57.気合の勝負
木綿花から、右の通路まで下がれと言われた時、新は新でちょっと困ったことになっていた。
下がりたくても簡単には下がれないのだ。
なんとか均衡を保っているけれど、それは足元に転がっているゴブリン二匹が邪魔になっているだけのこと。もしも数歩でも後ろに下がってしまうと、もう転がっているゴブリンなんて関係なく、押し込まれてしまうことになる。
もちろん転がっているゴブリンだって仲間に助け出されてしまうだろう。下がるなら下がるで、慎重にタイミングを計る必要があるのだ。
〈ここで時間切れを迎えたら、次はどうなるかのう〉
あ、忘れてた……。
再入場したらこの丁字路で、そこに敵が溢れていたら全滅まっしぐらだ。
さっきから心の声さんが、早く殲滅しろ、今すぐ殲滅しろ、とうるさかったのはそういうことだったのか。やっと理解できた。
でもこの階層は再入場したら同じ場所から始まるっていう疑いがあったはず。心の声さんがこんなことを言いだすってことは、やっぱりそれは間違っていた、ってことなのか?
それは後でいいか。今は敵を倒すことに集中しよう。
そう思って気合を入れてみたものの、どうにも力が入らない。気合を入れても入れても、何だか分からないけれどどこかから抜けていく感じなのだ。パンクしたタイヤに空気を入れているような、そんな印象だ。
なぜ抜けていくのか分からないけど、抜けるよりもたくさん気合を入れればなんとかなるはず!
そう思って気合を入れ続けていると、もちろん気合は増えたんだけど、それに合わせて抜けていく量も増えてしまった。今まで穴が一つしかなかったのに、穴が二つに増えた印象。
「うおおぉぉぉぉっ!」
どっかのマンガの主人公のように、全身が金色に光り輝くぐらいに、根性で気合を入れてみる。
もちろん光らないし、変身もしない。その上ちょっと手を抜いたら、全部プシューッと抜けてなくなってしまう。
今まで入れてきた気合の二倍、いや三倍ほど入れたところで、ようやく入る分と出る分とが釣り合ってる感じがしてきた。なんとなくの体感だから正確じゃないだろうけど。
さらに四倍、五倍と気合を入れ続けると、本当に体が光ってるんじゃないかってくらいに体の奥底から力が湧いてくる。ただしお尻あたりから何かが噴き出しそうになるので、今のところはこれが限界っぽい。
これ、気合を維持するのが大変だ。でもすごい力が発揮できそうな気がする。
そういえば初めて魔巌洞に入った時も、こうして体の奥からどんどん力が湧いてきたんだよね。ここまで気合を入れる必要はなかったし、気合を入れ続ける必要もなかったけれど。
新は目の前のゴブリンたちを睨みつけると、手にした棍棒を振りかぶった。
その時!
「新、動かないでっ!」
木綿花の掛け声とともに後ろから飛んでくる無数の火の玉。
真っ赤に光る火の玉は、目の前のゴブリンたちにぶつかると、大きく炎を上げて燃え上がる。これまでとは違って、すぐに消えることはない。
「グガァッ!」「グギャッ!」
全身が火だるまになって泣き叫ぶゴブリンたち。それでも火の玉は止まることを知らず、どんどん飛んでくる。
ゴブリンが全て消し炭のようになり、黒い砂のように崩れ去って、やっと火の玉の魔法は止まった。
倒そうと思って気合を入れたところだったのに!
〈だから急げと言うたのじゃ〉
確かに言われたけれど、まさか敵を先に取られるなんて意味だとは思わなかったよ。
「もうあまり時間がありません。新もこっちに集まってください!」
木綿花の声に振り返ると、音羽だけでなく都久詩も既に右通路に移動していた。
「でもビー玉が……」
「そんなの無視でいいから急いで!」
新が急かされるままにグループのみんなと合流すると、ほぼ同時に体の周囲にホタルのような光が湧き上がる。
「なんとか間に合いましたね」
時間切れだ。四人の体が魔巌洞から排出される。
新たちが消えた坑道には、拾いきれなかった夢の雫がいくつか、淡い光を映して輝いていた。
「ふう……、キツかったわね」
「うん、危なかったよ!」
魔巌洞の出場門を出ると、四人は倒れそうになるのをなんとか耐えて、近くの芝生の広場まで移動して座り込んだ。
「なんだか急に体の奥から力が湧いてきて、それで火の玉の数も威力もすごく上がったんですよね。あれが無ければ危なかったです」
「そうね、私も感じたわ」
「ボクもボクも! 盾も鎧もスパスパ切れたんだよ!」
みんなあの、気合で力が湧いてくるヤツを体験したってわけか。
というか、今までずっとあの力に頼って戦ってきた新とは違って、さっきまであの力抜きで戦ってたって話だ。それで新と互角かそれ以上だったんだから、考えてみたら恐ろしい強さになってるよね。
「でも、あの力ってどこから来たんでしょうね」
「ボク、わかんないよ。何もしなくても湧いてきたもん」
どうも新の力とは、似ているようでどこかが違っているようだ。
「あれ? 気合入れたら湧いてくるヤツじゃないの?」
「気合? 関係ないと思うわよ?」
やっぱり違うらしい。
新の場合は気合を入れないと力は湧かないし、気合を入れ続けなければ力が抜けてしまう。
「次はもっと楽に敵を倒せそうよね。あの力のおかげで武技も使えるようになったし」
彼女たちの力は、どこからか湧いてくる不思議な力。
なんだか不気味だから避けた方がいい気もするし、使える力なら積極的に使った方がいい気もする。
ただし、どちらにしても頼り切るのは危険じゃないかな。
なんとなくそう思ったものの、その時の新はそれを口に出すことなかった。




