117.眼鏡のちびゴブリン
音羽が自分の胸元を押さえながら、ジトーッとした目で睨んでくる。
「いや、そうじゃないんだって。こいつだよ、こいつ」
新は木綿花の胸元から右手を引き抜いた。その手に握られていたのは緑色のトカゲ、いや手のひらサイズのゴブリンだ。なんだか眼鏡をかけたような顔つきをしている。
「あああっ! またこんなのが出てきてたんですね」
「うん、木綿花だけじゃなくて、音羽にも取りついてるっぽい」
新はその眼鏡ゴブリンをグシャっと握りつぶした。
「うわ、私にも取りついてるの? 気持ち悪い、取って? 取ってよねえ」
「わかった、ちょっとじっとしてて」
音羽が制服のブレザーを脱いでバタバタと振っているけど、すでに眼鏡ゴブリンはブラウスの方に移動して、その豊かな胸にしがみついている。
聖者の瞳の鑑定も駆使して調べた結果、音羽に二匹、木綿花にももう一匹、合わせて四匹の眼鏡ゴブリンが見つかった。なぜか都久詩には一匹も憑いてない。
もちろん全部捕まえて握りつぶしておく。
「なんでしょうね、これ。時々湧いてるみたいですけど」
「気持ち悪いわよね」
ホント、意味不明の寄生虫のような奴だ。
「それはそれとして、変なもの見つけたら胸に手を突っ込む前に、先に声をかけて欲しいわ。びっくりしちゃうから」
「ゴメン、悪かった。逃げられちゃいけないと思って……」
昨夜の遭難事件のこともあって、かなり神経過敏になっていたようだ。そこはしっかりと謝っておく。
その後は特に変なことは何も起こらずに、次の水たまりの前まで進んで妖獣ワニーを殲滅することができた。
あの眼鏡ゴブリン、ほんと一体なんなんだろうね?
新たちグループが魔巌洞から出て、授業に戻るためにそこを立ち去ったすぐ後の事。
退場門から気を失った一人の男子生徒が吐き出されてきた。倒れた時にぶつけたのか、顔にかけた眼鏡が少しずれている。
「おお? 遭難者か? だれか保健室に運んでやれよ」
「あれ、こいつ第三と第四の間で倒れてた奴じゃないか?」
「装備がしょぼいし一年生かな」
眼鏡の一年生男子は、先輩たちの手で無事に保健室に運ばれていく。
もしも新たちグループのうちの誰かこの場に残っていたら、彼の正体も、そして眼鏡の手のひらゴブリンの正体も、気が付いていたかもしれない。
しかし彼らはここにはいない。
その謎は、永遠に謎として残り続けることになりそうだ。
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午前中の授業が終わり、新と武士は二人だけで食堂にやってきていた。
「クラスの女子だけで女子会するんだって?」
「ああ。どうも志郎のグループの女子が呼びかけたらしいぜ」
志郎は三人しかいない、男子の同級生の一人だけど、このところずっと姿を見ていない。
新たちも特別講習だとか、パイプ洞窟の攻略だとかで授業をすっ飛ばしているので人のことは言えないけれど、志郎の授業不参加はそれをはるかに超えている。もうずっと授業をサボって魔巌洞に入り浸っている。
正直な所、どんな顔の奴だったかもはっきりと覚えてない。顔を見たら思い出すと思うんだけどね。
「話によると定期的に交流を持ちたい、みたいな感じらしい」
「それっていいことじゃないかな。三つのグループに分かれてそれぞれ別々って感じでここまで来ちゃったし」
「ああ、男子三人はかみ合わないままだけど、女子までその巻き添え食うことは無いからな……」
そこで武士は少し間をおいてから続ける。
「……でもなあ、なんか揉めそうな気がするぜ」
「揉めるって、なんで?」
「そりゃ、誰か一人だけはじき出されるみたいな形になるからだよ」
「ああ、そういうことか」
今は新たちのクラブ『たかはし』に、武士たちのグループがオブザーバー参加する形になっている。
この状態でクラスの女子たち全員がまとまるようになれば。志郎が一人だけ残されることになるわけだ。
武士によれば、それがヤバそうだからこそ、クラブ『たかはし』に正式参加するのはやめて、オブザーバーになるようにしたらしい。
「クラス会ってだけならいいんだけどな。『たかはし』には三年生の先輩だっているだろ?」
「うん、そうだね。クラフター組の四人は絶対に外せないよ」
絶対に、か。武士の瞳が鈍く輝く。
クラフター組は絶対。それはつまり、武士たちのグループは切り捨ててもいい。新はしっかり認識していないかも知れないけれど、内心ではそう考えているということだ。
オブザーバー参加と決めた時の反応から分かってはいたけれど、これで完全にはっきりした。そういうことでもある。
武士はそれにショックを受けたわけじゃない。ただ、組織から受けた指令、新の情報を調べて吟味しているだけのこと。
「あ~あ、揉め事は勘弁してほしいぜ」
「僕だってそうだよ。ホント、面倒くさい」
武士は思う。
新は完全に理解しているわけじゃない。でも心のどこかでそれを感じとっているのだと。
そして、揉め事は必ず起きるだろう。
いつになるかは分からないけれど、それは絶対に。




