第5話 上級鑑定士マイク
閉店間際、エリゼがリュシアを呼び止める。
「ああ、そうだリュシア、この後ごはんの前にちょっといい?」
「? 大丈夫ですけど、なにかありましたか?」
「ちょっとね……」
エリゼは特に何かを隠しているという様子ではなかった。
ただ、いつもの軽い調子よりは、少しだけ声が落ち着いていた。
◇
「それで、なにかあったのですか?」
席に着くなり、リュシアがエリゼに尋ねる。
「ソウイチロウのことなんだけどね。精密検査を受けさせようかと思って」
エリゼがそう言うと、リュシアはしばらく俺のことを見つめた。
「……やっぱり、簡易検査か何かで魔力が無いってわかったんですか?」
エリゼは少し驚いた表情を見せ、一度俺を見る。
「いえ、検査したわけじゃないわ」
「エリゼさんも何か気になることがあったんですか?」
「気になること?」
エリゼが聞き返す。
「魔力もそうですけど、魔力の流れも、無いといってもいいほどに感じませんから。魔力が無い人なんていないと思ってたので、魔力が極端に少ない人なんだろうなと思ってました。でも、精密検査に行こうという話なら、やっぱり何かあったのかと」
リュシアは再び俺のことを見る。
「ソウイチロウさんは、何か不調とかありますか?」
「い、いや。ないけど」
「……そうですか」
リュシアは少し考えこむように目を伏せた。
エリゼはその反応を見て、小さく息をつく。
「昼間ね、ソウイチロウがまた文字を読んだの。本人は模様だと思って見ていただけなのに、製作者や製作日まで分かったらしいわ」
「……読もうとしたわけでなく、ですか?」
「ええ。だから、一度ちゃんと見てもらったほうがいいかと思って」
リュシアは、納得したようにうなずいた。
「あの、その検査、私もついて行っていいですか?」
リュシアはエリゼに突然そう申し出た。
「あなた、学校は?」
「一日休んだくらいで遅れを取るつもりはありません。それに、私も言葉にしにくいのですが気になることがあるので……」
「そ。あんまりサボるのはよくないけど……じゃあ、明日はあなたにも来てもらうわ」
二人は、そのまま明日のことを話し始める。
◇
「それじゃあ、明日のこと二人ともよろしくね」
話し終えると、エリゼは台所から料理を運び始めた。
その後ろ姿を見送ってから、リュシアが小さな声で俺に言う。
「ソウイチロウさん、魔力見えていませんよね?」
「わかんないけど、多分見えてないと思います」
「また敬語ですか」
「あはは……」
「やっぱり……」
リュシアは俺に確認したあと、何かブツブツと呟き始める。
彼女がああなると、こちらから呼びかけてもほとんど反応がない。
「エリゼさん、俺も手伝いますよ」
「そう? 助かるわ」
俺はエリゼのことを手伝うことにした。
そして、魔力が無い。
リュシアが言っていたが、その言葉の重さを俺だけが正しく理解できていなかった。
◇
翌朝、俺たちはエリゼに連れられて、エリゼの旧友が営む鑑定士の事務所へと向かった。
「やぁ、初めまして。僕はマイク、そこのエリゼとは同じ学校の出でね。今日はよろしく」
ミストグレーの髪を、耳から襟足にかかる程度の長さに整えている。
前髪は視界を遮らないようにか片側に流し、反対側の側頭部だけを細かく編み込んで後頭部へとまとめた。
細い金属フレームの眼鏡をかけた、やや神経質そうな男。
「よろしくお願いします」
俺はこの男――いや、医者か何かなら先生と呼ぶべきだろうか。
そんなことを考えながら、彼に礼をした。
「本来、人間はそこまで診察するわけじゃないんだけどね」
マイクは俺のことを観察するように見定める。
「まぁ、同じ研究をしたよしみで、特別に診察するわけだけど……そうだね。簡易検査は省かせてもらおうかな」
「ちょっと、理由くらいは言いなさい」
エリゼがすかさず口を挟む。
リュシアは、不思議そうに俺たちの会話を見ている。
「端的に言うと、簡易検査ではあまり意味がないと思ったからだよ。恐らく健康と出る。ちゃんと検査したほうがいい。だからわざわざ、この上級鑑定士である僕を頼ったわけだろう?」
「最初からそう言えばいいのよ」
エリゼは呆れたようにため息をつく。
「では失礼して」
マイクは俺の額に指をあてる。
彼の指先がわずかに光り、何かが体の中を駆け巡った。
「僕の魔力性質は、解析とかそういうのに向いていてね。道具が無くても、こういった鑑定や解析、診察なんかもできるわけなんだけど」
マイクは考えこむように黙った。
「……こんな人間がいるとは。いや、確かに損傷してもその後の活動に問題ないことは証明されてはいたが……これは」
今度は独り言をブツブツと呟き始める。
「検査は終わり」
マイクは、エリゼとリュシアにも近くの椅子に座るように指で示した。
今から少し、話が長くなるような気配を感じた。
「結論から言うと、魔臓および魔脈がない。よって魔力が無い」
「……あのね、説明をしなさい。説明を。昔からそうなんだから」
エリゼは再び、呆れたように言う。
リュシアは「やはり」とボソッと呟いた。
「んん、少し驚いていただけ。安心してほしい。別になくたって生活するうえでは不便はないはずだ。魔臓が傷ついて、魔力がうまく生み出せない人も中にはいた。そんな人でも十分生活できているからね。なんなら、この王都で暮らしてるなら、専門的な職にでもつかない限りは魔力なんてなくても困らない」
「なるほど」
俺は彼の説明を聞き、頷く。
確かに、現状不自由はない。
魔法のある世界なのだから、魔法を使ってみたかったかと聞かれれば、使ってみたかったと答えるが。
「それと、魔臓については、はなからそういう器官がなかったと読み取れる。魔脈も、あった痕跡すらない。つまり、魔臓が機能しないせいで魔力を使えず、その結果として魔脈が閉じた、という状態ではない」
魔臓、魔脈。
身体構造的なものなんだろう。
この世界から見れば、異世界人な俺の身体構造が違うというのは納得だが。
この世界の人間は、生物学的に同族か怪しいな。
「どうかしたか?」
「い、いえ。説明の続きを」
俺はどうやら、わかりやすく表情に出ていたらしい。
「それ以外に、問題があるところは……文字が読める、言葉がわかるという話だったね。これは、言語の精霊を上回る存在による加護があると考えるべきだろう。考えられるとするなら、記録や意味、あるいはそのまま文字、言語の神などだろうか。少なくとも精霊よりは格が上だろうね」
「なるほど、そういう前例はあるんですか?」
「ないわけではないが、神々が人間に加護を与えるのは珍しい。特に言語に関する神は存在自体はいるだろうが、言語の精霊の力のあるこの世界では、あまり加護を与えたとかいう話は聞かない。与えられていたとしても言語の精霊の力と混ざって、本人も周囲も気づけないままという可能性もあるが」
マイクは再び俺を見る。
「魔臓がない以上、魔力が生まれることはない。中型以上の魔獣なんかに襲われれば、その足で逃げ切るしかない。僕もこの辺りは似たようなものだが……戦闘力の持たない性質を持った我々は、安全な場所で暮らすほうが身のためだね」
少し、言葉が重かった。
「リュシアは、何か見てもらってほしいことあったんじゃないの?」
エリゼがリュシアに訊ねる。
どうやら、俺のことで何か調べてほしいことがあったらしい。
「魔力を目視することができないみたいだったのですが、これも魔力がないからですか?」
「目視を? 先ほど彼は確かに僕の指に反応していたが……」
「使ってるところは見えるようです。ですが、このように魔力だけを外に漏らした際には、見えていないようなんです」
リュシアが片手を差し出す。
何かをしているのだろうが、俺には確かに見えない。
いや、よく見ると、若干空間が陽炎のように歪んでいる気もする。
「……解析で目に異常はなかった。恐らく、魔力に触れてこなかったから、脳が認識していないんだろう。魔法のように使用されたものは、光や熱、音といった別の現象を伴う。だから反応できたわけか」
確かに、俺の身近には魔力なんてものはなかった。
認識していないから見えない。
知らなければ見えない、というのは妙な話にも思えるが、言われてみれば分からないこともない。
「まぁ、君の所で働いているという話だったから大丈夫。だとは思うが……あまり、王都の外には特に兵や騎士なんかの力がすぐに期待できないようなところには行くことがないように」
「私の仕事も基本は、この王都内だからそこは安心して」
「そうか、君の魔法なら魔獣くらい倒せたと思うが」
「程度によるでしょ」
「そうだったね。他に聞いておきたいことや調べておきたいこととかは?おっと、遺物なんかは受け付けないぞ」
マイクは少し冗談も踏まえながら話す。
「そうですね。俺の身体の構造なんかは特段、違ったとかはありませんでしたか?」
「ん? 魔臓や魔脈がない以外では私の魔法ではなにもなかったが。すこぶる健康だと私の魔法は答えていたよ。さすがに健康診断レベルでの回答を求めているわけじゃないだろう? そのレベルであれば、さすがに君のカルテを持った医者の所にいきたまえ。生活に支障を出すわけじゃないが、視力が若干低いなとか程度しかわからないぞ」
「いえ、それだけわかるなら」
「そうか」
医者。別にいるんだな。




