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第二十話 回想その4 ~女魔道士の孤独な戦い~

「嘘よ……トレントって、こんなに大きいモンスターなの?」


《私達は以前にもトレントの討伐クエストに何回も挑んだ事があるの。その時のトレントは”人型サイズ”のモンスターだったわ。地面から触手が出るわけでもなく、叫び声を上げながら、ナイフのように尖った葉っぱを飛ばす攻撃しかして来なかった。だから、私の想像してたトレントはかけ離れていたの。……今思えば調べもせずにクエストを受けたのが間違いだったわ》


 エルゼリアは危険を察知して呪文を唱え始めた。

 トレントもエルゼリアの行動を妨害するかのようにうなり声を上げ、彼女の立っている周りの地面から無数の木の枝が飛び出し、エルゼリアに襲いかかった!

 エルゼリアは素早い身のこなしで攻撃を回避し、予め右手に魔力を溜めていたお陰で火球(ファイアーボール)をトレントに向けて放った!

 火球は怪物の顔部分に命中したがよろめく気配を感じない。

 トレントは攻撃されて怒ったのか、奇声を上げながら頭の部分──樹冠に生えている葉っぱ──から針のような小枝を複数飛ばして反撃を開始した。

 エルゼリアは咄嗟の判断で地面に落ちていたイシュダッドが使っていた盾を拾って身体を守ろうとする。

 甲高い金属音が鳴り響き、小枝の連続攻撃に必死に耐えるエルゼリア。

 だが、勢いに負けて体勢を崩してしまい、最後に飛んで来た小枝が女魔道士の左脚を掠った。

 掠った部分のブーツは破れ、中から血が出てしまった。

 エルゼリアは歯を食いしばって立ち上がり、お返しと言わんばかりに複数の火球を放つ。

 樹冠は燃え広がり、曲がりくねった触手は焼かれて灰となっていく。

 トレントは悲鳴を上げ、上下左右にぐらつき、遂には背後にある湖の上に倒れてしまった。

 大きな水しぶきを立て、そのまま動かなくなってしまった。


(た、倒したの?)


 エルゼリアは不安で仕方なかった──こんなにも呆気ないのか、と。

 左脚を引き摺りながら仲間二人の元に歩み寄る。

 時々、動かなくなった木の怪物を警戒しつつ、仲間二人の安否を確認する。

 ルーザスは目を見開き、瞬きもせず、エルゼリアが声を掛けても反応する事は無かった。

 エルゼリアが彼の首筋──血がべっとりと付着している──に触れると、氷のように冷たかった。

 悲しみが一気に込み上げてしまったエルゼリアは涙を流し、ルーザスの瞼を静かに閉じた。

 そして、イシュダッドの元に行く。

 うつ伏せで倒れていた彼の身体を起こそうと思い、触ろうとする。その時。


「うっ、うう……」


 イシュダッドから呻き声を聞いたエルゼリアは慌てて彼の上体を起こし、凄ましい形相で叫んだ。


「イシュダッド、イシュダッド! しっかりして!」

「え、エル……ゼリア、か?」


 口から血を流し、薄目で彼女の顔を見つめるイシュダッド。


「お、俺の事はいいから……に、逃げろ……」


 イシュダッドの言葉にエルゼリアはかぶりを振って言った。


「トレントの事なら心配しないで。私が倒したから──」

「いいから、逃げろ。早く」


 エルゼリアは意味が分からなかった。

 トレントは自分が倒したのに何故イシュダッドは逃げろと言うのか。

 その言葉の意味を理解するのは思いのほか早かった。


「グゥオオオオオオオオ……」


 うなり声と地響きが発生し、倒したはずのトレントがゆっくりと起き上がって来た。

 エルゼリアは立ち上がり、再び右手に魔力を込め始める。

 だが、イシュダッドは彼女の足首を掴んで言った。


「や……めろ。あいつは、化け物だ……」


 そう言って彼女の足首から手を離し、目を閉じてしまった。


「イシュダッド!」


 エルゼリアは仲間の名前を叫ぶが、返事は返って来ず、そのままぐったりしてしまった。


(なんで、こんな事に。なんで……)


 女魔道士の心は怒りと憎悪で燃え上がり、自分の魔力を最大限に活用し、大きな火球をトレントに対して放った!

 再び炎に包まれたトレント。

 が、トレントは燃えるどころか、当てられた火の玉を吸収するかのように身に纏った炎は消え、幹の部分や触手の色は赤黒く変色してしまった。

 その色を見た瞬間、エルゼリアはその場で座り込んでしまった。

 さっき休憩所でみた巨大な赤い物体、あれはトレントの体の一部なのか、と。

 トレントは鬼の形相でエルゼリアを睨み付け、複数の触手を使って彼女に猛攻撃を繰り出してきた。

 エルゼリアも必死で回避しようとするが、さっきよりも攻撃スピードが速くなり、全て躱し切る事は出来なかった。

 長い触手は駆け出しの女魔道士の身体をムチのように何回も痛めつけた。

 顔、側頭部、肩、腰、背中。

 骨の髄まで叩きのめされたエルゼリアは吹っ飛ばされ、地面に打ち転がされてしまった。

 それでも彼女は立ち上がり、反撃を試みようとするが、もう魔力は残っておらず体力も限界を尽きていた。このまま怪物に立ち向かえばやられてしまう。

 そう判断したエルゼリアは、近くにあった二人の所持品(ロングソード、アイテムが入ってあるポーチ)を回収してその場から撤退しようとする。

 だが、異様な形態に変貌した木の怪物は彼女を阻止しようと触手を繰り出そうとする。

 一本の触手が彼女に襲いかかって来た。

 エルゼリアは間一髪で身体を横に逸らすが、肩に担いでいたポーチの紐が触手に当たり、切れてしまった。ポーチの中身は地面にぶちまけられ、アイテムが斜面を転がってしまった。

(しまった!)とエルゼリアは思ったが、その中の一つにエミリアが持参していた謎の青白い結晶が赤く点滅していた。

 結晶体から低く、鈍い金属音が鳴り、エルゼリアは思わず耳を塞いでしまう。

 だが、苦しんでいるのはエルゼリアだけじゃなかった。


「ア、アアアアアア。ガッ、ガアア……」


 さっきまで活発だったトレントは急にしぼみ、赤黒い身体はいつの間にか元の茶色に戻ってしまった。

 エルゼリアは顔をしかめながらも、結晶と回復薬が入った試験管を数本持ってその場を後にした。

 衣類はボロボロになり、激痛が身体中を駆け巡っていた。

 だが、エルゼリアは生きて帰るため、残りの仲間の元へと精一杯両脚を回す。

 時折、左脚から来る痛みにバランスを崩しながらも根性で前に進んだ。

 身体の痛みなんて正直どうでもよかった。

 何より辛いのは大事な仲間を救えず、置き去りにしてしまった事。

 二人の仇を討てなかった事。

 自分一人だけじゃ何も出来なかった事だ。


《仲間を置き去りにした罪悪感は今でも拭えない。あの二人の顔はいつまでも忘れない。だけど、それ以上に辛かったのは……》


 トレントを倒せず、仲間を救えなかった彼女は、後悔と自責の念に駆られながらも急いでエミリアとリディックの所に戻る。

 だが、彼女を待っていたのは想像を絶する光景だった。

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