85.逆転の一撃
木工師の由樹と裁縫師の亜紗、二人が用意した渾身の必殺兵器、巨大弩。しかし発射した極太の丸太の矢は、迫りくる敵を大きく外してしまった。
残念なことに照準の調整が不十分だったのだ。
しかしそれは悪い事だけではなかった。
「ぐえっ!」
外れたはずの丸太の矢は、幸運なことに敵の後衛、回復魔術師の腹に直撃したのだ。
先を尖らせた極太の丸太が回復魔術師の腹に突き刺さり、そのまま腹を突き破って闘技場の壁にめり込んだ。
回復魔術師はまるで虫ピンで止められたバッタのように、壁に丸太で縫い留められてしまって身動きができない。これでよく生きていられたものだ。さすがは回復魔法だ。
「た、たすけて……」
回復魔術師にとって幸運だったことに、すぐ近くには五人の仲間がいた。炎の中に飛び込むだけの力が無かった彼らは、回復魔術師のすぐそばで回復魔法を貰いながら耐えていたのだ。
「頑張れ、すぐに抜いてやる!」
もちろんこんなチャンスを逃す木綿花ではない。回復魔術師を助けようとする敵に火の玉の雨を降らせる。
まだ決め手には欠ける。しかしこの幸運によって、後衛同士の戦いは大きく新たちの方に傾いたのだ。
バリスタで仕留め損ねた敵が迫ってくる。調理師の陽菜は巨大弩の前に立ち、そんな自分よりもレベルの高い敵に相対した。
しかし陽菜にできることは少ない。ほとんど何もできないままに、すぐに捕まってしまった。
クラフター系の職業だと、レベルが上がることで腕力自体は強くなるけれど、戦闘力という意味では大きく伸びることは無いのだ。しかも不運なことに敵の方がレベルが高い。何もできなかったのもしょうがないことだった。
「へっへっへ、もう観念しな」
好色な表情を抑えることなく、陽菜の体を撫でまわそうとする暴漢。
「ぐはっ!」
突然、そんな暴漢の胸から手が生えた。
「ここ、戦場なのよね。気を抜いちゃ駄目よ?」
まだ傷が癒えていない音羽の渾身の抜き手が背後から決まったのだ。
「ぐぐぐ、この……、くそ、おんな……」
それでもまだ、暴漢は倒れない。二人の間にはそれだけのレベル差によるへだたりがある。
「ち……『血抜き』!」
暴漢の手に捕えられていた陽菜の調理師スキルが発動する。そして音羽の開けた胸の穴から、大量の血がまるで川のように流れ出す。
血抜き、本来ならば捕った獲物から血を抜いて、肉の味を良くし、腐りにくくする料理の下処理のためのスキル。しかしその効果は絶大だ。
人間は一リットルの血液を失うと生命に危険が及ぶと言われている。それが二リットルになるとどうか、三リットルになるとどうなるのか。四リットル、さらにはほぼ全部の血を失うとその結果は?
そんなものは見なくても明らかだ。
「ふいい、気持ち悪い……活け造りを思い浮かべながらスキルを使ったよ……」
血抜きスキルは相手が大怪我をしている時だけ。そして本来、料理の素材相手じゃないと使えないらしい。
人間の活け造り……それを思い浮かべながらでなければスキルが発動しないのだ。それは精神的な負担が激しすぎる、陽菜の大技であった。
栽培師の穂に危機が迫っていた。目の前の暴漢に対して、彼女ができることは睨みつけることだけ。その手から放たれた枝も、地面に刺さっただけで相手を傷つけることなんてできなかった。
「なあ、楽しもうぜ!」
暴漢がヒョイッと地面に刺さった枝を飛び越えようとする。
しかしその時、
「育て!育て!育てっ!」
地面に両手をついた穂がスキルを発動すると、地面に刺さっていた小枝が突如として大きく育ち始め、みるみるうちに高い天井へと届くほどの巨木に成長した。
暴漢は巨木の先に引っかけられて、一気に天井へと連れていかれる。
「穂、よくやった! 伐採! 回収!」
いつの間にか巨大弩から離れていた由樹が、木工スキルと新の魔法の鎧袋を使って目の前の巨木を消し去る。
今まで支えてくれていた巨木がいきなり消えてなくなって、暴漢は天井から一気に地面に落ちてくる。
空を飛ぶとかそういう系のスキルがあれば問題ない。魔法の防具で身を守っていれば大したことはないだろう。しかし今、暴漢は何も身に着けていない。落下のダメージがそのまま暴漢に襲い掛かる。
身動き取れなくなった暴漢がクラフター組の手によって撲殺されるまでには、それほど長い時間はかからない。
木工師の由樹が巨大弩についていなかった理由は単純だ。弩自体を組み立てたり調整したりする場合には由樹が必要になるけれど、発射は誰にでもできる。そんな単純な理由だ。
ただしクラフター組の中では由樹はかなり体格が良く、パワーもある方なので、彼女がいないと弓を引くパワーが不足がちになるという問題はあったが。
「良く狙って、撃て!」
巨大弩から二本目の丸太が発射された。狙いは壁に縫い付けられている敵の回復魔術師。
しかし狙いはわずかに左に逸れて、回復魔術師を助けようとしていた敵をかすめるようにして闘技場の壁にぶち当たった。
もちろん丸太は轟音を立てて壁に突き刺さる。
「次、急いで用意しよう!」
敵からしてみれば、いくら仲間とはいえ、そんな物騒なものが飛んでくる場所での救出作業なんて、やってられないというのが正直な気持ちだろう。
これが自分たちの命を握っている回復魔術師じゃなければ、とっくの昔に見捨てていたに違いない。
「用意できたよ!」
「それじゃ、ちょっとだけ右に修正して、撃て!」
三本目の丸太がうなりを上げて回復魔術師に迫る。
「残念、今度は右に外れちゃったよ」
「威力はあるんだけど、調整がむずかしいね、これ」
外れた丸太ももちろん闘技場の壁に突き刺さっている。
敵にとって脅威になっているのは丸太だけじゃない。木綿花の火の玉がずっと止まらずに彼らに降り注ぎ続けているのだ。
回復魔術師がまだなんとか耐えているけれど、彼が落ちた時が終わりの時。
それはけっして遠い未来の話ではなかった。




