第二四話 仲間
エルゼリアは家を出て〈ベルダ村〉に到着し、必需品を買い揃えた後、〈うごめく森〉へと出発した。
力強い足取りで歩を進める彼女には並々ならぬ覚悟を秘めている。
(これ以上あの二人を巻き込む訳にはいかない……。 私一人だけでも充分よ……)
村を出てから数十分後、夕日が落ちて夜になり、〈うごめく森〉の入り口がようやく見えた所で人影を目にした。
また命知らずの冒険者が森に入ろうとしているのか、と呆れた表情を浮かべて注意した。
「ちょっと! そこで何してんの! この森は入っちゃ……えっ……」
彼女は目を疑った。そこに居たのは、見慣れた人物だった。
一人はこちらの方に向かって手を振り、もう一人はこちらを見て微笑を浮かべていた。
エルゼリアは二人の所に行って口を開く。
「モニカ、マルグリット……。なんで、こんな所に」
驚きの表情で問いただそうとするが、モニカは自分の人差し指を左右に振って言った。
「エルゼリア、甘いね。あなたの考えている事はお見通し。……何一人だけカッコ付けちゃってんの? あなたは一人じゃない。心強い仲間が目の前にいるでしょ?」
(……泥沼で溺れかけそうになった人がよく言うわね)と内心突っ込んだが、自然と笑みがこぼれてしまった。
マルグリッドも目を細めて言った。
「まあ、これから買い物するのにロングソードとポーチを身につけて外に出るのはいただけませんね。あ、それから家の戸締まりはしたので問題ないですよ」
「ああ、ありがと……」
エルゼリアは小さく息を吐き、ゆっくりと二人の元へと歩み寄って言った。
「ごめんね。何も言わずに行っちゃって。でも、この先は強力なモンスターがうようよいるから今以上に警戒を怠らないように。危なくなったら直ぐに逃げる事。いいわね?」
女魔道士の言葉に二人は頷いた。
ゼレスティン第一王女は腰にそえてあるムチの肌触りを確かめる。
王女に付き従う凄腕の侍女はロングソードを鞘から取り出して刃の綻びが無いか確認する。
「うん、分かった」モニカは言った。「次は足を引っ張らないようにするから」
王女の言葉にマルグリットは微笑みながら言った。
「モニカ様。私も傭兵で培った力でお守りします」
エルゼリアも目を細めて言った。
「フフッ。二人共、頼りにしてるわ。さあ行きましょう!」
◇
森の中に入ってしばらくした後、エルゼリアはポーチの中から青白い結晶体を取り出した。
結晶はゆっくりと点滅している。
モニカはそれを見てエルゼリアに尋ねた。
「それって……、エルゼリアが話してくれた例の石?」
「ええ、そうよ」
「すごい、綺麗……」
その結晶は妖しく、目が潰れそうなくらいに輝き、そして消えてゆき、また輝く。
モニカは無意識にその結晶体に触れる。
ほんのり温かく、モニカの指の下で青白く光っていた。
モニカはエルゼリアに視線を移して再び尋ねた。
「石が光っている事は──」
「シッ!」
エルゼリアはモニカの口を片手で隠し、小声で呟いた。
「茂みの向こうに何かいる」
モニカは二回頷き、エルゼリアが指した方向に目を向ける。
闇の奥から赤い光──合計十個の光が確認出来る──が上下に揺れていた。
その光はこちらに向かって来るように大きくなり、やがて暗闇から頭部らしきものが見えた。
縦に伸びた二つの耳、銀色に輝く毛並み、殺意に満ちた赤い目、鋭い牙、荒々しい息遣いでやって来たのは〈うごめく森〉の番人、五体のナイトウルフが彼女達の前に現れた。
三人はそれぞれ戦闘態勢に入る。
ナイトウルフの鋭い爪がモニカに襲いかかるが、彼女は寸前の所で回避し、長いムチで赤い眼を宿った獣の脇腹に打ちつけた。
「ガァ!」という叫び声と共に近くにあった木の幹に激突するナイトウルフ。
身体を強く打ち、ふらつきながらも襲いかかろうとするナイトウルフに追い打ちをかける。
モニカは懐にしまってあるタガー三本取り出し、ナイトウルフの眉間に投げ付けた。
頭を刺されたナイトウルフはその場に倒れ、動かなくなってしまった。
初めて魔物と戦い、目の前の脅威を排除したモニカは自分の身体が震えている事に気づく。
身体中の神経が活発になり脈が速くなっている。
(怖かった。これが”実戦”なのか……)
自分の手のひら──小刻みに震えている──を見て、恐怖と興奮が入り混じった感情に浸っていると、マルグリットの声が聞こえて来た。
「やりますね、お嬢様! 特訓の成果が出てるじゃないですか」
モニカが振り返ると、マルグリットは既に二体倒してしまっていた。
涼しい顔をして剣を鞘に収めている侍女を見て、モニカは唖然とする。
まだまだ修行が足りないな、と実力を見せつけられてしまったと同時に、彼女が側にいてくれて助かった、と複雑な気持ちになってしまう。
二人から少し距離が開いた所でエルゼリアが火の魔法【火球】をナイトウルフ二体に放っていた。
一度火球を放つだけでも体力と精神力を削ると言われているが、そこは鍛錬の賜物なのか火球を何発も放ち、一瞬で二体のナイトウルフを黒焦げにしてしまった。
間近で魔法を操れるエルゼリアをみてモニカは興奮していた。
「すごーい! エルゼリア、格好いい!」
モニカの声援に対し、エルゼリアは人差し指で小さい炎を出し、モニカに見せて言った。
「冒険者を引退しても魔術の勉強は怠らなかった。それは自分を守るため。あの女がいつ襲ってきたとしても対処出来る様にね」
そう言いながらエルゼリアは先程の青白い結晶体を二人に見せる。
すると、青く光ってた石が少しずつ赤く変色し、真っ赤に点滅していた。
「こ、これは……」
「驚いたでしょ? 三年前にエミリアが持ってた石。赤く光っている事は、トレントが近くにいる証拠ね」
「じゃあここからが本番ですね」
緊張感が一気に増した。
それからの道中、ナイトウルフの他にゴブリンやリザードマンの群れが三人に襲いかかった。
三人はお互いの連携でモンスターを撃退しながら進んでいく。
やがて、無造作に生い茂った草むらの中に狭く真っ直ぐな道が現れた。
その道の先を目で追っていくと、大木が生えていない空間が広がっていた。
エルゼリアはその空間を見て三年前の出来事が鮮明に浮かび上がってきた。
忘れたくても忘れられないあの日。
彼女はその場で立ち止まり、二人に声を掛けた。
「この奥よ。この奥にネモフィラ畑がある筈だわ。……昔と変わってなきゃいいけど」
モニカが息が荒い状態のまま言った。
「はぁ、はぁ。本当に夜になったらモンスターが襲いかかって来たね。昼の時とは大違い」
モニカはポーションを飲んで気分を落ち着かせている。
連戦続きで疲労が溜まって来たのか、モニカの顔色が若干悪い。
今まで剣術の稽古しかして来なかった彼女にとって、魔物と相対するのは初めてである。
戦闘中は、マルグリッドとエルゼリアの補助によって何とかここまで来ていた。
マルグリットはモニカが飲み干したポーションの空きビンを受け取り、大丈夫かどうか尋ねた。
本人は軽く頷いて笑顔を見せるが、緊張と疲労で顔がこわばっていた。
「ごめんね、心配掛けちゃって。でももう大丈夫──」
「大丈夫じゃないでしょ。顔色が悪いわ」
エルゼリアが腕を組んで言った。
「モニカ、もし体力の限界だったらあなただけ引き返してもいいわよ? この先は何が起きるか分からないからね」
意地の悪い事を言われてモニカはムッとした表情で言い返した。
「なっ、何言ってんの。まだまだやれるわよ」
モニカは手許にあるもう一本のポーションを一気に飲み、力強い足取りで前に進んだ。
彼女の歩く背中を見て口元を緩ませている魔道士に、マルグリットは小声で注意する。
「エルゼリア、もう少し言葉を選んで下さい」
「フッ、何言ってんの。あなたも私と同じ事考えてたんでしょ?」
「うぐっ……」
何も言い返せなかったマルグリット。
エルゼリアは意地の悪そうな笑顔で言った。
「さっき自宅であなた達に詰問されたからね。そのお返しよ」
「……その様子だとよっぽど根に持ってたんですね」
エルゼリアは肩をすくめて言った。
「あれだけ問い詰められたら嫌でも根に持つわよ。もし無事に帰って来れたら、あんた達の過去を根掘り葉掘り聞かせてもらうからね。覚悟しなさいよ」
マルグリットは口元を緩めて言った。
「大丈夫ですよ、その頃には忘れてますから」
二人が喋っている時、遠くの方でモニカの声がした。
「おーい、二人共! 何やってんの! 早く行くよ!」
その声に呼応するかのようにマルグリットは駆け足でモニカの元に向かった。
(忘れる、か。フッ、確かにそうかもね)
エルゼリアは心の中でそう呟きながら二人の後を追った。
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