52.サイズ感
この先の物陰に敵が隠れているのは間違いない。音羽を先頭に、四人はさらにゆっくり、警戒を最大限にしながら坑道を進む。
天井からパラパラと砂が落ちてくる。
「いない、わね」
「逃げたのかな?」
かなり進んだものの、敵の姿がどこにもない。逃げ出したのか、それとも仲間を呼びに行ったのか。
「左! 左上ですっ!」
木綿花の声で見上げるのと同時に黒い影が上から降ってきた。音羽がそれをかろうじて右に避ける。
ゴブリンだ。どうやら壁をよじ登っていたらしい。まるで忍者だ。
両手に持った短刀で、ゴブリンが左右から音羽を攻めたててきた。普段なら後ろに下がって躱すところだけど、今の音羽には後ろに余裕がない。ここは篭手で刃を受けることにしたようだ。
キンッ、キンッ! と金属同士がぶつかる音が狭い坑道の中にこだまする。
「こいつ、強いっ!」
ゴブリンが軽いフットワークで音羽の反撃をいなす。当たっているように見えても直撃は避けているのだ。でも音羽もそれは同じ。ゴブリンの攻撃を貰っていない。
数度の攻防を交えるうちに、音羽が左側を大きく空けるように位置取りを変えていく。右側はもう壁ぎりぎりだ。
その空いた左側、音羽の左後ろでは、都久詩が刀を青眼に構えて間合いを測っている。突いて出るつもりなんだろうけど、あまり隙が無いのか、なかなか飛び込んで行けない。
もちろんヘッドランプに慣れていないとか、狭くて戦いにくいとか、いろいろ悪条件は重なっている。だけどこのゴブリン、第一階層の槍のボスよりも動きがいいように感じる。そう簡単には仕留めさせてくれないようだ。
「グゲゲゲッ」
ゴブリンが醜い声で笑った。
「このっ、ゴブリンのくせにっ!」
馬鹿にされたと感じたんだろう、音羽が強引に前に出た。そして繰り出される連打。しかしゴブリンはかすめるように飛んでくるパンチやキックを軽やかに躱していく。
ただのゴブリンに見えるのに一体なんてやつだ。
しかしゴブリンの華麗と言ってもいい回避も完璧ではなかった。音羽の右の正拳を避けた時、ゴブリンの足がふらついたのだ。いくら直撃していないからと言っても、やはり体重差があるのだ。
「今っ!」
音羽の左からの必殺のハイキックが炸裂した。いや、違う、ゴブリンは軽く回り込むように蹴りを避け、体勢を崩しかけた音羽に向かって飛び込んでくる。
まさか、誘ったのか?
危ないっ! そう新が叫ぼうと思った時には、すでに都久詩が斬り込んでいた。
その突きを短刀で受け流しながら、ゴブリンが大きく後ろに跳ぶ。大きく間合いを外されて、ここは後ろに下がるしかない。
「ごめん、ちょっと浅かったよ」
今ので仕留められなかった都久詩はかなり悔しそうだ。
それにしても音羽と木綿花の二人を相手にして互角に戦うとは。このゴブリン、もしかして階層のボスってことはないだろうな?
「グゲッ!グゴッ!」
坑道の奥からさらに二匹のゴブリンがこちらに向かってくるのが見えた。そいつらは短めの片手剣、そしてピカピカに磨かれた丸い盾を持っている。ランプの光が剣と盾に反射して、目に直接飛び込んでくる。
偶然? いや違う、アイツらわざと目に入るように調整してるんだ。なんて嫌らしいことをするヤツらなんだろうか。
最初に攻撃してきた忍者のようなゴブリンは、大きく跳び上がったかと思うと、後からやって来た盾のゴブリンの頭を越えて後衛に下がった。
ゴブリンは小柄だ。人の胸元ぐらいまでの背丈しかない。新は武器を振りかぶって上から攻撃することはできないけれど、ゴブリンの短めの片手剣は余裕で振り回すことができるのだ。
それだけじゃない。横幅だって背丈だって同じくらいの割合で縮んでいるので、ある程度ゆとりを持って、二匹並んで同時に攻撃してくる。
「ううっ……、ちょっと、このっ!」
忍者ゴブリンと交代した二匹の盾ゴブリンは、うまく連携しながら音羽を翻弄し始めた。
右からの攻撃は盾で止められ、左からの攻撃は剣で受け流される。吹き飛ばそうとして攻撃の威力を上げると、すかさずもう一匹がその隙をついて仕掛けてくる。
後ろから都久詩が何度か突いて出ているけれど、これも上手くいなされて致命傷を与えられないまま。音羽の距離が近すぎて、自由に刀が振れないのだ。
「むうっ、」
「都久詩、下がってください。私が代わります!」
木綿花が声をかけつつ都久詩の前に出る。もちろんその右手にはゴブリン魔女からドロップした炎の杖が握られていた。
「行きます、火の玉連射っ!」
ボシュッ! ボシュッ! ボシュッ! ボシュッ!
彼女の杖から無数の火の玉が飛び出し、左側の盾ゴブリンに襲い掛かった。
「ウガッ? グガガガッ!」
ゴブリン魔女の時のような散弾ではなく、一直線に並んだ火の玉が盾ゴブリンに炸裂する。ゴブリンからすれば後ろに下がったところで意味はない。横に避けようとしてもそこにはもう一匹ゴブリンがいる。もう盾で防ぐのが精一杯だ。
盾にぶつかった火の玉はそれで消えるわけじゃなく、盾にへばりついて少しの間燃え続ける。新たちも経験済みだけれど、この魔法の火はそう簡単には消えないのだ。
「グアァァッ!」
我慢できなくなったのか、左側の盾ゴブリンはついに盾を放り捨てて逃げ出した。金属の盾が炎にあぶられたら、そりゃね、熱くなりすぎて持ち続けていられるわけがない。
「えいっ!」
混乱した右側のゴブリンの隙を突いて、音羽のローキックが鮮やかに決まった。膝を折るゴブリンの頭の兜を目掛けて、さらに右からのミドルキックが襲い掛かった。
悶絶してうずくまるゴブリン。最後は都久詩が突きをお見舞いして、やっとのことでゴブリンの体が砂のように崩れて消えた。
これでやっと一匹。最初の忍者ゴブリンにも、炎で炙った盾ゴブリンにも逃げられてしまった。
この第三階層、どうやら今までのようには行きそうにない。




