第十九話 回想その3 ~森の主~
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来週の土曜日(9月19日)はお休み致します。
次回の更新日は9月26日です。よろしくお願いします。
ルーザスの提案に一同は声を荒げた。中でもイシュダッドはこれまでに無い剣幕な表情を出して猛抗議を行った。
「おい、ルーザス! 本気で言ってんのか? あのモンスターの事を知らずに立ち向かうなんていくら何でも無謀だぞ!」
「まだ戦うと決まった訳じゃないだろ! 敵情視察ってやつだ。俺だってバカじゃねぇよ」
「いや、あんたは大バカだわ」
エルゼリアはイシュダッドを押しのけてルーザスの前に立ち、啖呵を切り始めた。
「ここは一旦退くのが最善よ。敵はトレントだけじゃなく、他にも強力なモンスターがいるのだとしたら、私達五人だけじゃ勝ち目は無いわ」
だが、大バカと言われたルーザスはしかめ面で睨み、自分の気持ちを正直に話した。
「ここまで来たんだ! この地面を見ろよ、地面の割れ目が森の奥深くまで続いている。これを辿って行けば何か分かるかもしれない。撤退はその後でもいいだろ」
「今は緊急事態よ! リディックが怪我をしているのよ! 一刻も早く退散すべきだわ!」
「じゃあお前は他の冒険者に手柄を横取りされても構わないのか!?」
「みんなの身の安全よりもクエストが大事だっていうの?」
《私はルーザスの身勝手な判断に我慢が出来なかった。今まで何とか上手くやってこれたけど、今回ばかりは無茶だと悟ったわ。私が無理にでも止めることが出来たらって思うと……》
ルーザスとエルゼリアの口論が続き、遂にルーザスの堪忍袋の緒が切れてしまった。
「ああもう、うるせぇなぁ! じゃあ俺一人で行ってやるよ!」
「ルーザス、あなた正気なの?」
「俺はいつだって冷静だ! ここで逃げてしまったら、ギルドの奴らから臆病者扱いにされるぞ! 俺はそんなのゴメンだからな!」
ルーザスの頭は完全に血が昇ってしまい、他のメンバーからの制止を振り切って地面の割れ目を頼りに森の奥深くまで歩いてしまった。
リーダーの背中が見えなくなった後、イシュダッドが他のメンバー三人に頭を下げた。
「すまない、皆。こんな事になっちまって。副リーダーの俺が不甲斐ないせいで」
イシュダッドの謝罪にリディックは優しくフォローした。
「あなたのせいじゃありませんよ。ルーザスが勝手に突っ走っただけです」
エミリアも彼の言葉に深く頷き、同情を示した。
「リディック、ありがとな。……俺はあいつの後を追う。お前らはここで待機してろ」
イシュダッドの言葉に三人は驚きを隠せなかった。
エミリアは半べそをかきながらイシュダッドの手を掴んで阻止しようとした。
「イシュダッド、行かないで! 早くここから逃げよぉ……」
「エミリア、俺だって逃げたいさ。でも俺は仲間を見捨てるほど薄情者じゃない。大丈夫だ、あいつを連れて戻ってくる。アイテムを借りるぞ」
イシュダッドはエミリアの手をほどき、回復薬や魔道具を沢山入れたポーチを持ってルーザスの後を追った。
◇
二人の姿が森の中に消えた後、女性陣はリディックの怪我の手当を行っていた。
毒や麻痺の状態異常は無く、深い刺し傷だけで済んだ。
だが、ルーザスとイシュダッドの二人は一向に戻ってくる気配が無かった。
テントを片付け、荷物も全部まとめて帰還する準備を済ませてある。
リディックの治療を終えたエミリアは地べたに座り、暗くて先が見えない森の奥を見つめて呟いた。
「大丈夫かなぁ、二人共……」
二人の身を案じているエミリアの後ろで、世話しなくうろつき回っているエルゼリアの姿がそこにあった。
彼女は親指の爪を噛み、渋い表情を浮かべて二人が戻って来るのを待っている。
だが、我慢の限界が来ていた。
いくら何でも遅すぎる。
例えルーザスが怪物と戦っていたとしても、イシュダッドが力尽くで止めて戻ってくるはずなのに、と。
そんな事を考えている内に頭から湯気が出そうなくらいに苛立ってしまう。
そんな彼女の様子に気付いたリディック──上半身はシャツ一枚で怪我を負った箇所は包帯に巻かれている──が声を掛けてきた。
「エルゼリア、そんな怖い顔しないで下さいよ。大丈夫です、直ぐに戻ってきますよ」
「ああ、ごめんなさい。二人の事を思ったら心配で心配で仕方なかったの」
リディックの声掛けで我に返ったエルゼリアは、勝手に苛立ってしまった自分自身が恥ずかしかったのか、バツの悪い顔で髪の毛をいじりまわす。
だが、彼女の心理状態は焦りと不安と苛立ちで一杯であった。
そして、エルゼリアは決断する。
「私、二人を探してくる」
女魔道士の言葉にエミリアとリディックは猛反対したが、エルゼリアの決心は揺らがなかった。
「エミリア、リディック。本当にごめんなさい。もし明け方までに戻って来なかったら貴方達二人だけでも逃げなさい。ギルドに戻ったらすぐに報告する事。いいわね?」
これ以上何言っても無意味だと悟ったのか、二人共エルゼリアに視線を合わさずに首を縦に振った。
エルゼリアは二人の寂しい瞳を見て胸が苦しかったが、今は先に行ったルーザスとイシュダッドを探すのが先決である。
「エミリア」エルゼリアが声を掛けた。「これ、あげる」
エルゼリアはそう言って、護身用ナイフ──ブレード部分にはエルゼリアの名前が刻まれている──を渡した。
エミリアはアーチャーの為、弓以外の武器は所持していなかった。
もし弓が使えなくなった時に、護身用の武器を渡しておけば何かの役に立つだろうと考えたのである。
「ありがとう。気をつけてね」
エルゼリアは覚悟を決めて、ルーザスと同じく地面の割れ目を頼りに森の奥深くへと入っていった。
◇
エルゼリアは茂みの中を歩き続けて数分後、地面に出来た割れ目が無くなる場所で一旦立ち止まり、彼女はズボンのポケットから魔石を取り出して辺りを照らし始める。
視界に広がるのは、不気味に垂れ下がっている太い蔦や夜空を覆い隠す無数の葉っぱ、一歩踏みしめる度に小枝の折れる音が空間に響き渡っていた。
その時、何やら不快な匂いが彼女の鼻先を通り過ぎた。
彼女はその強烈な匂いに顔を歪め、咄嗟に鼻をつまむ。
(血生臭い……)
エルゼリアは匂いの元凶を探って行くと、小バエが羽音を立てて一定の場所を旋回していた。
その場所まで行き、視線を落とすと思わず目を見開く。
三体のナイトウルフがお腹の部分から血を流して倒れていた。
エルゼリアは地面に流れているナイトウルフの腹部に触れてみると、まだ微かに暖かい。
屍になってまだ一時間も経っていないと感じ、エルゼリアは二人が近くにいると予想する。
更に歩き続けると、数十メートル先に樹木が無い空間を発見した。
エルゼリアはその空間に向かって一目散に駆け出す。
森を抜けると目の前には青白いお花が咲いた地面が辺り一面に広がっていた。
月に照らされたお花畑は生ぬるい風を受けて煌びやかに踊っていた。
エルゼリアは片膝を地面に付き、花を一輪取って確認する。
これは……ネモフィラなのか?
何でこんな森の奥深くに咲いてあるのか?
様々な疑問が彼女の頭の中で駆け巡りつつも、神秘的な風景に思わず息を飲んでしまう。
だが、穏やかな時間はそう長く続かなかった。
「ギャアアアアアアアア!」
人間とは思えない叫び声が静寂の空間を切り裂いた。
エルゼリアは右手に魔力を溜めて、いつでも戦闘出来るように身構える。
声のした方へ振り向き、歩を進める。
広い円形状のお花畑から西側の開いた草原地帯を歩くと、目の前には巨大な湖が広がっていた。
波が立っていない静寂に包まれた湖面には、満月が映し出されていた。
エルゼリアは目の前の急な斜面を下って湖に近づこうとするが、その場で立ち止まった──正確には行けなかった。
彼女は小刻みに震えてしまった──恐怖、絶望、悲しみが一気に押し寄せて来た。
同時にさっき聞こえた悲鳴みたいな音の正体も理解出来た。
エルゼリアは片手で口を押さえ、呟いた。
「うそでしょ……。ルーザス……イシュダッド……」
彼女の瞳の先には、太い三角形の槍みたいな木の枝が二人の身体を無数に突き刺していた。
貫通された二人の身体は血にまみれ、両手両足はぶら下がって動く気配が無かった。
ぐったりとしている二人の背後には普通の樹木よりも数倍でかい大木がそびえ立っていた。
その幹の部分には三カ所の大きな空洞があり、まるで目と口のように形取っていた。
その木の周りには不規則に曲がりくねった木の枝が無数にうごめいている。
目の前の光景にショックを隠しきれず、エルゼリアは涙を零してしまった。
二人を助けたい。しかし、足が動かない。このままずっと傍観者になってしまうのか。
エルゼリアは無意識に二,三歩後退りする。
……踵に何かが当たった。
「きゃあ!」驚いて地面を見ると、ルーザスが愛用しているロングソードが落ちてあった。
ロングソードの隣には、イシュダッドが先程エミリアから拝借した大きいポーチ──中には沢山のアイテムが入っている──とイシュダッドが使っている大きな盾が落ちていた。
その時、エルゼリアの悲鳴に反応したのか、大木が動き始めた!
「グオオオオァァァァァ……」
うなり声を上げ、幹の部分の空洞は人の顔のように動き、エルゼリアを睨み付ける。
エルゼリアは声を震わせた。
「これが……トレント……」
引退した元・魔道士エルゼリアの過去を紐解いていきます。




