01.魔巌洞という名のダンジョン
新作です。よろしくお願いいたします。
底冷えのするような薄暗い洞窟の中で、若草新はモブ顔を大きく歪めて深いため息をついた。
「なんで僕はこんな所にいるんだろう……」
真新しい紺のブレザーにライトグレーのスラックス、どこから見ても高校の新入生にしか見えない姿。
でも履いているのは登山靴のようなゴツい革靴、そして黒い革手袋。制服の上にはちょっとぶかぶかの簡易防具を身に着けて、手には粗末な棍棒まで握っている。
真神原塾社。そんな名前の全寮制の高等専門学校に入って、さっき入学式が終わったばかり。
これから新しい学校生活が始まるんだ。そう心を躍らせる暇もなく、オリエンテーションとは名ばかりの簡単な説明を受けて、たった一人でここに放り込まれたのだ。
本当はグループごとに行動することになっていたんだけど、ぼさっとしてる間に一人だけ余ってしまった。それは自分が悪かったとは思うけど、だからって一人で行ってこいなんてあんまりだと思うんだ。
「先生は魔巌洞とか言ってたよね。そんなに危険じゃないとか、気にせず突入してとか、何の冗談なんだよ」
かなりの美人で、若くてグラマーな先生だった。でも好感なんてほとんど残ってない。
暗くて細い洞窟の中をトボトボと進んでいく。
地面からは岩の塊が突き出していてかなり歩きにくい。ゴツゴツした岩の壁に触れてみると、少しヌルヌルと濡れている。所々に苔が生えていて、それがほんのりと光っているみたいだ。
歩いていると少し広い通路と合流した。光る苔が増えたのか、それとも目が慣れてきたのか。さっきまでいた場所よりもかなり明るい。
少し離れた先に、新とよく似た紺ブレザーのグループの姿が見える。たぶんさっきの教室で見かけた人たちの気がするけれど、暗いし良く分からない。
声をかけようかと迷ったけれど、ちょっと思い直して彼らとは反対側の方に進むことにした。どうせ自分とは関係ない世界の人たちだろう。無理して一緒にいるより独りのほうが気楽だ。
そう思っていたんだけど、ちょっと進んだら行き止まりになってしまった。
何のことは無い。元々、彼らと合流する道しかなかったわけだ。
仕方なく曲がりくねった洞窟を引き返していく。
彼らの楽しそうな声が奥の方から響いてくる。見通しが悪くて良く分からないけど、どうやらかなり近くにいるような気がする。
「はぁ、もう面倒だなぁ」
新は元から面倒くさがり屋ではあったけれど、ボッチ気質だったわけじゃない。ある時から周りに人が寄って来なくなったんだけど、それをそのまま放っておいたらボッチが習慣化してしまっただけのこと。
ただ面倒くさいからそのままにしている。
彼らは一ヶ所で留まっているのか、声はどんどん大きくなってくる。わざわざ立ち止まるのも面倒だ。挨拶するだけしてそのまま通り過ぎよう。
S字になった曲がり角を抜けると、彼らの姿が目に入ってきた。男女合わせた五人組みたいだ。適当に突き出た岩を椅子代わりにして、何かお喋りをしているっぽい。
その時、彼らの上から何かが降ってきたように見えた。
「キャァッ!」
「なに? なんだ?」
「うわぁっ、何するんだ、やめろぉ!」
新は少し離れていたから分かった。緑色の肌をした子供ほどの大きさの小鬼どもが、彼らに襲い掛かっていく姿が。
「グゲッ!」「グゲグゲッ!」
男子っぽい一人の生徒が小鬼に引き倒され、動かなくなるのがはっきりと目に映った。
「や、やめろぉぉっ」
さらにもう一人、まともに反撃できないまま小鬼どもにたかられる生徒。
なんとか反撃を始めた男子生徒、その後ろには抱き合って震えている二人の女子生徒。
面倒だ、このままやり過ごしてしまおうか。
〈よろしうない、助けよ〉
心の中に誰かの声が聞こえてくる。
いつの頃からかたまに聞こえるようになった心の声。何かに取りつかれたのか、それともただの妄想なのか。それすらも新には分からない。
ただ今までの経験では、その声に従った方が上手くいくことが多いのも事実。
面倒だと思いながらも彼らと、そして彼らに襲い掛かる小鬼たちにゆっくりと近寄っていく。
どちらもまだ新が来たことには気づいていないらしい。
獲物をいたぶっているのが楽しいのだろう、小躍りしている一匹のゴブリンの後ろからそっと近づく。そして新は手にした棍棒を思いっきり振り上げた。
「グギャギャッ、グギャ、ガ?」
棍棒の一撃を受けたゴブリンは壁際まで吹き飛んで痙攣し始める。
今のうちだ。新はさらに一匹、もう一匹とゴブリンに棍棒を叩きつける。
視界の片隅で、最後の男子生徒が倒されるのが見えた。残ったゴブリンたちが一斉にこちらに襲い掛かってくるんじゃなかろうか。
〈備えよ!〉
また心の中で声が聞こえた。
棍棒を握りしめる新の手のひらが、知らず知らずのうちに汗ばんでくる。




