58.謎の構造
軽い休憩を終えて魔巌洞の第三階層に再突入してみると、そこは先ほどまでの丁字路を右に曲がった場所だった。
魔巌洞に入ると、いきなり戦いになることがあるけれど、どうやらすぐ近くには敵はいないようだ。
元は左側を塞いでいた壁板だったのだろう、ゴブリンたちに蹴り破られてボロボロになった板切れが地面にたくさん落ちている。
そして壁にはスプレーで書かれた『S』の文字。
「どう見ても、ここってさっきの場所よね?」
「でも『S』の印があるよ!」
「これは一体どういうことなんでしょうか……」
三人が一斉に新の方に顔を向けてきた。ヘッドランプが眩しくて目がチカチカする。
「そんなこと聞かれても、理由なんてわからないよ。壁だけ勝手に移動したり、壁だけループしたり、壁だけ幻を見せてたり、どれが正解か分からないけど道だけはちゃんと繋がってるんじゃないかな?」
簡単に言えば、魔巌洞におちょくられてる、ってことだ。
ほんとのところは分からない。何かとんでもない仕掛けがあるのかもしれない。だけどあんまり気にしてもしょうがないんじゃないか、そんな思いもあったりする。
音羽を先頭に、右側の坑道をそのまま進んでいく。
ヘッドランプに照らされ暗闇、その中を歩くのにもだいぶ慣れてきた気がする。見たい方向があるとき、最初の頃は眼だけを動かしちゃったりしてたけれど、それもほとんどなくなった。
もちろんの話、眼だけじゃなくてちゃんと頭ごと動かさないと、明かりが照らしてくれなくて見えない。
都久詩によれば、それを利用して相手を誘ったり騙したり、フェイントとして使えるそうだけど、新だとそんなことはできそうもなかった。
「来たわよ、前からゴブリン四匹!」
「上には見当たりません」
「後ろは……今のところ大丈夫だ」
低い唸り声を上げて向かってくるゴブリンのグループを音羽と都久詩が迎え撃つ。木綿花と、そして最後尾の新は、他の敵が現れた時のために備える係だ。
音羽と都久詩の二人は、この狭い坑道での戦い方に徐々に慣れてきている。
この二人横並びでは戦えないはずの坑道で、しっかり横に並んで戦えるようになってきているのだ。
別に特に難しい技を身に着けたわけじゃない。ただ単純に、綺麗に横に並ぶんじゃなくて、斜めに並ぶようにしただけのこと。三角定規だと斜めの部分が一番長くなるのと同じ理屈である。
小柄なゴブリンだと三匹並べそうだけど、そうすると狭苦しくなって技が死んでしまう。だから相手の数が増えても気にはならないし、こちらがのびのびと戦える分だけ有利になるんだとか。
右前に音羽、左後ろに都久詩という形。ある意味、音羽が突出しすぎていてゴブリンに摺りつぶされそうな形に見えないこともない。
新から見れば首を傾げたくなる話だったけど、前衛の二人がそれで納得しているんだから、文句を言う筋合いじゃないのだ。
ゴブリンたちは左手に盾を持つことになるので、音羽の横に回れてもそこから攻撃するのは難しい。できないことはないけれど、簡単に都久詩の餌食になってしまうのだ。
バシィッ!
盾を構えて向かってくるゴブリンに、まずは音羽のミドルキックが襲い掛かった。
「あの謎パワーがないと、奥義だけじゃ盾をぶち抜くのは厳しいわ」
奥義なんて言ってるけれど、中身はただの武技らしい。
でも侮っちゃいけない。さっきの蹴り一発でゴブリンの盾はベッコリと凹んでいる。恐ろしいほどの威力だ。奥義と呼びたくなる気持ちは理解できなくもない。
キックを受けてよろけたゴブリンに、兜なんてかぶってても、かぶってなくても、どっちでも関係ないとばかりにフック気味のパンチが飛び、ゴブリンの体を砂に変えていく。
都久詩は刀を青眼に構えて、自分の前までやってきたゴブリンを牽制しつつ、タイミングを窺っている。
やはり不思議なパワーが湧いてこないと、盾や鎧ごと敵を切断するのは厳しいらしい。しっかり隙を突いたり、誘い出したりしないことには、うかつに手出ししても不利になるばかりなのだ。
ゴブリンの方も分かっているのか、決して盾を降ろそうとはしない。しっかりと盾を構えてじわじわと前に出たかと思ったら、さっと後ろに飛びのく。
後の先なんて言葉があるけれど、先に大きく動いた方が隙を突かれて負ける、そんなジリジリした主導権争いなのである。
ぽろんっ……
ゴブリンの頭が落ちた。
「え? 今なにやったのっ!」
大きく前に出るでもなく、刀を振り回すでもなく。ずっと同じようにフラフラ動いていたと思ったら、いつの間にかゴブリンの首が斬り落とされていた。
「えへへっ、今のは上手くできたよっ!」
都久詩によれば、今のは刀を振る前に斬るという技、奥義へ至るための第一歩らしい。
いや、刀……振ってないんじゃないのかって思ったけれど、ちゃんと振ったらしい。虚実が入り混じっていて、その動きは実に見分けがつきにくい。もしも新が彼女の敵だったとしたら、首を斬られても気づかないんじゃなかろうか。
なんとも恐ろしい技を身に着けてしまったものだ。




