25.覚醒
「ふう、何とか、終わった、かな」
膝に手を当てて、何度も激しく息をつきながら、新は周囲の状況を見回していた。
まだ立っているのはグループの仲間たち四人だけ。それと、転がってうめき声を上げているゴブリンが十匹ほど。砂になってビー玉だけを残して消えていったゴブリンの数はわからない。自分が何匹倒したかなんて数えてもいなかった。
「みんな、怪我は?」
振り返ってグループの美少女たち三人の方を見る。
都久詩、それに木綿花は何カ所かブレザーやプリーツスカートが切られたようだけれど、怪我はしていない模様。
でも音羽はかなり酷かった。制服の胸元がざっくりと切られ、中からレモンイエローのブラや肌が完全に露出している。
「大丈夫か、音羽!」
「ええ、何ともないわ。危なかったけど切られたのは服だけよ。ビキニアーマーが良い仕事してくれたわ。私のことより新の方がよっぽど酷いわよ?」
そう言われて新は自分の姿を見てみる。何度も切り付けられた両腕は血みどろになっていて、制服の袖は完全に千切れて無くなっている。スラックスも所々斬られて、半ズボンになりそうな勢いだ。
そして何よりも赤黒い血がそこら中にべっとりとついている。
「治療しちゃいますね」
「ああ、ありがとう、木綿花」
万能包帯が自動的に体に巻き付いていくのを感じて、やっと新はホッとした表情を見せた。
「まだ少し時間は残ってるけど、ここで休憩するわよ」
誰にも反対意見は無い。この状態で連戦は危ないし、戦いの途中で時間切れになってしまう可能性もある。もしもそうなってしまうと出る時は問題ないけれど、次に入った時に隊列も位置取りも何もない状態になるので、かなり危険だ。
ビー玉を拾い集めた後、入って来た扉の片隅に集まって、思い思いに地面にへたり込んだ。
「かなりの激戦でしたね」
「何匹斬ったのか、途中でわかんなくなっちゃった」
ためしに鑑定して見ると、全員のレベルが二つか三つ上がって、四人全員が十九になっていた。
「一気にそんなに上がるなんて、やっぱり厳しい戦いだったのね」
「ビキニアーマーがこの階層でも有効だと分かったのは、かなりの成果ですよ。これで少し安心して戦えます」
「でも旦那様は厳しいよね」
「防具……買うと高いのよねぇ、確か」
「グループ資金だと、まだちょっと手が出せませんね。申し訳ないのですが、もう少し耐えていただくしか……」
あとはアイテムドロップを狙うって手もあるにはある。そんなに都合よくドロップするとは思えないけど。
それに、もう一つレベルが上がってレベル二十になれば、転職するという手もある。そうすれば今より一段上の力が手に入るに違いない。
長時間だと危険度が高いということで、次は三十分設定で探索してみることになった。
「敵がいないわね」
「もう少し進んでみようか」
……。
「やっぱり敵がないわね」
「もう少しだけ進んでみよう」
……。
「全然敵がいないわね」
「残り時間が減って来ていますし、ここで休憩して退出しましょう」
それからも二度、三度と、同じく三十分設定で探索を続けたけれど、敵がまったく出てこない。
「これってもしかして、どこかに敵が溜まってない?」
「そんなぁ、ボク怖いよ……」
なんだか不安が不安を呼んでいる雰囲気。ちょっとよろしくない感じ。
「もしかして、三十分だと敵が出ないで溜まる、なんてことは……」
可能性はある。この魔巌洞ってヤツにはどんなむちゃくちゃな可能性だってある。
でも、なんだかこれは魔巌洞の罠のような気がしないでもない。とはいえこのまま何も無いまま不安だけが増えていったとしたら、どこかでとんでもない事故になる。そんな気がする。
いいじゃないか、乗ってやる!
新は覚悟を決めて、設定時間を一時間に伸ばす。
門をくぐって魔巌洞に入った瞬間に理解した。圧倒的な数の殺意に囲まれていることを。ここが死地であることを。
「せ、戦闘態勢っ! 殲滅しろっ!」
思わず叫び声が出た。
周囲には数えきれないほどのゴブリンの大群。
真後ろから悲鳴のような声が聞こえてくる。
でも今は彼女たちを顧みる余裕はない。
新は巨大棍棒を思いっきり振り回し始めた。
~~~~~
最初、音羽には何が起こったのか分からなかった。
新の叫び声が聞こえ、我に返ると、周囲にはゴブリンの大群が。完全に囲まれている。でも怯えるよりも先に、なぜかとんでもなく腹が立ってきた。
なんでこんな理不尽な目に会わなければいけないのか。
これはいったい誰の差し金なのか。
こうなったら作戦とか戦術とか関係ない。目についたゴブリンに片っ端から棍棒を、そしてキックを叩きこむ。何だか体の中に大きな力が湧いてくる。あふれんばかりの大きな力。
もしかしたらレベルアップしたのか?
いや、そんなこと、今はどうでもいい。
ただひたすら、目の前の敵を倒す。敵の顔面に膝を叩きこむ。
敵を粉砕する、ただそれだけだ。
~~~~~
目の前のゴブリンの大群に、木綿花の心は完全に飲み込まれていた。足がすくみ、震える。
新の指示を聞いた、いやそんな気がするけれど、それでも木綿花の体は全く動こうとはしない。
自分はここで死んでしまう、そう無理やり心に教え込まれた。
「あああ……」
涙がどんどん溢れて、その後ろから後悔の波が押し寄せてくる。
なんでこんな場所にいるんだろう。なんでこんな学校に来てしまったんだろう。
心が……壊れる……。
その時、なぜか心の奥底から何かが沸き上がってきた。それは力じゃない、勇気でもない、それは純粋な願い。
自分を守ってほしい。友達を、仲間を守ってほしい。
柔らかな光が木綿花の体を包み込む。
~~~~~
ゴブリンの大群が現れた時、都久詩は咄嗟に動けなかった。
それは恐怖のせいだったのか、それとも別の何かが原因だったのか。彼女自身にもそれは分からない。
ただ動けない時間の中で、新の叫び声が聞こえてきた。
「殲滅しろ!」
都久詩の体に、そして心にスイッチが入る。それと同時に周囲のゴブリンの首が飛ぶ。一つじゃない、いくつなのか数えきれない。
体の奥から、どんどん力が湧いて出てくる。
楽しいっ!
周囲のすべてが切り裂かれ、斬り飛ばされる。
それは最早、一陣の風。誰にも止められない。止められはしない。




