28.お説教
静粛であるべき図書館の一角で、真紅のブレザーに真っ白なプリーツスカート、おそらく真神原塾社の付属中学三年生の女の子が、顔を真っ赤にしながら新を睨みつけていた。
かなりの長い髪で、前髪はパッツン切り揃えている。お姫様カットとでも言うんだろうか。
「今すぐ土下座して謝罪するなら良し、でなければこの場でその首叩き斬るっ!」
鯉口を切る、確かそんな言い方があったような気がする。彼女は腰に差した刀のツバを親指で少し押し上げて、刀をいつでも抜ける状態にしている。
なかなか様になっているけれど、都久詩とどっちが恰好いいかな、やっぱり都久詩かな。なんて馬鹿なことを考えながら、新はその姿を眺めていた。
図書館で武器は抜いちゃ駄目だし、もしも子供がそんなことをしてたら叱ってやらないといけない。
今、彼女の刀はちょっとだけ抜いた状態だと言えるし、抜いてない状態だとも言える。ここは叱った方がいいのか、それともまだ叱らなくていいのか。状況がちょっと微妙でどっちを選ぶべきか判断しにくい。
「だからね、図書館だから静かにしないといけないよ? それにここでは武器は禁止だからね。もしやめないなら、ちょっと本気で叱らないといけなくなるよ?」
本気で叱るって……どうすればいいんだろう。やっぱりお尻ペンペンとかだろうか。
少し離れた入り口のあたりから、受付のお姉さんがこちらを見張っている様子。飲食厳禁の図書館なのに、なぜかマグカップを手にしておられるみたいだけど、受付なら飲み物を飲んでも大丈夫なんだろうか。
「き、貴様ぁッ!」
ついに彼女が刀を抜いた。
でもそれはまだ半分だけ。その前に新は立ち上がって、左手で彼女の刀の柄を押さえ、右手で彼女の額を掴んで思いっきりアイアン・クローをかました。
「う、うわっ、い、痛いっ! やめろ! やめろぉ!」
それとほぼ同時に、受付のあたりから「ヒィッ!」という小さな悲鳴と、マグカップがパリンと割れる音が聞こえて来た。だから言わんこっちゃない。図書館でマグカップは良くないって。
新の腕を掴んでジタバタ暴れる女子中学生。これでも謝ろうとしないなんて、なんと頑固な子なんだろう。やっぱりお尻ペンペンするしかないんだろうか。
どうしようかと迷っていると、受付のお姉さんがお怒りの表情でこちらに向かって来てくれる。ここは受付のお姉さんに任せてしまおう。やっぱり図書館で騒いで刀を抜くのはご法度だよね。
「図書館で騒ぐのは禁止です。退出してください!」
「えええっ、僕ですか?」
「すぐに退出してくださいっ!」
お姉さんの白いブラウスには大きな茶色のシミが広がっていて、コーヒーの香りが辺りに漂った。もしかしてそれでお怒りなの? マグカップを割ったのは新じゃない。そもそも図書館で飲食してた人が悪いと思うんだけど。
それに騒ぎ始めたのはこの女子中学生だし、新はそれを注意して止めようとしただけだ。
弁明したけれど受け入れられず、図書館から摘まみ出されてしまった。まだ巫子の説明を全部読んでなかったのに。なんとも運が悪い。
それにこの後、どうやって時間を潰せばいいんだろう。
「この屈辱、絶対に晴らさせてもらうぞ! この家名と、特侵科の誇りにかけて必ずっ!」
去り際に女子中学生が何か言っていたみたいだけど、新はもう聞いてなかった。
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新たち普通科の学舎よりもかなり奥、そんな学内のとある一室で、男子と女子、二人の生徒が話し合っていた。
上は真紅のブレザーに、下は純白のスラックス、およびプリーツスカート姿。新たちの制服と同じような形だけれど、色が違っている。
「なにやら普通科の下民に足蹴にされたそうだな」
「……はい」
「我ら特侵科がどういうものなのか、貴女は分かっているものと思っていたのだが」
「……誠に申し訳なく」
彼らもまた、真神原塾社、この学校の特侵科の生徒たちだ。
真神原塾社には新たち普通科の他に、特別侵攻科、略して特侵科と呼ばれる学科がある。そこに通うのは貴族や華族、大財閥の子弟や子女、この国の中枢を牛耳る真のエリートたちだ。
特侵科の生徒たちのほとんどは附属中学校からの内部編入で、中学生の時から魔巌洞の探索を行っている。そのため同じ学年であっても、高校からの普通科と比べればレベルは遥かに高い。
身分の上でも、そして強さでも、特侵科は普通科を完全に凌駕する存在だった。
男子生徒に叱責されて、女子生徒はうつむいて両手を握りしめていた。
特侵科の生徒しか入れない中央図書館、そこで目的の書籍が貸し出し中だったのが良くなかった。
仕方なく普通科の図書館までわざわざ足を運んでやったというのに、そこにいたモブ顔の男子生徒はその書籍を捧げようともせず、あまつさえ不埒な行為を行ってきたのだ。
あの時のことを思い出すだけで、あまりの怒りに震えが止まらない。
「相手は何年生だ? 三年生か? 五年生か? まさか一年生だとは言うまいな?」
「いえ、おそらく、我らと同じ一年生かと」
「そうか。あとはもう我からは特に言うことはない。貴女であれば誇りの示し方などすでに分かっているだろうからな」
「はい、もちろん。この度は、誠にご面倒をおかけいたしました」
「良い。両家は長い付き合いだ。難しいなら我に頼るがいい」
「その温情に感謝いたします」
この男には頼れない。この男の力を借りるなど死んでも御免だ。
誰が、誰がお前の物になどなるものか!




