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56.またもや奥義?

 丁字路の右側では、自称奥義(おうぎ)を身に着けた音羽(おとは)が無双し始めた。


「こっちは音羽(おとは)に任せます、大丈夫ですよね?」

「ええ、それでいいわ。木綿花(ゆうか)は他をお願いね!」


 音羽(おとは)に声をかけた後、木綿花(ゆうか)は丁字路の左、そして後ろに目をやった。都久詩(つくし)(あらた)、どちらも膠着状態になっている。


 今の木綿花(ゆうか)には、両方を同時に相手にするだけの力はない。


 あのゴブリン魔女の魔法はもっと圧倒的だった。つまり木綿花(ゆうか)にはない技を持っていたのか、木綿花(ゆうか)がまだ杖を使いこなせていないのか、またはその両方か。


 理由がどうであれ、今は無理。まずはどちらかを助けて……そう思ったけれど、よく考えたら違うんじゃないだろうか。


 三叉路にいるから三方向に対処しなければいけないわけで、音羽(おとは)にもう少し右に進んでもらってそこに逃げ込めば、一度に相手するのは二方向だけになるはず。


 多分間違いない、それが正解だ。



(あらた)都久詩(つくし)、少しづつ下がって右の通路に合流してください!」

「そんなの、駄目だよ!」


 (あらた)から返事が返ってくる前に、都久詩(つくし)が反対の声を上げた。


 都久詩(つくし)だって別に馬鹿じゃない。特に戦闘面のことに関しては非常に頭が回る方だ。敵が来る方向を絞り込んだ方が有利になる、そんな簡単なことに気づいてないはずがない。


 ただ状況が良くなかった。さっきから後ろの方で鋭い打撃音が鳴り続けている。それは棍棒の音とは思えない。とすると素手での殴打の音、音羽(おとは)が鳴らしているってことだ。


 そして木綿花(ゆうか)に余裕が生まれた。つまり音羽(おとは)の戦闘力が上がった。それはなぜか? 武技に目覚めた、そうとした考えられない。


 このままだと都久詩(つくし)は役立たずになってしまう。そうなったら捨てられてしまうかもしれない。それは嫌だ。


 都久詩(つくし)も武技を身につけないといけない。それも今すぐに。



 木綿花(ゆうか)が図書館で調べて、まとめてくれた情報はしっかり読ませてもらっていた。残念なことに職業『剣豪』そのものの情報は無かったけれど、『戦士』や『剣士』、さらには『侍』など、似たような職業の情報は(そろ)っていた。


 ただ、都久詩(つくし)にはそれらの職業の武技の内容が、どうもしっくりこないというか、面白味がないように思えた。自分が身に着けるべき武技じゃない、生意気なようだけどそんな気がするのだ。


 斬撃や刺突の威力を上げるのは大切だと思う。でもそれは都久詩(つくし)が理想とする剣術ではない。刀を抜いたと思ったら全てが終わっている、いや、まだこちらは刀を抜いていないのに、いつの間にか相手は切られて倒れている。これが理想の奥義、その第一段階だ。


 理想の奥義、その第二段階になると、戦いが始まる前に勝っている。そして第三段階に至れば、そもそも戦いが始まらない。ここまでいったらもう神様だ。


 刀を抜く前に斬る。


 いったいどうすればその境地にたどり着くことができるのか。都久詩(つくし)にはまったく皆目、ちっとも見当がつかない。けれどそれが剣を振るうもの、剣術の(いただき)を目指すものとして、目指すべき理想の境地なのだ。



 都久詩(つくし)が悩んでいると、奥の奥から不思議な何かが湧き出てくるのが感じられた。


「あっ! わかったかもっ!」


 刀を抜く前に斬るってことは、つまり先に斬っておいて、それから刀を抜いて振ればいいってことだ。


 もちろんそんなことは最初からできっこない。最初は斬るのと刀を振るのは同時に、それからどんどん斬るのが先になるように練習していけばいい。


 他人が聞いても意味が分からないだろう。でもその時の都久詩(つくし)には、それが間違いなく正解だと感じた。


「やってみよう!」


 そう、刀を振ると同時に斬るのだ。


 先頭のゴブリン、盾の上から見えている半分の頭、それを狙ってみよう。


 ヒュンッ!


 都久詩(つくし)にはまったく特別な手ごたえはなかった。だけどそれは、普段の素振りよりもはるかに速い、見えないほど速い斬撃になっていた。


 もちろんただ速かっただけだ。狙われたゴブリンはそう感じたし、刀を振った都久詩(つくし)だってそう思った。


 でもなぜかわからないけど、すごく速く振れた。



 もう一度やってみたい。


 都久詩(つくし)が刀を構えなおそうとした時、先ほど狙ったゴブリンの頭の兜が少しだけ横にずれた。ゴブリンの顔に驚いたような表情が浮かぶ。


 兜のズレはだんだん大きくなり、しまいにはポトリと、中の頭ごと地面に落ちる。


「あれ? 斬れちゃった?」


 頭を斬られたゴブリンの体が砂のように崩れ落ちる。


「これって奥義……?」


 もちろんこれはまだ奥義じゃない。これは『風斬り(スウィッシュ)』と呼ばれる高度な武技、その派生形と呼ぶべきもの。


 だけど都久詩(つくし)にとっては、間違いなく目指すべき奥義の第一歩だった。



「練習して見なくちゃ!」


 もう一度同じように、刀を振ると同時に斬ってみる。


 隣にいたゴブリンの盾が真っ二つになり、その盾を支えていた左手ごと地面に落ちた。


 やっぱり特にこれといった手ごたえはない。


 ヒュンヒュンッ!


 突っ込んでくるゴブリンたちに向けて、また何度か小さく刀を振る。そして風切り音が聞こえたと思った時には、もうゴブリンたちの体は斬られている。


 これなら行ける!


 そう確信した都久詩(つくし)は、ゴブリンの援軍を殲滅すべく刀を振り始めた。



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