53.目印
それからも数度、盾ゴブリンとぶつかったけれど、結局倒せたのは最初の一匹ともう一匹だけ。合計二匹というところで時間切れになってしまった。
スタート地点にはSの文字を書いたので、ここにはスプレーでハッキリと数字の2を書いて魔巌洞の外に出る。
「かなり厳しいわね」
「ボク、この階層キライ……」
戦えていないわけじゃない。ただここまでと違って圧倒できているわけでもない。もう少しレベルが上がれば楽に戦えるようになるかもしれないけれど、かなり敵が少ない階層で、逃げた敵の数も多かった。これだけ倒せないとレベルアップはちょっと望み薄だ。
「どうしよう、次は僕が前に出ようか?」
「交代はちょっと待って。もう少し私にやらせてよ、ね?」
新はテクニカルな戦い方は得意じゃない。というか、力任せに暴れることしかできないと言っても良い。
ただ、今の新は全身を金属の鎧で包まれているので、そこそこ無理が効くはずだ。相手の技量は高いけれどそれはそれ。力で押し込めば崩せるだろうし、崩すことさえできれば後ろから都久詩が仕留めることだって簡単だと思える。
「もう少しって何か理由があるの?」
「はっきりしなくて何となくだけどね、何かが掴めそうな感じなのよ」
そういうことなら話は別だ。もう少しだけ音羽先頭で行ってみようか。
他の二人も了承したので先ほどと同じ順番、音羽、都久詩または木綿花、最後に新の順番で進むことを決めて、魔巌洞の中へと向かう。
周囲に敵はいない模様。スプレーで書いた目印はというと……
「やっぱりおかしいよ。出る時は『2』って書いたはずなのに、『S』になってる」
「ホントだ、ループかな?」
ループ構造なのかを明らかにするよう念じながら聖者の瞳で周囲を鑑定してみる。特に何も変わらない。第一階層や第二階層だと、この方法で本当の構造が分かったのに。
「ループじゃなくて、何か別の理由があるのかも」
「魔巌洞に入り直すたびに開始地点に戻っているのではないでしょうか?」
いかにもそんな感じ、その可能性は高そうだ。
そう思ってもう一度、新は聖者の瞳で調べてみたけれど、やはり変わったところは見当たらない。もう少しあちこち回って見ないと、情報が足りな過ぎて分からないのかもしれない。
この階層にも何か奇妙な罠が仕掛けられている。でもどんな罠か分からない以上、このまま進んでみる以外に道が無い。
魔巌洞の構造については一旦忘れて、音羽を先頭に再び真っ暗な坑道を進んでいく。
気合を入れて魔巌洞に入ってきたのに、まったく敵と出会うことがないまま時間が過ぎていく。
「敵が少なすぎ……って、あれ? 行き止まり?」
「違うよ、曲がり角だよ」
ヘッドランプの明かりは正面の壁を明々と照らしている。周囲が暗いこともあってパッと見だと行き止まりに見えなくもない。しかし良く見ると正面壁の右側に通路が続いているのが確認できる。
「ずっと真っすぐだったのに、直角に曲がってますね」
「おいおい、まだ2って書いた場所にたどり着いてないぞ」
魔巌洞の出入りで入り口に戻されているように感じたけれど、どうやらそんな単純な話でもなさそうだ。
そう、前回は魔巌洞に入った時に目印としてSと書き、そこからずっと真っすぐ進んで、出る時に2と書いておいたはず。今回は入った時にSの印があった。でも2の印が出てくる前に曲がり角がある。これ、入るたびに地形が変わってる可能性がありそうだ。
先頭の音羽が曲がり角の手前で足を止めた。
「何か潜んでる感じがするわ」
「うん、ボクもそう思うよ」
敵がそこに隠れているとして、こちらは坑道を明かりで照らしているのだから、もう見つかっていると思って間違いない。
音羽が体を右に向け、サイドステップするようにして曲がり角に飛び込む。
「……何もいないみたい」
どうやらただの取り越し苦労だったらしい。ふうっと大きく息を吐く音が聞こえた。
「違う! 音羽、左だよっ!」
何も無かったと緊張を解いた瞬間、都久詩の鋭い声が響いた。
バキバキッ!
それと同時に左側の壁板が吹き飛んだ。
ゴブリンだ! まさかそんなところに隠れていたとは!
完全に意表を突かれた形になった音羽の背後から、二匹のゴブリンが唸り声を上げながら襲い掛かる。
ゴブリンは二匹とも左に盾、右に短めの片手剣を持ち、立派な鎧で全身を包んでいる。完全武装状態だ。
そんなものに後ろから襲われたらたまったものじゃない。音羽は咄嗟に右側の通路の奥に飛びのいた。
「そのまま下がってて!」
都久詩が叫びながら、あたふたしている木綿花の脇の下を掻いくぐるようにして飛び出す。
速いっ!
呼吸する間もなくゴブリンに迫ったかと思ったら、その時にはすでに一匹目のゴブリンの首が切り裂かれていた。
この階層のゴブリンは鈍くない。右から返す刀を防ぐように盾を構えなおし、都久詩の方に向き直ろうとする。それでも都久詩の刀の方が早かった。
体を低くして、まるでその盾の下をくぐらせるように、右からゴブリンの膝あたりを斬りつける。
「ギッ!」
そして叫び声を上げようとした喉が切り裂かれる。
本当にあっという間もないままに、二匹のゴブリンは倒されてしまった。
「まだよ! 右から援軍が来るわ!」
気を抜く暇もなく、音羽から警戒の声が上がる。
「左も。いっぱい来るよ!」
そして都久詩からも。
ちょっと待って! それって……
いやな予感がして新が後ろを振り返ると、数匹のゴブリンがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「後ろもだ!」
やっぱりそうだ。どうやら完全に囲まれたらしい。




