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第14話 騎士

 あの湿った足音が遠ざかると、入れ替わるように硬く規則正しい足音が聞こえてきた。


 足音は詰所の前――大通り側で止まった。


 大通りに面した大きな窓越しに、三人の男の姿が見える。


 騎士と聞いて想像するような、全身を覆う甲冑姿ではない。

 三人とも日本でも見かけそうな濃紺のスーツを身に纏い、腰には剣とは言い難い、細長い黒色の魔導具を提げている。

 それを収めたホルダーと同じ側の肩だけを、鈍い銀色の肩当てが覆っていた。


 先頭に立つ中年の男と、その後ろに控える若い男が二人。


 騎士を実際に見るのは初めてだった。

 それでも、揃った立ち姿と周囲へ向ける視線から、彼らがそうなのだとすぐに分かった。


 やがて扉が二度、硬く叩かれた。


「夜分遅くに失礼」


 落ち着いた声とともに扉が開き、先頭の男が入ってくる。


 年は五十手前ほどだろうか。

 白髪の交じった髪を後ろへ流し、顎には短く整えられた髭を蓄えている。

 若い二人と同じスーツの上から、膝近くまである濃紺の外套を羽織っていた。


 男は足を止めると、室内を一度だけ見渡した。


 拘束された異形、周囲の警備隊員、そしてリュシア。

 そのすべてを、ほんの一瞬で確認したように見えた。


 睨まれたわけでも、腰の魔導具へ手を伸ばしたわけでもない。

 それなのに、俺は無意識に背筋を伸ばしていた。


 力んでいない。構えてすらいない。それでも、どこにも隙が見当たらない。


 おそらく、この男が団長なのだろう。


 名乗られる前から、それだけは聞くまでもなかった。


 男は警備隊長へ向き直った。


「我々はノクレール家王都駐屯騎士団だ。エリゼ・ファルン様より報告を受け、リュシア・ノクレールお嬢様の安全確認に参った」


「まさか、団長自ら来られるとはね」


 隊長が答えるより先に、エリゼが騎士に話しかけた。


「エリゼ様。迅速なご連絡、改めて感謝申し上げます。お嬢様もご無事のご様子。まずは安堵いたしました」


 団長はエリゼへ深く一礼すると、改めて警備隊長へ向き直った。


「隊長殿。夜分の来訪となったことをお詫びする。まずはこの場を預かる貴殿に、こちらで確認した情報を共有させていただきたい。そのうえで、ここで何が起きたのか、詳しい状況をお聞かせ願えるだろうか」


「もちろんです。こちらとしても、騎士団の方々が何を確認したのか、お聞きしたい」


 警備隊長が一歩前へ出た。

 それから二人は、お互いに把握している情報を準に確認していった。


 二人の話をまとめると、騎士団は詰所へ向かう途中、ここから遠ざかるように高速で移動する複数の生物を遠目に確認していたらしい。

 追跡することも考えたそうだが、彼らがここへ来た第一の目的はリュシアの安全確認だ。

 そのため生物は追わず、詰所への到着を優先したという。


 一方、警備隊長からは、《灯屋》で起きた襲撃から、異形を拘束してこの詰所へ運び込むまでの経緯。そして、つい先ほど複数の異形が詰所へ接近し、戦闘に入ることなく撤退したことが伝えられた。


 団長は途中で口を挟まず、時折短く確認を取りながら、警備隊長の話を聞いていた。


 すべてを聞き終えると、拘束されている異形へ目を向ける。


「伺った状況から判断すれば、我々が確認したものも同種である可能性が高い」


 団長は異形の頭から足元までを静かに眺めた。


「もっとも、これほど人間に近しい姿をしていては、遠目に見ただけで断定することはできんがな」


 名前も正体も分からない。

 だが、こうして動かずにいれば、その姿は人間とほとんど変わらなかった。

 少なくとも、遠目から見分けることは難しいだろう。

 

 実際、俺自身もこいつの異様な声を聞き、あの身体に直接触れるまでは人間だと思っていた。


「撤退した個体については、騎士団でも行方を追おう。ただし、数も能力も不明だ。発見した場合も不用意に接触せず、まずは所在の把握を優先する」


 団長の言葉を受け、後ろに控えていた若い騎士のひとりが小さく頷いた。


「隊長殿。とらえた個体については、ひとまず警備隊で管理されると考えてよろしいか」


「その予定です。応援が到着次第、警備隊本部に護送予定です」


「承知した。必要であれば、こちらからも人員を出そう。この者たちが奪還を目的として戻ってくる可能性も、現状は否定できん」


「助かります」


「こちらこそ、情報の共有に感謝する。引き続き、よろしくお願いしたい」


 団長は警備隊長へ短く一礼した。


 警備隊との話を終えると、団長は今度こそこちらへ歩いてきた。

 いや、正確には——リュシアのそばに。


「リュシアお嬢様」

 

 呼びかけられ、リュシアが団長に向き直る。


「こうしてご無事のお姿を拝見でき、安堵いたしました」


「ご心配をお掛けしました。私は大丈夫です。怪我もありません」


「はい。その旨はエリゼ様からのご報告にもございました。ですが、直接お姿を拝見するまでは、我々も安心することができませんでした」


 団長の表情は、警備隊長と話しているときからほとんど変わっていない。

 だが、その声は僅かに柔らかくなっていた。


 団長の後ろに立つ若い騎士たちも、リュシアが無傷であることを確認できたからか、先ほどまでより幾分か緊張が解けたように見える。


「帰路は我々がお供致します」


「ありがとうございます」


「ただし——」


 そこで団長は一度言葉を切った。


「恐れながら、今夜は《灯屋》へは戻らず、王都本邸へお戻りいただきたいと考えております」


 リュシアは、すぐには答えなかった。

 

 困ったような顔を見せることも、反発するように眉を寄せることもない。

 ほんのわずかに視線を伏せ、それから静かに団長を見返した。 


「私は、エリゼさんの所に帰ります」

 

 はっきりした声だった。


 リュシアの口調は普段と変わらない。

 それでも、これ以上は譲らないという意志だけは、俺にも伝わってきた。


 団長はしばらく何も言わず、リュシアを見つめていた。

 

 命令に従わせるつもりなら、そうすることもできるのかもしれない。

 だが、団長は無理に説得を続けようとはしなかった。


 短く息を吐く。


「……承知いたしました」


 その返答には、驚きも失望もなかった。

 初めから、そう答えることを予想していたようにも聞こえた。


「ですが、今夜に限っては、我々に《灯屋》の夜間警護をお任せていただきます。周辺の安全を確認できぬ以上、これ以上の譲歩は致しかねます」


「……わかりました。迷惑をお掛けします」


「お嬢様の身をお守りすることは、我々の務めにございます。どうか、そのように仰らないでください」


 団長はそう答え、僅かに頭をさげた。


 リュシアとノクレール家の関係が、実際にどのようなものなのかはわからない。

 

 帰ることを強く拒絶するほどの不仲には見えない。

 かといって、危険な目にあった夜ですら帰ろうと思える場所でもないらしい。

 

 もしくは、リュシアにとっては、王都本邸に帰るよりも《灯屋》に帰る必要があるのだろう。


「本当に頑固ね」


 リュシアと団長の会話が一区切りついたところで、エリゼが呆れたように言った。


 リュシアが僅かに振り返る。


「エリゼさん程じゃないです」


「それもそうね」


 エリゼはあっさりと認めると、今度は俺を指さした。


「それなら、ついでにもう一つお願いしてもいいかしら。そこの、うちの従業員のことなのだけど」


 団長の視線が、初めて正面から俺へ向けられた。

 

 入ってきたときにも見られてはいたはずだ。

 だが、今度はただ視界に収められたのとは違う。


 包帯の巻かれた脇腹。

 薬を塗られた腕の擦り傷。

 座ったままの姿勢と、庇うように伸ばしていた左足。


 視線が上から下へ一度動いただけなのに、怪我の程度まで見透かされたような気がした。


「先ほどのお話しにあった、異形を《灯屋》からこの詰所の近くまで誘導した方ですな」


「ええ。彼はソウイチロウ。少し前から、うちで働いてもらっているわ」


「高嶺総一郎です」


 座ったまま名乗るのも失礼かと思い、椅子から立ち上がろうとする。

 だが、腰を浮かせるよりも先に、団長が片手で制した。


「そのままで結構。負傷されているのでしょう」


「……ありがとうございます」


 俺が座りなおすと、団長は改めてこちらを見た。


「詳しい経緯は、先ほど警備隊長より伺いました。お嬢様のみならず、店へ逃げ込んだ女性や、この詰所にいたもの達が無事であるのも、あなたが危険を承知で異形を引きつけたからこそでしょう」


 静かな声だった。


 大げさに褒められたわけではない。

 それでも、真正面からそういわれると、どう返せばよいかわからない。


「俺は、逃げていただけです。それに、異形を拘束したのはリュシア……様ですから」


 リュシアは少し眉を寄せてこちらを見ていた。


「逃げる先と、その後に起こることを考えた上での行動であったと聞いております。ならば、それを単なる逃走とは呼ぶべきではない」


 団長はそこで言葉を切り、俺へ深く頭を下げた。


「お嬢様をお守り頂いたこと、ノクレール家に仕える者として、心より謝礼申し上げます」


「い、いえ、そんな……。頭を上げてください」


 騎士団長にここまでされるとは思っておらず、思わず身を乗り出しかける。

 実際、リュシアには何もしていない。


 だが、立ち上がろうとした途端、脇腹に痛みが走り、俺は少し顔をしかめた。

 

 それを見たエリゼが、すぐに眉を寄せる。


「ほら、そうやってすぐ動く。だから、明日まで放っておくのも心配なのよ」


「先ほど応急処置は済んでいると伺いましたが」


「私にできる範囲ではね。傷の洗浄や止血はしているわ。でも、脇腹の傷に打撲。足もかなり強く打っている。骨や内側まで本当に無事か同化までは、きちんと診てもらわないとわからないでしょう?」


「ごもっともです」


 団長は俺の怪我をもう一度確認してから向き直った」


「現状、出血も収まり。受け答えにも問題は無いご様子。今すぐの搬送が必要とは見受けられませんが、外見だけで判断するべきではないですね」


「だから、明日そちらの治療師に見てもらえると助かるのだけど。なんなら治してもらえると、もっと嬉しいわ」


「承知いたしました。明朝、騎士団へお連れ致します。こちらから治療部門へ話を通しておきましょう」


「費用は?」


「不要です」


 団長は即答氏tあ。


「彼は、お嬢様と王都の民を負傷したのでしょう。その治療をノクレール家が引き受けることに何ら不自然はございません」


「そう。なら、遠慮なくお願いするわ」


 エリゼは満足そうに頷いた。


 俺としては、本人を置いて話が進んでいることに少し言いたいこともあった。

 だが、明日には治して貰えると聞いて、反対する理由もなかった。



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