第十三話 初めての冒険
翌日の正午、モニカとマルグリッドの二人はに寝室を出てリビングに向かっていた。
午前中まで雨が降り注いでいたが、正午の時点で雨は止み、雲は自然と拡散して青い空が広がり始めていた。
二人は階段を下り、リビング中央の横長椅子に座って待機する。
数分後、エルゼリアが遅れて階段を下りてきた。
モニカはエルゼリアの容姿を見て思わず目を見張ってしまった。
白いシャツの上にブラウンのレザーコルセットを身に着け、両手は黒のロンググローブを装着しているからなのか、異様に胴体と両手が長く見えてしまう。
おまけに、カーキ色のパンツにマルグリットと一緒のタイプ──ダークブラウンのサイハイブーツ──の靴を着用しているので、実際の身長よりも高く見える。
コルセットの下には、通常サイズよりも大きいベルトポーチが歩く度に骨盤を叩き、ベルトの金具から小さな金属音を発していた。
「おまたせ」エルゼリアはそう言いながら、白銀色のロングヘアーを後ろに束ねて、ポニーテールに変えている途中であった。
雪のように白い肌、ガラス玉のように透き通ったアクアマリンの瞳、綺麗に通った鼻筋、ナチュラルなピンク色の口元。
モニカは彼女の綺麗な顔立ちも相まって、その凛とした姿に思わず見とれてしまっていた。
エルゼリアと目が合い、思わず視線を横に逸らしてしまう。
目を逸らされてしまったエルゼリアは不思議そうな顔でモニカに声を掛けた。
「どうかしたの?」
「い、いえ。き、昨日とは雰囲気が全然違ってたから。つい……」
「ああ、なるほどね。フフッ。どう、似合うでしょ?」
エルゼリアは満更でもない表情でモニカに歩み寄り、着ている服装を自慢げに見せつける。
マルグリットはすかさずエルゼリアに注意した。
「今そんな事している場合じゃないですよ。早く〈うごめく森〉に行かないと」
「あっ、そうだった。ごめんごめん。さっ、行きま──」
ドンッドンッドンッ! ドンッドンッドンッ!
会話の途中で誰かがドアを叩いている。エルゼリアは二人に身を隠すよう指示を出す。
玄関のドアを開くと、そこには兵士らしき複数人の男が玄関ポーチに立っていた。
エルゼリアは不機嫌な表情を作って口を開いた。
「何か用かい?」
「すまない。急な訪問で申し訳ないがこの二人を見かけなかったか?」
紙らしき物を手渡される。それを見るとモニカとマルグリッドの似顔絵が描かれてあった。
エルゼリアは紙をじっと見つめてかぶりを振った。
「いや、見かけなかったねぇ。この二人がどうかしたのかい?」
「昨日の朝から行方不明なんだ。ここから数キロ先にあるゼレスティン王国があるんだが、そこの王女と護衛の女だ」
「で、あんたらはその王国の兵士ね」
「ああ、そうだ。〈ベルダ村〉の住人を聞き歩いて回っているんだが、手がかりが掴めない。何か分かったら報告してくれ」
あぁ、村の皆が黙ってくれているのか、とエルゼリアは胸をなで下ろす。
「一応覚えとくよ」
エルゼリアは兵士が立ち去っていく姿を確かめ、お尋ね者二人を手招きした。
「まずいわね、兵士達が調べ回ってる。」
「エルゼリア、ここから〈うごめく森〉までの距離はどの位ですか?」
「そうね。……大体、五から六キロあたりかな」
「それなら馬に乗っていけば──」
「いや、馬は使えない」
「どうして?」
「ちょっと待ってて」
エルゼリアは二人を残して外に出た。
彼女の住んでいるログハウスは村全体を見渡せる位置に建っているので、遠目でも村の様子を観察する事が出来る。
エルゼリアは目を凝らして村の様子を見ると、各々の家の玄関前で複数人の兵士が聞き込み調査をしている光景を肉眼で捉える事が出来た。
このまま二人を馬に乗せて外に飛び出したらすぐに見つかってしまうと判断した彼女は、苦渋の決断を下して再び家の中に入った。
「二人共、村にまだ兵士達がいる。馬に乗っていけば確実に目立ってしまう。だから、ここは徒歩で行くしかないわ」
「えぇ、そんなぁ……」
モニカはがっくりと肩を落とした──折角、お馬さんに乗れると思ったのにぃ、と。
マルグリットは落ち込んでいる彼女の両肩に手を置いて言った。
「お嬢様、これが外の世界の厳しさです。自分の思い通りに行かないのは当たり前ですよ」
その言葉を聞いて益々落ち込んでしまったお嬢様。
そんな彼女をよそに、エルゼリアは二人に命じた。
「マルグリット、モニカを連れて裏口から外に出てちょうだい。あたしは山の周辺を見て回るわ」
「どうして?」
「他に兵士がいるかもしれない。念のためよ。少し歩くと川が見えるからその下流に沿って歩けば〈うごめく森〉に辿り着けるわ。さあ、早く行って。日が暮れるわよ」
二人はエルゼリアの指示に従い、裏口から外に出た。
雑草が身長以上の高さまで生い茂っていて彼女達の視界を遮っていた。
マルグリットが先陣を切り、ロングソードを駆使しながら目の前の雑草を切り開いて行く。
切った雑草が二人の足元に落ちて来て中々歩きづらかったが、それでも果敢に突き進んでいく。
草をかき分け、身体に当たる邪魔な草は切り落とし、しばらく歩くと綺麗な川が視界に広がった。
雑草地獄から抜け出し、広い空間に出た二人は、少し充実した表情を浮かべる。
川沿いに形成してる砂地に足を踏み入れ、下流に向かって歩を進み始めた。
砂地から砂利道、ゴツゴツした石の上を渡っている最中、マルグリッドはモニカに声を掛けた。
「お嬢様、大丈夫ですか? 少し休憩しましょう」
「賛成」
モニカはそう言って近くにあった岩の上に腰を降ろした。
歩き始めてどの位経ったのだろうか。エルゼリアは〈うごめく森〉にもう向かっているのかもしれない。
〈うごめく森〉──そこはモニカにとって初めてのダンジョンであり、多少の恐怖心はあるが、歩を進めるにつれて自然と胸が高鳴っていくのを感じていた。
これからどんな事が起きるのだろう、そう考えるだけで自然と口角が上がっていく。
それに自分は一人じゃない。
マルグリットも一緒だし、何より外の世界で仲良くなったエルゼリアが道案内してくれる。
モニカの心臓の音は時間が経過するに連れて大きくなっていった。
隣にいるマルグリットに声を掛けようとするが、彼女は何とも言えない表情で俯いていた。
「マルグリット? どうかしたの?」
モニカの問いかけに彼女はゆっくりと顔を上げて言った。
「お嬢様、エルゼリアの事なんですか……」
「どうしたの? 急にかしこまっちゃって」
言うべきか、それとも言わないべきか、マルグリットは口に出す直前まで迷っていた。
モニカは心配した様子でマルグリットを見つめるが、本人は目を瞑って口を歪めている。
「マルグリット、教えて。何も言わないでモヤモヤしたままだと心に負担が掛かるわ。だから教えてちょうだい」
モニカの気遣いに目を開き、一呼吸して言った。
「昨日、お嬢様が寝ている間、私はエルゼリアの家──二階部分だけでしたが──を調べ回っていました」
「どうしてそんな事を?」
「エルゼリアの正体を探る為です」
モニカは訳が分からず、首を傾げて言った。
「正体って……、私達を助けてくれたんだよ? 命の恩人だよ?」
マルグリットは純粋なお嬢様の気持ちを汲み取りつつも、丁寧に説明した。
「確かにエルゼリアは私達を助けてくれました。もちろん私も彼女に感謝しています。ですが、彼女の真意が分からないのです」
「真意?」
マルグリットは視線を川の水面に移す。水面には自分の影が揺らめいていた。
「エルゼリアの本当の目的です。彼女は一体何がしたいのか? 本当に彼女が”気まぐれ”で行動を起こしているのなら、私達はこれ以上ない善人と出会いました。でも、そうじゃないとしたら?」
モニカは少し苦い表情を出しながらもマルグリットの言葉を考え、自分の意見を述べた。
「エルゼリアは私達の事を利用しているって事?」
その言葉に反応したマルグリットは、視線をモニカに戻して深く頷いた。
「ええ、おそらく」
モニカは恐る恐る口を開いた。
「何か証拠を掴んだのね」
「はい。二階にある彼女の書斎部屋から〈転送魔法陣作成書〉という本を見つけました」
モニカは首を横に振って──モニカは無類の読書好きだが、その本の存在は知らなかった──説明を促した。
「続けて」
「本の内容は、〈黒魔術〉を使って魔法陣に入った人物を強制的にワープさせるというものです」
モニカは顎に手を当てて考える。
噂で聞いたことがある──〈黒魔術〉とは、人や動物の血を利用して呪いや降霊、精神破壊、マインドコントロール等を発動し、相手に危害を加える禁断の魔術。
昔は、その魔術を扱える人間はごく僅かで、貴重な人材として多くの権力者、もしくは富豪の人間に匿われて高い権力と地位を密かに持っていた。
だが、相手に危害を加える術しかないため、大陸の殆どの人達は〈黒魔術〉を扱える人間を忌み嫌っていた。
今は〈黒魔術〉の使用が禁止されている──興味本位で黒魔術を使った人間が精神に異常をきたしてしまう事件が発生した──ので、存在自体忘れかけていた。
「それじゃあ、この前、中庭で見たあの不気味な触手は〈転送魔法陣作成書〉から編み出された物なの?」
モニカの言葉に対し、マルグリットは小さく頷く。
「可能性としてはあります。その魔法陣を作成する道具として、〈トレントの枝〉が必要不可欠と書かれてありました」
「トレントって?」
「〈うごめく森〉に潜む樹木のモンスターです。トレントは山から流れてくる水、モンスターや人間などの血液を身体に吸収して力を蓄えます。自分の縄張りに侵入者が入れば、問答無用で襲いかかって来る危険な怪物です」
マルグリッドの話を聞いてモニカは固まってしまった。まさかそんなことが。
じゃあ、昨日の魔法陣はエルゼリアが仕掛けたのか?
だとしたら何故、私達を助けるような真似をしたのか?
自問自答を繰り返すモニカ。
そして、マルグリットが重苦しい雰囲気を漂わせて言った。
「ここからは私の憶測ですが、エルゼリアの目的は、私達を〈うごめく森〉に行くように仕向けて〈黄金のネモフィラ〉を手に入れようとしてるんじゃ──」
「あくまで憶測でしょ? ただの偶然かもしれないわ。それにエルゼリア言ってたじゃない。私達の事情を知ってしまった以上、見て見ぬ振りは出来ないって」
モニカは半泣きになりながらもマルグリットの意見に反対するが、本心は違った。
エルゼリアの事は信じたい。だが、マルグリットの言う事も一理ある。彼女の心は嵐のように吹き荒れ、何が嘘で何が本当なのか分からなくなっていた。
モニカは頭を抱え、身体を震わせていた。
その様子を見たマルグリットは、慌てて彼女の身体を介抱した。
「モニカ様、怖がらせるような事を言ってしまい申し訳ありません。あくまで私の憶測ですので。ですが、エルゼリアも心の中で何を考えているのか分かりません。外の世界は人を利用する、裏切るなどが当たり前に行われています。あまり人を信用しすぎるのも危険です」
モニカは侍女の言葉に顔を上げ、茶色の瞳を潤わせながらも言葉を絞り出した。
「そっか……。マルグリットも経験したもんね。人に利用されて、裏切られて……辛い思いしたもんね」
マルグリットは物憂げな表情を浮かべ、小さく頷いた。
「その……、何度か経験しましたね。外の世界で生きていくと」
マルグリットも傭兵時代の事を思い出して視線を下に向けてしまう。
だが、彼女はモニカの両手を握りしめ、真っ直ぐな瞳でモニカの目を合わせて言った。
「ですが、モニカ様の事は何があっても裏切りません! あなたを守る事が私の使命であり、宿命なのです!」
突然、侍女の大きな声に驚いてしまい、引いてしまったモニカは目を丸くして言った。
「ちょっと、どうしたのよ、急に」
「その位お嬢様の事を慕っているんです。何があっても守りますから! ですから、モニカ様も私を信じて下さい」
モニカは不満げな表情で立ち上がり、頬を膨らまして言った。
「何、当たり前な事言ってんのよ! あなたと出会った時から、ずっと家族だと想って接しているのよ! 馬鹿にしないでちょうだい!」
モニカに怒られたマルグリットは目を細め、口元を緩ましていた。
そして再度モニカの手を取り、頭を下げた。
「モニカ様のお言葉、心に沁みます。これからもお嬢様の側に寄り添います」
「ええ。これからもよろしくね。さあ、マルグリット。初めてのダンジョンを攻略しに行くよ!」
絆を確かめ合った二人は川沿いを歩き、目的地の〈うごめく森〉へと到着した。




