73.暴漢たち
初期拠点の丸太小屋に居座っている狼藉者たちにも、魔巌洞二日目の朝がやって来た。
朝を迎えたというのに、働きに働き続けた女子生徒たち五人は、昨日の夕方あたりからピクリとも動かなくなったままだ。生きているのは間違いないけれど、何の役にも立ちそうにない。
これが最終日ならともかく。まだたった二日目。もし死なれでもしたら、残り三日間やることがなくなってしまう。そう思うとこれ以上無理させることはできなかった。
「そういや、あいつら、帰って来ないな。逃げ出したか?」
「いや、ゴブリンにでも食われたんじゃないのか」
追手として送り出した三年生と二年生の成績不良者たち。それが朝になってもまだ戻って来ていなかった。
彼らは成績不良の男子生徒たちの生死になんか、全く興味を持っていない。女子生徒たちだって役に立つから生かしたままにしているだけで、そうじゃなければ自分たちの快楽を優先している。そんな鬼畜どもの集まりなのだ。
「もしかしてあいつら、女どもを捕まえてどこかに連れこんでるんじゃないのか?」
暴漢共の一人がポツリとこぼした言葉に、残りのほとんどが反応した。
「そうだ、そうに違いないぜ」
「あいつら……許せん、生きたまま皮を剥がしてやる!」
もしもゴブリンに襲われたとしても全滅するとは考えにくい。二年生を囮にして三年生たちは逃げ帰ってくるはずだ。どこかに隠れる? 水も食料も無しであと三日も過ごすのか? ちょっと考えにくい話だ。
それに女たちのグループは、落ちこぼれ三年生四人に一年生四人だけ。追手の彼らは戦力的に見ても、そんな弱っちい奴らに負けるはずがないのだ。もしも自分なら、女たちと出会ったらどうするか。そんなもの、どこかここじゃない拠点に連れ込んで仲良しになる以外にないじゃないか。
「どうするよ?」
「ブチ殺しに行くしかないだろ」
「皆殺しだな」
彼らは難しいことを考えず、その場の勢いと欲望だけに従って生きる者たちだった。女子生徒たちが全員ダウンしてしまっていて、やることが無さすぎ、暇すぎたのもそれに輪をかけていた。
「まあ、落ち着こうぜ。全員で出てどうするんだ」
「ああ? お前、あのクソどもを許せるっていうのかよ!」
「違う。拠点は守らないと駄目だろ?」
脳みそまで筋肉が詰まっているような暴漢たちだったが、こと戦闘に関わることについてだったらそれなりに知恵が回る。
「そりゃそうか。なら数人残るか」
「あのクソども、それを狙ってる可能性はあるな。人数が減ったところを逆襲してくる作戦じゃないか?」
考えてみればあり得る話だった。ここにいる者たちは誰一人として、あんな低レベルの落ちこぼれ共に後れを取るとは思っていない。しかし釣り出して拠点を狙う、その恐れは充分にある。
「ならどうするんだ?」
「半数づつ、交代であいつらを探すのがいいんじゃないか」
まずは前半の十人が丸太小屋を出た。説明によれば、この領域のゴブリンは強いという話だ。ある程度の余裕をみて、五人づつの二グループに分かれて、五つの初期拠点を中心に周囲の探索を始める。
各拠点の丸太小屋の中、そして拠点の周囲を丁寧に探索していく。暴行魔たちは無能なわけではない。無能どころか魔巌洞探索については優秀な者たちだと言っても良い。
しかし犯罪者や脱走者を探し出して捕まえる、そういったことには不慣れだったのは間違いない。その上、ダンジョンの中では魔物の死体などは砂になって消えてしまうのだ。つまり証拠や痕跡そのものが消えてしまうので、追いかける難易度は高かった。
前半の十人は、たっぷり四時間ほどかけて探索したけれど、拠点とその周囲には追手の痕跡も、そして逃げる女たちの痕跡も見つけることはできなかった。
「おい、何があった!」
「サボってたわけじゃないだろうな」
拠点で待っていた後半組の十人はその結果に驚きを隠さなかった。彼らが手ぶらで戻って来るなんて全く思っていなかったのだ。
「サボるわけないだろうが! それとも、締められたいのか? ケンカなら買うぜ!」
「上等だ!」
「おいおい、仲間割れはやめとけ」
「イライラしてるのは分かるけど、今はそんな時じゃないだろ?」
かなり険悪なムードになったけれど、何人かが慌ててそれを止める。彼らはこの特別講習に『遊び』のためにやって来たのだ。殺し合いをするために来たわけじゃない。
なんとか落ち着きを取り戻した後に、各拠点には誰もいないこと、拠点の周りにもそれらしい痕跡が残っていないことなど、しっかりと情報共有が行われる。
「ということは、もっと広い範囲を探す必要があるってことか」
「草原の中に、なにか縦穴みたいな隠れ場所があるのかもしれん」
彼らは合流してこなかった女子組はともかく、それを追った落ちこぼれ組が全滅しているなんて考えてはいなかった。
逃げた女子組は三年生の四人組、そして男子一人を含む一年生の四人組だと分かっている。この少人数ならゴブリンの群れに囲まれて全滅する可能性はある。特に一年生組なんて、何もできずに殲滅されていてもおかしくはない。
しかし追手の方はそうじゃない。成績不良の落ちこぼれとはいえ、三年生が八人に二年生が六人もいたのだ。あの無能な臆病者たちが分散して行動していたとも思えない。たとえ襲われたとしても何人かは生き残り、逃げ帰ってくるに違いないのだ。
もしも誰一人逃げ切れずに全滅していたとしたら?
それだけの脅威がこの拠点の近くにいるということになる。しかも何一つ痕跡を残さずに。
そんなことは、おおよそ考えられることではなかった。
後半組の十人は、今度は二手に分かれることはせず、纏まったままで拠点から少し離れたところを探索することにした。
しばらくは何も見つからなかったけれど、拠点から少し西に離れたところで一人が声を上げた。
「おい、何かが燃えた跡があるぞ!」
「なんだこりゃ、拠点か何かの跡か?」
それはかなり広い範囲で火事があった跡だった。元はゴブリン砦だったものだけど、暴漢どもはそのことを知らない。
「これは夢の雫……なんでこんなものが落ちてるんだ」
ここはゴブリンの村で、誰かがそれを襲ったんだろうか。
「ちょっと来てくれ! 剣と鎧、それに夢の雫まで落ちてる!」
そこに落ちていたのは、確かに剣と鎧、サイズ的にもゴブリンの物ではない。間違いなく購買で売られている物だ。
夢の雫やドロップアイテムは、時間と共に消えて無くなってしまうのは確かだけれど、死体のようにすぐに消えることはない。それを倒した者が生き残っている場合は特に。
「ここで戦闘があった、ということか」
追手の落ちこぼれ組にゴブリン村を滅ぼすだけの力があったとは思えない。
ならばいったい、ここで何が起こったのか?
何者かがゴブリン村を滅ぼし、追手を殲滅したとでも言うのか?
その日、後半組の十人は、なぜか拠点の小屋に戻ってくることは無かった。




