55.これって奥義?
魔巌洞第三階層の坑道、その丁字路に踊り込んだ都久詩は、左からやって来るゴブリンの群れにうんざりしそうになっていた。
この坑道は天井も低くて通路幅も狭い。刀を自由に振り回せるだけの広さが無い。本来だったら、こういう狭い場所だと差し添えの小太刀を使うべきなんだけれど、あいにく持っているのは取り回しが難しい大刀だけ。
ゴブリンたちは丸い盾を前に出し、半身に構えて体を縦の陰になるように隠している。盾はそれほど大きくないので、頭は半分出ているし、下半身は全く隠れていない。それでも狙える部分は小さいし、ゴブリンたちもそれが分かっているので当てるのが難しいのだ。
「ああ、もうっ! 厄介だよっ!」
二匹が並んでいるのが何よりもうっとおしい。無理して追えば倒せると思う。しゃがみ込んで下半身を狙えば、それほど無理せずに仕留められるはず。
でもそれは一対一だった場合だ。こちらが大きく動けば、必ず横から攻撃がやってくる。場所が狭すぎて、左右に逃げることができない。使えるのは前後の動きだけ、それだと間違いなく攻撃を貰うことになる。
それに無理して倒したとしても、すぐに後ろからお替りがやって来るのだ。都久詩はジリジリしながらも、この状況を変えるための手掛かりを見つけられないでいた。
音羽がいる右側も、新の後方や都久詩の左側と同じように、膠着状態になるかと思えば、そうはならなかった。
音羽が凄かったわけじゃない。すぐに後ろから木綿花がバックアップに入ったのだ。
「まずはこっちの敵を蹴散らしましょう」
「分かったわ。頼むわね、木綿花」
音羽は素手での戦いを得意にしているので、どうしても攻撃範囲が狭くなりがちだ。一匹を相手にしているうちに別の一匹に横をすり抜けられ、後ろに回られる恐れが十分ある。
それを見て取った木綿花が、まずはこちらから殲滅すると決めたのだ。他の二人には申し訳ないけれど、右側が片付くまで耐えてもらうしかない。
戦いそのものは前回までの焼き直し。右に寄った音羽が敵を食い止め、左から木綿花が炎の玉で敵を焼く。ある程度焼いたところで敵に逃げられてしまうので、仕留めることは難しい。それでも今はそれぐらいしか良い戦法が見つからないのも確かなことだ。
「ああ、また逃げられたっ!」
戦いそのものは安定している。それでも音羽はイライラを隠せない。敵を仕留めきれずに逃げられてしまうのだ。
逃げだした敵がそのまま消えてくれればいいけれど、治療を済ませて戻ってくるかもしれないし、援軍をつれてくるかもしれない。
倒せないと経験値が入らなくて、レベルが上がらないのももちろんある。そしてレベルが上がらなければ、いつまでもこんな感じで耐える戦いを続けないといけないだろう。
ダメージは受けていない。相手にダメージは与えられる。でも決定力がたりない。そう、必要なのは決定力。頑丈な盾や鎧をぶち抜けるだけの攻撃力。
それを得るには『武技』を身に着けるしかない!
木綿花が図書館で武技について調べてくれていた。武技というのは二次職になったら身につけられる、職業固有の戦闘技能のことだ。
二次職で身につくと言っても、身につけ方にはいろいろあるらしい。レベルが上がって勝手に覚える場合もあれば、ある時突然ひらめいて使えるようになる場合もあるらしい。
でもよくあるのは、その職業で過去に記録されている武技をイメージしながら、ひたすら特訓する方法だ。
思い返せば、新と決闘した二年生、確か職業は戦士でレベルはまだ低かったはず。レベルが低いということは、特訓したにしてもそれほどの時間はかけていないことになる。それでも武技を三種も使っていたのだから、かなり優秀だったんだろう。あっさり負けちゃってたけれど。
「そうよ! あんなザコでもできてたのに、私にできないはずがないじゃないのっ!」
音羽の心の奥から湧き上がってくるもの、それは怒りだ。
それも誰か他人に対するものじゃない、自分対する激しい怒りだった。
「こん畜生っ!」
その激しい怒りを全部込めて、思いっきり目の前の盾を殴りつける。
バシイッ!
激しくぶつかり合う音とともに、音羽の心の中で誰かに何かがカチリと嵌め込まれた感じがした。
音羽の拳は盾を貫いて、そのままゴブリンの顔面にめり込む。
砂のように崩れて消えていくゴブリン。
「うそ……」
木綿花の驚く声が後ろから聞こえてくる。
それはまさしく武技。
剣技や槍技では『貫通』と呼ばれる武技と似たようなものだった。
ゴブリンたちは冷静だった。すぐに追加の一匹が盾を前に構えて、倒れた仲間の穴を埋める。
音羽は思う。今の感覚を忘れちゃいけない。
穴埋めに入った新手のゴブリンの盾を目掛けて、先ほどと同じように拳を繰り出した。
がいぃぃ~ん……
攻撃は軽く盾で受け止められて、鈍い響きが坑道内に響いただけ。
違う、さっきはこうじゃなかった。
「このっ!」
さらにもう一発。さっきよりはいい感じがしたけれど、これも盾で受け止められてしまった。
さらに何発か叩きこんでみたけれど、盾を貫くことはできない。
さっきとは何かが違う。何が違うんだろう。
叫びながら戦う音羽の左横を、木綿花の炎魔法の連弾が飛ぶ。
このまま諦めて木綿花に任せようか?
いや諦めちゃ駄目だ。ここで確実に仕留めていかないと、この先に生きる道はないのだ。
「とうっ!」
裂帛の気合を込めて、左から蹴りを繰り出す。
音羽の心の中で、誰かがふたたび何かをカチリと嵌め込んだ。
力は込めている。でも全力じゃないし、無理もしていない。とてもスムーズに、流れるように足が出て、吸い込まれるようにゴブリンに炸裂する。
バシイッ!
盾を貫いた時を超えるほどの凄まじい音が鳴り響き、ゴブリンの体が大きく抉れた。
「……そうか、見つけたわ。これが奥義ねっ!」
それが奥義なのかどうかは誰にも分からない。
ただ音羽が何か大切な力を身につけた事だけは確かだった。




