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第九話 邂逅

 二人が消えた翌日、王城内では沢山の人間が広い廊下を行き交いしていた。

 世話しなく走り回るメイド、部下に指示を出すベテラン兵士、全員の表情は焦燥感に駆られていた。

 その中にいるアルフレッドは、いつも以上に眼鏡を慌ただしく二,三回掛け直して国王のいる書斎部屋へ吸い込まれるように入っていった。


「フリード様!」


 名前を呼ばれてもフリードは反応しなかった──書斎部屋の椅子に座ったまま、両肘を机に付いて頭を抱えている。

 アルフレッドは一瞬躊躇したが、一段声を下げてもう一度尋ねた。


「フリード様、大丈夫でございますか?」


 二度目の声かけに対して、フリードはゆっくりと顔を上げた。


「おぉ、アルフレッドか。どうした?」

「お二人の事なんですが、今、城の者総出で捜索に当たってます」

「……そうか」


 アルフレッドの報告を受けたフリードは椅子の背もたれに体重を掛け、天井を見上げた。

 彼の中には色んな感情──決して前向きではない──が複雑に絡み合い、どこから処理すればいいのか分からなかった。

 自分の大事な娘と信頼を置いている侍女が同時に消えるなんて事はあり得ない。

 そうこう考えている内に何日か前の出来事を思い出していた。

 アリアが倒れた際に起きてしまったモニカとの衝突。

 あれ以来、一度も声を聞いていないどころか姿を目にしていない。

 もしあの時、自分が冷静になってモニカを諭す事が出来れば──ビンタさえしなければ──、状況は百八十度違っていたのだろう、と悔やんだ。

 娘との距離を置いてしまった哀れな国王は、仲直りする行動を一切起こさず、時間が解決してくれるだろうと思っていた。

 もしかしたら、マルグリットと一緒に家出をしてしまったかもしれない。

 フリードはそんな妄想を作っている内に、段々と自分を責めるようになってしまった。

 頭痛が起き、吐き気を催したフリードは背中を丸めて咳き込んでしまう。

 それを見たアルフレッドは、医者と給仕係を呼ぶため急いで部屋を飛び出した。


                 ◇


 同時刻、ゼレスティン王国から南西数キロ先に位置する〈ベルダ村〉にて。

 早朝、一人の女の子が艶やかな黒鹿毛くろかげの毛並みを持つ馬を引き連れて、村の外に出て行こうとする最中であった。

 赤く燃えるような瞳、日光に当たってほんのり赤くなっているそばかすが幼い雰囲気を醸し出している。

 赤毛のセミロングが風に揺れて、女の子の顔を隠すかのように流れていた。

 白いブラウスの上に黒のベストを着用し、バラの刺繍が入ったロングスカートを履いて馬を引き連れていた。

 四つの蹄が風でなびく草地を踏みしめた瞬間、全速力で走りたそうに鼻を鳴らしている馬を見て、女の子は慣れた手つきで落ち着かせた。


「ほら、カイン。落ち着いて。……そう、良い子だね」


 馬は主人の声を理解したのか、左右の耳が外側に向いて、首を低く下げた。

 女の子は片えくぼを作ってカインと名付けられた馬の肩周りをゆっくりと撫で始める。


「さあ、行こっか」


 女の子はそう言って馬にまたがり、村の外に広がる草原を駆け出そうした時、後ろから女の子の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「アルミラ! 待ちなさい!」


 女の子は振り返ると、複数の木骨造の家に挟まれた広い一本道の奥から、鹿毛かげ馬にまたがった成人女性がこちら側にやって来た。

 銀色の綺麗な長い髪をポニーテールにまとめ、白いシャツに二の腕の長さまである黒革製の手袋、黒のパンツに茶色のオーバーニーブーツを身に纏ったその女性は、不機嫌な表情を出しながら女の子に言った。


「──ったくもうあんたって子は。何度言えば分かるの? 外に出る時は最低でも大人一人の同伴は必要だって村長からの指示があったでしょ?」


 アルミラは頬を膨らましながら言い返した。


「別に、夜出歩かなきゃいいだけだし。朝早い内にカインのお散歩に付き合っているだけだし。それに……」

「……それに?」

「私はもう十五歳。もう他の人の手助けは要らない。エルゼリア、悪いけど一人にして」


 屁理屈を並べているアルミラに対し、エルゼリアは腕を組んで十五歳の少女の心を見透かすように言い放った。


「〈うごめく森〉に行こうとしてるんでしょ?」


 エルゼリアの言葉に視線を大きく横に逸らすアルミラを見て、やっぱりなと思い、やや呆れた表情で言葉を続けた。


「貴方の行動は全部お見通し。あそこは子供が行く所じゃない。カインの散歩なら手綱を持って村周辺を一緒に歩き回るだけで十分。悪い事は言わない、下手な考えは止めた方が──」

「さっきからうるさい」


 エルゼリアの言葉を遮断したアルミラは下唇を噛んでエルゼリアに敵意の眼差しを向けた。


「善意のつもりで忠告してるのか何だか知らないけど、もういいかげん私に付きまとうのやめてくれない? 貴方のやっている事は、ただの偽善よ」


 エルゼリアの眉間のシワが少し深くなる。


「どういう意味かしら?」


 アルミラは言葉を続けようとしたが、エルゼリアから発している刺々しい圧に少し怯んでしまい、再び目を逸らしてしまう。

 エルゼリアは息を大きく吐いて──背中から出ている圧を抑えて──冷静に諭した。


「さっきも言ったけど、村の外に出る時は大人の同伴が必要なの。その命令を下したのは村長──貴方のおじいちゃんなのよ。善意で貴方を引き留めた訳じゃない」

「じゃあ悪意があって私を引き留めたの?」

「悪意があったら貴方の旅立つ姿を見かけても無視するわ。もし、貴方が行き先でトラブルが発生したらどう対処するの? その時は誰も助けてくれない。それでもいいの?」


 アルミラに揺さぶりを掛けるが、当の本人は顔を紅潮させ、語気を強くして言い返した。


「貴方は私の家族じゃないわ! 偉そうに説教しないでよ、この人殺し!」


 アルミラは両手で手綱を強く握り締め、エルゼリアから逃げるように走り去ってしまった。


「あっ! 待ちなさい!」


 エルゼリアは騎乗している馬のお腹をかかとで叩き、アルミラの後を追った。


                ◇


 ベルダ村から更に数キロ南側にあるゼレスティン領最大の森林地帯〈うごめく森〉の近くにて、馬にまたがって競争している二人の女性がそこにいた。

 時間が少し経った後、アルミラの愛馬〈カイン〉の体力が底を尽きてしまい、後から追ってきたエルゼリアに追いつかれてしまった。

 エルゼリアの愛馬〈メル〉は持久力が高く、息を荒くしながらも余力を残していたが、カインはメル程の体力を持っていない──カインはまだ成人する年齢に達しておらず、足の筋肉が十分に付いていなかった。

 二人は森の入り口付近で止まり、アルミラは憮然とした表情でエルゼリアに文句を言った。


「何で追って来るの? 貴方には関係ない事でしょ? 放っておいてちょうだい」


 エルゼリアは首を横に振り、落ち着いた口調で言った。


「いいえ、そういう訳にはいかない。……エミリアを探すつもりなんでしょ?」


 図星を突かれたのか、アルミラは視線を下げて俯いたまま黙ってしまった。

 本来、〈うごめく森〉は危険区域とされており、冒険者以外の立ち入りは許可されていない。

 一般人であるアルミラが中に入れば──武器を持たず、丸腰の状態である──二度と生きては戻れない。絶対に。なぜならこの森は毎年、多数の冒険者が行方不明になっているのだから。

 エルゼリアは思った──アルミラを危険な場所に行かせる訳には行かない。

 例え、自分が人殺しだのなんだの糾弾されても──陰で嫌な噂が流れても──この娘を絶対に守らなければいけない。

 それがほんの少しの償いになれば、身を削ってまでアルミラを守り抜く覚悟を決めている。

 エルゼリア自身もこの森には入れない──厳密に言うとこの森には入りたくなかった。入り口付近にいるだけで身体が震え上がってしまう程に。

 エルゼリアは森の入り口付近からジッと奥の様子を観察していた。

 無数の木々は早朝の明るい空を覆い尽くし、上下左右に広がった樹冠の影響で日光が遮られ、緩やかなS字の出入り口は洞窟みたいに薄暗くて気味が悪かった。

 エルゼリアはこの悪魔の口のような道に寒気を覚え、急いでアルミラを連れて帰ろうとした時、アルミラがいぶかしげな表情で何かを発見した。


「ねぇちょっと、あそこの木陰に誰か倒れてる……」


 アルミラが指さす方向を見ると、手前から二番目の木陰に誰かが倒れているのを発見した。

 一人は木にもたれかかり、もう一人は地面に横たわっていた。

 エルゼリアは血相を変えて馬から降り、倒れている二人の元に駆け寄った。

 後を追うかのようにアルミラも続く。

「うわっ」エルゼリアは倒れている二人を見て思わず声が出てしまった。

 頭からつま先まで赤黒い液体にまみれており、木陰の影響で身体がドス黒く汚れて見えてしまった。

 遅れてやって来たアルミラも倒れている二人を見て、声こそ上げなかったが驚きのあまり口を開いたままだった。

 エルゼリアは生存確認のため、木にもたれかかっている黒髪女性の首筋に触れる。

 微かではあるが脈はあった。

 黒髪女性の手前で倒れている金髪女性に目を走らせると、呼吸に合わせて胸が上下動しているのを確認できた。

 この二人は生きている──そう確信したエルゼリアは、アルミラに指示を出した。


「この二人を村に連れて行くから手伝って!」

「えっ、……うん、分かった!」


 エルゼリアとアルミラは倒れている二人を馬の待機場所まで連れて行き、各々の愛馬に載せた後、ベルダ村まで一直線に走って行った。

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