第十七話 回想その1 ~事の発端~
「三年前、私は隣国の〈ラグドアーナ王国〉ギルドの冒険者だったの。当時、私が組んでたパーティーは危険なクエストを数多くこなして、人気も実力もそれなりに付いてきた頃、ある仕事の依頼が舞い込んできたわ……」
◇
三年前、ラグドアーナ王国冒険者ギルド〈アルタージュ〉にて。
全身白の鎧で覆われた金髪男は、ある討伐クエストの用紙を見て、近くのテーブルに座っている仲間に声を掛けた。
「おーい、見ろよこれ。トレントだってさ! こりゃあツイてるぞぉ!」
「ルーザス、声でけぇよ! 何だよ、そんな張り切ってさ」
スキンヘッドが特徴の大柄な男は、右手に持っていたビールジョッキを机の上に置いて、声を張り上げた金髪男に注意する。
ルーザスと呼ばれた男は、バツの悪い顔で後頭部を掻きながら反省する。
「わりぃわりぃ。いや、でもこれ見ろよ」
ルーザスはそう言って、手に持っていたクエスト依頼書をスキンヘッドの男──背中に大きな盾を背負っている──に手渡す。
その用紙にはこう書かれてあった。
~討伐クエスト~
ゼレスティン領南西に位置するうごめく森にてトレント出現! 討伐求む!
討伐条件:トレント1体の討伐──トレント討伐の証明は、トレント内部の魔石をギルドに提出。
報酬:100万G、素材の回収は各自自由、冒険者ランクUP
※何があっても全て自己責任。冒険者ギルドは一切、関与を持ちません。
~以上~
ルーザスは興奮した様子でこのクエストに参加するよう促し始めた。
「またとないチャンスだ。トレントを倒せば百万も貰えて、高価な素材も回収出来る。こんな美味しい仕事はねえよ。イシュダッド、お前なら俺の気持ち分かってくれるよな?」
目が輝き、白い歯を見せてくるルーザスに対し、褐色肌のスキンヘッドを自分の片手でぱちんと叩き、困った表情を浮かべているイシュダッド。
このクエスト内容は、見れば見るほど危険な匂いを発していた。
特に最後の注意書き。
《何があっても全て自己責任。冒険者ギルドは一切、関与を持ちません》
普通ならこんな注意書きは表示されない。
確かに、冒険者という職業は常に命の危険に晒されるのが常である。もしダンジョンで死んだとしても誰にも発見されず、万が一、他の人間が見つけたとしても既に白骨化で身元が分からなくなってしまう事もありうる。
でも、それでもだ……。
そんなに危険なクエストだったら、他のパーティーの奴らも誘って大所帯を組んだ方が良いのではないか?
例え、満身創痍になったとしても助けてくれる人が一人でもいたら心強い。
イシュダッドは満面の笑みで良い返事を期待しているルーザスに話し掛けた。
「なあ、ルーザス。このクエストやばくないか? 俺ら五人だけじゃ到底無理だ。他の奴らも誘って」
イシュダッドが説得している中、口元に人差し指を立て、静かにしろという合図を送ったルーザス。
そしてイシュダッドに近づき、小声で話し掛ける。
「バカ、それじゃ分け前が減るだろ。今の俺達は”敵なし”だ。仮に他の奴らを誘ったって足手まといになるだけだ。つまり”用なし”。分かるか?」
イシュダッドはこりゃダメだ、と片手で両目を覆い被せてしまう──ルーザスは一度決めたら必ずやり通す性格を嫌でも知っているからである。
一応、他のパーティーメンバーにも意見を求めようとして、依頼書を机の上に置く。
他の三人はその依頼書を一文字づつ確認するかのように凝視している。
読み終わった後、背中に大きな弓を背負っている小柄な女性が最初に感想を述べた。
「と、トレントって……結構やばくない? うごめく森なんて行ったこともないよぉ」
不安と恐怖が混ざり合った声でイシュダッドに訴える。
だが、ルーザスは怯えている彼女の頭を優しくポンポンと叩いて言った。
「かぁー、エミリア。お前のネガティブ思考は相変わらず直らねぇなあ。もっと俺みたいにポジティブになろうぜ。な?」
「で、でもぉ……」
「なぁ、エミリア」
ルーザスはそう言ってエミリアの横に座り、彼女を励ました。
「お前の弓捌きは今まで見て来た人の中で一番の腕前だ。大丈夫、俺が保証する。それに俺達、何度も危ない目に遭って来たじゃないか。それを皆でカバーしながらここまで来たんだ。それに」
「それに?」
「この俺様がいるからな。後、イシュダッドも」
今度は親指を立てて自分の顔を指すルーザス。
イシュダッドは腕を組み、不満そうな口ぶりで抗議した。
「おい、俺を後付けにするなよ」
「おっと、こりゃ失礼。アハハ!」
エミリアの横で笑っているルーザスを見て呆れたのか、テーブルを挟んで彼の真向かいに座っている女性がキセルを吹かして首を横に振った。
その様子に直ぐさま反応するルーザス。
「なんだよ、エルゼリア。文句あんのか?」
「ルーザス、あんたって人は本当にバカね」
ルーザスはエルゼリアの率直な感想をぶつけられて眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味よ。第一、ダンジョンの特性を調べずに行くなんて愚かな行為よ」
「じゃあ、お前は反対なのか?」
「これだけの報酬だわ。いくら何でも高すぎる。ちゃんと前もって調べるか、他の冒険者とも相談して──」
「それじゃ遅すぎるんだよ!」
ルーザスはいきなり声を張り上げ、ドカッと机を叩いた。
エルゼリアは冷ややかな目つきでルーザスを睨む。
周りにいた冒険者や一般人、受付嬢までが一斉に音のした方へと視線を集める。
イシュダッドは二人の間に割って入った。
「おい、よさないか二人共。ルーザス、少しは頭を冷やせ。皆の意見を聞いてから判断するのも遅くはないぞ」
その言葉にルーザスとエルゼリアの間に生じた殺気は無くなり、両者とも椅子の背もたれに身体を預けた。そんな時、エルゼリアの隣に座っている人物が挙手をする。
「あ、あの……」
イシュダッドは柔らかい口調で声を掛けた。
「どうした、リディック?」
「僕もエルゼリアの意見に賛成します。クエストの内容が……ちょっと……」
「──あのなぁ」
ルーザスは足を組み、両肘を机に置いて喋り始めた。
「この間のナイトウルフ──夜の時間帯に出現する凶暴なオオカミ──の大群だって五人で蹴散らしたじゃねぇか。もう他のパーティーに頼るほど俺達は弱くない。それに、依頼書にも書いてある通り、討伐対象はトレント一体だけだ。モンスターに囲まれる可能性も低い。もし、危なくなったら撤退する。それでいいだろ?」
危なくなったら撤退する──この言葉は、全員を納得させる魔法の言葉であった。
本人もそれを承知しているからこそ意図的に使っている。
魔法の言葉に掛けられた四人は浮かない表情でその提案に乗った。
全員の意思を確認したルーザスは納得した表情で椅子から立ち上がり、依頼書を高く掲げて宣言した。
「よっしゃ! じゃあ、受付に行ってくる。皆、いつもの”隠れ家”に行って前祝いしようぜ。ここから俺達の伝説が始まるんだ!」
リーダーのルーザスは、飛び跳ねる勢いで受付の方に走って行った。
テーブル席に残された四人はそれぞれアイコンタクトを交わす。
イシュダッドはジョッキに残ったビールを一気に飲み干し、エミリアは一抹の不安を抱えて俯き、リディックは頭を抱えてしまい、エルゼリアは世話しなくキセルを吹かしていた。
そして、副リーダーのイシュダッドは他の三人に声を掛けた。
「皆、今回のクエストも何とかなるさ。大丈夫」
イシュダッドはそう言うが、今日のビールはいつも以上に苦かったのか、苦虫を噛み潰したような表情が全面に出ていた。




