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第五話 闇夜の執行人

 夜を迎えた町のメインストリートは、建物の窓から溢れる光や等間隔に設置してある街灯のお陰でいつも以上に華やかさを醸し出していた。

 大勢で賑わう町の人達の声(大抵の人はお酒を飲んで騒いでいる)、大道芸を開いてお客さんを楽しませる様々な催し物など、昼間の雰囲気とは少し違った活気がそこにあった。

 だが、町の人達を明るく照らしてくれるのはメインストリートだけである。

 灯りを照らす事が出来ない路地には、ボロボロになった薄着一枚の放浪者、酔い潰れて冷たいコンクリートの上で寝る自堕落な人間、路上で迷子になった人を狙って金目の物を奪い去る盗人、この町の裏側に住んでいる人達は先の見えない暗闇の世界に囚われたままだった。

 そしてまた一人、他国から流れ着いて来たよそ者の男が、迷路のような裏路地をひたすら走っていた。ボロボロのマントを向かい風でなびかせ、髪の毛は汗で濡れて毛先から水滴を飛ばしていた。

 男の後ろには、兵士二人が重そうな甲冑を身に纏って後を追いかける。


「待て! 逃がさんぞ!」

「ハァハァ……。なんて逃げ足の速い奴だ」


 甲冑が重りになっている影響で、男との距離は一向に縮まらない。

 男は後ろを向き、兵士二人を煽るかの様にニタリと笑みを見せつけた。

 挑発を受けた兵士達は、顔を真っ赤にして足の回転を速くするが、男が建物の角を曲がってしまう。

 兵士二人も後を追って角を曲がろうとするが、足がもつれて体勢を崩してしまい、二人は絡み合いながらその場に倒れてしまった。

 男は離れた距離から立ち止まり、兵士達を見て大笑いしていた。

 両手をわざとらしく叩き、子供みたいに飛び跳ねて喜びを爆発させていた。


「ヒャハハハ! ざまぁねぇなぁ! ゼレスティンも大した事ねぇな! ここは警備が厳しいって評判だったけどそんな事たぁ無かったなぁ! お陰で金目の物も盗めたし、ここでおさらばするぜ!」


 男はそう言って、町の灯りが差し込んであるメインストリートに向かって歩き始めた。

 その時、裏路地の出口から人影がゆっくりと男に向かって裏路地に入って来た。

 男は灯りの逆光でどういう人間かは認識出来なかったが、通行の邪魔だと思い、あっちへいけという手振りで追い返そうとする。


「おい、邪魔だよ! 殺されてぇのか?」

「……」


 男の問いかけには応じず、二人の距離は徐々に縮まっていく。

 その人影はゆっくりと日陰に入り、姿形が鮮明になっていく。

 男はその人物をハッキリ見た時、思わず拍子抜けしてしまった──兵士団にいる強者が現れたのかと思いきや、その人物は女性である事が判明して軽く肩をすくめてしまう。

 男は後ろを振り返って兵士達の様子を伺うが、さっきまで追いかけて来た奴らはいなくなっていた。

 奇妙だと思いつつも、彼女の方に再度向かい合う。


 女性は黒の軽装備を身に纏い、長い黒髪を後ろでゆらゆらと揺らしていた。

 月の光に照らされている漆黒の瞳とハリのある肌。

 ローヒール型のサイハイブーツを履いているからなのか、足の長さが余計に長く見て取れてしまう。

 その端正な顔立ちとモデルみたいな出で立ちに男は思わず息を呑んで見てしまった。

 男は一瞬、自分に気があるのではないかと考えてしまうが、こんな所で時間を食ってしまったら兵士達が援軍を連れて来るかも知れないし、かといってこっちから手を出してしまうと女が悲鳴を上げてしまうかも知れない。

 そうなったら余計に不利な立場になると考え、なるべく刺激しない様に説得した。


「今晩は、レディさん。俺は今、大通りに出ようとしてる所なんだ。道を空けてもらえませんかね? あいにく金は持ち合わせてねぇんだ。だからさ、な?」

「……」


 女性は男の声を無視して間合いを詰めようとする。

 男は女性の態度に苛立ちを隠しきれず、腰に付けていたナイフを取り出して脅しを掛けた。


「なぁ、おい……聞いてんのか! このアマァ! ぶっ殺されてぇのか!」

「……フフッ」


 男は女性の微かな笑い声に思わずビックリしてしまう──笑い声を聞いた途端、背筋が凍り付く様な感覚に襲われてしまった。

 男は、この女は只者じゃないと思い、もう一つのナイフを抜き出して戦闘態勢に入った。

 だが女性の方は、両手でナイフを持っている男を見ても一切動じる事が無く、その場に立ったままだった。

 遂に男の怒りは頂点に達し、低い声で呟いた。


「……殺す」


 両手でナイフを強く握りしめ、女性に襲いかかった。

 鋭い刃が女性の喉元に向かって来る。

 だが、女性はナイフが当たる寸前で横に回避し、男の右手首に狙いを定め、手刀で叩いた。

 一瞬で握力ゼロになった男の右手からナイフが滑り落ちる。

 右手からの激痛に男は苦悶の表情を浮かべながらも、左手に持っていたもう一本のナイフを使って女性の脇腹を刺そうとするが、これもまた回避されてカウンター(足払い)を食らってしまった。

 男は大の字になって倒れこみ、後頭部を地面に打った影響で脳が揺れてしまい、視界が二重にも三重にも見えてしまった──瞬きを何回も行い、意識をハッキリさせようとするがそれでも駄目だった。

 女性は、地面に落ちてあった二本のナイフを拾って小声で呟いた。


「モニカ様の方が断然強いわね」


 程なくして大通りから複数の兵士達がやって来た。


「マルグリット様! 遅れてすみません」

「お疲れ様です」

「例の盗賊は見つかりましたか?」


 マルグリットは、倒れている男に目を向けた。


「この方で宜しいでしょうか?」

「あっ、そうです! こいつです! いやはや、さすがは『闇夜の執行人』──」


 マルグリットは、抜き身のナイフみたいな目つきでリーダー格の兵士を睨みつけた。

 睨まれた兵士は震え上がり、直ぐさま頭を下げた。


「も、申し訳ございませんでした! すぐにこいつを牢屋に入れますので!」

「……宜しくお願いします」


 他の兵士二人が、倒れている男を強引に立たせ、そのまま連行した。

 男の方はまだ意識がハッキリしていないのか、首の骨が折れているのではないかという位に頭部がグラついていた。

 マルグリットが押収した二本のナイフをリーダー格の兵士に渡し、兵士が感謝の一礼をして大通りを出て行く。

 兵士達の後ろ姿を見送ると、マルグリットは壁に寄りかかって深いため息を吐いてしまう。


 今日のマルグリットは虫の居所が悪かった──普通なら『闇夜の執行人』と言われても感情を顔には出さなかったが、この日だけは違った──服を着替えた後にモニカの部屋の前を通ったのだが、ドアの前には冷めてしまった食事が床に放置されていた。

 その光景を見たマルグリットは心配になり、部屋に入ろうとするも足が動かなかった──モニカに『出て行け』という命令に背いてしまったらどうなるのか? それを考えただけで躊躇してしまった。

 いつから自分はそんな臆病になってしまったのかと考えてしまう。


 愛するお嬢様に刃を向けられたから? いや、違う。

 今度、自分が部屋に入ってしまったらその場でモニカと喧嘩してしまう。

 自分の性格上、相手が襲ってきたら反射的に制圧してしまう。そうなってしまうとその場で決裂。

 二度と修復不可能となってしまう。


 マルグリットの頭の中は、マイナスな考えで一杯になり、徐々に苛立っていた──警備の仕事もある為、ドアをノックする事も無く城下町に行くのだが、それでもモニカが心配でしょうがなかった。


(モニカ様は三日間、飲まず食わずのまま過ごしているのか? もし、そうだとしたら今度はモニカ様が倒れてしまう。最悪の場合、二人共……いやいや、そんな事を考えてはダメだ。何か手はある筈だ。考えろ、考えるんだ……)


 マルグリットの心は焦りの色で滲み、頭を抱えてしまった。

 その時、メインストリートから聞き慣れた声がマルグリットの名前を呼んでいた。


「あっ、いた! マルグリット!」


 声のする方に顔を上げると、ロドニーおばさんが手を振りながらやって来た。


「ハァハァ、やっと見つけた。ごめんなさいね、遅くなっちゃって」

「えっ? どうしたんですか?」


 マルグリットのキョトンとした表情に対し、ロドニーは少し強い口調で目的を伝えた。


「どうしたんですかって……忘れたの? 一緒に図書館に行くって約束したじゃないの!」

「あっ!」


(すっかり忘れてた。昼頃にロドニーさんと約束してた事を。モニカお嬢様の事で頭が一杯になってしまった……。そうだ、図書館に行かなければ!)


 マルグリットはロドニーに謝罪し、二人で図書館に向かった。


                  ◇


 町の外れにある図書館に着いた二人は、街灯を頼りに玄関の鍵を開けて中に入った。


「灯りを付けるわね」


 ロドニーはそう言うと、片腕を上げて指をパチンと鳴らす。

 すると、真っ暗だった図書館が一瞬で明るくなった──これも魔石のおかげである。

 マルグリットは沢山並べてある本を目で追っていき、ロドニーに質問した。


「モニカお嬢様が読んでいた本は何処に?」

「えっとねぇ……確かぁ、ここだったかなぁ……」


 ロドニーは歩きながら、左から二番目の本棚に目をやった。

 縦列一番上の所を見ると、綺麗に並べてある本の中から一冊だけ手前にはみ出ていた。

 ロドニーは、これかもと思い、スライド式の梯子を使ってその本を取り出し、マルグリットに渡した。

 受け取った本の表紙を見ると大きい字で『ログフェスト大陸の都市伝説を追え』と書いてある。

 本は分厚く、読破に挑戦しようとしたら何日もかかってしまうだろう。

 その中からモニカの様子が変わってしまう程の事が書かれているかも知れない。

 マルグリットは、何としても手がかりを掴みたいと思い、近くのテーブル席に座ってページを開いた。

 ページをパラパラとめくる途中で、真横で見ていたロドニーがある事に気付いた。


「ちょっと待って! 何か挟まってるわ」


 ロドニーが指摘した本の上部分を見てみると、一本の長い金髪がはみ出ていた。

 マルグリットは髪の毛を取り出そうとして手を伸ばすが、ロドニーに制止された。


「マルグリット、待って! この髪の毛……もしかしたらモニカ様の物かもしれない。取り出さずにその髪の毛が挟まっているページ部分まで開いたら何か分かるんじゃない?」


 マルグリットは冷静な判断を下してくれたロドニーに感謝しつつ、髪の毛が出ないようにそのページまでめくった。

 数秒経った後、金髪が挟んであるページ部分まで辿り着いた。

 ページの左版面は白紙状態で、右版面には短い文章でこう書いてある。


『黄金のネモフィラを手に入れたその日の帰り道、辺りはすっかり夕暮れ時を迎え、森を出た瞬間、香ばしい匂いが風に乗って鼻先を通り過ぎていった。この辺りに生えている薬草はお湯に混ぜて飲むと身体に良いとされている。いや、いっそのこと紅茶にして飲んだらどれほど美味いのだろうか?』

 

 マルグリットは頬杖をついて考える──この文章にヒントが隠されているのか? 何故、モニカはこの短い文章で思い詰めた顔をしたのか? 

 一番最初に目が止まったのは、〈黄金のネモフィラ〉という単語である。

 最近、新人冒険者達がこぞって追っているとの噂で耳にした事がある──無論、その宝は都市伝説の為、確固たる証拠は何処にも無い。

 きっと、この本に釣られて──多くの冒険者達が──夢を見ているのだろう。

 だが、マルグリットの心は妙にザワついていた。

 

(まさか、モニカ様は〈黄金のネモフィラ〉を探しに行こうとしてるのでは?)


 そんな事を考えただけでも心臓の動きが早くなってしまった。

 だが、その判断を下すのは早いと思い、今は目の前の文章を読む事に集中した。

 次に目を付けたのが、〈紅茶〉という単語──何日か前に、フリード国王が紅茶の良さを語っている場面を思い出していた。

 隣の席に座っているロドニーに質問した。


「ロドニーさん、ゼレスティン領で栽培している茶葉の事なんですが……元々の原産地で分かります?」

「そうさねぇ……栽培を始める前は、ここから南西にある〈うごめく森〉で採取してたって話は聞いた事があるわ」


 うごめく森──毎年、何組かの冒険者パーティーが行方不明になっているという曰く付きのダンジョンである。

 そこの奥地には、木の怪物──通称〈トレント〉──が生息しているとの噂が広まっている。

 マルグリットは、〈うごめく森〉について何か知っているのかとロドニーに聞くが、すぐにかぶりを振って言った。


「あそこの森は危険だから近づかない方がいいって、人伝から聞いただけね」

「そうなんですか……。すいません、色々と聞いちゃって」

「謝んなくていいわよ。……私の方から聞いてもいいかしら?」


 微妙に言いづらそうな表情をしていたロドニーの顔を見てマルグリットは気づく。

 きっとロドニーも自分と同じ事を考えていると。

 マルグリットは一旦呼吸を整えて、ロドニーの顔を見て小さく頷いた。


「モニカお嬢様は、〈うごめく森〉へ行こうとしてるんじゃないかしら?」

「……本当は考えたくなかったんですが、恐らく……」


 ロドニーは頭を抱えてしまい、マルグリットもため息をついてしまった。

 こういう時だけ意見が一致してしまう、しかも悪い方向に……。

 マルグリットは、次に何をすべきかを決めて椅子から立ち上がった。


「これから〈セルディウス〉に行ってきます」

「……モニカ様を止めるんだね?」

「まだそうと決まった訳ではありませんが……嫌な予感がするんです」


 マルグリットの言葉にロドニーは少し口元を緩まして言った。


「あんたの勘は並じゃないからね。……気を付けていきなよ」


 マルグリットは、ロドニーに一礼をして図書館を出て行った。

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