17.かなり厳しい
突如始まった体育の十キロ走、途中で倒れた志郎と女子の半数ちょっとが最後まで走り切ることができずに終わったらしい。
走り切れなかった中になぜか木綿花の姿もある。
「レベルなんて飾りです! こんなのいくら上げたって、マラソン得意になったりしないんですよっ! そんな単純なことが誰にも分からないんですっ!」
そしてなぜだかプンスカ怒っておられる。
しかたないので、よく頑張ったと頭を撫でてあげたら、やっと少しだけ機嫌が直った雰囲気。
「今日はさすがに疲れたわ、この後のダンジョンは中止にしましょうか」
「えええ~っ、毎日首を斬らないと死んじゃうよ?」
都久詩が物騒なことを言っているけど、今日はさすがに無理がありそうだ。
「そういえば、夏草先生との柔軟体操、新はなんで拒否したんですか?」
「あっ! それ僕も聞きたいっ! あの胸を拒否ってことは、僕にもワンチャンあるかもだし!」
「えええっ、まあいろいろ理由はあるけど……」
なぜだったのか。新は考えてみる。
知らん顔して死地に人を追いやる奴が気に入らなかったから?
ゴブリンもどきが湧いていて気持ち悪かったから?
嫉妬されると面倒くさいと思ったから?
どれも正しいけれど、完全な正解から少しズレている気がする。
「ノーコメントでも別にいいけどね」
「あの時の新の顔は面白かったですよ。誤魔化そうとしてましたけど、本気で嫌がってましたし」
見てないと思っていたのに、かなりしっかり観察していたらしい。
「そもそもあのババア、男子に媚びちゃって気持ち悪いのよ。ケバケバ化粧で男あさりに来てんのかっていう」
「白いブラウスの下に赤い下着ですからね。見せる気満々すぎですよね」
「キャバクラでオッサン相手にやっとけって感じ」
「ご主人様にお断りされて、ぷるぷる震えてたよっ! ボク、吹き出しそうになっちゃった」
「なんだか、『自分は絶対男子に好かれるはず』なんて、勝手に思い込んでますよね。勘違いしすぎです」
「あれは自分の年齢分かってないわ」
めちゃくちゃ辛辣だ。
グループの女子からは、どうやらあまり好かれていないどころか、かなり嫌われているご様子。
「あの人、ニコニコ笑ってますけど、本心で笑ってるんだとしたらとんだサイコパス女ですよ」
「ボクも、あの先生は信用できないな」
苦笑しながら聞いていると、新の方に飛び火してきた。
「新、あなたも何か言いなさいよね! それともやっぱり胸なの?」
「いや、ちょっと待ってよ」
音羽が身を乗り出すようにして迫ってくる。
美少女が持久走で流した汗の甘酸っぱい薫りが、新の脳味噌を直接揺らす。
体を反らして逃げようとしても、すぐに距離を詰められて逃げ切れない。
「あ、ほら! 体操服、着替えないと!」
新は覆いかぶさるようにしてくる音羽の下から何とか這い出すと、まるで逃げるように更衣室に向かった。
そもそも本当の理由なんて新の口からはとてもじゃないけど言えない。
あの時、聖者の瞳で秘密が見えてしまったからだなんて。
夏草先生のあの胸は、ヌーブラでかなりカサ上げしてある偽物だってことが。
「……逃げられちゃいましたね。まあ今日はこのぐらいで止めた方がいいのかもしれません」
「そうね、少しはしゃぎ過ぎたかもね」
「ボクたちも着替えに戻ろうよ」
「ええ、そうしましょう。その後は、今日の反省会と作戦会議です」
走り去っていく新を追う三人の少女の眼は、恋する乙女というよりも、獲物を狙う鷹に近いものが感じられた。
~~~~~
その夜、新は寮の自室で考え事をしていた。
本来は二人部屋だけれど、部屋の中にいるのは新一人だけだ。
入学式の前日、入寮した時にはちゃんと同室の生徒がいた。でも彼は戻って来なかった。あの時は暗くてよく分からなかったけれど、おそらく最初にゴブリンに飲み込まれたうちの一人だったんだろう。
部屋には彼の手荷物だけが残されている。大きめのスポーツバッグ、その中には下着に私服が詰め込まれている。それ以外には何も残っていない。それだけが彼がこの学校にいた証なのだ。
入学からまだ数日しかたっていないというのに、まるで数年が過ぎたような錯覚を覚える。
死が軽い。軽すぎる。
音羽、木綿花、都久詩。グループを組むことになった三人の美少女たち。
出会ってまだ間もないというのに、三人が三人とも新にあからさまに強い好意を向けてくれている。
新はボッチ体質だし、デリカシーなんて持ち合わせていない。女の子の気持ちなんてほとんどわからない。でも彼女たちの思いに気づかないほど鈍感じゃない。
もしもそれを求めれば、彼女たちは喜んで抱きしめさせてくれて、キスだってしてくれるだろう。いや、それ以上のものだって進んで捧げてくれるに違いない。
音羽と木綿花は偶然だけど命を助ける形になったし、都久詩は、こちらも偶然だけど、ドロップした日本刀を譲りはした。でもそれだけだ。軽い好意を向けられるぐらいなら分かるけれど、でもそれだけだ。
それなのに、必死になって新に縋りついてくる。その理由なんて考えなくてもわかる。新に一目ぼれしたから? 馬鹿言っちゃいけない。
彼女たちの奥底にあるのは間違いない。死への恐怖だ。
だから今はまだ手を出すべきじゃない。
「理屈では分かるんだけど。でも僕、我慢しきれるのかなぁ……」
青少年の葛藤は続く。
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新が一人考えに耽っていたのとちょうど同じ頃。同じ建物の違う部屋。
一年生の男子生徒が一人、痛恨の叫び声を上げた。
「何だよ、あの女! 騙されたっ! 完全に騙されたっ! 素晴らしい体だと思ってたのに、偽乳じゃないかよおおおっ!」
青少年たちの悩みとともに、うららかな春の夜はゆっくりと更けていく。




