第二十二話 抜け殻
パチパチと燃えている暖炉を見つめながら過去を語ってくれたエルゼリア。
彼女の話を一通り聞いたモニカの目には涙が零れ落ちていた。
マルグリッドも神妙な面持ちで話を聞いていた。
エルゼリアは椅子から立ち上がり、窓から外の景色を眺めて話を続けた。
「その後、ギルドに報告して捜索隊に救助の依頼をお願いしたわ。三日かけてうごめく森を捜索した結果、ギルドに運び込まれて来たのは三人の遺体と装備品だけだったの……」
「その三人って……まさか……」
「ルーザス、イシュダッド、リディックの三人だわ」
モニカはショックのあまり地面に座り込み、手で口元を覆ってしまった。
マルグリットはすかさずモニカを支え、椅子に座らせる。
エルゼリアは物憂げな表情でその後の話を続けた。
「ギルドへの報告を一通り済ませた後は最悪だった。私はギルドの皆から責められる毎日を送ったわ。『何故あいつらを見殺しにした』、『お前には人の心が無いのか?』なんて心にも無い事を言われたわ。言いたい奴だけ言わせとけばいい。私はそいつらの言葉を受け流す事が出来た。でも……」
「でも?」
エルゼリアは深い溜息を吐いて言った。
「リディックの背中に一本のナイフが刺さってたの。それが”致命傷”だったらしい。そのナイフは……、私がエミリアに託したナイフだったの……」
モニカとマルグリットの顔色がみるみる内に青ざめてしまった。
エルゼリアは窓から離れ、椅子に座って言った。
「そのナイフには私の名前が刻まれていたの。私は”人殺しの魔女”とレッテルを貼られ、王国から呼び出しを食らったわ。……私は王国に捕まる前に逃げ出した。捕まってたら多分、一生塀の中で暮らしたでしょうね」
マルグリットは神妙な面持ちのまま同情の言葉を送った。
「それは……、大変でしたね」
それに対し、エルゼリアはフンッと鼻で笑った。
だが、マルグリッドは今の話を聞いて腑に落ちない事がいくつかあり、エルゼリアに尋ねた。
「エルゼリア、うごめく森の奥にはトレントが出現したんですよね? 捜索隊はどうやって三人の遺体を回収する事が出来たんですか? 今の話を聞くと相当危険だったのでは……」
エルゼリアは小さく頷いて言った。
「いい質問ね。捜索隊の話を聞いたら、森の奥深くにネモフィラの花畑があった所までは進んだけど、トレントらしきモンスターとは遭遇しなかったと言ってたわ。多分、黒装束の女二人組の片割れが回収したのかもね。一人は私が倒したから」
マルグリッドはその【黒装束の女】が気になるのだが、もう一つ気になる事がある。
「弓使いのエミリアはどうなったのですか?」
エルゼリアはかぶりを振り、視線を下にさげて言った。
「分からない。多分、エミリアは沼に飲み込まれたと思う。捜索隊が森中探しても見つからなかったってさ」
普通に考えたらそうだ。沼に沈んでしまったら見つかる訳が無い。
マルグリッドは余計な事を聞いてしまったと思い、エルゼリアに謝罪した。
「ごめんなさい。辛い過去を掘り下げてしまって」
「ううん、別にいいのよ。気にしないで」
そう言ってエルゼリアは口角を上げて笑顔を見せるが、昔の事を思いだしたせいか悲哀の目をしていた。
冒険者稼業はとても辛く、運良く大金を稼げば悠々自適に暮らす事が出来る。
その反面リスクも大きく、大半の冒険者はそのリスクに心を打ち砕かれてしまう。
それでも一攫千金の夢を追い続ける人達がいる──それが冒険者の性なのだろうか?
マルグリッドはエルゼリアに幾つか質問したい事があった。
さっきの話に出てきた【黒装束の女】の正体は一体何なのか?
もし、その人物がトレントを自由に操れるのなら、非常に厄介な存在となるのは間違いない。
これ以上エルゼリアに質問するのは心苦しいのだが、最後にどうしてもハッキリさせておきたい事があった。
「エルゼリア。最後に一つだけ質問しても宜しいでしょうか?」
マルグリッドがいつもより真剣な眼差しで質問して来たため、エルゼリアにも緊張が走った。
「何よ、急に改まって……」
マルグリッドはチラッとモニカの様子を見て、エルゼリアに質問した。
「昨日の夜、私達は赤黒い触手に捕まって強制的にワープをさせられたって話は覚えてますよね?」
「ええ、覚えているけど……」
「あなたがやったんですか? トレントの木の枝を使って転送魔法陣を作り、私達を強制的にうごめく森へ移動させたのは?」
マルグリッドからの質問に動揺が走るのかと思ったが、エルゼリアは至って冷静だった──まるでその質問を待っていたかのように。
エルゼリアは、一旦深呼吸して質問に応じた。
「まあ、そう思うのも無理ないね。マルグリッド、私の書物を見たんでしょ? 転送魔法陣作成書を」
マルグリットはバツの悪い顔で謝った。
「すみません。人様の物を物色するつもりは無かったんですが……」
エルゼリアは片手をヒラヒラさせて言った。
「いいの、いいの。話が反れたけど、ハッキリ言うわ。中庭の噴水からトレントの触手を出して、貴方達を襲わせたのは私じゃない」
エルゼリアの答えにモニカは眉をひそめた。
(中庭の噴水って……。何でそんな事知ってるのかしら? ……まさか)
モニカは立ち上がり、エルゼリアに尋ねた。
「エルゼリア! あの時、城の中庭にいたの!?」
「ええ、そうよ。でも”先客”がいたの」
「先客?」
「ええ。そいつは三年前、私の仲間を殺した【黒装束の女】よ」
モニカは衝撃のあまり、動揺を隠せなかった。
なぜ、エルゼリアの因縁の相手が私達をうごめく森へと移動させたのか?
一体、何の目的で?
エルゼリアは話を続けた。
「私はゼレスティン王城に忍び込んで、モニカの部屋まで行こうとした。もし、モニカ”お嬢様”と運良く出会える事が出来たら、一緒にネモフィラを探しに行けるか交渉する予定だったの」
「エルゼリア。もしかしてあなた、私が以前からネモフィラを探してるって知ってたの?」
モニカからの問いに、エルゼリアは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「いや、私、以前からモニカの事をマークしてたのよ」
「エルゼリア、どういう意味ですか」
今度はマルグリットが反応する。
若干、声色が低くなり、腰に据えていた剣を取ろうとしている。
自分の大事なお嬢様が危険に晒されたのを侍女として黙って見過ごす訳にはいかなかった。
だが、エルゼリアは侍女からの殺気を感じつつも、冷静に一から順を追って説明し始めた。
「私は三年前の事件の後、冒険者を辞めた。もう何もかも忘れてしまいたくて、人里離れたこの家で過ごす事にしたの」
「冒険者を辞めたあなたがなんでモニカお嬢様に接触しようと試みたんですか?」
不快感を露わにしているマルグリットからの問いに、エルゼリアは椅子に深く座り、天井を見上げて言った。
「私は目立たないようにゼレスティン王国で買い物してたら、黒いフードを被った如何にも怪しい人物とすれ違ったわ。後で色々な人に話を聞いたら、その人はゼレスティン王国の王女様で、城を抜け出しては色々な物を買い漁っていた、と。町の住人は見て見ぬ振りを貫き通していたらしいけどね」
マルグリッドは話を聞いて色々と察した。
お嬢様は度々城を抜け出し、城下町で色々な物を買っていると小耳に挟んだ事がある。
いくら変装しても”声”で分かるため、町の住人は直ぐに見抜いたのだろう。
だが、国の王女様とはいえ、別に悪い事は何もしていない。
更に言えば、変装もせずに図書館で本を読んでいる姿も見掛けるため、そんなに気にする必要は無かった。
マルグリットは迂闊だったと額に手を当てる。
いくら町の住人は優しいからといって、全員が全員って訳じゃない。
やがて悪い人間がモニカに近づき、甘い話や誘惑、最悪なパターンは誘拐。そんなリスクは想定していなかった、とマルグリットは悔やんでしまった。
マルグリッドは少し呆れた表情でモニカを見る。
ゼレスティン王女様は、流石に今回の件は自分にも非があると思ったのか、申し訳なさそうな表情で視線を下に向けていた。
エルゼリアは話を続ける。
「買い物を終えて家に帰ろうとした時、ギルドの勝手口から二人──フードを深く被った人と受付のお嬢さんらしき人──が出て来たから気になって後を追ったわ。物陰に隠れて盗み聞きしてたら、フードを被ってた女は『大事な人を救う為に〈黄金のネモフィラ〉がどうしても必要なの』、と大きい声を出してたわ。でも受付のお嬢さんは『お止め下さい! お嬢様、危険過ぎます!』みたいなやりとりが聞こえたの」
エルゼリアは腕を組み、少し渋い表情で話を聞いていた。
盗み聞きしていたエルゼリアに対して文句を言いたい所だが、今はグッと堪えた。
エルゼリアが説明している時、モニカがゆっくりと手を上げた。
「モニカお嬢様? どうかなさいましたか?」
「あたしね、二人に黙ってた事があるの」
モニカの突然の告白に、二人は驚く。
外の天気は暗雲が立ち込めていた。




