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第六話 追跡

 マルグリットは、大勢の人でごった返しているメインストリートの中を軽快な動きで人混みを避けながら〈セルディウス〉に向かっていた。向こう側から見回り兵士二人と鉢合わせをする。


「マルグリット様! お疲れ様です!」

「お疲れ様です! ごめんなさい! 今、急いでいるので」


 兵士の元気な挨拶にマルグリットも立ち止まってトラブルは発生していないか確認したかったが、挨拶だけ交わして兵士二人の間をすり抜けていった。

 いつもと違うマルグリットの雰囲気に兵士達は戸惑いの表情を浮かべていたが、今日は忙しいのだろう、と二人は思って再度見回りを開始した。


 そしてマルグリットは、冒険者ギルド〈セルディウス〉に到着した。

 この建物は昔、毎日の様にトラブルが絶えない場所であり──特に夜間は荒くれ者達が出入りしていた──、近隣住民からの苦情は殆ど〈セルディウス〉絡みだったが、ここ数年は何も特別な事は起きておらず、静かな時間だけが流れていた。

 ギルドは二十四時間営業で、スタッフの人達は交替制で勤務している。

 正面玄関のドアを開くと、内部はとても広くてテーブル席があちこちに設置してある。

 食べ物や飲み物も注文できる為、冒険者同士のコミュニティや憩いの場所として幅広く活用されている。

 突き当たりの壁側に設置してある受付カウンターからは、口角を上げて表情を明るくしている受付嬢達が待ち構えていた。

 マルグリットはキョロキョロと辺りを見渡し、近くの受付嬢に声を掛ける。


「あの、すいません」声量を下げて質問した。「ミアという方はいらっしゃいますか?」

「少々お待ちいただけませんか?」受付嬢はそう言って奥にある部屋に入っていった。


 しばらくすると、緑色の長髪が特徴的な女性が現れた。

 その女性はマルグリットの顔を見るなり、開いた口を手で塞いで驚いている。

 マルグリットは人差し指を自分の口元に置き、上体を少し屈める様にしてミアに近づいた。


「ミア、少し時間をくれませんか? ちょっと聞きたい事があるんですが……」

「……分かりました。近くの路地裏で話しましょう」


            ◇


 人気の無い路地裏でミアとマルグリットは二年ぶりの再会を果たしていた。

 ミアは深々と頭を下げてマルグリットに挨拶をした。


「マルグリット様、お久しぶりでございます。お変わりは無いようですね」

「貴方もお元気そうで何よりです、ミア。仕事の調子はどうですか?」


 マルグリットからの質問にミアは若干焦りながらも答えた。


「ええ、まあ何とか。今日は夜勤なのでお客さんが殆ど来なくて。丁度、ヒマを持て余していた所なんですよ。……はい」


 ミアの様子がおかしかった。何年も会っていない──そんなに月日は経っていない──とはいえ、ミアの視線があちこちに泳いでいた。

 マルグリットに顔を見られたくないのか、或いは何かを隠しているのか、多分、後者の方だろう。

 どこから切り出せばいいのかも分からず、こっちも気まずい雰囲気を出してしまった。

 沈黙の時間が流れていき、とうとう我慢が出来なくなってしまったのか、ミアは身体をL字に折り曲げ、極力声を押さえてマルグリットに謝罪した。


「マルグリット様、申し訳ありません! 私が不甲斐ないせいで……モニカ様を止める事が出来ませんでした」


 嫌な予感は的中してしまった。モニカは単独で〈うごめく森〉に行こうとしている。

 都市伝説の本に書いてあった〈黄金のネモフィラ〉の存在を真に受けてしまったのだろう。

 マルグリットは上を向いて目を瞑り、口元を固く結んだ。

 もう一度ミアに視線を向けると、彼女は身体を折り曲げたまま頭を下げ、涙がポタポタと地面に滴り落ちていた。

 マルグリットは、泣いているミアの上体をゆっくりと起こし、優しい瞳で彼女を見やった。

 ミアの両目から出ている涙を親指で拭き取り、かぶりを振って言った。


「貴方のせいではありません。全ては……この私の責任です。どうか自分を責めないで下さい」

「マルグリット様……でもそれじゃ──」

「ミア、落ち着いて聞いて下さい。私がここに来た理由を今から説明しますので」


 モニカが部屋に引きこもってしまった事、国王とモニカが一悶着を起した事、図書館で都市伝説の本を読んだ事を一から説明した。

 マルグリットの説明が終わると、今度はミアの方から、昨日の夕方頃──モニカがギルドにやって来た時──の出来事をマルグリットに説明した。

 双方の説明が終わると二人共、苦虫をかみつぶした様な表情になっていた。

 マルグリットはしばらく考えてから言った。


「……もう一度お嬢様に会いに行きます」

「大丈夫ですか? またモニカ様に刃を向けられたら──」

「その時はその時です。モニカ様一人で外の世界に出られるのは危険過ぎますからね。……何としても食い止めますよ」


 マルグリットの目つき──『闇夜の執行人』の如く──は、獲物を狩るかのような鋭い目つきに変わっていた。

 その後、ミアと別れて再びメインストリートに入っていった。

 段々と人混みが少なくなった辺りから、マルグリットは駆け足で石畳の上を走り出した──本当は馬に乗って行きたいのだが、人混みの影響もあって警備の仕事には使えないのである。

 自分の足音が聞こえてくる。その音は一定のリズムを刻み、人気が無くなった大通りに響き渡らせていた。

 足音と共に心臓の音までが大きくなり、足取りが軽やかになっていくのを感じていた。


             ◇


 王城に着いたマルグリットは、再びモニカの部屋のドア前に立っていた。

 ドアを二回ノックする──割と大きめに鳴らしたが、返事は返って来なかった。

 マルグリットは意を決して勢いよくドアを開けた。

 ベランダに通じる大きなガラス窓が手前に開けっ放しのまま放置されており、陽差しを遮るカーテンが窓を挟んで夜風に揺れていた。

 マルグリットは目を凝らしてモニカの姿を捉えようとするが、辺りは薄暗くて何も見えない。

 だが、夜空に上がっている満月のお陰で、真っ暗な部屋の一部分を照らしてくれた。

 月の光に照らされている家具や床に放置したままの衣類が視界に入るのだが、肝心の部屋の主が見つからない。

 一歩一歩、服を踏まないように足で探りながら進んでいくと、後ろの方で人の気配を感じ取った。

 条件反射で腰に付けていたロングソードを鞘から抜こうとする。

 だが、首の後ろからナイフが現れ、思わず顎を上に向けてしまう。

 同時にモニカの声が、マルグリットの耳元で囁きかけるように聞こえてきた。


「マルグリット、何しに来たの? 言ったはずよ、ここから出て行けと」


 モニカの声色はいつも以上に低かった。マルグリットは両手を上げたままの体勢でゆっくり振り向くと、月の光を浴びているモニカの容姿に驚いてしまう。

 腰の高さまであった艶やかな金髪はカットされ、セミロングの位置まで短くなってしまった。

 前髪はいつも後ろに上げていたのだが、額が隠れるほどに髪を下ろし、いつも以上に大人な雰囲気を醸し出していた。

 更に驚いたのがモニカの服装である──愛用している寝間着では無く、何処かへ出掛けようとしているのか、冒険者用の軽装備を身に纏っていた。

 まだ十八歳とは思えないその容姿にマルグリットはつい見とれてしまった。


 だが、モニカの方は自分の容姿をまじまじと見つめられて面白くなかったのか、手に持っていたナイフを強く握り締め、彼女に部屋に来た理由を問い詰めた。


「ここに何の用なの? さっさと出てってよ」


 マルグリットはかぶりを振った。


「お嬢様、残念ですがそういう訳にもまいりません。先程、ミアと会って──」

「だったら何なの? まさか、あたしを止めるつもりじゃないでしょうね?」


 止めるつもりじゃないでしょうね? ──この言葉で確信した。

 目の前にいる暴走しがちな姫様を見過ごす訳には行かなかった。

 マルグリットの心は鋼鉄のように硬くなり、モニカとの距離を縮めていく──三日前の事もあり、尚更引く訳には行かなかった。

 マルグリットからの圧を感じたモニカは一旦部屋から出ようとするが、先回りされて退路を断たれてしまう。

 それでも抵抗しようとドアノブに手を伸ばそうと試みるが、マルグリットに手首を掴まれてしまい、あっけなく突き返されてしまった。

 ただならぬ侍女の圧力に後ずさりするが、視線をベランダに向けると一直線に走って行き、ベランダから飛び降りてしまった!

 一瞬の隙を突かれてしまったマルグリットも後を追ってベランダの手すり付近にまで身を乗り出すと、下は綺麗に整えてある草木が緩衝材となり、無傷なままのモニカは中庭まで走って行った。

 なんて無茶な事を、と思ったマルグリットもベランダから飛び降りて、落下先の草木をクッション代わりに着地すると、モニカの後を追う様に中庭へと走って行った。 

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