02.真神原塾社という名の学園
新自身にも不思議なことだったけれど、あんまり恐怖心は浮かんでこなかった。
格闘技を習っていたわけでもないし、スポーツは得意な方じゃない。殴り合いの喧嘩なんてしたこともない。そんな新がゴブリンより勝っているのは、体格差、ただそれだけ。
それだけのはずだったのに、なんだかどんどん力が湧いてくるような気がする。
なんだろうこれ、アドレナリンのせい?
ゴブリンの頭って腰よりちょっと高い場所にあってとっても殴りやすい。そんな馬鹿なことを考えながら、パンパンと順番に吹き飛ばしていく。
最後の一匹を吹き飛ばし、二人の女生徒がどうやら無事なのを確認する。その後、倒れているはずの生徒の様子を見ようとしたけれど、その姿はどこにもなかった。
「あれ? どっか行っちゃった?」
もしかしたら、実は怪我なんてしてなくて元気だった、とかかも。でもどっかに行く前に挨拶ぐらいはしていくべきだと思うんだ。
良く見ると倒したはずの小鬼の姿も見えない。地面に小さなビー玉のような光る粒が落ちているだけだ。良く分からないけど、なんとなく拾っておくことにする。
「それじゃ、僕はこれで失礼するね」
女生徒が二人、何故か水たまりの上で座り込んで抱き合って震えていたので、軽く声をかけておく。魔巌洞の洞窟の奥に向かって再び歩き始めようとしたら、逆に女生徒の方から声をかけられた。
「ちょっと待ってよ、なんでどっかに行こうとするのよ!」
「えっと、ほら、そこに洞窟があるから?」
「意味わかんないわよ!」
大丈夫、新にも意味はわからない。
「あなたも新入生よね? 助けてくれてありがとう、私は鳴神音羽、よろしく!」
「私は坂江木綿花です。とっても助かりました」
洞窟の暗がりの中だからかもしれないけど、二人ともアイドルなんか相手にならないくらいの美少女に見える。
音羽の方はショートボブでキリッとした感じ、木綿花の方はロングヘアで柔らかい感じだ。
二人とも胸の周りがこんもりと盛り上がって自己主張しておられるけれど、特に木綿花はそれが激しい。はじけ飛んじゃいそうっていうのはこういう事なんだと再確認させられてしまう。
「僕は若草新、同じく新入生だよ。それじゃこれで!」
「だからどうしてどっかに行こうとするのよ!」
何故だろう、それは自分でも良く分からない。
「怪物が出て危ないみたいだから一緒にいたいんですけど、ダメでしょうか?」
「ん~、いいよ。特に問題は無いかな」
そんなことよりも、倒れてた人たちがどこに行ったのかを知りたい。あと、血なんかどこにも残ってないのに、強い鉄サビの匂いが辺りに漂っているのはどうしてなのか。
「えっと新だっけ、あなた大丈夫なの? かなり怪我をしてるように見えるけど」
言われて初めて自分の姿を見回すと、制服のあちこちが切り裂かれていて、流れ出した血でどす黒く汚れている。
「うわ、酷いなこれ。道理で痛いと思ったよ」
「もしかして気づいてなかったの?」
「き、気づいてたよ? うん」
手当てしようにも包帯も薬も何もないし、外に出てから保健室にでも行こう。
「そんなことより、何で二人とも水たまりの上で座ってるの? 冷たくない?」
「うるさいわね、腰が抜けて立てないのよ。あと、こういうのは見ても見ない振りしなさい!」
「良く分かんないけど、わかった!」
せっかくの機会なので、音羽と木綿花に魔巌洞やこの学校のことを聞いてみることにする。
「私たちの学校、真神原塾社はこの魔巌洞を攻略するのが目的の学校よ。高専の五年間と専科の二年間、合わせて七年間は魔巌洞で戦うだけの毎日になるわ。もしかして何も知らなかったの?」
「うん、申し訳ない」
新がこの学校を選んだ理由は、学費が安い、ただそれだけだ。学費が安い上に奨学金制度が充実している。さらに、まじめに授業を受ければ半額、成績優秀なら全額が返済免除になるおまけつき。
正直ここにしか来れなかったわけで、事前調査なんて特に何もしていなかった。
「謝らなくてもいいですよ。私たちだってまだ詳しくは知りませんし。ただ今日の場所は魔巌洞の第零階層だから、モンスターは出ないはずだったんです」
「しっかり湧いて出てきてたよね。まだ入学初日なのに、いきなり三人も亡くなるなんて思わなかったわ。それも砂みたいになって崩れて消えちゃうなんて」
音羽が自分の肩を抱きしめてブルっと震える。暗くてわかりにくいけれど、少し顔色が悪いかもしれない。
そうか、彼らもゴブリンと同じように砂になって消えたのか。死んだら遺体も何も残らずに消えていく。ここはそういう場所なのか。
まあぶっちゃけどうでもいい。人なんて、死んだらどうせ何も残らないんだから。そんなことは新の短い人生でも明らかだ。
暗く沈む彼女たちの周りに、ホタルのような光が飛び交い始めた。
「そろそろ時間みたいね。続きは外に出てからにしましょうか」
「時間って?」
「魔巌洞の制限時間よ、ほら、もうすぐ転送が始まるわ」
音羽と木綿花だけでなく、新の周りにもホタルのような光が飛び回り始める。
ホタルはだんだん増えていき、最後にはその光にきらめきだけを残して三人の姿は洞窟から消えた。
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気づいたら、新たち三人は魔巌洞に入った時と同じような形をした門の前にたたずんでいた。
「ああ、やっぱりちゃんと元通りになるのね」
新も再度、自分を見回してみる。切り裂かれていたはずの制服は綺麗になっているし、血でどす黒く汚れていた跡も綺麗に消えている。
濡れて色が変わっていた音羽と木綿花のプリーツスカートも、元通りの明るいグレーだ。
これってどういう作りになっているんだろう。それに体だけでなく制服まで元通りになるなんて、まったくもって理解不能だ。
「ここで立ち止まっていると邪魔になりそうです。ちょっと移動しませんか?」
魔巌洞門の方に振り返ると、淡く光るたびに制服姿のグループが、どんどん出てくるところだった。
おそらく新たちと同じ一年生だろう、ただちょっと違うのはみんな屈託も何もなく、明るく笑っている点だ。
やっぱり他のグループは安全に過ごせたという事なんだろうか。
「意味が分からないなぁ」
そのうち分かるようになるのだろうか。
はっきりしているのは、今の新は何も知らない。ただそれだけだ。




