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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
紅の盾攻略編

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第11話 誰も欲しがらないもの

異変に気づいたのは、精算の日の朝だった。


「──悪い。今回の精算、明日に回してくれ」


ギルドの円卓で、ガルドがそう言った。

前日に終えたのは、東の街道の盗賊団討伐。


依頼難度C。


報酬は金貨四枚。決して悪くない仕事だった。

だが、ガルドの顔色が悪い。


「旦那、どうかしたんすか」ニックが眉を寄せた。

「なんでもねえ。ちょっと野暮用でな」

「野暮用って、精算より大事なもんが──」

「明日でいいだろう!」


声が、跳ねた。

テーブルが、静まり返る。

ガルドは自分の声の大きさに気づいたように、乱暴に頭を掻いた。

「……悪い。今日は虫の居所が悪い。明日、必ずやる。じゃあな」

そう言い残して、ガルドはギルドを出ていった。

残された四人は、しばらく黙っていた。

「……また、あの時期ですね」セシリアが小さく呟いた。

「あの時期?」

俺が聞き返すと、セシリアは我に返ったように微笑んだ。

「いえ、なんでもありません。──ふふ、ガルドさんにも、いろいろあるんですよ」

彼女はそう言って、話を打ち切った。

だが、俺は見てしまった。

セシリアの手が、膝の上で強く握られているのを。そしてニックが、決まりの悪そうな顔で目を逸らしたのを。

──また、あの時期。

つまり、これは初めてじゃない。周期的に訪れる何かがある。

俺はその日、資料室にこもった。


紙は、嘘をつかない。

「紅の盾」の受注記録を、俺は月別に並べ直した。過去六年ぶん。ガルドの精算が遅れた日、依頼の受注密度が跳ね上がった月、無理な難度の依頼を受けた月。

浮かび上がったのは、明確な周期だった。

三ヶ月に一度。特定の月に、ガルドは必ず「金を必要とする」。

そしてその月、彼は普段より一段上の難度の依頼を、より多く受けている。

──ちょうど、臨時メンバーが加入している時期に。

「……なるほど」

臨時メンバーは、金の要る月を乗り切るための装置だ。

危険な依頼を回すための、消耗品。

そして精算が遅れるのは、ガルドの手元に金貨が残っていないからだ。パーティーの報酬を、彼は一度どこかへ流している。

──どこへ?

俺は次に、ギルドの公開帳簿を開いた。冒険者ギルドは、慈善名目の送金を代行する制度を持っている。遺族への見舞金、負傷者への補償、そういうものだ。

送り主の名前は、記録に残らない。

だが、送金の日付と金額は残る。

三ヶ月ごと。金貨三枚。宛先は、ハルベルから遠く離れた二つの町。

俺は、その二つの町の名前を、ノートに書き写した。

そして、六年前の記録を遡った。

『冒険者パーティー「紅の盾」、東方大森林にて壊滅。生存者一名。死亡者四名』

四人の名前が、そこにあった。

そのうち二人の出身地が、送金先の町と一致した。


翌日の精算は、いつも通りに行われた。

「昨日はすまなかったな。じゃ、始めるか」

ガルドはいつもの笑顔で金貨を並べた。

だが、その手つきを俺は見ていた。金貨四枚。B上位に比べれば少ない。そして彼が最初に自分の取り分を数えた指が、ほんの一瞬、迷った。

「……レイジ」

「はい」

「今回のお前の取り分な。一割五分だから、銅貨六十枚だ」

差し出されかけた革袋を、しかしガルドは途中で止めた。

そして、しばらく黙った。

「……悪いんだが」

来た。

「今回、現物で構わねえか」

テーブルの空気が、はっきりと変わった。

ガルドは足元の麻袋から、いくつかの品を取り出して並べていく。

くすんだ銀の腕輪。獣の牙を編み込んだミサンガ。そして、妙に刃の分厚い、装飾のない短剣。

「盗賊の隠し倉から出た品だ。金にはならんが、まあ、使えないこともない」

「ちょっと待ってください」

声を上げたのは、フィオナだった。

彼女は腕輪を手に取り、指先で軽く撫でた。魔力を通したのだろう、腕輪の内側に淡い紋様が浮かび、すぐに消えた。

「──【梟の腕輪】。魔力を通して発動する付与品ですね。効果は暗所での視界強化。持続はおよそ一刻」

淡々と、鑑定結果を述べる。

「発動している間、強化枠を占有します。市場価格、銅貨十枚前後」

次にミサンガ。同じく指先で確かめて、卓に戻す。

「【狼のミサンガ】。同じく発動式。聴覚と嗅覚の鋭敏化。持続、半刻。銅貨八枚」

そして短剣。

「【軍鼓の短剣】。握って魔力を通せば発動。疲労と恐怖への耐性。刃は分厚く、斬るより受け流すための造り。……銅貨十五枚といったところですか」

三つ合わせて、銅貨三十三枚。

本来の取り分の、半分ちょっと。

フィオナは冷え切った目でガルドを見た。

「ガルド。それ、本気で言っていますか」

「フィオナ、これは──」

「感覚強化の付与品です。発動しても、ステータスは一切上がりません」

彼女は指を一本立てた。

「そして発動すれば、強化枠を占有する。つまり──これを起動した状態でセシリアが祝福を使えば、後から掛かった祝福に上書きされて、暗視は消えます」

「……」

「逆もまた然り。祝福を受けた後にこれを起動すれば、今度は祝福の方が消える。どちらにせよ、両立はしません」

正論だった。

そして、それがこの世界の常識だった。

強化はひとつきり。後から掛けたものが、先のものを消す。

だから冒険者は、常に最も数値の高い強化を、ひとつだけ選ぶ。僧侶付きのパーティーなら、答えは祝福で確定する。

暗闇が見えても、遠くの音が聞こえても、疲れ知らずに走れても──それは戦闘力にならない。

そんなもののために、身体強化を一割五分捨てる者は、この世界に一人もいない。

「この世界には、こういう類の付与品が山ほどあります」

フィオナは、卓上の三つを冷ややかに見下ろした。

「効果は、確かにある。ですが枠をひとつ潰してまで得るものではない。だから誰も使わず、誰も買わない。だから安い」

そして彼女は、ガルドを見た。

「あなたも、それを知っているはずです」

「……ガルドさん」

セシリアが、静かに言った。

「それは……いくらなんでも」

彼女の声は柔らかい。だがその手は、また膝の上で握られている。

「レイジさんは、昨日、盗賊の見張りを七人ぶん先行して見つけてくださいました。危険な役でした。その対価が、これですか」

「セシリア、口を出すな」

「六年、口を出せませんでした」

一瞬、時が止まった。

セシリアは自分の言葉に自分で驚いたように、口元を押さえた。それでも、続けた。

「六年、私はずっと、口を出せませんでした。……もう、いいでしょう。ガルドさん、せめて銅貨で──」

「無理なんだよ」

ガルドが、絞り出すように言った。

「今月は、無理なんだ」

沈黙。

ニックが、笑おうとして失敗した。

「い、いや、リーダー。さすがにそれは……レイジ、悪ぃ。俺の分から少し出す。それでチャラに──」

「構いません」

俺は言った。

三人が、同時にこちらを見た。

「え」

「その腕輪と、ミサンガと、短剣。三つ全部、いただきます」


沈黙が、テーブルに落ちた。

最初に口を開いたのは、フィオナだった。

「……正気ですか?」

「はい」

「聞いていましたか?発動すれば強化枠が埋まります。祝福が使えなくなる。あなたはこのパーティーで最も器が小さいのですから、祝福の恩恵を捨てるのは自殺行為です」

「祝福を使う依頼が、どれだけありますか」

俺は静かに言った。

フィオナの動きが、止まった。

「……それは」

「セシリアさんが祝福を使うのは、B上位以上の依頼だけです。この五ヶ月で、たったの一度」

俺は指を折ってみせた。

「そして俺が先行索敵に出た依頼は、十七回。そのうち十六回、俺は祝福なしで、一人で、暗い場所に潜っています」

坑道。夜の森。廃鉱。盗賊の隠し倉。

そのどれもが、俺の目が利かない場所だった。

「祝福が使われない十六回のうち、俺の視界が利けば死ににくくなる場面が、いくつあったと思いますか」

誰も、答えなかった。

「暗闇で音が聞こえるなら、背後を取られにくい。疲れにくいなら、追われても逃げ切れる」

俺はガルドを見た。

「俺の仕事は、戦うことじゃない。生きて情報を持ち帰ることです。──腕力が一割五分上がったところで、俺は誰にも勝てない。だが、見えるなら、勝てる」

嘘は、ひとつも言っていない。

俺は五ヶ月ぶんの依頼記録を、一件残らず頭に入れている。祝福が使われた回数も、俺が暗所に潜った回数も、正確に数えてある。

だから、これは事実の提示だ。

そして事実は、フィオナのような人間に、最もよく効く。

「…………」

彼女は、しばらく黙っていた。

やがて、こう言った。

「……理屈は、通っています」

「ありがとうございます」

「納得はしていません。ですが、否定する材料もありません」

彼女は腕輪を摘まみ上げて、俺の方へ押しやった。

そして、小さく付け加えた。

「──あなたは、いつもそうです。理屈が通りすぎていて、気味が悪い」


ガルドは、その間ずっと、俺の顔を見ていた。

「……レイジ」

「はい」

「それと、ガルドさん。ひとつ、お願いがあります」

俺は先回りして、身を乗り出した。

「パーティーの倉庫に、こういう品が他にもあるでしょう。売れなくて、放置してあるものが」

ガルドの喉が、微かに動いた。

「……ある。十年ぶん溜まってる。使い道がねえから、捨てるに捨てられずに置いてある」

「それも、まとめて譲ってください」

「なんだと?」

「もちろんタダとは言いません。今後の精算で、いくらか相殺してくださって構いません」

俺は羊皮紙を広げて、羽根ペンを差し出した。

「書面で」


ガルドは、しばらく動かなかった。

やがて、彼はペンを取った。

『レイジへの譲渡品:梟の腕輪、狼のミサンガ、軍鼓の短剣、および倉庫内の付与品在庫一式』

『対価:本依頼の配分一割五分と相殺』

『署名:ガルド』

六枚目、回収。

ペンを置いたガルドは、俺の顔を、まじまじと見た。

「……レイジ。ひとつ聞いていいか」

「どうぞ」

「なんで、お前」

彼は言葉を探して、言い直した。


「なんで、そんなに嬉しそうなんだ?」


──嬉しそう?

俺は、自分の頬に手をやった。

やっちまった。表情が出ていたか。

だが構わない。ここでの動揺は、むしろ自然だ。


「嬉しくはないですよ?」


俺は言った。

「ただ、拾い物が好きなだけです。──誰も欲しがらないものほど、安く買えるので」

ガルドの動きが、止まった。

その言葉が、彼の中の何を叩いたのか。俺には正確に分かった。

なぜならそれは、この男が十年間やってきたことの、説明そのものだからだ。

誰も欲しがらない人間を、安く買う。実力を測ってもらえない者、行き場のない者、身寄りのない者。ギルドの誰も値段をつけない存在を、彼は見つけ出して、使ってきた。

俺は今、同じ論理で、彼の在庫を買った。

「…………」

ガルドは何も言わなかった。

言えなかったのだと思う。

彼はただ、金貨三枚を握りしめて、ギルドを出ていった。三ヶ月に一度の、あの送金のために。


その夜。

宿の部屋に運び込まれた木箱を、俺は開けた。

十年ぶんの、売れなかったもの。

くすんだ腕輪。欠けた護符。埃をかぶった耳飾り。刃こぼれした短剣。錆びた指輪。

数えて、二十三点。

どれも、この世界の誰にとっても価値がない。発動すれば強化枠を潰し、代わりに数字にならない何かを得る。だから誰も選ばない。選べば損をする。

俺は灯りを消して、闇の中に座った。

そして、震える手で、腕輪を左手首に嵌めた。

魔力を通す。

俺の魔力は、この世界の最低値だ。だが感覚強化の付与品は、効果が無価値な分、消費もまた極小で済む──資料室の古い付与術の書に、そう書いてあった。誰も検証しなかったであろう、埃をかぶった一行に。

腕輪の内側に、淡い紋様が浮かんだ。

視界が、変わった。

灯りのない部屋の輪郭が、はっきりと見える。壁の木目。天井の梁。床に落ちた埃の粒まで。

そして俺は、ここからが本番だと知っている。


「──【自己強化(小)】」


腕輪の紋様は、消えなかった。

呼吸が、浅くなる。

俺は狼のミサンガを右手首に巻き、魔力を通した。

階下の酒場の会話が、聞き分けられるようになった。厨房で肉が焼ける音、路地を走る猫の足音、遠くで馬車が石畳を踏む音。

腕輪の暗視は、消えていない。

軍鼓の短剣を握り、魔力を通す。

胸の奥で、小さく、太鼓が鳴った。足の疲れが、静かに引いていく。

そして、そのすべてが。

同時に、生きていた。

「……はは」

笑いが、漏れた。

強化はひとつきり。後から掛けたものが、先のものを消す。

この世界の理は、俺の身体の上でだけ、成立していない。

俺は木箱に手を突っ込んで、次の付与品を掴み出した。錆びた指輪。魔力を通す。──足音が消えた。護符。魔力を通す。──匂いに敏感になった。耳飾り。魔力を通す。──風の向きが肌で分かるようになった。

四つ、五つ、六つ。

全部が、生きている。

「……ああ」

俺は、闇の中で膝をついた。

視界が明るい。音が近い。匂いが濃い。足音が消え、疲れが引き、風が読める。

そして俺のギフトが、その全部の上に、静かに乗っている。

この世界の誰一人として組み上げられない積み重ねを、俺は今、たった銅貨数十枚ぶんの投資で完成させた。

しかも──譲渡の記録は、ガルド自身の署名入りで、俺の手元にある。

冷静になれ、と自分に言い聞かせる。

問題はある。発動には魔力を使う。俺の魔力は最低値だ。六つ同時に維持するのが限界で、しかも効果時間はそれぞれ違う。腕輪は一刻、ミサンガは半刻、短剣は四半刻。

つまり俺は、常に頭の中で、六つの砂時計を同時に走らせ続けなければならない。

切れる順番。掛け直す優先順位。魔力の残量配分。戦闘のどの局面で、どれを起動しておくべきか。

──面倒だ。

そして、笑ってしまうほど、俺向きだ。

盤面を管理するのは、俺の本業だ。

俺は窓辺に立ち、闇の中の街を見下ろした。

以前より、遠くまで見える。

以前より、多くの音が聞こえる。

「ガルドさん」

俺は誰もいない部屋で、静かに呟いた。

「あんた、今日、俺に何を渡したか分かってるか」

暗闇の中で、俺の視界だけが明るかった。

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