第十二話 これからの事
三人はエルゼリアが作ってくれたお茶を飲み、クッキーをつまみながらこれまでの経緯を話し合っていた。
エルゼリアは二人に対し、何故あの森の中で倒れていたのか、と質問するが、モニカとマルグリットはお互いの顔を見合わせて浮かない表情を覗かせている。
モニカは、どうやって説明したらいいのか分からない、という様子でマルグリットに目で訴えた。
マルグリットはモニカの目を見て直ぐに察し、軽く頷いた。
少し間を置いて、マルグリットの口から事の経緯をエルゼリアに説明した。
自分達はゼレスティン王城にて謎の声を聞き、噴水から出てきた不気味な触手に捕まり、そのまま噴水池に飲み込まれてしまった。そして目が覚めた時にはこの家のベッドの上で寝ていた、とおおまかに事情を説明する。その間エルゼリアは腕を組み、神妙な面持ちで話を聞いていた。
そしてマルグリットは真剣な表情でエルゼリアに質問した。
「単刀直入に言います。私達は、〈黄金のネモフィラ〉を探しています。何か心当たりはありませんか?」
「〈黄金のネモフィラ〉ねぇ……。その、女の人が、そう言ってたの?」
エルゼリアはなるべく言葉を選んで──それしか言えなかった──聞き返したが、マルグリットも何て伝えたら良いのか悩んでいる様子だった。
「申し訳ありません。姿は見えなかったのですが、確かにこう言ってました。『〈うごめく森〉まで案内する』、と」
「なるほどねぇ」
エルゼリアは座っている椅子の背もたれに背中を預け、頭の後ろで手を組み、天井を見上げた。
マルグリットが説明してくれた事を咀嚼しながらじっくりと考え込む。
他の二人は彼女の答えを静かに待つ。
そしてエルゼリアは再び二人に向き直って言った。
「〈黄金のネモフィラ〉。名前は知ってるけど実際この目で見た事が無いわ。だけど、二人が聞いた女の声の言う事が本当なら、〈うごめく森〉のどこかに〈黄金のネモフィラ〉があるって事?」
その言葉に対し、二人は深く頷いた。
「間違いないです」モニカは言った。「エルゼリア、〈うごめく森〉について何か情報は無いの? 何でもいいから教えて」
「落ち着きなさいモニカ。焦ったって何にもならないわよ」
「でも、早くしないと……アリアが……」
「アリア?」
エルゼリアは不思議そうな顔でモニカを見つめた。
「──何か事情があるの?」エルゼリアが尋ねた。「よかったら話してくれない?」
モニカは俯き、涙声で話した。
「アリアは私の妹なんです。その妹が先日、高熱を出して倒れてしまって……。元々身体はそんなに強くありませんでしたが、ここ数ヶ月の間で風邪をこじらせる回数が増えてしまい、医者の先生に診て貰ったんですが、原因が分からないの一点張りで何も進展は無かった……」
モニカは目に涙を溜めていたが、グッと堪えて話を続けた。
「ある時、図書館の本で〈黄金のネモフィラ〉の存在を知ったんです。それは、どんな怪我や病気を一瞬で治せる伝説の薬草の事が書かれていて、私はそれを手に入れようと思い、外の世界に飛び出そうとしたの。……今思えばバカだった。あの本はあくまで都市伝説の話なのにその事を真に受けちゃって──そんな時に私を説得してくれたのが、家族と同じくらい大切な存在のマルグリットなんです」
モニカはそう言って横にいるマルグリットに目を向けた。
「マルグリットがいなかったら今頃私は野垂れ死ぬか、悪い奴らに捕まっていいように使われるかのどっちかでした。マルグリットはその事を予期して私の前に立ち塞がり、話は平行線のまま一向に交わらず、遂には喧嘩する羽目に」
エルゼリアは納得した表情──二人の身体がアザだらけなのはこういった事情なのか──で頷くが、対してマルグリットは沈痛な面持ち──モニカの首を絞め、危うく殺しかけた時の事を思い出していた──で俯いていた。
「その後は、さっきマルグリットが説明してくれた事が起きて、貴方に救われたの。改めて言います。見ず知らずの私達を助けてくれて本当に感謝致します」
モニカはそう言ってエルゼリアに頭を下げた。
「別にいいわよ」エルゼリアは言った。「あなた達の事情は理解したわ。でもね、〈うごめく森〉はとても危険なダンジョンなの。生半可な気持ちで行くべき所じゃないわ」
「ダンジョン?」
「ええ。ギルドが危険指定区域と認定した場所なの。毎年、行方不明者が出てるのよ」
モニカはその事を知らなかったのか、ビクッと肩が上がってしまった。
マルグリットはその情報を耳にしているので終始冷静である。
エルゼリアは視線を下に落とし、指で机をトントンと叩く。
そんな彼女の言葉に呼応するかのように、雨足が段々と強まっていき、家の屋根、地面、窓を激しく叩く音が鳴り響いていた。エルゼリアは天井を見上げ、二人に再度確認した。
「どうする? こんな天候でも森に行く? 今行ったら命の保証は無いわ。ネモフィラを見つける前に自分が行方不明になる確率は高くなる。それでもいいの?」
「いや、それは……」
説得力があり過ぎてしまい、モニカは口をつぐんでしまった。
全て諦めてしまったかのような表情を出すモニカにエルゼリアは言った。
「モニカ、私は何も諦めろとは一言も言ってないわよ。”今日は無理”って言いたいだけ」
モニカはキョトンとした表情でエルゼリアを見た。
「明日、雨が止んだら行きましょう。土地勘の無いあなた達が行くのはあまりにも危険だからね」
「えっ、ちょっと待って。エルゼリアも一緒に行ってくれるの?」
「──まあ、あなた達の事情を知っちゃったからなぁ。見て見ぬ振りは出来ない。……もしかしてお邪魔だったかな?」
モニカは首を横に激しく振って言った。
「とんでもない、エルゼリアがいれば百人力よ! ねぇ、マルグリット?」
「えっ? あ、あぁそうですね。エルゼリア、本当に助かります。何とお礼を申し上げて良いやら」
「気にしないで。私の気まぐれだから」
エルゼリアはそう言って席を立ち、窓に近づいて外の景色を眺める。
この雨、果たして明日には止むのだろうか、というような不安を顔に出しながら二人に聞こえないよう小さく呟いた。
「ホントはちょっと怖いけどね……」
マルグリットは思慮に富んだ表情で、窓の外を眺めている彼女の後ろ姿を観察していた。
◇
その日の夜中、マルグリットは寝室から出て、モニカが寝ている部屋のドアを静かに開けて入った。
侵入者が居ないか部屋一面をくまなく見て回り、異常は無い事を確認した後、モニカの様子を確認する。
安らかな表情で夢の中にいるモニカを見て、思わず笑みがこぼれてしまう。
明日は大変な一日だ、しっかりお嬢様を守らないといけない、という思いが強くなり、微笑から気の引き締まった表情に切り替えて部屋を後にした。
ドアを閉めた時、ふと、一階へと続く階段に目を向けた。
階段の下から明かりが出ているのが確認出来る。
多分、エルゼリアはまだ起きていて本を読んでいるか、キセルを吹かしているかのどっちかだろう。
マルグリットは、エルゼリアの事をあまり信用してはいない。
勿論、自分達を助けてくれた事に対しては感謝している。
だが、彼女に対して、いくつかの疑問を抱いていた。
最初の疑問は、彼女は普段何をして生計を立てているのか、という素朴な疑問。
初めてエルゼリアと会った時は距離を空けていたが、敵意は無いと察して色々と話した。
だが、肝心の職業や生い立ちは初対面の事もあってか、その質問は口に出さなかった。
今思えばこんなに広い家──寝室が五つもあり、大人数でパーティーを開く事が出来る広いリビング──に一人で住んでるなんて逆に怪しい。
それに、エルゼリアは自分達と一緒に〈うごめく森〉へ行こうとしている。
あそこは一般人が立ち入る事は許されない場所なのに、彼女はそこへ案内しようとしてくれる。
おまけに〈うごめく森〉の内部情報にも詳しい。
という事は彼女は元冒険者なのか? それとも国の役人だった人間なのか? いずれにせよ只者じゃない事は確かだ。
マルグリットはその場でしばらく考える。
(せめて身元が確認出来る物さえあれば……)
マルグリットは忍び足で他の部屋の探索を開始した。
通路を挟んで向かい側の部屋に入ると、そこは物置部屋で埃っぽい空気が部屋中に漂わせていた。
積み重ねてある木箱、突き当たりの壁際に置いてある食器棚──埃が被り、殆どひび割れているお皿やコップ──を調べてみるが、エルゼリアの身元に関連する物は無かった。
これ以上調べても無駄だと判断したマルグリットは部屋を出て、右隣の部屋に潜入した。
その部屋の四方の壁には本棚が隙間無く設置してあり、沢山の書物が本棚の中に収まっている。
一歩足を踏み入れると、身体が少し痺れるような感覚に襲われてしまった。
歩けない程では無いが、明らかに他の部屋とは空気が違うと察知して部屋の中に入った。
マルグリットは天井の中心にある照明に向かって指を鳴らし、明かりをつけて片っ端から本を取り上げて表題に目を通した。
〈魔法の基礎知識〉──〈火と水の応用魔術〉──〈魔術を操る際の体の使い方〉──どれも〈魔術〉や〈魔法〉に関する本ばかりであった。
エルゼリアはおそらく魔法を操る事が出来る人間なのだろう、と思った矢先、部屋の隅に設置してあるデスクの上に一冊の本が置いてあるのを見つけた。
マルグリットは、その本を手に取って表題を読むと〈転送魔法陣作成書〉と表記されている。
本を開き、ページをめくる。
(こ、これは……!)
あるページに目が留まり、それを見たマルグリットは思わず息を呑んでしまった。




