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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
紅の盾攻略編

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第9話 詰みまで、十五。

「──今日の依頼は、ちと厄介だ」


朝のギルド、いつもの円卓。ガルドが広げた依頼書には、赤い判が押されていた。


【地下坑道の大型魔物討伐。討伐対象:グラウンドワーム。依頼難度:B上位】


「討伐対象そのものは大したことねえ。図体はでかいが動きは鈍い。C上位の魔物なんざ、うちなら三人でも狩れる」

ガルドは太い指で、依頼書の下の欄を叩いた。

「問題はこっちだ。──場所が、廃坑道の中ときてる」

そう。この世界の依頼難度は、魔物の格だけでは決まらない。

魔物の強さ、地形、退路の有無、時間の制限、そして失敗したときの二次被害。それらを合算して、ギルドが総合の難度を判定する。

開けた平原でC上位の魔物を狩るのと、崩れかけた地下坑道で同じ魔物を狩るのとでは、依頼としての格が二段変わる。


「グラウンドワームは坑道の壁を食う。長引かせりゃ天井が落ちる。落ちりゃ、中にいる全員が生き埋めだ。撤退路も塞がる」


つまり、と俺は頭の中で整理した。

この依頼で死ぬのは、魔物に食われた者ではない。逃げ遅れた者だ。そして狭い坑道の中では、ガルドの大盾もフィオナの氷嵐も、その真価を発揮できない。実力を出しきれない場所で、時間だけが刻々と減っていく。

Bランク上澄みの「紅の盾」が、慎重にならざるを得ない理由がそこにあった。


「短期決戦だ。中で長引かせるな」ガルドが言う。「フィオナ、初手は任せる。氷で頭を潰せるか」

「可能です。ただし、直線である必要があります。」


フィオナが淡々と答えた。

「あの体躯を一撃で貫くには、槍衾を一直線に通す必要があります。曲がった坑道では、射線が壁に喰われて威力が落ちる。──直線の射線を、誰かが確保してくれるなら」

その場の視線が、自然と俺に集まった。

先行索敵。要するに、坑道の奥まで潜って、直線の射線を作れる場所まで芋虫を誘導してこい、ということだ。

「……できます」

俺は頷いた。

「ただし、条件が二つ」


坑道の入り口で、俺は膝をついて土を触っていた。

「ひとつ。この坑道の図面、ギルドの資料室にありました。廃鉱になる前の採掘図です」

写してきた図を、地面に広げる。ガルドが目を見開いた。

「お前……いつの間に」

「昨日です。それと、ふたつ目の条件ですが」

俺は図の一点を指した。坑道の中ほど、他より広く抜かれた空間。

「ここ、旧採掘場です。天井が高く、直線距離が四十歩取れる。ここまで誘導します。──フィオナさんには、俺より先に、ここで待っていてもらいたい」

「は?」

思わず、といった調子で声を上げたのはニックだった。

「待てよ。後衛を先に前線へ置くのか?」

「俺が芋虫を釣って戻ってきたとき、フィオナさんが後ろから来ていたら、詠唱が間に合いません。射線を作るのと詠唱の完成、どちらか一方が遅れれば全部無駄になる」

「そりゃ理屈は分かるけどよ」

ニックは頭を掻いた。

「もし芋虫の方が先に着いたらどうすんだ。この嬢ちゃん、詠唱中は木偶の坊だぞ。──そりゃお前が失敗して死ぬのは、まあ、なんつーか」

言いかけて、ニックは口をつぐんだ。

言えなかった言葉を、俺は正確に補完できる。

──臨時のお前が死ぬのは織り込み済みだが、正式メンバーの彼女が死ぬのは話が違う。

それがこの一党の仕組みだ。そして今の俺は、その仕組みの中に、彼らの一番の戦力を引きずり込もうとしている。

「俺が芋虫を引きつけて、この直線に乗せる。乗せた瞬間には、もう詠唱が終わっていないといけない」

俺は図の上で、指を動かした。

「逆算すると──俺が旧採掘場に飛び込む十五を数える前には、詠唱が始まっていなければならない」

「十五を数える前って、お前」

「合図を送ります。俺が最初の分岐を過ぎたところで、坑道の壁を一度、強く叩く。音は反響して届きます。その音を聞いたら、十五を数え始めてください。俺は、その十五でそちらへ辿り着きます」

沈黙が落ちた。

ガルドが、無精ひげを撫でながら唸る。

「……レイジ。その十五、外したらどうなるか分かってるか」

「分かってます」

早く着きすぎれば、詠唱の完成前に芋虫が場に出る。遅く着きすぎれば、詠唱が霧散して、俺が芋虫と閉所で二人きりになる。

前者で死ぬのは彼女で、後者で死ぬのは俺だ。

「危険な賭けです。俺の足の速さを、俺自身が正確に測れているかどうかに、二人の命が乗る」

ガルドの目が、細くなった。

俺には、この男の頭の中の算盤(そろばん)が見えていた。

──成功すれば、四半刻で終わる。天井は落ちない。報酬は満額。失敗しても、死ぬのは臨時の一人だけ。

そこまでは、彼にとっていつも通りの計算だ。だが今回、その天秤の片方に、フィオナが乗っている。

正式メンバーで、このパーティー最大の戦力で、二年前に迎えたSランクにも届く魔法使いが。

「……やめとけ」

ガルドはそう言った。言ったが、その声には迷いが滲んでいた。

「フィオナを危険に晒す理由はねえ。もっと安全な手を──」

「やります」

言ったのは、俺じゃなかった。

フィオナだった。

「フィオナ!?」

「合理的です。他に案がありますか」

彼女は杖を握り直し、俺の広げた図を見下ろしている。

ガルドは、数秒、黙っていた。

その数秒で、俺は見てしまった。この男の顔に浮かんだのが、心配ではなく──安堵に近い何かだったことを。

彼女が自分から言い出したなら、俺の責任ではない。ガルドの表情は、そう言っていた。

「……そこまで言うなら、いい。やってみろ」

その一言に、ニックが微かに眉を寄せたのを、俺は見逃さなかった。


「レイジさん。ひとつだけ確認します」

支度をしている俺に、フィオナが歩み寄ってきた。

「はい」

「あなたの十五は、あなたが疲れていても、追われていても、暗くても──同じ十五ですか」

俺は答えた。

「同じです。二年間、そのために走ってきました」

フィオナは、しばらく俺の顔を見ていた。

それから、初めて見る表情をした。ほんの少しだけ、口の端が上がったのだ。

「なるほど。──では、数えます」


坑道は、暗く、湿っていて、腐った土の匂いがした。

「【自己強化(小)】」

俺は最初の分岐を過ぎたところで、短剣の柄で坑道の壁を強く叩いた。

かん、と甲高い音が反響して、闇の奥へ吸い込まれていく。

──十五、開始。

芋虫の巣は、図の通り、三つ目の横穴にあった。灯りを近づけると、ぬめった体表が蠕動する。体長、およそ五メートル。図面より一回り大きい。

俺は矢を一本、その巨体の中ほどに撃ち込んだ。

咆哮というより、地鳴りのような音。土砂を吹き上げて、巨体が動き出す。

──十二。

走る。

来た道を戻りながら、俺は頭の中で坑道の図面を展開する。二つ目の分岐は右。ここで左に折れると行き止まりだ。足元の水溜まりを避けて、跳ぶ。

──九。

背後の圧が近い。この芋虫、動きが鈍いという情報は正しい。だが直線の加速だけは、俺の全力とほぼ互角だ。

つまり、距離は詰まりも開きもしない。俺の計算通りだ。

──六。

一つ目の分岐。曲がる。壁を蹴って角度をつける。落ちた岩を跳び越える。

肺が焼ける。足がもつれかける。

だが数字は狂わない。俺の身体は、俺が二年間かけて計測してきた俺の身体だ。今日の疲労も、バフの底上げも、全部織り込んである。

──三。

前方に、光。

旧採掘場の広間。天井が抜けて、細い陽光が一条だけ差し込んでいる。そのど真ん中に、紺のローブが立っていた。

杖を掲げ、目を閉じ、詠唱の最終節を紡いでいる。

──二。

「フィオナさん!! 伏せずに、そのまま撃て!!」

俺は叫んで、彼女の脇を、走り抜けた。

止まらない。振り返らない。彼女の視界を遮る位置に、一瞬たりとも入らない。

──一。

「『氷嵐槍(アイシクル・ランス)』!!」

背後で、空気が凍りついた。

轟音。振り返れば、四十歩の直線を貫いた氷の槍が、芋虫の頭部を土壁ごと縫い止めていた。

巨体が痙攣して、動きを止めた。

俺は膝から崩れ落ちて、思い切り咳き込んだ。肺が悲鳴を上げている。バフを乗せてもなお、俺の身体はこの程度だ。

「……十五」

隣で、声がした。

フィオナが、杖を下ろして、こちらを見下ろしている。

「ちょうど、十五でした」

「……計算、通りです」

「ええ」

彼女は、静かに言った。

「ええ、そうですね。計算通りでした」

その声が、いつもより少しだけ、上ずっている気がした。


「──やるじゃねえか、二人とも!」

遅れて駆けつけたガルドが、豪快に笑って俺の背中を叩いた。咳き込んでいる人間の背中を叩くな。

「天井も落ちてねえ、負傷者もなし、討伐時間は四半刻! 上出来だ!」

「いやマジで肝が冷えたぜ」ニックがぼやく。「レイジ、お前ほんとに十五で戻ってきやがった。俺だったら十三か十七だ」

「歩幅を測っておけばできますよ」

「できねえよ!」

セシリアが微笑みながら、俺の背に手を当てて回復を流し込んでくる。焼けた肺が、すっと楽になった。

「レイジさん。……無茶をなさいますね」

「無茶はしていません。全部、計算の範囲です」

「ええ。それが一番、心配なんですけれど」


帰り道。俺は隊列の最後尾を歩いていた。

疲労もあったが、それ以上に、頭の中を整理したかった。

今日の采配は、俺がこの一党で初めて「盤面全体」に手を突っ込んだ依頼だ。索敵役の分をはるかに超えている。ガルドの指揮権を、実質的に一部奪ったに等しい。

危険な一手だった。目立ちすぎた。

──だが。

思い出すのは、あの広間の光景だ。

俺が飛び込んだ瞬間、フィオナの詠唱は最終節に入っていた。一秒の狂いもなく。俺の「十五」を、彼女は完璧に信じて、完璧に数えていた。

そして俺は、彼女を信じて、振り返りもせずに走り抜けた。

……あんな戦い方は、初めてだった。

前世でも、この世界でも。俺はいつも、盤面を一人で組み立てて、一人で駒を動かしてきた。他人は変数だ。ぶれる、遅れる、勝手に動く。だから計算に入れるときは、必ず余裕を持たせる。

でも今日、俺は余裕を持たせなかった。

持たせずに、当たった。

「──何をにやついているんですか」

いつの間にか、フィオナが隣にいた。

「にやついてません」

「にやついていました」

こいつは真顔でそう言って、それから前を向いた。しばらく、二人の足音だけが続く。

「レイジさん」

「はい」

「今日、あなたは私に十五を数えさせました」

「はい」

「私は、詠唱中は無防備です。もし十五があなたの出まかせなら、私は死んでいました」

「……そうですね」

「なぜ、私が数えると思ったんですか」

俺は、少しだけ考えて、正直に答えた。

「あなたなら、俺の説明の中に嘘が混じっていれば、その場で見抜くと思ったからです。だから、嘘を混ぜませんでした」

フィオナの足が、一瞬だけ止まった。

すぐにまた歩き出したが、その横顔は、なぜか怒っているようにも見えた。

「……あなたは」

「はい」

「いえ。何でもありません」

そう言って、彼女は歩調を早めて前へ行ってしまった。

紺のローブが、坑道の埃を払うように翻る。

俺は首を傾げながら、その背中を眺めていた。

──よく分からんやつだな、と思った。


その夜、ノートに、俺は今日の記録を書き付けた。

『グラウンドワーム討伐。誘導と詠唱の同期、成功。誤差なし』

そして、その下に、少し迷ってから、こう書き足した。

『フィオナ。信じるに足る。──ただし、この評価は、俺の側の甘えかもしれない』

なぜなら。

盤面の上で、他人を信じて余裕を削るというのは、要するに、その分の危険を全部その他人に押し付けているということだ。

彼女は今日、俺の言葉一つを信じて、無防備な背中を晒した。

それを俺は「噛み合った」と喜んでいる。

……ガルドさん。あんたが臨時の新人にやってることと、俺が今日やったことは、どこが違うんだろうな。

そしてもう一つ。

俺は今日、あんたの顔を見た。フィオナが「やります」と言った瞬間の、あの顔を。

安堵していたな。

彼女が自分の意志で危険を選んだから、あんたはそれを許した。そうすれば、何かあっても、あんたの采配ではなくなる。


──十四人の臨時メンバーも、きっと、そうやって「自分で選んで」いったんだろう。

俺はペンを置いて、灯りを吹き消した。


盤面は、ますます複雑になっていく。

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