106.もっと奥まで
目の前の水たまりの中には、まだまだ妖獣ワニーが潜んでいる可能性がある。しかし今の方法だと出てこようとしない。どうすればいいだろう。
このまま時間切れを待ってもいいけれど、できれば敵を無理やり引っ張りだして倒しておきたいところだ。その方がビー玉もたくさん集まって収入になるし、経験値だって溜まるはず。
「釣り竿を水の中に突っ込んで、振り回してみたらどうかしら?」
それはいい手かもしれない。
この水たまりはパイプのくぼんでる部分だから、水中で向こうまで繋がってて、向こう側にも出口があるはずなんだよね。で、たぶんそっちにも妖獣ワニーが湧いてると思うんだ。
ここまでは水際をバチャバチャやってただけ。もしもあと数メートル前に出れば、水の中まで釣り竿を突っ込める。遠い向こう側にいる妖獣も近寄ってきてくれるかも。
さっそく釣り竿を持って前に進む。
たった数メートル近づいただけなのに、なんだか緊張感がヤバい。何もいないはずの水たまりから、いきなりガバッと妖獣が飛びついてきて噛まれそうな感じ。
例えるなら、びっくり箱だと分かってて近づいているというか、命がけでジェンガやってる感じ。
竿を水たまりの上まで伸ばす。そして奥の方の水面をバシャッと叩きつけるようにして、竿を水たまりの中に入れた。
そして水をかき混ぜるようにして……
…………
……駄目だ、こりゃ。
釣り竿の先は柔らかすぎ、しなりすぎて、水をかき混ぜるなんできなかった。
「水たまりの中は無理っぽいよ。奥の水面、叩いてみるね」
無駄なことを続けずに、すぐに頭を切り替える。釣り竿を軽く上げて水の上まで出すと、今までやってたのと同じように水面をバチャバチャ叩き始めた。ただし叩くのは水際じゃなくて、水たまりのかなり奥の方だ。
妖獣ワニーが近づいてくるとしたら、水の中を潜ってくるはずだ。もちろんその姿は見えないし、そんな気配も伝わってこない。
ここは聖者の瞳に頼ろう。
というか、心の声さん、ちょっとは教えてくれてもいいのになぁ。
〈他人に頼ってばかりおっては、成長せぬぞ?〉
うわっ! 説教来た!
そんなこと言われても、妖獣ワニーがいるとしたら、水の中も水の中、どうやって気づけっていうんだよ。
新にはそんな超感覚というか、心眼みたいなものがあるわけない。少なくとも自分ではそう思ってる。できることといえば、気合を入れることぐらい。
気合かあ……。自分でも理解できないけど、体の奥から力が湧いてくるヤツ。
やってみるか?
この水たまりだ、こいつが強敵なのだ。それを強くイメージして、水たまりを倒すつもりで気合を入れなおす。奥の方から何かが盛り上がってくる感じ。そう、これだ。
釣り竿で水面を叩く。湧き上がってきた気合の力を叩きつけるわけじゃなく、それが釣り竿から水面へ、そして水中へと広がっていく感じをイメージして。
――水たまり。妖獣ワニーの大群がこちらに移動中。
「うわっ! 来てる!」
〈ほれ見よ、できるではないか〉
少し後ずさりしながら水面を叩き続ける。水中から忍び寄ってくる妖獣ワニーが、聖者の瞳さんのお陰でなんとなく見える、ような気がする。
いや、見えてるぞ!
「そこだっ!」
ビシッ! 水面に釣り竿を振り下ろす。
〈たわけっ! そんなところに何もおらんわっ!〉
まったく見えてなかったらしい。
後ろから女子組のため息が聞こえてきた。
「真面目にやりなさいよね……」
ごめんなさい、そうします。
自分の感覚としてはさっきまでと何の違いもないけれど、鑑定によれば敵が大量にこちらに移動してきている様子だ。
少し後ろに下がったところで、ペチペチと水際あたりを釣り竿で叩く。
お、何匹か水面に出てきたぞ。
普通の池やなんかだと、もしかしたら気づきにくいかもしれない。でもここは魔巌洞の中。風なんて吹いてないから、波なんて釣り竿で叩いてるヤツだけ。それ以外の波があればすぐわかる。
それだけじゃなくて、真っ暗闇の中をヘッドランプだけが映している。少しの波で明かりが揺らめくから、小さな波まではっきり見えるのだ。
いや、さっきまではここまで見えてなかったかも。だいぶ慣れてきたのかもしれない。
さらにバチャバチャし続けると、妖獣ワニーがどんどん寄ってくる。ここまで来ればあとはルーチンワークだ。
新は釣り竿を持ち直すと、わざと音を立てるようにして後ろへと下がる。
「あとは任せなさい!」
それと同時に音羽と都久詩、二人の手から放たれた石礫が妖獣ワニーに降り注いだ。
慌てて飛び出してきたのは十匹を軽く超える妖獣ワニーたち。かなりの数だ。
しかしそれを全く危なげなく、軽々と狩っていく。
いくら狭い洞窟の中だと言っても、いくら恐ろしい突進力を持った妖獣だと言っても、ただの直進番長では音羽や都久詩にかなうわけがない。
さっと素早く横に回っては、体重の乗った打撃を、そして鋭い斬撃を、しっかりと妖獣たちに叩きこんでいく。こうなっては鋭い牙も力強い顎も、何の役にも立たない。ただ断末魔を上げるためにあるようなものだ。
釣り竿と投石で誘って仕留める。この方法で水たまりの中に潜んでいた妖獣ワニーはあらかた片付いた。
そして問題として残ったのは、やはり目の前の水。
これだけはすぐにはどうしようもない。パイプ洞窟が回転して流れ去るのを待つしかない。




