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第二十三話 大切な事

 モニカは年上のお姉さん二人に怖い顔で見つめられ、少したじろいでしまった。


「えっ、えっとね。〈黄金のネモフィラ〉の事なんだけど──〈うごめく森〉にあるって話はギルドにいた人から聞いた話なの」


 すかさずマルグリットは尋ねた。


「誰ですか、その人は?」


 モニカは首を振って自信無さげに答えた。


「それが分からないの。黒装束でマスクをしていたからどんな顔か分からなかった。でも声は女性だった」


(黒装束でマスク……女性の声……)エルゼリアの眉がピクッと動いた。


「他に特徴はありませんでしたか?」

「えっと……。右腕の袖に〈赤い紋章〉が刻んであったのが印象に残った程度ね」


 突然エルゼリアが椅子から立ち上がり、モニカに近づいて彼女の両肩を掴んだ。


「モニカ! 今の話、間違いない?」

「えっ。まあ、そうだけど……」

「どんな模様だったか覚えてる?」

「えっと……、なんか、ガーゴイルみたいな模様だったわ。牙を剥き出しにして……」

「そ、そんな」


 エルゼリアは全て理解したかのような顔つきでモニカから離れ、暖炉のかたわらに設置されているソファに勢いよく座った。


「その紋章、私も見た事があるの。……三年前にね」

「……もしかして」

「そう。あの日出会った【黒装束の女】二人組が着ていた服の袖に赤い紋章があったわ。ガーゴイルの模様がね……」


 マルグリットは視線を下に落とし、これまでの経緯を頭の中で整理していた。

 これは何かの偶然だろうか?

 いや、三年前の事件と今回の〈黄金のネモフィラ〉の件は全て【黒装束の女】が関係しているのは確かな事だ。

 しかし、その女は何故モニカお嬢様に声を掛けたのか? ──エルゼリアではなく、一国の王女に。

 そして、モニカお嬢様を〈うごめく森〉に移動させて何の得があるのか?

 その女の目的、行動は未だに分からない。

 顎に手を当てて考えているマルグリッドを見て、エルゼリアはフッを笑った。


「流石、王女の護衛を務めるだけあって頭が回るね」

「えっ?」


 急に話し掛けられたマルグリットはエルゼリアに視線を向ける。

 ソファに座ってこちらを微笑みながら見ている女魔道士は言った。


「あんたはいち早く私の事を疑ってたんでしょ? 私の身につけてる物や行動とか。あと”この家”の事も……」


 マルグリッドは静かに頷く。

 だが、モニカは何の事なのかさっぱり分からず、マルグリッドの服の袖を引っ張った。


「マルグリッド、どういう事なの? 教えてよ」


 ふくれっ面──自分だけ置いてけぼりにされて面白くなかった──のモニカを見て、マルグリットは慌てて説明した。


「ああ、お嬢様。申し訳ございません。最初にこの家の中を見た時、違和感を感じてました。一人暮らしにしては広すぎるなと。木造の立派な造りになってますし、二階に個室も何戸かあります。この広さだったらもっと大人数で暮らしても問題ないぐらいに」


 モニカは、マルグリッドに家の違和感を説明されてもピンと来なかった。

 自分は外の世界を知らず、部屋が沢山ある王城の広い空間で何一つ不自由無く生活してきた故、価値観のズレが生じてしまい、理解が追いついていなかった。

 必死で考えるモニカの様子を見たマルグリッドは自分の考えを端的に述べた。


「この家は、元々、パーティーメンバーで暮らしてたんじゃないですか?」

「……流石ね」


「えっ」と思わず声が出てしまうモニカを横目にエルゼリアは話を続けた。


「私達は〈うごめく森〉に挑むまで沢山クエストをこなして来たからお金には困らなかった。この家は所謂”隠れ家”みたいなものよ。城下町にも宿は沢山あるけど、何処に行っても満室。運が良くて空室が一部屋だけなんてザラにあるからね。ここは町の喧噪から離れて皆と過ごしたい時だけ使ってたのよ」


 エルゼリアが丁寧に説明してくれたお陰で、モニカは少しずつ外の世界の厳しさを理解出来た。

 同時に自分は凄く恵まれた環境──良き家族、良き町の住人──で育って来たんだなと心の中で実感していた。

 だが、外の世界では個人の考えじゃまかり通らない事は沢山ある。

 そんな中でも、エルゼリアを含めたパーティーメンバーはお互いを尊重し、助け合い、困難な状況をいくつも乗り越えて自分達の居場所を作り上げ、共存し合える仲にまで発展していた。

 しかし、運命は残酷過ぎる。

 クエストに失敗し、仲間を失ったエルゼリアの心情を考えたら、胸が張り裂けそうになる。

 エルゼリアはソファから立ち上がり、皆と食事を楽しんでいた事を思い出しながら木製のテーブルを指先で触り、呟くように言った。


「この家に籠もり続けるとね……、皆の顔が浮かぶのよ……。喧嘩した事やクエストを達成した時の喜び。苦楽を共にした皆の顔が脳裏に焼き付いて離れないのよ。……今でもね」


 口を挟まず、ただ黙って聞いているしかなかったモニカとマルグリット。

 しんみりした雰囲気になってしまった事に察したエルゼリアはパッと表情を明るくして言った。


「まっ、この家は建築で生計を立ててる知り合いに頼んで建ててもらったのよ。めちゃくちゃお金掛かったわー!」


 そう言って笑い、明るく振る舞うエルゼリアだが、心なしか目が潤んでいた。

 一夜で仲間を全員失ってしまった彼女にとってこれ程辛い事は無い。

 その時、モニカは椅子からスッと立ち上がり、エルゼリアの方に無言で向かって行く。

 エルゼリアは、何の前触れもなくこっちへ向かって来るモニカに驚きを隠せなかった。


「モニカ? 急にどうしたの?」

「……」


 モニカは何も言わず、エルゼリアと向かい合う。

 そして、彼女を優しく抱きしめた。

 いきなり抱きつかれた女魔道士は目を見開いて驚いたが、頬と頬が触れ合ってる状態で片耳からモニカのすすり泣く声が聞こえて来た。

 いきなり抱き付かれ、いきなり泣き始めたゼレスティンの第一王女に戸惑いを隠せなかったエルゼリアは、しどろもどろで声を掛けた。


「どうしたのよ」

「エルゼリア、ごめんなさい……。そんな辛い事があったのに……。私、あなたの事、突き飛ばしちゃって……。本当にごめんなさい……」


「フフッ」エルゼリアは思わず笑ってしまった。「いいのよ、気にしないで。……てかあんた、その事ずっと気にしてたの?」


 モニカは首を縦に振った。

 彼女は自分の言いたい事が嗚咽で言えなくなってしまった。

 ”胸の内を明かしてくれてありがとう”と口で伝えたかった。

 でも伝える事は出来なかった。

 エルゼリアの過去があまりにも重い内容で同情するというレベルを遙かに超えていたからだ。

 下手に同情すれば反感を買うかもしれないし、かといって励ますのも上から目線で印象も悪い。

 何も言えなくなっている自分が嫌になってきた。

 そんな自分の気持ちをエルゼリアは察したかどうかは分からないが、両手をモニカの背中に回し、ポンポンと二回優しく叩いた。

 お互いに距離を取り、涙で濡れているモニカの頬を親指で優しく拭い、微笑みながら言った。


「モニカ、ありがとうね。でも、これだけは言わせてちょうだい。冒険者になって得る物は確かに大きい。けどね、失う物はそれ以上に大きいの。一番大事なのは、冒険を通じて何を得る事が出来たのか。それだけよ。それが分からないと落ちぶれていくわ。……私みたいにね」


 その言葉はモニカの心に重くのしかかった。

 自分は外の世界に飛び出して冒険してみたいという考えを小さい頃から持ち、剣術や魔術等を学びながら夢を膨らませていた。

 多分、自分と同じ気持ちを持った人も少なくない。

 いざ、外の世界に出るとこんなにも辛い現実が待ち構えているのかと思うと、一生王国の中で守られながら生活するのも悪くないかな、と考えてしまう自分もいた。

 そんな事を頭の中で考えているモニカの泣き顔を見ていたたまれなかったのか、マルグリッドが話題を変えた。


「エルゼリア。さっきの話の続きをして欲しいのですが……」

「えっ、ああ、ごめん。とにかく私は二人の会話──モニカと受付のお嬢さん──に耳を澄ませてと聞いてたわ。その中でも〈黄金のネモフィラ〉っていう言葉が頭から離れられなかった。もしかしたらモニカは何か知っているかもしれないと思って城に潜入しようと試みたわ」

「そこで偶然といっていいのか、【黒装束の女】が中庭に居たと」

「そういう事。距離を置いて様子を伺ってたら、そいつは中庭の噴水に魔法陣を作ってたわ」


 あの時、魔法を操っていたのはエルゼリアではなく【黒装束の女】の方だったのか。

 いずれにせよその女と会って色々と聞かなければいけない。


「その後、あなた達二人は〈うごめく森〉に強制転送。色々あって今に至るって訳」

「何にせよ、その【黒装束の女】を捕まえないといけませんね。モニカお嬢様をたぶらかして危険な目に遭わせたそいつに……」


 マルグリットの目つきが獲物を狩る目つきに変わり、エルゼリアに尋ねた。


「その【黒装束の女】は何処にいるか分かりますか?」


 エルゼリアは肩をすくめて言った。


「そんなのこっちが聞きたいくらいよ。多分、〈うごめく森〉にいるんじゃないかな」

「ネモフィラが咲いていた場所ですね」


 話している内に雨は止んだが、外はすっかり夕暮れ。

 今、森に行けば確実に夜になってしまう。

 夜はモンスターの徘徊時間になってしまうため、かなり危険であった。

 エルゼリアはしばし考え、二人の顔を見て提案した。


「モニカ、マルグリット。悪いけど私は山から降りてアイテムの調達をするからここで待ってて。夜になったら戻って来るから。明日、〈うごめく森〉に行きましょう」


 モニカは心配した面持ちで言った。


「分かった。気を付けてね」


 エルゼリアはモニカの言葉に軽く微笑んだ後、暖炉のそばに置いてあった服を着用し、その上に茶色のローブを羽織って外に出た。

 マルグリットは彼女の背中をただ黙って見ていた。

 エルゼリアは玄関ポーチを出て家との距離を空けた後、振り返って呟いた。


「モニカ、マルグリッド。ごめんね。自分の事は自分で何とかするから……」


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