71.採集活動
その夜はそのまま何も起こることはなく、平和に朝を迎えた。
魔法の鎧袋から食料と水を取り出して、ささやかな朝食を取る。気のせいか、袋の中にしまってあった水は冷たく、食料はほんのりと暖かい。
「えへへ、調理師のスキルだよ」
陽菜の力だったのか。それなら納得だ。
「野宿も思ったより悪くないわね」
「うん、ボクぐっすり眠れたよ!」
「それに暖かい食べ物も嬉しいですね」
「冷たい水も!」
新のグループメンバーは元気な模様。それと比べて三年生のクラフター組は言葉数も少なく、態度も控えめだ。
「今日はどうしますか? このまま草原でゴブリン狩りの続きを?」
「そうしたいところだったんだけどね、どうやら昨日狩りすぎたみたいで、草原には敵があんまり残ってない感じなんだ」
聖者の瞳で事前に確認は済ませてある。どこまで信用できるか不明だけれど、拠点の周囲を残して東側は狩りつくしてしまった雰囲気だ。拠点の周りは面倒なことが起こるに違いないし、レベルを上げるなら別の場所に行くしかない。
「だから今日は西の森に行こうかと思うんだ」
「危険はあるだろうけど、レベルは上げたいわね」
「炎は……森だと使わない方がいいですよね。私は槍を使いますから、あんまり戦闘は期待しないでくださいね」
「大丈夫、ボクが全部斬っちゃうよ!」
西の森にはどんな魔物が住んでいるのか分からない。もちろんかなり手強い可能性だってある。
三年生男子が籠っている丸木小屋拠点は東の端。このまま東の草原にいるよりも、西の森に移動したほうが遭遇する可能性は低くなる。
ここはどっちがいいのかという問題だ。
クラフター組の四人も西の森に賛成してくれたので、そのまま新たち一行は、太陽を背にして西へと移動を開始した。
森の中はうっそうと茂っているという感じではなく、太めの木がバラバラと生えている感じだった。下草の背も低くて、ゴブリンがしゃがみ込んでも隠れるのは難しいように見える。
「やった! これなら刀を振り回しても問題ないよね!」
「槍だと少し手狭ですけど、充分いけそうです」
入ってすぐのところで、武器を振り回してみて感覚を微調整しておく。魔巌洞第三階層で狭い場所での戦いにも慣れてきているので、これだけの広さがあれば問題なく戦えるだろう。
「この木を全部伐採して持って帰りたいよ……」
「切れるの?」
「一応スキルでね。木を切って丸太にできるわ」
由樹が目の前の大木に手を触れて何かの呪文を唱えると、大木が一瞬にして丸太になり、その後には切り株だけが残った。木工師には木こりの能力まで含まれている模様、それもかなりの高性能だ。
魔法の鎧袋を試してみると、あっさりと入ってしまった。まだまだ全然満タンになってない。まるで無限収納だ。
「それじゃあ、伐採しながら進むことにしようか」
「賛成!」
材料が大量に手に入りそうで由樹は一人ホクホク顔だ。
「いいわねぇ、この森のどこかに布の木は生えてないかしら」
「畑の木が欲しい……」
布の木はともかく、畑の木とは一体……。
ここは魔巌洞。環境破壊だとか、植樹だとか、そんなことは一切気にする必要はないので、手当たり次第に木を伐採しては丸太にして収納していく。
「いっそのこと、ここに住もうかしら」
めちゃくちゃなこと言いだしたよ、この人は。
収納した丸太、もしかしたら砂になって消えるかもしれないのに。折角喜んでいるんだから、そんなことは口にしないけどね。
そうやって伐採しながら進んでいると、前方に魔物の気配があるのを聖者の瞳が感じ取った。
「前に何かいる、気を付けて!」
「またゴブリン?」
「……いや、違う、妖獣? なんだそれ?」
足を止めた一行の前に巨大な獣が姿を現した。
鋭い眼を爛々と光らせ、その口は大きく裂けて鋭い牙を覗かせる。人よりもはるかに大きな巨体、それが黒光りするような毛皮に覆われている。
――クマー 種類:妖獣 獰猛で非常にタフな怪物。人の肉を好んで食べる
「クマー……?」
新が口にした鑑定結果に、クラフター組が震えあがった。
「クマー……そんな、そんな……」
「もうおしまいよ……」
妖獣クマー。名前を聞いたことは無かったけれど、どうやらとんでもなく恐ろしい敵のようだ。巨大棍棒を握る手に力が入る。
「グガアアォォァアッ!」
地響きがするような唸り声が響く。
その前肢は新が手にした巨大棍棒よりも太く、その先には木綿花の槍の穂先よりも鋭そうなカギ爪が光っている。あんなもので殴られたら、体がバラバラになってしまうに違いない。
それでも新はジリッと前に出る。
はっきり言えば怖い。でも怖いとか危ないとか、そんなことを言ってられる場合じゃない。ここは全身鎧で身を包んだ新が勇気を振り絞る場面なのだ。
新の左横でフラッと空気が揺らいだ。
その時、この後に何が起こるのかがはっきりと心の中に浮かんだ。そうだ、前に出るんだ。今がその時だ!
スパーンッ!
立ち上がろうとした妖獣クマーの頭が突然のように斬り飛ばされ、血飛沫が宙に舞う。
急がないと! 新は急いで前に出ると、魔法の鎧袋を掲げた。
「うん、よかった! 間に合ったよ!」
妖獣クマーの体は砂になって崩れ去る前に、しっかりと鎧袋の中に収納されていた。




