77.三つの決闘
目の前のゴブリンが振り抜いてきた巨大棍棒を、新は同じく巨大棍棒を振り抜いて迎撃する。
グオォォン……
鈍い音が響き、強い振動が手に伝わってくる。初撃はほぼ互角、いや棍棒ゴブリンの方が強いか。
棍棒ゴブリンが顔を歪ませて笑う。おそらく奴も自分の方が強いと感じたんだろう。これはマズい。気合で押し返さないと飲み込まれてしまう。そうなれば負けだ。砂のように崩れて、魔巌洞の埃になって消えるのだ。
〈ほれ、気合が足りぬぞ?〉
心の声さんからも注意が飛んでくる。でもねえ、気合を入れても入れても、抜けて言っちゃうんだよね。なんだか第三階層の丁字路で挟み打ちされた時と同じ感じだ。
あの時よりマシなのは、気合の入れ方が上手くなったこと。気合が抜けても抜けても頑張って補充して、あの時の三倍くらいは気合が入った状態を維持できている。
でもそれじゃあまだ足りない。新の前に立つ棍棒ゴブリンはそれほどまでに強かったのだ。
新は今まで以上に、限界を超えて気合を入れ始めた。
大剣ゴブリンを前にして、音羽は自分が完全に不利なことを自覚していた。力で言えば相手が格上。その上、間合いが違いすぎる。
先ほどのような盾ゴブリンの戦闘スタイルは、半身になって盾を前に構え、後ろに剣を持つ体制になる。つまり剣は長いけれど遠く、全体として素手の間合いに近い状態になる。
しかし大剣となれば大きく違う。長くて重い大剣を横なぎにされると、後ろに飛びのくか、近接戦に持ち込むか、どちらかにしか道が無くなる。
後ろに下がるのが安全だけれど、そうすると相手があまりに遠のいてしまって踏み込めなくなってしまう。前に出るのは相打ちの可能性があるだけでなく、こちらからしても間合いが近すぎて最大威力の攻撃が打ち込めなくなってしまう。
つまり大剣のせいで間合いが完全に潰されてしまって、有効な攻撃を出すのが激しく難しくなるのだ。
これが上から振り下ろしてくるだけの馬鹿ならなんとでもなる。しかし今回の相手は丁寧に横薙ぎを繰り出してくる。そして何より自分より格上。こうなると時間を稼げるだけ稼いで応援を待つぐらいしか取れる手がない。
そしてたったそれだけのことでも、今の音羽にはかなりの負担になっていた。
そんな音羽だったけれど、ただ少しだけ希望が持てることがある。体の奥底から不思議な力が湧いてくるのだ。
いつだったか、敵に囲まれて危険だった時にも同じようなことがあった。このどこか暖かくて不思議な力。それが今の音羽の心を支えていた。
新や音羽とは違い、都久詩にはまだまだ周囲を見るだけの余裕があった。しかしそれは戦いに余裕があったという意味ではない。
視覚外、認識外からの斬撃。それが都久詩の得意技でもあり、必殺技でもある。こうして敵と正面から対峙すると、その必殺技はほとんど封じられてしまうのだ。
いきなり斬る、それを封じられた時点で長期戦に持ち込まれてしまう。それが今の都久詩の弱点だった。
日本刀という武器は悪い言い方をすると脆い。というよりも鋭すぎる。上手くすれば巨大棍棒を真っ二つに切り裂くこともできるけれど、下手に受けてしまうと刃こぼれしたり、伸びたり曲がったりしてしまう。
なので機を見計らう必要があり、相手の気が緩んだ時を狙って斬る必要があるのだ。
しかし今回の相手は強い。そうそう緩むことは期待できそうにない。これを飲み込み上回るためには、もう一枚、いやもう二枚上の気が必要だ。
そうあの時のように。
都久詩は体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。
そう、これはあの時の力だ。この暖かい力はおそらく新の物。体中にその力を広げ、満たし、そして同化していく。
重力から、そして時間から解き放たれ、自由になっていく自分を感じる。
今!
自然にそれを感じ、何も意識せずにスッと足が動いた。腕は体についてくるだけ。
棍棒ゴブリンの小手が、音も立てずに地面に落ちる。
それに遅れたように、巨大な棍棒がガランと音を立てて転がった。
「グッ!」
恐らく叫ぼうとしたのだろう、ただ都久詩の斬撃はそれよりも早い。
棍棒ゴブリンは薄れゆく意識の中で、首を失った自分の体が砂のように崩れていくのを、ただ見守る事しかできなかった。
大剣ゴブリンにはかなり余裕があった。目の前にいるメスは素早いかもしれないが、武器一つ持っていないのだ。だから楽に相手できる。そして戦場を俯瞰する余裕すらあった。
だからこそ見えてしまったのだ、棍棒持ちの仲間が倒れる姿を。
そこに焦りが生まれ、大剣が力なく空を切る。そして体が大きく泳いだ。
音羽にとってそれは待ちに待ったチャンス。先ほどの盾ゴブリンの時はそのチャンスを逃がすことなく、そして打ち取ったのだ。だから今度も前に出た。彼女の戦い方はしっかりした成功体験に支えられているのだ。
体勢を崩す大剣ゴブリン、その流れに逆らわずに踏み込んで、蹴り足を繰り出す音羽。
しかしその時、音羽の視界の隅で、大剣ゴブリンがニヤリと笑う醜い顔が映った。
しまった、まさか誘いだったとは。
大剣ゴブリンは体勢を崩したフリをしていただけだったのだ。それに気が付いた時には遅かった。大剣が逆薙ぎに襲い掛かってくる。
すぐに切り替えて後ろに跳び下がろうとした音羽の体を大剣が捉えた。
「あうっ!」
巨大な大剣を前にして制服の防御力など無いに等しい。ビキニアーマーのお陰で真っ二つになることは避けられたものの、あまりの威力に音羽は吹き飛ばされ、地面を転がり、うずくまった。
意識が飛びそうになる。
ここで気絶しちゃ駄目だ、しかしいくら心を奮い立たせようとしても、音羽の体は全く動いてくれない。
倒れた音羽に大剣ゴブリンが迫る。




