第二十一話 回想その5 ~謎の二人組~
命からがら戻って来たエルゼリアが見たのは、信じがたい光景だった。
そこにはリディックが上半身血まみれ状態──エミリアと二人で手当てをした包帯は血染めになっていた──でうつ伏せに倒れていた。
彼の背中にはナイフが突き刺され、首に一本、腰に一本の弓矢が刺さっていた。
エルゼリアは顔面蒼白になり、震えてしまった。
「そんな、リディック。嫌……」
これは悪夢だ、早く目覚めて欲しい、と心の底から思っていた矢先、近くの木陰から声が聞こえた。
「フフフ。仲間との再会は楽しんでくれた?」
謎の声に反応したエルゼリアは半ば怯えるように問い返した。
「誰? 出てきなさいよ」
エルゼリアから数メートル離れた木陰からエミリアと黒装束の二人組が現れた。
黒いフードと黒いマスクをして顔は分からなかったが、体型と声で女性だと一目で理解した。
二人組の内一人はエミリアの首にナイフを突きつけている。
「エミリア、大丈夫? あんた達、その子を離しなさい!」
エルゼリアの要求に対し、もう片方の女は言った。
「トレントはどうだった? 強すぎちゃってごめんなさいねぇ」
要求に応じなく、逆に煽るかのような発言にエルゼリアはジリジリと詰め寄っていく。
眉間にシワを寄せて近づいて来る彼女に、黒装束の女は右手で『待て』と指示を出す。
「それ以上近づいたらこの女の命は無いよ」
「……あんた達がリディックを殺したの?」
エルゼリアの問いに女は笑った。
「アハハ! 私達は無駄な殺生はしない主義なの。えっと、リディックだっけ。私達は殺してないわよぉ。殺したのはこの弓使いの子よ。ただまぁ、ちょっとこの娘に洗脳の魔道具を使ったら、あっさり仲間を殺しちゃってビックリしたわよ。おかげで仕事の負担が軽くなったわ」
私達はやってないとシラを切る女に、エルゼリアの我慢は限界に来ていた。
エルゼリアの右手には、微かに残っていた魔力で火の玉が構築されていく。
エミリアは嗚咽しながらエルゼリアに謝罪した。
「え、エルゼリア……。ごめ、ゴメンナサイ。私、急に、意識が……無くなって……気付いたら……リディックが血まみれに」
「エミリア! あなたのせいじゃない! こんな奴の言葉に惑わされちゃダメ!」
二人の会話を遮るかのように黒装束の女が言った。
「ほら、本人がこう言ってるじゃない! いい加減現実を見ましょうよ!」
エルゼリアは目を吊り上げ、地団駄を踏みそうになりながらも何とか情報を引き出そうと黒装束の女に再度質問した。
「最後にもう一度だけ聞くわ。何が目的なの?」
黒装束の女はやれやれと肩をすくめ、面倒臭そうに話した。
「分かったわ。冥土の土産に教えてあげる。私達は”ある人”の命令で動いているの。うごめく森に侵入する者を排除しろ、と命令を下されたの」
黒装束の女はそう言いながら、エミリアの身柄を拘束しているもう一人の女──エミリアにナイフを突きつけたまま黙っている──にアイコンタクトを取った。
「ある人? そいつは誰なの?」
「あんたに教える義理は無いわ。どうせここでくたばるんだからね!」
そう言った瞬間、エミリアを拘束している女が懐からナイフを取り出し、エルゼリアに向けて投げつけた!
ナイフはエルゼリアの肩口に刺さってしまった。
あまりの痛さに片膝を付いてうずくまってしまう。
「エルゼリア!」
エミリアは咄嗟に彼女の元へと駆け寄ろうとするが、黒装束の女に後ろから首を絞められ、これ以上言葉を発する事は出来なかった。
もう一人の女は怪我を負ったエルゼリアに近づき、再び高笑いを始めて言った。
「アハハハハハ! やっぱりトレントを湖の近くに召喚しといて正解だったわ! おかげで仕事の負担が軽い軽い!」
「ハァハァ……ぐっ」
「喋れないのかい? うん? じゃあ、お望み通りに、楽にしてあげるから」
女はそう言いながら腰に装備していた短剣を取り出し、エルゼリアの頭部に突き立てようとする。
その時、エミリアは自分を拘束している女の腕を思いっきり噛みついた!
「ギャアアアアアアア!」
今まで無言だったもう一人の黒装束の女の絶叫がこだました。
そして二人はもみ合いを開始する。
エルゼリアを殺そうとした女はビックリして視線を後ろの二人に向けた。
(……今だ!)
エルゼリアは一瞬の隙を見逃さず、右手に形成した火の玉を女の腹部に放った。
魔力を使い果たした為、火の威力は皆無だが黒装束の女を吹っ飛ばす事に成功した。
吹っ飛ばされた黒装束の女は、後頭部を木の幹にぶつけてしまい、気絶してしまう。
エルゼリアは肩に刺さったナイフを抜く。
今にも意識が飛びそうなぐらいに痛く、右肩の感覚が麻痺していた。
だが、自分の事よりも仲間の方が大事だと思い、視線をエミリアの方に向けると、彼女は忽然と姿を消してしまった──エミリアを拘束していた寡黙な女と一緒に。
焦ったエルゼリアは、ポーチから回復薬を取り出して口に含み、残りを負傷した右肩に掛ける。
荒い応急措置を施したエルゼリアは大声でエミリアの名前を叫んだ。
「エミリアー! どこにいるのー!?」
「きゃああああああ! エルゼリアー! 助けてー!」
エルゼリアは声のする方へと走る。
腰の高さまである草むらをかき分けて進むと、エミリアは腰の高さまで泥沼に沈んでしまっていた。
彼女の奥の方で必死にもがいている寡黙の女も一緒に沈んでいた。
「エミリア、待ってて。今、助けるから……」
エルゼリアはそう言って沼のふちまで足を踏み出し、すぐそばに生えている木の枝を左手で掴み、右手をエミリアの元へ伸ばした。
「さあ、私の手を掴んで!」
エミリアは泥だらけの手を必死で伸ばし、エルゼリアの手を掴む事に成功した。
エルゼリアは懸命に引き上げようとするが、寡黙の女がエミリアの腰の部分を掴み、二人の手を引き離そうとする。
エミリアは腰にしがみついている女の手を振り払おうとするが、動けば動くほど沼の中に引きずり込まれてしまった。
「すぐに助けるから……ウッ!」
エルゼリアはそう言って大事な仲間を沼から引き上げようとするが、右肩から血が流れ、同時に痛みがジワジワと感じて来ている事が分かった──応急措置が適当だったせいで肩口の傷が開いてしまったのだろう。
踏ん張ろうにも肩の痛みでエミリアを引っ張る力が出なかった。
重症を負いながらも懸命に助け出そうとするエルゼリアの姿を見て、エミリアは言った。
「エルゼリア、逃げて! このままじゃあなたも泥沼の中に落ちちゃう!」
普段大声を出さないエミリアが急に叫び、女魔道士は面を食らってしまった。
エミリアは涙ぐんで彼女の手を離そうとする。
だが、負傷している女魔道士はエミリアの手を再度握り直し、強い口調で言った。
「馬鹿な事を言わないで! 一緒に逃げるのよ!」
エミリアは涙を流し、感謝の言葉を述べた。
「エルゼリア、私は皆と一緒に冒険するのが本当に楽しかったよ。だから、あなただけでも生き残って。お願い」
そんな二人のやりとりに寡黙の女はニヤリと笑って言った。
「この女を殺せばあたし達の役目は果たしたような物よ。さあ、諦めて……えっ?」
一瞬の出来事だった。
黒装束の女の胸にはナイフが突き刺さっていた。
女は口から吐血し、仰向けに倒れた。
ズブズブと泥沼に沈む黒装束の女に対し、エルゼリアは吐き捨てるように言った。
「……さっきのお返しよ。さっさと地獄に堕ちなさい」
その時、森の奥からうめき声が聞こえて来た。
恐らくトレントが居場所を嗅ぎつけたのだろうか。
再び地面が揺れ始めた。
もう時間が無いと勘づいたエルゼリアは、再びエミリアを引っ張り上げようとする。
だが、思いのほか地面の揺れが激しく、二人の手は離れてしまった。
固い地面に尻餅を付いてしまうエルゼリア。
エミリアの身体は胸の高さまでズブズブと沼に沈んでゆく。
自分の運命を悟ったエミリアは滂沱の涙を流して叫んだ。
「エルゼリア! 私の事はいいから! 早く行って! 走って!」
「エミリア……ごめんなさい!」
エルゼリアはその場を後にして、森の開けた場所に出ると地面から赤黒いトレントの根っこが目の前に現れた!
だが、エルゼリアは一目散に逃げ出した。
皆の為に。そして生きる為に。
彼女は涙を流しながら必死で走った。
何とか追撃をかわして〈うごめく森〉を脱出したエルゼリアは、身も心もボロボロになりながらも〈ラグドアーナ王国〉に帰還する事が出来た。




