29.やっと言えた
新は学生食堂のすぐ近く、中庭のベンチの真ん中にでーんと座って、ぼーっと日向ぼっこしていた。
ここ数日の急激なレベルアップのせいなのか、体の中から精力が溢れ出している。走り出したい、暴れたい、そう思うけれど、怪我をしたせいで安静にしろと念を押されているからそれもできない。
そんな衝動を無理やり押さえつけて日向ぼっこをしていると、別の衝動がむくむくと頭をもたげてくる。
暴力的な衝動に悶々と思い悩む。
ぶっちゃけると、それってただの一般的な男子高校生の日常の姿だ。何も悩むことなんてない、でも悩んでしまう。そんなものだ。
「あっ! 旦那様みっけ!」
声をかけられて新が気づくより先に、大きなお尻が飛んできてお腹を直撃した。
「うおっ!」
思わず変な声が漏れる。
「えへへ~、ずっとここに座りたかったんだよ!」
気が付くと新の膝の上に都久詩がすっぽりとはまるように座っている。ただし都久詩は背が高い方なので、絵的にはなんだかちょっと違和感がある感じ。
「はしたないわよ?」
「他の人の眼もあるんですから、程ほどにしませんと」
音羽と木綿花が新の左右に侍るように腰かける。
距離が近い。というか密着している。
「ちょ、ちょっと待って! さすがにこれは……」
この態勢は男子高校生の衝動的にかなりヤバい。
新が目を白黒させていると、音羽が腕にギュッと抱きつくようにしながら、耳元でささやいた。
「ほら、あっちに蜘蛛野郎がいるでしょ? 見せつけてやろうと思って」
蜘蛛野郎? ああ、確か同じクラスの志郎だったか。うん、確かに新のことを鬼のような形相で睨みつけてきている。
特に恨まれるようなことをした覚えはないんだけど。
「きっと嫉妬だと思いますよ」
音羽の反対側から木綿花がしなだれかかってくる。
「嫉妬って……彼だって美少女を周囲に侍らせてるのに?」
そう、志郎の周りにも三人の女子がいる。彼女たちも同級生、志郎と同じグループの女生徒たちだ。音羽や木綿花ほどではないけど、三人とも立派な胸元をお持ちだし、かなり可愛いと思うんだけど。
「ほら、新だってそうでしょ? 隣の芝は青く見えるのよ」
「そんなものなのかなぁ」
彼の場合、レベルアップ酔いがあったせいで、いきなり探索でつまづいちゃったのも原因かも。まだ入学したばかりだし、そんなに気にすることじゃないと思うんだけどね。先はまだまだ長いのだ。
「そろそろお昼だし、食事にしない?」
人が少しづつ増えてきている。美少女三人にかしづかれているこの状況はあまりにも目立つので、変なトラブルに巻き込まれないとも限らない。
かなり残念だと思いながらも、新は三人を促して立ち上がり、学生食堂へと向かった。
「旦那様、元気復活だね!」
「ええ、これなら大丈夫そうです。昨日は胸を押しつけても、何の反応もありませんでしたから」
どうやら先ほどの過剰なまでのスキンシップは、新の健康状態を確認するためでもあったらしい。
「だから今朝からもう、元気だって言ったのに」
「そんなこと言って、無理して大怪我されも困るからね」
あれは激しい戦いだった。多分だけど午前中を休みにしたのは新の健康のためだけじゃない。彼女たちの心にも休憩が必要だったんじゃないか。
なんとなくそんな感じがする。
食事の後は装備を整えて魔巌洞へと突入だ。
昨日の戦いで、ある程度の収入があったので、安物の防具なら買えるぐらいのお金は溜まったらしい。でも安物の防御力は制服に毛が生えた程度みたいで、買い揃えるのはやめておくことになった。
その代わりに万能包帯は多めに仕入れてある。戦いの最中でも使えるようにと、専用のポシェットも用意してもらった。
魔巌洞の中に入ると、いきなり数匹のゴブリンと戦いになったけれど、それを危なげなく叩き潰す。
「ボクたち、やっぱり強くなってるよ!」
「レベルが上がったんでしょうか」
「ああ、それなんだけど、実はちょっとヤバい事になってるかもしれない」
外では他人の耳もあるので話せなかったことがある。今はこうしてダンジョンの中にいるので、誰かに聞かれることもない。
「何がどうなってるの? 私たちのレベルの話よね?」
「うん、それがね。僕も含めて四人全員、二次職に転職したみたいだ」
新の目の前で美少女が三人、きょとんとした顔で首をかしげている。
「全員、転職してる」
上手く聞き取れなかったのかと思い、もう一度、同じ話を繰り返す。
「ちゃんと聞こえてるわよ? 意味は分からないけど」
「新が言っているのは、私たち四人全員が初心者レベル二十に到達して、その上で転職を済ませている、そういう意味で間違いありませんか?」
「うん、それで間違いないよ」
「やっぱり意味が分かんないんだけど」
「大丈夫、僕も意味が分からない」
「転職ってたしか、中央奥ノ宮でって話だったわよね? あれも嘘だったわけ?」
嘘だったかどうかもはっきりしない。ただ新の眼には、目の前の三人の職業がしっかりと見えていることだけは間違いない。
「聖者の瞳で見えているものの方が間違ってる、そういうこともあると思うよ」
第一階層で見えていた地図、結局あれは間違っていたわけだし。
「ボク、なんだかかなり強くなった気がする。だから転職してるって言われたら信じちゃうよ」
「私もそうね……、というか、私たちってどんな職業になったの?」
別に内緒にするような話じゃない。
「音羽は拳闘士レベル三、木綿花は巫子レベル三、都久詩は剣豪レベル三になってる。僕は中級見習いレベル二だね」
職業とレベルだけじゃなく、図書館の本で読んだ情報も一緒に三人に伝える。
「拳闘士かぁ……、悪くはないけど、魔法少女になるのが夢だったのに、ちょっと残念かな」
「剣豪! 全部斬って斬って斬りまくるよっ!」
「巫子、ですか。有名な感じはありますけど、何ができるのか良く分からない職業ですね。自分でも調べてみないと」
なんだかみんな、あっさりと自分の職業を受け入れている。なぜ転職してしまったのかとか、もっといろいろ突っ込まれると思っていたので、ちょっと驚きだ。
突っ込まれたところで答えようがないんだけどね。




