだけの日数がかかった。
いつもの窓際のテーブルに、金貨が積まれる。
「……今回は、格が違う仕事だった」
ガルドが、金貨を数えながら言った。声に、いつもの豪快さはない。あの日以来、この男は俺と目を合わせない。
「レイジ。お前の働きは、大きかった。だから今回は──」
「その前に」
俺は、静かに遮った。
「精算の話は、後にしましょう。先に、渡したいものがあります」
俺は、鞄から一冊の綴りを取り出して、テーブルに置いた。
分厚い。羊皮紙を綴じたものだ。
「なんだ、これは」
「読んでください」
ガルドが、訝しげに綴りを開く。
その手が、途中で、止まった。
◇
綴りの中身を、俺は諳んじることができる。
一枚目。「紅の盾」の受注記録。過去六年、臨時メンバーがいる期間だけ、依頼難度が跳ね上がっていること。
二枚目。臨時メンバー十四人の在籍記録。平均四ヶ月。正式加入、ゼロ。負傷離脱、三名。消息不明、一名。残る十名は、契約満了か途中解除で、この街を去っている。
三枚目。報酬配分の記録。臨時メンバーの取り分が、一貫して「一割五分」であり、その査定区分が、危険な役割にもかかわらず、すべて「補助」とされていること。
四枚目以降。俺自身が、この五ヶ月で書面化させてきた、査定の記録。ガルド自身の署名入りで。
そして、最後の一枚。
ギルドの公開帳簿から写した、三ヶ月ごとの送金記録。金貨三枚。宛先は、遠く離れた二つの町。
ガルドの顔から、血の気が引いていた。
「……お前」
「全部、調べました」
俺は、淡々と言った。
「加入する前から。あなたが臨時メンバーをどう使い、どう査定し、どう送り出してきたか。──そして、あなたが何のために、金を必要としているのかも」
テーブルの、他の三人が息を呑む。
フィオナが、綴りを覗き込み、その内容を目で追って──みるみる表情を凍らせていく。
その隣で。
セシリアは、目を伏せていた。
否定も、驚きもしない。ただ、静かに、テーブルの一点を見つめている。その横顔は、この瞬間が来ることを、どこかで覚悟していた人の顔だった。
「レイジさん、これは……」
フィオナが、掠れた声で言った。
「本当、なのですか。この、臨時メンバーの……」
「事実です。全部、記録が語っています」
俺は、フィオナを見た。
「あなたは、知らなかった。ガルドが、あなたには汚れ仕事を見せなかったからです。あなたは学院を出た天才で、このパーティーの看板だ。──あなたを、汚したくなかったんでしょう」
フィオナの視線が、ガルドへ向く。
そこにあったのは、怒りだった。裏切られた者の、静かで、深い怒り。
「ガルド。……本当、なのですか」
ガルドは、答えなかった。
答えられなかった。
そして、フィオナの視線が、もう一人へ向いた。
「……セシリアさん」
その声が、揺れた。
このパーティーで、フィオナが唯一、心を許してきた人。冷たいと言われがちな自分を、いつも柔らかく受け止めてくれた、姉のような人。
「セシリアさんは……知っていたのですか。この、臨時の人たちのこと」
セシリアは、すぐには答えなかった。
やがて、顔を上げた。その目は、濡れていた。
「……ええ」
「なぜ、教えて──」
「あの人を…ガルドを!止めようとしました。何度も。……でも、止めきれなかった」
セシリアの声が、掠れていく。
彼女は、俯くガルドの背へ、目を向けた。
「私が紅の盾に加わったのは、六年前。この人が、パーティーを立ち上げた、その最初の仲間の一人としてです。……当時は、まっとうなパーティーでした。仲間も何人かいて、危ない橋は渡らず、地道にやっていた。この人も、ただ豪快で、面倒見のいいリーダーだった」
その声が、翳る。
「変わっていったのは、二年ほど経った頃から。この人が、送金のために金策に追われるようになって……ある時から、無理な依頼を、次々と受けるようになった。臨時の人を雇っては、危ない役に就かせるようになった」
「初期の仲間は、それに反発しました。なぜリーダーは、新人を犠牲にするような金策をするのか、と。……でも、この人は、何も説明しなかった。できなかったんです。事情を、話せなかったから」
セシリアは、涙をこぼした。
「送金のことを知っていたのは、私だけでした。他の仲間は、理由も分からないまま、ただ変わっていくこの人に、ついていけなくなって。……一人、また一人と、去っていきました」
「気づいたときには、この人と私だけが、最初からの仲間として、残っていた」
彼女は、俯くガルドを見つめた。
「間違っている、と何度も言いました。こんなやり方は、いつかあなた自身を壊す、と。……でも、この人は、止まれなかった。止まれば、送る金が、途絶えるから」
「……だから、私も、止まれませんでした」
「私は、まっとうだった頃のこの人を、知っています。だから……壊れていくこの人を、置いて、出ていくことが、できなかった。──フィオナさん。あなたに嘘をついていたのは、私の、弱さです。ごめんなさい」
フィオナは、慕ってきたその人の言葉を、ただ立ち尽くして聞いていた。
裏切られた、とは思わなかった。セシリアが、どんな思いで六年を過ごしてきたか、分かってしまったからだ。
信頼できるたった一人の人が、この歪みの中に留まり続けたのは、打算でも、逃げでもなかった。
一人の男を、見捨てられなかった。ただ、それだけだったのだ。
◇
そして、テーブルの端で。
ニックが、俯いたまま、拳を握りしめていた。
「……俺だよ」
掠れた声だった。
「その臨時の連中。全員、俺が声かけたんだ」
顔を上げたニックの目は、真っ赤だった。
「酒場で、目ぼしい新人見つけて、『うちは実力主義だぜ』って、いい話ばっかりして、引きずり込んで。……そんで、そいつらが囮にされて、擦り切れて辞めてくのを、見てた。四年間、ずっと」
「ニック……」
セシリアが、痛ましげに名を呼ぶ。
「知ってたよ、俺も! 全部知ってて、やってた! 孤児院で育って、十五で放り出されて、食い詰めてたところを、旦那が拾ってくれた。字も、拾われてから教わった。恩があるんだ。逆らえなかった。……いや、違うな。逆らわなかったんだ。楽な方に、逃げてた」
ニックは、拳で自分の膝を叩いた。
「レイジ。お前を勧誘したのも、俺だ。──お前が来た時、俺は、思っちまった。『こいつなら、しばらく保つ』って。新しい獲物を見つけた、みたいに。最低だろ。お前に酒奢って、笑って喋りながら、頭ん中じゃ、お前をいつまで使えるか、計算してた」
俺は、ニックを見た。
いつだったか、酔ったこの男が「逃げろよ」と零した夜のことを、思い出していた。あれは、罪悪感の限界に達した人間の、精一杯の警告だったのだ。
「知ってます」
俺は、静かに言った。
「勧誘の面接、質問の並びが完璧すぎて、初日で気づきました。あなたが、俺の身寄りを確認したことも」
ニックの顔が、くしゃりと歪んだ。
「……なんで、怒らねえんだよ」
「あなたは、一番苦しんでた。だから酔うたびに、俺に逃げろと言った。──実行役が、逃げろと言うんです。あなたは、とっくに壊れかけてた」
「っ……」
ニックは、両手で顔を覆って、テーブルに突っ伏した。
嗚咽が、漏れた。
四年間、加害に加担し続けた男の、それは、初めて許された涙だった。
◇
「──さて、ガルドさん」
俺は、綴りをテーブルの中央に置いた。
「この記録を、ギルドの事務局に提出すれば、どうなるか。あなたが一番、分かっているはずだ」
契約は合法だ。だが、六年ぶんの記録が並べば、話は変わる。臨時メンバーの異常な消耗率。査定の不正。ギルドの信用審査は、「紅の盾」を確実に問題視する。パーティーは解散、ガルドは冒険者資格の停止。
それは、社会的な死だ。
そして──三ヶ月ごとの送金も、途絶える。
「これは、あなたを破滅させるのに、十分な札です」
俺は言った。
ガルドが、拳を握りしめた。テーブルが、軋む。
「……やれよ」
低い声だった。
「やりたきゃ、やれ。俺は、償いきれねえことをしてきた。十四人だ。十四人、俺は使い潰した。何人かは怪我をして、一人は消息も知れねえ。恨まれて当然だ。……お前が俺を潰すってんなら、受ける」
覚悟の、声だった。
この男は、告発されることを、どこかで待っていたのかもしれない。六年間、正しいと信じ込もうとしながら、心の底では、裁かれる日を。
だが。
「──いえ」
俺は、綴りを閉じた。
「これを使う気は、ありません」
ガルドが、顔を上げた。
「な……に?」
「復讐は、しません」
俺は、静かに言った。
「あなたを潰したところで、俺には何の得もない。搾取された金貨は戻らない。壊された十四人の日々も戻らない。あなたが破滅すれば、送金も途絶える。──誰も、得をしない」
「じゃあ、なんで、こんなものを……」
「一つだけ、あなたに聞きたいことがあったからです」
俺は、身を乗り出した。
そして、この五ヶ月、ずっと胸に抱えていた問いを、まっすぐに突きつけた。
「ガルドさん。あなたのやり方は──あなたを使い捨てた連中と、同じだと。自分で、気づいていましたか?」
ガルドの、目が、見開かれた。
◇
「六年前」
俺は、続けた。
「あなたは、別のパーティーにいた。そうですね」
ガルドの肩が、跳ねた。
「この世界には、合同討伐の慣習があります。貴族の子弟が、箔をつけるために高難度の依頼を受けたがる。だが実力が足りない。だから、腕利きの平民パーティーを『護衛兼実働』として雇い、名目上は合同、実態は──貴族が手柄と指揮権を握り、平民が危険を負う」
俺は、続けた。
「六年前、ギルドの記録に、一件の壊滅報告があります。ある平民パーティーが、貴族の子弟パーティーとの合同討伐で、全滅した。生存者は、一人だけ。──そして、その生き残りが立ち上げたのが、紅の盾だ。違いますか」
「……なぜ、そこまで」
「記録を、辿っただけです。壊滅した平民パーティーの生存者名と、紅の盾の創設者名が、一致した。それだけです」
ガルドは、長い間、黙っていた。
やがて、観念したように、口を開いた。
「……蒼鷹、っていうパーティーだった」
絞り出すような、声だった。
「腕は、良かった。俺は前衛で、リーダーのカイルは……頼れる男だった。女房と、赤ん坊がいてな。若いフェルズってのもいた。田舎に、母親を残してた」
ガルドの目が、遠くなる。
「貴族の護衛の依頼を受けた。討伐難度は、C。割のいい、安全な仕事のはずだった。……だが、現場に出たら、化け物の格が、まるで違った。C相当なんてもんじゃねえ。Aの領域だった」
その言葉に、俺の思考が、鋭く反応した。
──難度と、現実が、違った。
「戦況は、あっという間に崩れた。そしたら、あの貴族のガキども、自分たちだけ、逃げやがった。俺たちを、囮に残して」
拳が、震える。
「俺だけが、生き残った。カイルも、フェルズも、みんな死んだ。……貴族は無傷で帰って、討伐の手柄だけ、持っていった」
俺は、送金記録を指した。
「あなたは、その後。カイルさんの家族と、フェルズさんの母親に、金を送り始めた。──だが、あなた個人の稼ぎでは、続かなかった。そうですね」
「……ああ」
「あなたは、紅の盾を立ち上げて、まっとうにやっていた。だが、送金は重い。金策に、詰まった。──その時に、誰かが、あなたに『やり方』を教えた」
ガルドの、顔が、強張った。
「……誰から聞いた」
「聞いていません。推測です」
俺は、静かに続けた。
「あなたの送金は、ギルドの送金制度を通している。つまり、記録が、ギルドに残る。ギルドの上の人間なら、あなたが何をして、いくら送っているか、全部握れる立場にいる。──弱みを、握れる立場に」
「…………」
「難度を偽って依頼を受け、報酬を抜き、危険な役を安く買い叩く。そのやり方を、あなたは自分で思いついたんですか? それとも、教わったんですか?」
ガルドは、答えなかった。
だが、その沈黙が、答えだった。
「……支部長だ」
やがて、彼は、絞り出した。
「ハルベルの支部長が、俺の送金の記録を握って、囁いてきた。『いい金策がある』と。難度を下げて依頼を回してやる、その代わり、抜いた分の一部を、上に納めろ、と。……断れば、送金の件をバラすと言われた。カイルの家族への金が、途絶える」
ガルドは、両手で顔を覆った。
「俺は、乗った。乗っちまった。……気づいたら、抜け出せなくなってた」
◇
俺は、その告白を、静かに聞いていた。
頭の中で、盤面が、大きく広がっていく。
ガルドは、搾取者だ。それは間違いない。だが、その搾取のやり方を仕込んだのは、ハルベル支部長。そして支部長は、抜いた金の一部を「上に納めろ」と言った。
上、とは、どこだ。
三日前のワイバーン依頼。推奨Aランク、なのに難度B上位。六年前の蒼鷹の依頼。難度C、なのに現場はA。
難度を、実際より低く見せる。そうすれば、依頼主への提示額も、冒険者への報酬も、安く済む。その差額を、抜く。
これは、ガルド一人の手口じゃない。
これは──ギルドそのものの、構造だ。
「……ガルドさん」
俺は、ゆっくりと言った。
「あなたは、被害者でもあったんですね」
ガルドが、顔を上げた。
「六年前、あなたは難度を偽られた依頼で、仲間を失った。そして今、あなた自身が、その同じ手口を、支部長に握られて、やらされている。──あなたを壊した構造の中で、あなたは、次の誰かを壊す駒になっていた」
ガルドの目から、涙が、こぼれた。
「……分かってた」
絞り出すような、声だった。
「分かってたよ。俺は、カイルたちを殺した奴らと、同じことをしてる。あの貴族と、支部長と、同じ側にいるって。……分かってて、止められなかった。止めたら、カイルの赤ん坊が、飢える。……だから、だから俺は……!」
歴戦の、Bランクの、大男が。
子供みたいに、嗚咽した。
セシリアが、静かに立ち上がり、その背に、そっと手を添えた。何も言わずに。ただ、六年間、ずっとそうしたかったように。
◇
「──なあ、ガルドさん」
俺は、床に散らばった金貨を、一枚、拾い上げた。
「あんたが毎月送ってる金を、もしカイルさんの家族が知ったら。この金が、新人の危険手当から出てるって知ったら。──あの人たちは、それでも、受け取ると思うか?」
ガルドの、嗚咽が、止まった。
答えは、分かっていた。
死んだ仲間の家族が、望むはずがない。自分たちのために、別の誰かが囮にされ、傷つき、擦り切れていくことを。それを知ったら、彼らは、送金を突き返すだろう。
ガルドが守ってきたものは、ガルドのやり方を、誰よりも許さない。
それが、この盤面の、詰みだった。
剣で殴られるより、ずっと効く。復讐でも、正義でもない。ただ、盤面を見せられただけの、完全な投了。
ガルドは、崩れ落ちるように、椅子に座った。
長い、長い沈黙があった。
やがて、彼は、掠れた声で言った。
「……レイジ。俺は、どうすればいい」
俺は、拾った金貨を、テーブルに戻した。
「それは、あなたが決めることです」
「……」
「ただ──一つだけ、言えることがあります」
俺は、告発の綴りを、手に取った。
そして、それを、ガルドに突き返すのではなく。
テーブルの真ん中に、置き直した。
「この札は、あなた一人を潰すには、十分だ。でも──あなたの後ろにいる、支部長を潰すには、まだ足りない」
ガルドが、顔を上げた。
「あなたを裁いて終わりにすれば、支部長は、また次のガルドを見つける。難度を偽り、平民を安く使い潰し、金を抜き、上に納める。──この街で、それは、これからも続く」
俺は、綴りに手を置いた。
「俺は、あなたを潰したいんじゃない。この構造を、終わらせたい」
セシリアが、息を呑んだ。フィオナの目が、見開かれる。ニックが、顔を上げた。
「ガルドさん。あなたは、被害者で、加害者だ。その両方を、知っている。──だから、あなたにしか、できないことがある」
俺は、まっすぐに、この男を見た。
「支部長を、引きずり出すのに。力を、貸してくれませんか」
◇
ギルドを出ると、空は夕暮れに染まっていた。
ガルドは、まだ、答えを出していない。当然だ。一晩やそこらで決められることじゃない。
だが、俺の中では、もう、盤面が組み上がり始めていた。
支部長。難度偽装。中抜き。上納。そして、その「上」にいる、誰か。
これは、ガルド一人の罪の話じゃなかった。この街で、いや、たぶんもっと広い場所で、平民の冒険者が、安全を偽られ、安く使い潰されている。第一部で俺が見てきた、ランクの壁で燻る連中も、廃坑道で死にかけた新人も、全部、この構造の中にいた。
俺自身も、その一人だった。
背後で、扉が開く音がした。
振り返ると、フィオナが立っていた。
紫の目が、まっすぐに、俺を見ている。
「……レイジさん」
「はい」
「あなたは、いつから、全部知っていたのですか」
「加入する前から、です。ガルドの搾取については。──支部長のことは、たった今、繋がったばかりですが」
フィオナの目が、揺れた。
「知っていて、入ったのですか。搾取されると、分かっていて」
「はい」
「……なぜ」
俺は、少し考えて、正直に答えた。
「損得の計算をしたら、乗るのが正解だったからです。──最初は、それだけでした」
「最初は」
フィオナが、言葉を拾う。
「では、今は」
俺は、答えなかった。
答えられなかった、と言うべきかもしれない。
今の俺が、なぜあの綴りを告発に使わなかったのか。なぜ、この構造を終わらせたいと思ったのか。なぜ、十五人目を出したくないと思ったのか。
それは、損得では、説明できないものになっていた。
「……さあ」
俺は、夕陽に目を細めた。
「盤面が、複雑になりすぎて。自分でも、よく分からなくなっているところです」
フィオナは、しばらく、俺を見ていた。
そして、ふっと、息を吐いた。
「あなたは、本当に」
紺のローブが、夕風に揺れる。
「理屈が通りすぎていて、そのくせ、肝心なところで、理屈が合わない人ですね」
それは、非難のようで。どこか、優しい声だった。
彼女は、そのまま去るかと思えた。だが、数歩進んで、足を止めた。
「レイジさん。一つだけ、言っておきます」
振り返らずに、彼女は言った。
「私は、ずっと不思議だったんです。あなたの索敵が、なぜあれほど正確なのか。あなたの動きが、なぜ数字と合わないのか。──全部、計算が合わなかった」
夕陽が、彼女の銀の髪を、赤く染めている。
「でも、今日、分かりました。あなたという人は、最初から、私の物差しでは測れなかった。あなたは、才能でも、力でもない、別の何かで戦っている。──それが、何なのか。私は、知りたい」
そう言って、フィオナは、こちらを振り返った。
「あなたのことを、もっと知りたいと思っています。……これは、戦術的な興味です。誤解しないでください」
念を押すように、彼女は付け加えた。
その頬が、夕陽のせいだけとは思えない色に、染まっているのを。
俺は、見てしまった。
「…………」
不覚にも、俺は、言葉に詰まった。
これまで、無数の人間を観察してきた。表情の機微、声の揺れ、視線の動き。そこから相手の内心を読むのは、俺の本業だ。
だが、今、目の前の彼女の顔から、俺は──うまく、答えを読み出せなかった。
いや。読み出せないんじゃない。
読み出した答えが、なぜか、俺自身の心拍を、わずかに乱したのだ。
「……戦術的な興味、ですか」
「そうです」
「なら、光栄です」
「ええ。光栄に思ってください」
フィオナは、つんと顎を上げて、今度こそ、去っていった。
その背中を見送りながら、俺は、自分の胸に手を当てた。
──おかしいな。
心拍が、いつもの俺の平熱より、わずかに速い。
祝福も、付与品も、とっくに切れているのに。この乱れは、いったい、何の数字だ。
俺は、盤面を読むように、自分の内側を覗き込もうとして──
なぜか、それだけは、読み解いてしまうのが、惜しい気がしたからだ。




