47.春の風
第二階層のボス、ゴブリン魔女を無事に討伐した新たち四人は、食堂で遅めの昼食を取っていた。
ちなみに何の効果も無いと思われた炎帝の護符は、購買でそれなりの値段で引き取ってもらえた。
「あのボスの強さ、ほとんど装備の強さだったとは思わなかったわね」
「装備なしだと火の玉だけじゃなくて、瞬間移動も無理みたいでしたから」
こうして後から思えば、あのゴブリンは装備に振り回されていたんだろう。そうじゃなく、もしもあのゴブリンが装備を使いこなしていたとしたら、何人か死んでいてもおかしくなかったと思う。
特に都久詩が魔法耐性なしで突っ込んでいったアレ、よく無事で済んだと思う。
その都久詩だけど、やはり疲れたのか、いつもと比べてかなりおとなしい。頭を撫でろと押しかけてくるかと思っていたのに、特にそんな感じもない。
少し顔を赤らめるようにして、時々ふうッと甘い息を漏らしている。少女漫画に出てくる美少女系主人公の真似か何かなんだろうか。
それともゴブリン魔女の魅了、あの魔法の後遺症? そんな、まさか。
そこまで想像して、やっと気づいた。
「都久詩、熱があるんじゃない?」
「ふえ?」
ふむふむ。どうも反応が鈍い。
昼食のお盆をさっさと返却して、無理やり保健室に連れていく。
体温を測ってみるとやっぱりだ。
「完全に風邪ですね」
「様子がおかしい感じはしてたけど、ボス撃破でテンションが上がってるだけかと思ってたわ」
まだ春先だというのに、頭から冷たい水を何度もかぶって薄暗い魔巌洞に潜っていたのだ。それに完治したとはいえ、都久詩は大ヤケドまで負ったわけで、体力の限界が来ていたっておかしくない。
「私が寮まで送って、そのまましばらく付き添うわ」
「残念ですけど、午後の魔巌洞探索は中止ですね」
「うう~、魔巌洞行きたいよぅ……」
「駄目ですよ、熱が下がるまでは禁止です」
少し心配ではあったけれど、都久詩のことは音羽に任せることにした。保健室で薬も貰ってあるし、多分大丈夫だろう。
……大丈夫だよね?
午後はガッツリ魔巌洞に籠る予定だったのに、やることが無くなってしまった。
「木綿花はどうする?」
「私は図書館でもう少し詳しく『巫子』のことを調べようと思っています。専用の武技や魔法が見つかるかもしれませんから」
武技か……。あの決闘の時に二年生の戦士から少しだけ見せられた。新には詳しいことは良く分からないし、なんだか威力のある攻撃、今はまだ、ただそれだけの印象だ。
木綿花の巫子だけじゃなく、音羽の拳闘士、都久詩の剣豪、この辺りの職業なら、もしかしたら凄い武技があるかも。いい機会だから時間があれば一緒に調べてもらえるように頼んでおこう。
「他に用がないなら、新も一緒に来ませんか?」
「僕はやめておくよ。この前、受付のお姉さんに叱られちゃったし」
せっかくの図書館デートのお誘いだったけど、もしも木綿花まで目をつけられることになったりしたら、ちょっと困ったことになるからねえ。
これも全部あの、真っ赤な制服の女子中学生のせいだ。
図書館の前で木綿花と別れて、新は広い真神原塾社の学校構内を目的もなく、ただブラブラ歩き始める。
この学校は広い。意味もなく広い。それにしても、なんで学校の中に森があったり小川が流れていたりするのか。やっぱりどこか普通じゃない。
キノコがちょこちょこ生えてる切り株に腰掛けて、ぼんやりと空を眺める。春の青空に白い綿雲が流れていく。こうしていると魔巌洞での危険な毎日、そして命のやり取りなんて、まるで嘘のようだ。
平和だねえ。
何も考えずにぼーっとしていると、いつの間にか目の前に一人の男子生徒が立っていた。
いつ現れたんだろう、全然気づかなかった。
「一年辰組の若草新くん、で間違いござらんか?」
おそらく先輩だと思うけど、態度は柔らかい感じだ。
「はい、そうですけど、何か……」
「それがしは隠密研究部の三年生、三郎坊という者でござる。単純に言うと、勧誘のために新くんに会いにきたんだけれど、クラブ活動に興味はござらんかな?」
「あの、間に合ってます……」
なんだ? このゴザルの人は。
かなり胡散臭い。こういうのは断っておくに限る。
「宗教とか押し売りとか、そういうのとは違うのでござるが」
三郎坊と名乗った先輩は何やら苦笑している。
「新入生だとあまりピンとこないかもしれないけれど、この学校はクラブ活動も活発なのでござるよ」
「クラブって言うと、野球部とかサッカー部とか? あんまり見かけた事ないですよ?」
放課後はずっと魔巌洞に入り浸っているので、他の人が何をしているのかを知る機会がないだけかもしれないけれど、新はユニフォーム姿の生徒を見かけた記憶が全くない。
「ああ、そういうスポーツ系のクラブではなくて、魔巌洞探索のためのクラブでござるゆえ」
今はまだ、クラブなどには興味はない。
でも暇つぶしになるだろうし、ちょっとは詳しく話を聞いてみてもいいのかもしれない。




