11.隠し部屋
卵から生まれたばかりだった第零階層のゴブリンと比べて、ここ第一階層のゴブリンはかなり強い感じだ。
殴った時の手ごたえだって硬いし、棍棒やナイフみたいな武器も持っているし、鎧まで着てるんだよね。
それでもゴブリンは新たちの敵じゃなかった。
「前から来ます、五匹」
木綿花が報告する前に都久詩がプリーツスカートを翻して走り出す。そして一瞬で敵の首が飛んでいく。
「後ろからも四匹」
今度は音羽が走り出す。棍棒で殴り倒すだけじゃなく、蹴りまで入れてますよ。膝上のプリーツスカートでハイキックは、乙女としてちょっとどうなんだろうか。
「敵に手ごたえが無いわね」
「もっと斬りたいよ!」
そう言われてもねえ。
ほとんど二人で片付いてしまうので、新の出番はビー玉拾いのお手伝いぐらい。ちょっと強さが合ってない感じ。戦わずに済むから楽でいいんだけどね。
ほぼ一本道だった前階層と違い、通路はいくつにも分かれて入り組んでいる。薄暗いだけでなく、右に左に、そして時には上に下にと曲がりくねっているので、どっち方向に進んでいるのか良く分からなくなってくる。
「ここ、さっき通りませんでしたか?」
「そうだった? あんまり覚えが無いわ」
新にも全然わからない。どうやら迷子になったみたいだ。
「こんな時こそ鑑定眼じゃないでしょうか」
言われてみれば、たしかにそうだ。
この聖者の瞳という鑑定眼、しっかり何が見たいのかを思い浮かべないといけないというか、自動的に働いたりしないというか、そのせいでまだまだ使いどころが良く分かっていない。
しっかり思い浮かべても何も見えないことだってあるし。そう思っていたら何かの拍子に見えるようになることもあるし。
でも、今回は木綿花が正解だった。今まで進んできた洞窟の通路が、立体地図のように心に浮かんできたのだ。
「おお、地図が見えるぞ。確かに一度通った場所みたいだね」
「道を戻る?」
「いや、ちょっと待って。この先に隠し通路みたいなのがあるかも」
「隠し通路! 行ってみたい! なんだか冒険っぽくて楽しそうだよ」
「宝箱があるかもしれませんね」
聖者の瞳に従って、隠し通路の場所まで行ってみる。
「ただの壁だよ?」
「ええ、それらしいものは見当たりませんね」
普通の目で見えているのは、周りと同じような岩壁だ。でも聖者の瞳では、はっきりとそこが隠し扉だと分かる。なんだか奇妙な感覚だ。
「本当に隠し通路なんてあるの?」
「うん、ちょっと試してみるね」
新は岩壁に手を当ててみる。まるで壁なんて存在していないように、壁の中に手が入っていく。
「この壁、ただの幻覚みたいだ」
頭を突っ込んでみると、短い通路の先に部屋らしきものがある。
「入ってみる?」
「危なくないでしょうか」
心の声さんは何も言ってこない。おそらく大丈夫だろう。
「僕が先に入ってみるよ。みんなはちょっと待ってて」
「気をつけてくださいね」
やっぱり特に危険はなさそうだ。他の三人も呼び寄せて、奥の部屋に向かう。
部屋の中は通路よりもさらに薄暗くて良く見えない。それでもゴブリンがたくさん湧いていることは見て取れた。それに部屋の中央には……
「あ、宝箱っ!」
「しっ! 静かに」
「都久詩、声が大きいわ。気づかれちゃうわよ?」
「ごめんなさい……」
そう、あれは間違いなく宝箱だ。ゴブリンボスの所にあった宝箱よりも一回り大きい気がする。そして宝箱の近くには、槍を持った大柄のゴブリンがいた。もしかしたら宝箱を守っている子ボスかもしれない。
「真ん中の槍ゴブリンは僕が貰ってもいいかな? 倒せそうになかったら時間稼ぎするから、援護よろしくね」
「それじゃ私は右に行くわ」
「ボクは左だね、了解だよ!」
木綿花には、打ち洩らしや、囲まれそうになった仲間の援護をお願いする。
それにしてもやっぱり変だ。面倒くさがりだったはずなのに、真っ先に一番面倒くさそうな槍ゴブリンを相手にしたくなるなんて。でもまあ、考えるのは後でいいかな。
新は巨大な棍棒を握り直すと、三人の少女と一緒に部屋の中に入っていった。
ヒュンッ! ヒュンッ! ヒュンッ!
ゴブリンの首が飛び、緑の血が噴き出す。しかしその血は流れ出すことはなく、霧のように辺りに広がって消えていく。飛んだ首も地面に落ちる時には砂のようになって崩れる。
あとに残るのはただの砂の山。しかしそれも時間と共に消えていく。
都久詩が飛び込んだ部屋の左側から、ゴブリンの気配がみるみるうちに消えていった。
彼女の通り過ぎた後には何も存在しない。もちろん生き残る者がいないだけではない。死さえもこのダンジョンの中では消えてなくなるのだ。
「また派手にやってるわね」
部屋の右側に回った音羽がブツブツ言いながら棍棒を振り回す。
右から近寄ってくるゴブリンを蹴り飛ばし、正面のゴブリンには棍棒を叩きつけ、どんどん床に転がしていく。
仕留めたかどうかの確認なんてしない。今は敵の戦闘力を奪えばそれでいい。今は時間の方が大切だ。
そうやって時間を短縮しても、向こう側の方が早く終わりそう。ほんと、嫌になってくる。
中央に躍り出た新の後ろから、少し遅れて木綿花は部屋の中を進んでいく。
彼の後ろに回り込もうとするゴブリンを仕留めるのが彼女の役目。ではあるけれど、彼女にはほとんど仕事が無かった。
後ろから攻撃しようだなんて、そんな目端の利くゴブリンがほとんどいないのだ。たまにいたとしても、左右からの暴風に巻き込まれて後ろまでやって来られない。
木綿花は新の方に目を向ける。
槍ゴブリンと向かい合っている彼の背中が見える。
大丈夫だろうか、心配はある。でも新が負けるなんてことは、彼女には想像すらできなかった。




