第十八話 回想その2 ~森の異変~
次の日の夜、一行は〈うごめく森〉の入口に立っていた。
「うわぁ、前が全く見えませんね……」
パーティーの中で一番年下のリディック──茶髪のハネ毛に丸渕めがね、白を基調とした魔道士のローブを着用している──は、森の異様な静けさと先が見えない暗闇に不気味がっていた。
彼は、有名な魔法学校を卒業したエリートで将来を期待されていたのだが、この世界を旅してみたいと思い、実家から抜け出して冒険者になったのだ。極度の心配性でいつも大きめのリュックを背負い、右手に杖を持っている。
「なんだ、リディック。怖じ気付いたのか? 男ならドーンと胸を張れよ」
パーティーリーダーのルーザスは、怯えているリディックの背中を軽く叩いた。
「大丈夫だ、リディック。お前はいつも通り後方でサポートに回っていればいいから」
ルーザスがリディックを励ましている最中、エミリアが声を掛けてきた。
「ねえ、ルーザス」
「ん、どうした、エミリア?」
エミリアがポーチの中から青白い結晶体を取り出してルーザスに見せる。
結晶体は中心から外側に広がるようにゆっくりと点滅していた。
「エミリア、この石は?」
「これはモンスターの居場所を感知出来る石。モンスターから発生する魔素に反応すると光るの」
弓使いのエミリアは、人見知りが激しい性格で普段は物静かだが、ギルドの中でも一,二を争う弓の名手であり、他にも魔道具や回復アイテムの管理等を担当している。
今まで冒険者としてやっていけるのは彼女のお陰といっても過言ではない。
ルーザスは興味深々で結晶体を観察する。
「なあ、エミリア。この石が光っている事は……モンスターが近くにいるのか?」
ルーザスの質問に対し、エミリアは静かに頷いて言った。
「うん、とても沢山。なのにこの異様な静けさが怖いの。まるで私達を誘っているかのように感じてならない」
エミリアの言葉にパーティー内の空気はいつも以上に張り詰めていた。
ルーザスは険しい表情で剣を両手に持ち、皆に指示を出した。
「よし、行くぞ。イシュダッドは俺と一緒に前線に立ってくれ。エルゼリアとエミリアは援護射撃を頼む。リディックはサポート役に回れ。いいな?」
「分かった」
「了解」
「うん、分かった」
「分かりました」
一行は陣形を敷いて森の中に入っていく。鳥や虫の鳴き声が一切聞こえず、森の葉が微かに揺れる音だけが彼等の聴覚を刺激していた。
◇
《その日は雨も降ってなくて、固い地面だったから何事も無く進むことが出来たわ。エミリアの言う通り、モンスターと何度か対峙したけどそんなに強くなかったから、段々と余裕が出来ちゃったの。今思えば、隙が生まれたせいであんな事に……》
体力回復の為、テントを張って休憩を取り始める一行。
エルゼリアがテントの中で魔術書を読んでいる時、エミリアが声を掛けてきた。
「エルゼリア、ちょっといいかな?」
「どうしたの?」
二人はテントの外に出て、近くの草むらに隠れるようにしゃがみ込む。
心なしかエミリアの表情が曇っているように見える。
エルゼリアは彼女の手を取って尋ねた。
「何か心配事があるの?」
「エルゼリア。わ、わたし……この森から早く出たい」
エルゼリアは怯えている彼女を抱きしめ、片手で背中を優しくさすり始めた。
「大丈夫、何があっても貴方を守ってみせる。もし、貴方に何かあったら……、アルミラが許してくれないでしょうね」
エミリアには大好きな妹──アルミラがいる。
姉妹仲はとても良く、いつも二人で行動を共にしてたのだが、姉のエミリアが冒険者として旅立つ際には、幼きアルミラと抱き合って大泣きしてしまった過去がある。
その姿を間近で見ていたエルゼリアは胸が苦しかった。
だから、早くクエストを終わらせたいと考えた時、エミリアが突如ポーチから先程の結晶体を取り出して見せつけた。
その石は、エミリアの掌で赤く光っていた。
「この赤い石は?」
「これは入り口付近で皆に見せた青白の結晶体と同じ物なの」
そうエミリアに言われた時、一瞬意味が分からなかった。
さっきまで青白く光っていた結晶体がなぜ赤く光っているのか?
エルゼリアは赤く光っている結晶体を見た時、不思議な違和感を覚え始める。
「エミリア、どういう事?」
「正直、私も分からない。モンスターと遭遇した時は青く光っていたけど、赤く光るなんて私も初めて見た。だから怖いの……」
「モンスターとはまた違う存在がいるって事?」
エミリアは目に涙を浮かべながら激しく首を横に振って答えた。
「それも分からない。でも、異変が起きている事は確か」
エミリアは両膝を抱え、身を丸くしたまま地面に座って震えていた。
そんな彼女を見ていたエルゼリアは、一旦クエストを中断して引き返した方がいいと判断を下し、他のメンバーに伝えようと立ち上がった時、エミリアに服の袖を掴まれてしまった。
「エミリア、どうしたのよ」
「ルーザスに言わないで。言っても無駄。だから二人で逃げようよ」
「何言ってんの? 仲間でしょ? 二人で逃げたってなんの意味も無いじゃない」
「でも──ッツ!?」
突如、二人の視界が上下に揺れ始めた。
ゴゴゴゴゴゴと地響きが続き、地面が不規則に揺れている。しばらく経つと揺れは収まったが、テントの中から男性陣が飛び出して来た。
「なんだ、今の揺れは?」
「エルゼリア! エミリア! 大丈夫か?」
「ええ、大丈夫」
「皆さん、あれ見てください!」
リディックが指をさした方向を見ると地面が縦にひび割れ、中から巨大な赤黒い謎の物体が出現していた! その物体はまるで呼吸するかのように大きく上下動を繰り返していた。
膨れる度に人間の血管みたいな筋が赤く浮かび、縮む時は筋が消えて行く。
ルーザスは腰に付けていたロングソードを手に取る。
「皆、下がってろ」
ルーザスは忍び足で赤黒い物体に近づく。
物体との距離が一メートル程の距離まで縮めた時、物体から数カ所の穴が開き、そこから何本もの鋭く尖った木の枝がルーザスに襲いかかって来た!
ルーザスは反射的にしゃがみ込み、間一髪で回避する事が出来たが、彼の背後は他のパーティーメンバーが見守っていたため、標的は他の三人に移り変わってしまう。
しまった! と思ったが、イシュダッドが大きい盾で三人を守り、飛んで来た木の枝を弾き飛ばす。
ルーザスは体勢を立て直し、赤黒い物体を剣で叩き斬った!
物体は甲高い悲鳴を上げながら、地面の奥深くに潜り込んでしまった。
唖然とする五人。
そんな中、リディックが右肩を押さえながら倒れてしまった。
イシュダッドは倒れたリディックを抱き起こして言った。
「リディック、大丈夫か? おい、しっかりしろ!」
イシュダッドの声に、リディックは引きつった笑顔を一瞬見せて応えるが、直ぐに苦悶の表情に切り替わってしまった。右の肩口には木の枝が刺さって、服の内側から血が滲み出ていた。
リディックは額から汗を吹き出しながら謝罪した。
「ウッ、すみません。木の枝が……肩に……」
エミリアは世話しなくポーチの中を漁り、コルクの栓がしてある緑色の液体が入った試験管を一本取り出して言った。
「ジッとしてて。傷口に薬──ポーション──を掛けるから。イシュダッド、リディックの身体をしっかり押さえて」
エミリアはそう言って、リディックの右肩に刺さってる木の枝を取り除き、傷口に薬を掛けた。
リディックは声にならない悲鳴を上げ、暴れそうになりながらもイシュダッドがリディックを上から押さえ付けていた。
少し痛みが和らいだのか、汗だくになりながらも応急措置をしてくれた二人に謝罪した。
「本当にすみません。僕が不甲斐ないせいで──」
「いやリディック、俺が悪かった。お前を守り切れなかった。すまない」
沈痛な面持ちでリディックに頭を下げるイシュダッド。
エルゼリアは地面に落ちた木の枝を拾い上げ、じっと観察して呟いた。
「中に何か入ってる」
そう言って木の枝を割った瞬間、割れ目から赤い液体が流れ出し、エルゼリアの手を伝って地面に滴り落ちてしまった。
エルゼリアはぎょっとして木の枝を地面に落としてしまった。
そして、赤い液体が付いた手を鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。
錆びた鉄のような匂いが女魔道士の鼻腔を突き刺していた。
間違いない、これは”血”だ。
しかし、何故”血”が木の枝の中に入っているのか見当が付かない。
さっき出て来た黒い物体は一体何なのか?
エルゼリアが思考を張り巡らしている間、ルーザスは森の遙か遠くを見つめたまま立っていた。
「おい、ルーザスどうした」イシュダッドが声を掛けた。「何か見えるのか?」
副リーダーの問いかけに対し、ルーザスは首を微かに横を振るだけで視線は真っ直ぐ森の向こうを凝視していた。
しばらくした後、彼は口を開いた。
「なあ皆、あの物体は一体何なのか調べてみないか?」




